4『爆弾ポンスケ』登場人物表 川西 蔵六(二二)男性。金山組若衆。 加地 紗月(一七)女性。たこ焼き屋の娘。 田槙(四六)男性。金山組代貸。 山江(三五)男性。金山組幹部。 室川(三六)男性。金山組幹部。 小武(三五)男性。小武組組長。 梅若(四五)男性。捜査四課刑事。 成松(四三)男性。金山組若頭。 金山(五〇)男性。金山組組長。 松坂 凡助(?)男性。元ヒットマン。 ●ドーム球場・周辺道路・夕 ガスタンク越しに鎮座する球場。 残照を浴びてギラギラと眩く。 路肩に停車する黒のSUV車。 フロントガラスに駐禁の除外標章。 ●SUV・車内 運転席に田槙、助手席に蔵六。 きっちり締めたシートベルトを外す。 田槙「道具は?」 蔵六「う、後ろに。下ろしまっか?」 田槙「まだいらん。懐のも出しとれ」 蔵六の上着の懐からドス。 田槙に促されて後部の道具箱の蔭に。 田槙の懐の拳銃はグローブボックスに。 蔵六「ま、丸腰でええんで?」 田槙「球場内は中立地帯や。道具呑んどんの めくれたらその瞬間に交渉決裂やからな」 蔵六「こ、こ、交渉、ポンスケと?」 田槙「あほう。アレはこないな所におらん。 会うんは小武の若いもんや。小武の外道、 タダではポンスケ売らん言いくさって」 懐を開いて厚い茶封筒を見せる。 田槙「コレと引き換えにヤサのネタを寄越す 寸法や。ちゃっかりしとるやろ?」 田槙、悪趣味な腕時計に目を。 午後六時過ぎを示す金の針。 田槙「ちっと早いが行くか。取引は先手必勝 やからな」 ●ドーム球場・内部通路 売店エリア外れの閑散とした通路。 微かに漏れ聞こえるグラウンドの音。 肩で風切る田槙。 鴨の子のように従う蔵六。 田槙「空いとるのう。チームが弱いとこんな もんかいな。最近の野球ファンはドライで いかんわ」 蔵六「・・・お、おじき」 妙にモジモジしている蔵六。 田槙「どないした。怖気づくんは早いぞ」 蔵六「ち、ちゃいまんねん。も、もよおして きよって・・・」 下腹を押さえて内股に。 田槙「いちいちトボケたやっちゃな。ええぞ 行って来いや。恰好つけとる時にしびられ たらかなわんわ」 蔵六「し、小やなくて大っきいほうで」 田槙「どっちゃでもええわい。腹ん中空っぽ にして来んかい」 ヘコヘコ頭を下げて戻りかける蔵六。 田槙「場所わかっとんか。さっき通り過ぎた 階段の下や。ワシは先に行っとくからな」 蔵六「すんまへん、すんまへん・・・」 何度も振り向いてヘコヘコ。 田槙「内野一塁側の五階席やぞ! 十五分前 行動忘れんなや!」 小走りで遠ざかる蔵六の背中に。 ●同・グラウンド 拙守を繰り返すホームチーム。 今しも簡単なフライをお見合い落球。 まばらなスタンドから溜息が漏れる。 ●同・内野一塁側五階席 不入りでクローズ状態のエリア。 田槙以外に人影は無い。 柵に寄りかかりグラウンドを見下ろす。 眼下で繰り広げられる茶番に欠伸。 田槙「こりゃ草野球や。カネもろうても見て られへんわ」 近づいてくる気配に振り向く田槙。 田槙「なんや、えらい早いやないか・・・」 ●同・トイレ前 すっきりした顔で出てくる蔵六。 丁寧にハンカチで手を拭きながら。 ふと立ち止まって戸惑い顔。 その時、足元をすくうような揺れが。 周辺にいた客たちから悲鳴。 堪らずその場に蹲る人々。 十秒ほどで揺れは収まる。 立ち上がった蔵六、左右を見回して。 ざわつく人々をよそに走り出す。 ●同・内野一塁側三階席 中断していた試合が再開される。 試合より地震の話題で持ち切りの観客。 蔵六、庇の下の通路をうろうろ。 ビール売りの女の子を呼び止め。 蔵六「あ、あの、ここ五階席でっか」 売り子「ちゃいますよ、ここ三階。五階席は この上」 振り返って肩越しに上を指す売り子。 その可愛らしい顔が真っ白に強張る。 次の瞬間、二人の中間に落下物。 ベチャッという音と飛沫と共に。 足下の塊、捩れて朱に染まった田槙。 