しあわせのかたち

2005/04/03(日)06:40

男の脳、女の脳、ホモの脳

 しかしまあなんというか。  昨日付けの日記は本当にくだらんな。(嘆息)  うーむ。なんかマズいような気がする。  というわけで、昨日図書館でパラパラと『クィア・サイエンス』(サイモン・ルベイ著/勁草書房刊)と『脳が決める男と女』(同著/文光堂刊)を読んだ話を書いておく。  いやー知的だなあ。ははは。ホモの話ですがなにか?  まず本の内容をザックリ書いてしまうと、上掲両書には「同性愛という現象を、神経医学的に説明できないもんか。できるんじゃないか」ということが書かれている。  ちなみにその結論は、「全部は説明できないけども、男性同性愛者には(異性愛男性にはない)ある共通の脳構造が存在するってことは言えるねえ」というものだ。これはえらいことである。これまでブラックボックス中のブラックボックスだった「性的嗜好」が、神経医学という自然科学で(少なくとも「部分的に」は)解明できるということなのだから。  この著者であるサイモン・ルベイというオッサン(まだ在命。高名な神経学者で、カミングアウト済みのゲイである)、どんな実験でそう主張するに至るかというと、まず19人の同性愛男性を含めた、エイズで死亡した41人の男女の脳を次々に解剖したそうだ。ルベイはこの41名を「同性愛男性」と「異性愛男性」と「女性」の3つのグループに分けて、それぞれの脳を比較したのである。 (しかし……41名分の脳ミソを一気にって……。どの分野でもそうなんだろうけど、最先端科学ってかなりマッドだよね)  するとあらびっくり。「体温調整」や「リズム」、「食欲」や「授乳」といった、おおよそ「人間の本能」といって差し支えない部分を司る【と言われている】視床下部、そこの間質第三核(INAH-3)という部分に、同性愛男性と異性愛男性では大きな違いがあることがわかったのだ。  すでに大脳生理学の知見では、(あくまでジェンダー(文化的性差)ではなくセックス(身体的性差)における)男性の脳と女性の脳では、明らかな違いがあることが判明している。右脳と左脳を繋ぐ「脳梁」や「前交連」、さらには脳下垂体からのゴナドトロピン分泌周期といった部分に、ハッキリとした医学的差異が見られるそうである。  まあよく考えれば「体の器官」に関しちゃ「男」と「女」で違う部分が山ほどあるのは小学生だって知ってるわけで、むろん脳だって立派な「体の器官」なのだから違ってても不思議はまったくない。  脳細胞がドータラコータラよりも、股間にバットとボールが有るか、はたまたタワシと赤貝が有るかのほうが「体」的にはよっぽど大きいっちゅーの。まあショータったら下品ねえ。はい下品です。  で、ルベイが解剖のさいに注目したのは視床下部間質核の「大きさ」だった。  ルベイが実験する約2年前、89年のUCLA大による解剖実験で、男性と女性では間質第二核と第三核の大きさに明らかな違いがあることが発表されていた。男性の第二、第三核は、女性より2~2.5倍ほど大きいそうなのである。  それを知っていたルベイは、同性愛男性、異性愛男性、女性、それぞれの間質核の大きさをを比較。  すると同性愛男性の間質第三核【のみ】が、異性愛男性のそれよりも明らかに小さく、ほぼ女性と同じ大きさであることが判明したのである。  真摯な科学者であるルベイは発表時、会見で以下のように慎重に語っている。 「(男性の)同性愛となったため脳構造が変わったのか、脳構造が違っているから同性愛となったのかとの疑問はある。しかし、他の動物実験などの結果を総合すると、私は脳構造の違いが同性愛をもたらした1つの要因だと確信している」  ルベイ先生は確信しているだろうが、もちろんこの実験だけでは「わかること」は少ないし、これからさらに実験と研究を積み重ねていかなければ、科学的には「わかった」とすら言えない。ポパーの言うように、反証実験に耐えて耐えて耐えまくってこそ「科学」の名に値する。  しかし……この実験結果は発表当時、各方面に、特にフェミニズム方面、ヘテロ/ホモセクシュアル論議方面に重大な影響を及ぼしたんだろうなあ……と今さらながら思う。『ブレンダと呼ばれた少年』の発表なみに驚愕の対象となったろう。  ちなみにルベイはこのサイトでビシバシ叩かれているが、私が調べた範囲ではこの批判者にはいくつかの誤解がある。 <以下引用> >もちろん私は、こういった正当な根拠なきシロモノはまったく信用してません。 >少なくとも「科学的な態度」をもつ理知的な人間であるなら、「他人の追試に >よって検証・確認されないかぎり、その学説を認知することはできない」し、ま >た「むやみに決して認知してはいけない」のです。 <引用終了>  私は上記も含めて、思想的なスタンスとしては、批判者を支持する。  支持はするがしかし、ルベイの実験は「他人の追試によって検証・確認」されているようなのだ。 (こことかこことか参照。オランダのDick・F・Swaabという神経生物学者が95年に性転換手術を受けた男性の脳で似たような結果になっているそうだ)  さらに批判者は、 >さらにルベイの学説が同性愛の原因を何も解明できてないのは、大脳生理学 >でみるように人間の性行動は、「視床下部ではなく大脳によって決定される」こ >とからもすでに明らかである。  と書いている。  おおーい。「その主張」の根拠がないぞー……。。。  もしかしたら上記は大脳生理学においては「常識」なのかもしれない。それを批判者は「知ってて当たり前だから」として、読者に根拠を明示しなかったのかもしれない。しかし少なくとも私が調べた範囲では、【ラットの実験などによって導きだされた動物の】性行動、性衝動は、視床下部がなんらかの影響を与える、と書いてある資料ばかり散見された。    自ら直前に「正当な根拠なきシロモノはまったく信用してません」と述べ、かつ「視床下部【ではなく】大脳によって決定される」と断言するのであれば、「人間の視床下部は、性行動にいかなる影響も及ぼさない」という正当な根拠を出してくれなければ話が通らない。  