
♪ 挨拶を二十数人坂二つ駆け上がり来てアランは不在
4時半に目が覚めた。この際だ、早朝ウォーキングに行こうじゃないの。早朝なんて、ここしばらくご無沙汰している。準備運動して4時50分に家を出た。
あいにくの曇りで、雲を楽しめるような空じゃない。
遠くから、人が立ち止まっているように見えた。近づいていくと、小さな歩幅で凄くゆっくりと「なまけもの」が歩いているように前進していた。省エネのコスパ歩行という感じ。高齢のせいなのか、どこか具合が悪いのか。ちゃんと前進しているので声を掛けるわけにも行かず、ちらっと横顔をうかがっただけで追い越した。
日の出の時間は過ぎているが、曇っているので朝日を眺められない。
朝早かったので何も口にしていない。コンビニへ立ち寄って、一口サイズのブラックチョコを買い、ほう張りながら歩く。
区画整理の新しい住宅地。その隅に公園が出来たのはいいが、手入れが行き届かず草が生え放題。何かを作れば仕事が増える。その管理のための予算が増えるわけではないので、こういう事になる。
いつものように神社の階段を駆け上がるも、20段残して足が止まった。5日前の田植えで筋肉痛になったり、まともなウォーキングも26日以来で、しばらくスクワットをサボっていたせいかもしれない。
 
秋葉神社から定点観測。うっすらと朝日が雲を染めている。
濃い緑が雨に洗われて、朝のひかりの中で輝いている。
田んぼの脇の空き地に何やら作っていたので、住宅かと思っていた。なんと「鍼灸・マッサージ」の施設だった。奥まった部落の中で、いくら高齢者の多い地域といっても人口も少ない。地元の人か土地勘のある人でなければ、まず目に触れることはなさそうな場所だ。
開業のイメージが先行して、場所選びをよく考えずにオープンし、結局は撤退したという店を幾つも見てきた。
「食べていかれればそれでいい」というくらいの考えで、土地も自分のもので借金もないというのなら良いのかもしれないが・・・。
パークロードへ。どこまで歩くかは決めていない。早朝なので挨拶を心がけて歩く。
高齢者が多く、相変わらず挨拶への反応は良くない。向こうから挨拶してくれる人など一人もいない。
田んぼへ行く石の橋があり、川上と川下を眺める。こんな何でもない風景が好きだ。
植物が長い年月をかけて、人工的な水路を自然的な姿に変えていく。自然の力とその多様な姿が、時間と共に凝縮されている。水が流れているところがまた良いのです。大雨が降れば様相は変わるし、時と共に変化をし続け、まさに自然が活きている姿を見ることが出来る。
過剰なほどに管理されているパークロードそのものは、まったく魅力を感じない。手の行き届かない場所に面白さがある。
田んぼ側の堤に生えているこの葦も、梅雨が明けるころには刈り取られてしまう。
どこかでオオヨシキリの声がする。ケリもけたたましい声で鳴き合っているし、青鷺や白鷺がえさを求めてやって来る。
一度、幹の先を切り詰められたメタセコイア。再びその旺盛な生命力を発揮して、本来の姿に戻ろうとしている。しかし、いつかまた過剰な剪定の手が入って、切り詰められてしまうかもしれない。
竹林が連なっている部落境。竹の秋は過ぎて、若竹、成竹、老竹の多様な色の変化を見せている。ホトトギスやウグイスの声が聞こえるはずなのに、まったく聞こえない。
嵐の前の静けさのような、自然界で何かが大きく変化しているのかも知れない。
生垣に「銀梅花」を植えているのを初めて見た。とてもいいと思う。細い枝に、長い雄蕊が特徴の白い花を咲かせる。実は食べられて、ジャムにもできる。
しなやかな枝で管理も楽だし、もっと活用されてもいいんじゃないかな。
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この日は、120段の階段は100段で足が止まってしまったものの、けっこうな坂道を2カ所、駆け上がったりもした。挨拶も20人くらいにした。
12,500歩ほどを、ほぼノンストップで2時間かかって戻って来た。ちょっと疲れたが、77歳になってもまだこの程度のことが出来ていることに、自分乍ら感心している。
シャワーを浴びて、いざブログの更新となり、思ったより期間がかかった。気づけばもう11時だ。あ、まだ短歌が残っていた。一首ひねり出さないと・・。
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