血飛沫が蔵六にも売り子にも。 売り子、サイレンのように叫び出す。 ●金山興業・事務所・夜 業者が引き上げ、がらんとした部屋。 地震で乱れた室内を独り片づける成松。 入口から押し問答が聞こえる。 刑事P「こら、入ったらあかんちゅうに」 ホステスL「もう、触らんといて。安い女と ちゃうねんで」 成松「旦那、その子はええんです。おやじが 呼んだ子やさかい」 文句垂れながら入ってくるホステスL。 その後から苦い顔の刑事が続く。 ホステスL「もう散々や。わざわざ出張って きたのに地震に遭うわ変なオッサンに絡ま れるわ」 刑事P「ご挨拶やな。お前どこの店の女や。 今度抜き打ちで行かしてもらおか」 成松「ラブちゃん、そちらは警察の旦那や。 あんま噛みつかんときや」 刑事をちらっと見るホステス。 一瞬おいてアッカンベー。 男性陣、欧米人のようにヤレヤレ。 ホステスL「地震でも落とさんかったのに。 割れてたら弁償してや。クリュッグやで」 ワインバッグの中の酒瓶を確認。 ホステスL「セーフ」 成松「社長お待ちかねや。ドアの脇の呼鈴を 押したらな、中から開くさかい」 奥に消えるホステス。 刑事P「お宅の親、ええ根性しとるな。逃げ くさった子の代わりに守ったってんのに、 おのれは暢気に芸者遊びかいな」 成松「まあまあ。お上には感謝してまっせ。 ちゃんと社会貢献かてしてますやろ」 刑事P「正月に餅配ったくらいで、何が社会 貢献じゃ」 きょとんとして戻ってくるホステス。 ホステスL「なんぼ押しても開けてくれへん のやけど・・・」 成松「早速故障か。突貫工事はあかんな」 刑事P「待ちくたびれて寝とんのちゃうか」 成松「さっきの揺れで引っくり返って頭でも 打ってたらコトや。ワシが開けますわ」 刑事P「なんや、外から開けれるんか」 成松「キー教えるん嫌がってはったけど非常 時の用心や言うて無理に聞き出したんです。 実際、今は非常時ですやろ」 奥に向かう成松、刑事、ホステス。 ●同・社長室前 念のために呼鈴を押す成松。 中からは何の反応もない。 成松「おやじ、怒らんといてや。開けるで」 中に大声で呼ばわる成松。 刑事P「何も聞こえへんな」 成松「防弾仕様の鉄の棺桶みたいなもんや。 防音対策もバッチリなんでっしゃろ」 ドアの横のパネルにキーを打ち込む。 閂が外れる重々しい音。 成松「ホンマに開けまっせ。服着なはれや」 そーっと内側に扉を押す成松。 扉の隙間からピンクの塊が飛び出す。 成松の顔に直撃してひと暴れ。 成松「うわっぷ」 振り払われてホステスの胸に着地。 ホステスL「あら猫ちゃん」 懐に収まった薄桃色の猫を撫でる。 べったりと赤く染まるホステスの手 社長室を覗き込んだ成松、絶句。 成松「あかんでえ・・・これはあかんでえ」 刑事P「何事や! うっ!」 一歩踏み込んだ刑事、血臭にたじろぐ。 ●同・社長室 床一面に散らばった料理と食器。 正面のテーブルに突っ伏した金山。 後頭部に空いた小さな射入口。 垂れた手の先の床に転がった拳銃。 卓上は頭部を中心に血と脳漿の洪水。 赤い血糊と灰色の脳髄が床にも。 床をうろつき回る無数の猫。 ミルクのようにペロペロ血を舐めて。 料理と人体の欠片の区別なく貪る。 入口に棒立ちの成松と刑事。 その後ろに無表情なホステス。 女の口が円く大きく広がって。 ホステスL「ギャーーーーー!!!」 ●十条警察署・取調室 机に肘を突いて頭を掻きむしる蔵六。 肘を横に払われて派手に顎を打つ。 蔵六「な、なにしよんや!」 向かいに座った梅若、知らん顔。 耳穴をほじった指先に息を吹く。 梅若「猫でも通ったんちゃうか」 蔵六「あ、アンタも見とったやろ、なあ?」 入口を背に立った刑事も知らん顔。 憤慨して思わず立ち上がりかける蔵六。 梅若に机を押されて椅子に尻餅。 梅若「立つ許可出した覚えはないで」 蔵六「ご、極道よりメチャクチャや・・・」 項垂れる蔵六に顔を寄せる梅若。 