そんなんはまずもって無理だと思うんだけど。それ証明するには人体実験しなきゃいけないから。  っとっとっと。私は論争がしたいわけではない。  そもそも脳生理学、分泌学、神経学に関して論陣を張る能力が私にはまったくない。  話を戻そう。  ルベイは自らが「ホモセクシャル」であることを著作で明示し、さらに「私の研究結果で同性愛差別が軽減すれば……」(大意)と、その実験自体にかなり露骨なイデオロギー的「狙い」があることを書いている。  その「狙い」はあまり成功するとは思えないし、むしろ同性愛差別に大いに利用されそうな実験結果なんじゃないかなあと思う。  思うがしかし、自然科学における実験結果は、その実験者がいかなるイデオロギーに立っていようとも、彼自身が持っている思想に左右されるべきではない。それは実験者の思想にとって結果がプラスになろうがマイナスになろうが同じだし、実験者自身だけでなく、実験結果を「科学」として理解する側にもそれは言えることだ。  実験結果とイデオロギーは「学術に生きるもの」の誠意でもって切り離して考えるべきであり、それはある程度のレベルで可能であると私は思う。(むろん完全には無理だろうが)  もちろん。  ルベイの実験については、「科学」の名においてさまざまな付記をつけねばならない。  まず第一に、被験体がHIVウィルスの感染者であり、多くがそれに対する投薬を受けていたことがある。その投薬がこの実験結果に、完全に無関係かどうかはわからないのだ。  第二にルベイ自身が語るように、「被験体が男性の男性愛者だったから、後天的に脳の構造が変化したのか、あるいは脳の構造が先天的に違うから男性愛者になったのか」は、この実験では判定できない。できないにも関わらず、「男性愛者には生得的な要因が少なくとも脳にひとつはある」(大意)と書いてしまっていること。先天的か後天的かの違いって、それかなり重要なんですけども。  さらに第三の点として、あくまでこれは「男×男」の同性愛についての結果であり、「女×女」の同性愛に関してはまったく言及できないということ。  そしてもっとも重要な点として、これがまだまだ未解明部分だらけの脳生理学での知見だということがあげられる。来週にもルベイの見解を真っ向から覆される実験・研究結果がでる可能性が、他の医学生理学いわんや自然科学諸般と比べるとむちゃくちゃ大きいのだ。  そうしたことを踏まえてなお。  男の脳と女の脳とホモセクシャルの脳は、全部違う。少なくとも「違うらしい」とは言えるようになった。 「男を愛する脳」には、本来にはないはずの、共通する特徴がある、と。あるらしい、と。それは言えるようになったわけだ。その点大いに興味深かった。    上記の一連の論考を一区切りつけて、私はいま、新たに考えてみたいことが湧いてきている。  私は本来、自然科学に擦り寄った恋愛論が嫌いである。   「恋愛感情をコントロールするニューロン(脳神経細胞)の寿命が3~4年なのだから、恋愛は3~4年で必ず冷める」  だとか、 「生物学的に考えて、女(メス)は妊娠して出産する関係上ひとりの男(オス)を深く愛し、男(オス)は自分の遺伝子をなるべくたくさんバラ巻きたいので多くの女(メス)を幅広く愛する」  だとかだ。  ホントよく見るよね。なんか最近増えてねーか??  まあいいけど。  しかして実際はどうか。  解剖学、脳医学では、まだやっと「男を愛するか女を愛するか」という、恋愛にとってはもうメチャクチャにプリミティブな部分が、やっと「これかもしれないな」と、原因のひとつを突き止めつつあるに過ぎないのだ。  もしかしたら遠い未来に、恋愛感情という人間の最も繊細で複雑な彩の部分を、(恋愛論者にとってみれば)野蛮なエイリアンである近代自然科学が解明し尽くせる時が来るかもしれない。ルベイは恋愛論におけるガリレオになるのかもしれない。  西洋医学の父ヒポクラテス(B.C.460~B.C.377)が、迷信や呪術から医学を切り離してから約2400年。  人類は24世紀かかってやっと、おそらくは「どのオス(メス)を選ぼうか」と悩んだであろう200万年前から続く「恋愛論」の足元に辿り着いたのだ。  その全容を自然科学が解明する?  ふーん。できるかもね。でもそれ、あと2000年くらいかかるのではないか?  探しものは見つかっていない。  ところで私は女性が大好きである。えへ。  当方の間質第三核、楽勝で2倍以上大きいようでありマス。 <リンク貼ってない本ログ参考資料> http://qb-net.com/news/1991.html http://www.milkjapan.com/2002an01.html http://www.milkjapan.com/2000in03.html http://www.hitachi-hitec.com/about/library/sapiens/002/pre2.html http://www.pot.co.jp/~gay/fushimi/archives/qs.html http://pine.zero.ad.jp/~zbn44275/novels/queershiryou.htm http://www.medical-tribune.co.jp/ss/bn/bn9.htm http://www.jase.or.jp/kenkyu_zigyo/a6.html http://www.geocities.co.jp/SweetHome/3829/JB/other/seibetunokettei.html http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/article/la93w.htm http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9

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