ハッピー　Happyラウンジ

彼女は思わず拳を握りしめた。現実には、何人もの患者が同じように見過ごされ、命や生活が奪われているのだろうか。この病院だけでなく、医療制度そのものに潜む矛盾が彼女を苛立たせた。

「私たち家族は母の異常に気づいていました。何度も訴えたんです。それなのに、なぜ何もしなかったのか、その答えが欲しいんです。」
彼女の声は震えながらも、怒りの芯が強く込められていた。

村上医師は彼女の視線を受け止めながら、静かに首を横に振った。「医療の現場には、私たちがどうしても目が届かない部分があります。たとえそれがミスだったとしても、完全に防ぐことは難しい。」

「難しいなんて言葉で片付けないでください。」彼女は声を荒げた。「それで、母の人生が取り返しのつかないものになっても仕方がないと？」

「そんなつもりはありません。」村上医師は視線を落とし、ため息をついた。「あなたの母上に起きたことは、医師としても悔しい。だが、過去を戻すことはできない。今後どう支えるか、それが私たちにできることです。」

彼女はその言葉に一瞬黙ったが、すぐに切り返した。「今後と言われても、母の失われた時間は戻りません。母が握っていた私たちの未来も、もう元には戻らない。」

その場には再び沈黙が訪れた。村上医師の表情には後悔と無力感がにじみ出ていたが、それ以上言葉を発することはなかった。

彼女は立ち上がり、提案書を見下ろした。そこには、彼女がこの1か月間、自分の全力で書き上げた思いが詰まっている。それでも、母の現在の状況を変えるには、まだ道のりは遠い。

「せめて、これ以上の過ちが繰り返されないようにしてほしい。」
彼女の言葉は、祈りにも似た願いだった。それがこの場で唯一、自分の力でできることだと信じたからだ。

村上医師は静かに頷き、答えた。「その思いは、私たち医療者が絶対に忘れてはならないものです。ありがとうございます。」

彼女はその言葉を最後に、面談室を後にした。廊下を歩く彼女の背中には、怒りと悲しみ、そしてわずかながらの希望が同居していた。