梅若「のう川西。お前はようよう死体に縁が あるみたいやけどな、ここまで重なったら もう偶然では済まされへんのやで」 蔵六「そ、そんなん言われたかて・・・あ、 アニキもおじきも勝手に去んでもたんや。 わ、ワシのせいやない・・・」 突っ伏した蔵六に梅若の冷たい目。 卓上灯のアームを曲げて蔵六の頭頂へ。 強烈な白熱電球の熱に髪から煙。 蔵六「や、や、やめっ、熱っ!」 逃れようとした肩を押さえる刑事。 刑事Q「脳味噌が冷えきって賢う振る舞われ へんのやろ。あっためてもらいーや」 蔵六「あっ、あっ、ホンマやめて!」 刑事の手を振り払って机の下に潜る。 亀のように縮こまった蔵六。 たちまち四方から蹴りが飛んでくる。 梅若「なんやこのボール。全然飛ばんぞ」 刑事Q「空気抜けとるんちゃいます? ケツ にポンプでも突っ込みましょか」 梅若「こないにヤワなガワやと破裂してまい よれへんか、パーンいうて」 法の番人たち、悪意ある嗤い。 奥歯を噛み締めて耐える蔵六。 ●同・承前 机にぐったりと顔を乗せる蔵六。 向かいの椅子で体操する梅若。 関節を伸ばしながら優しく説諭。 梅若「川西、そろそろゲロしたらどないや。 ワシはな、何もかんもお前におっ被せよう としとるわけやないで。室川と山江の件は 事件性無しやと先から言うとろうが。金山 の件にしたってお前にゃ完璧なアリバイが 有るやろ。ワシが知りたいんはな、田槙の クニちゃんを殺った外道の名前だけや」 蔵六の乾いた唇が何事か呟く。 梅若「ん? もっぺん頼むわ」 蔵六の唇に耳を近づける梅若。 蔵六「・・・ポンスケや」 梅若「そないな戯言はもう十分じゃ!」 梅若、激昂して机を壁に放り投げる。 支えを失って床に崩れ落ちる蔵六。 倒れたまま機械的に呟き続ける。 蔵六「ポンスケ・・・ポンスケや・・・」 ぼろ雑巾を見下ろすような梅若たち。 梅若「ええかげん胸焼けするわ」 刑事Q「梅さん、こりゃ埒が明きまへんで。 思いきって札取りましょうや」 梅若「せやな・・・いや、今はまだ無理や。 癪やが、いっぺん帰らすか」 梅若、一気にクールダウン。 屈みこんで蔵六に囁く。 梅若「今日のとこはこれで勘弁しといたる。 また呼ぶさかい、その時までに答えを用意 しとくんやで。クニちゃん殺りよったホシ と・・・」 手をかざし、さらに声を潜めて。 梅若「・・・室川の現場で、あないな小細工 しくさった理由をな」 ●同・玄関・夕 刑事に支えられて出てくる蔵六。 すり傷だらけの顔、覚束ない足。 玄関先で腰に手を当て見送る梅若。 刑事Q「一人で帰れるか」 物陰からすっと出てくる成松。 成松「ワシが連れて帰りま」 煙草を咥えたまま蔵六を肩代わり。 成松「六よ、よう頑張ったの」 蔵六「あ・・・カシラ・・・」 成松の顔をぼんやり認めて微笑む。 何か言おうとして咳き込む蔵六。 成松「おう、すまんすまん。煙かったやろ」 携帯灰皿を取り出し煙草をねじ込む。 蔵六「・・・た、タバコ、また始めはったん でっか」 成松「外でだけや。どうしても精神安定剤が 欲しゅうてな。女房に言うんやないぞ」 慣れない二人三脚で歩道まで出て。 成松「クルマ止めるさかい、待ちいや」 蔵六「・・・く、組に戻るんでっか」 成松「あほう。あないな事があった後やぞ。 現場保存たら何たらで立入禁止じゃ」 蔵六「・・・ま、また何もでけんかった」 力が抜ける蔵六、力を入れ直す成松。 成松「そない言われたら、ワシの立場も無い がな」 ●タクシー・後部座席・夜 揺さぶられて目を覚ます蔵六。 節々の思い出し痛に顔を顰める。 開いたドアから覗き込む成松。 成松「着いたぞ。垢を落としてから応急処置 や。頼むから行儀よくするんやで」 next ジャンル別一覧
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