〇○○地球上にはいくらでもあるはずの水が不足する・・
♪ 生きている地球に生きて生かされて雨に泣かされ雨に喜ぶ よく降りました。わが知多市ではトータル24㎜ぐらい。 水不足が深刻な三河地方の新城市では、28㎜ほど降ったらしい。3月末に100ミリを超える待望の雨が降り、宇連ダムの貯水率は10%まで回復しているようだ。 宇連ダムのリアルタイム情報では、2日の8時の時点での「貯水量:4404(×103m3)」となっている。 この図では4月1日0時の状況が、貯水率8.1%となっているが、タイムラグがあるのだろう。ダムの周辺より上流でどれだけ降ったかが重要で、今後の天気次第でどうなるかは分からない。愛知県営水道及び工業用水道の水源状況愛知用水地域(牧尾ダム・阿木川ダム・味噌川ダム)*水道用水 給水対象 瀬戸市、春日井市、刈谷市、東海市、大府市、高浜市、尾張旭市、愛知中部水道企業団 ★知多市の水道水は、主に長良川(長良川河口堰)から取り入れた水を、知多市佐布里にある愛知県営の「知多浄水場」で処理・浄水し、丸根配水場を経由して家庭へ供給されている。*工業用水 給水区域 名古屋市港区のうち堀川以東の区域及び南区のうち東海道本線以西の区域、豊田市のうち平成17年3月31日における豊田市の区域、東海市、大府市、知多市、みよし市、阿久比町、東浦町尾張地域(岩屋ダム)*水道用水 給水対象 一宮市、春日井市、津島市、犬山市、江南市、小牧市、稲沢市、岩倉市、愛西市、清須市、あま市、蟹江町、北名古屋水道企業団、丹羽広域事務組合、海部南部水道企業団*工業用水 給水区域 一宮市、津島市、江南市、稲沢市、愛西市、清須市のうち旧清洲町の区域、弥富市、あま市、大治町、蟹江町、飛島村西三河地域(矢作ダム)*水道用水 給水対象 岡崎市、碧南市、豊田市、安城市、西尾市、知立市、幸田町、愛知中部水道企業団(みよし市) *工業用水 給水区域 岡崎市のうち矢作川以東で一般国道1号線以南及び矢作川以西の区域、半田市、碧南市、刈谷市、豊田市のうち平成17年3月31日における豊田市の区域、安城市、西尾市のうち平成23年3月31日における西尾市及び旧吉良町の区域、高浜市、みよし市、東浦町、武豊町、幸田町東三河地域(宇連ダム)*水道用水 給水対象 豊橋市、豊川市、蒲郡市、新城市、田原市*工業用水 給水区域 豊橋市、豊川市のうち旧御津町の区域、蒲郡市、田原市のうち旧田原町の区域 かつて東海地方(東海3県)の伊勢湾北部から濃尾平野にかけては、東海湖(とうかいこ)という琵琶湖の6倍もある大きな湖だった。650万年前頃に存在していたという。 500万〜300万年ほど前にもっとも面積が大きくなったが、130〜120万年前頃、土地の隆起を繰り返し、名古屋台地や干潟(年魚市潟)が形成された。現在では消滅してしまっている。濃尾平野(出典:「国土地理院」「デジタル標高地形図」) 「青色」「水色」そして「緑色」の一帯、650万~100万年前には、伊勢湾北部や北勢・濃尾地域に湖沼や低湿地を形成していた。 縄文時代(約1万5,000年前〜紀元前4世紀頃)の海岸線の位置を推測すると、「濃青色」の水域、「青色」の標高0m未満地帯、「水色」の0m地帯、そして「緑色」の4m地帯、これら全域が「縄文時代には海であった」と推測されている。 その後、地殻変動などで湖へと変化していったらしい。 濃尾平野は、数百万年前に始まって今でも(0.5mm/年)沈降を続ける沈降盆地だという。河川からの土砂が堆積してできている沖積平野だという。 四百年前までの木曽・長良・揖斐三川の下流部においては、流路が錯乱し、洪水のたびに変化、分流を繰り返しながら、土砂を運び濃尾平野を造成してきた。 つまり、海が湖になり、河川が流れ込み、土砂が堆積して出来た平野だということらしい。 濃尾平野の東高西低の東高にあたる、犬山から南東に展開する台地または扇状地、そしてこれに連なる知多半島、いわゆる愛知用水地域は、概して地盤が高い傾向にあり、この平野に係る地域の中では最も水利の便に乏しく、長い間水に苦しんできた。 知多半島一帯は、気候温暖(年平均温度は16度前後・降雨量は約1,600mm/年 )、そして中京圏として産業立地条件等に恵まれていた。一方、その土は非火山性の鉱質土壌で保水力に乏しく、下層位に作物の根が入りにくく、地形的にも丘陵地であり大きな河川がない、更には降雨分布が不規則であったことなどから、夏は干ばつを受けやすく、弥生時代のころから農民は水に苦しんできた。 そこで木曽川から用水を引く発想が生まれ、1957年(昭和32年)11月に着工し、難工事の末に4年後の1961年(昭和36年)9月30日に完成(通水)。待望の「愛知用水」が知多半島を潤すことになった。 岐阜県多治見市や愛知県瀬戸市・常滑市では良質な陶器の製造が盛んだ。そこでは東海湖に堆積した粘土が原料として使われているという。ただの粘土ではなく堆積した不純物が焼き物に向く陶土となっていったというわけだ。 しかし、多治見や瀬戸は分かるが、常滑もとなるところがよく分からない。地層が似ている理由は、もっと大きな括りで捉えないといけないのだろう。