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カテゴリ:福島第一からの放出 環境への影響
「その33」からの続きです。 この頃には、スマホのバッテリーが最低限まで減少していたので、計測結果は撮影ではなくメモにしました。申し訳ないのですが、今回の記事のみ、文字だけの記載です。 (リンク) ●紅葉山公園(地図含む) ●板倉神社 福島駅東口から福島県庁へ 福島駅東口から駅前通りを東へ向かい、そのまま真っすぐ、県庁通りとの交差点までレンガ通りを歩いていきました。 途中で計測した空間線量です。 ▸駅前通りの歩道に飾られていたヤマザクラの植木鉢の中。毎時0.18μ㏜(年間1.6m㏜) ▸常陽銀行福島支店の向かい側「福島市まちなか広場」の植え込みの中。検出限界値未満。 ▸レンガ通りの歩道にある「古関裕而メロディーボックス 懐メロボックス」傍の「古関裕而生誕の記念碑」の上。毎時0.11μ㏜(年間1m㏜) ▸同じ記念碑の下の路面。毎時0.18μ㏜(年間1.6m㏜)
▸福島警察署前の県庁通り歩道の植え込みの中。毎時0.4μ㏜(年間3.5m㏜) ▸県庁通りの横断歩道。チューリップが植えられている中央分離帯の花壇の中。毎時0.48μ㏜(年間4.2m㏜) 県庁の周囲を計測してから、紅葉山公園に向かいました。県庁前の駐車場には、警備の方が周囲を見回しながら立っていました。 ▸県庁前公園前のバス停「福島一小(いちしょう)前」の路面。毎時0.25μ㏜(年間2.2m㏜) ▸県庁前公園の「明治天皇行幸碑」前の植え込みの地表面。毎時0.21μ㏜(年間1.8m㏜) ▸同・ビオトープの川上側の芝生の地表面。毎時0.09μ㏜(年間0.8m㏜) ▸同・川下側の池の傍の地表面。毎時0.09μ㏜(年間1.9m㏜) ▸同・ビオトープの案内板の下の地表面。毎時0.1μ㏜(年間0.9m㏜) ▸県庁前公園と県庁前歩道を繋ぐ地下通路の側溝。毎時0.09μ㏜(年間0.8m㏜) ▸県庁前のバス停「県庁前」の路面。毎時0.1μ㏜(年間0.9m㏜) ▸福島県庁駐車場前の「福島城と奥州街道」看板下の地表面。毎時0.16μ㏜(年間1.4m㏜) ▸福島城址の石碑前の芝生上。毎時0.16μ㏜(年間1.4m㏜) ▸福島県庁の自転車置き場の地表面。毎時0.13μ㏜(年間1.1m㏜) 紅葉山公園と板倉神社の空間線量 ▸紅葉山公園案内板の下の地表面。毎時0.28μ㏜(年間2.5m㏜) ▸紅葉山公園のコンクリート製のベンチの上。毎時0.16μ㏜(年間1.4m㏜) ▸同・県庁側の桜の周りのベンチの上。毎時0.12μ㏜(年間1.1m㏜) ▸同・ブランコの下の地表面。毎時0.27μ㏜(年間2.4m㏜) ▸同・散策路の川沿い側の地表面。毎時0.26μ㏜(年間2.3m㏜) ▸同・散策路の県庁側の地表面。毎時0.07μ㏜(年間0.6m㏜) ▸同・散策路のベンチ前の地表面。毎時0.09μ㏜(年間0.8m㏜) ▸同・散策路のこぶしの木(背が高く、花が綺麗でした)の根元の地表面。毎時0.15μ㏜(年間1.3m㏜) ▸同・涸れ沢の地表面。毎時0.19μ㏜(年間1.7m㏜) ▸同・石の鳥居の下の地表面。毎時0.15μ㏜(年間1.3m㏜) ▸同・杉妻(すぎのめ)稲荷神社の正面の地表面。 毎時0.26μ㏜(年間2.3m㏜) 紅葉山公園の散策路を一周するように歩いてから、阿武隈川沿いの土手に上がり、河川敷や板倉神社の境内の空間線量を計測しました。 ▸阿武隈川の河川敷の地表面。毎時0.19μ㏜(年間1.7m㏜) ▸板倉神社の階段の手摺の下。毎時0.09μ㏜(年間0.8m㏜) ▸同・鳥居の真下の地表面。毎時0.37μ㏜(年間3.2m㏜) ▸同・左の狛犬の台座の上。毎時0.14μ㏜(年間1.2m㏜) ▸同・「復興記念碑」の裏側の地表面。毎時0.2μ㏜(年間1.8m㏜) ▸同・印塚裏の芝生の地表面。毎時0.22μ㏜(年間1.9m㏜) 「目標」としていた所を全て計測し、ホテルへ戻る 伊達市から福島駅へ戻ったのが意外と早かったのが幸いし、福島県庁と紅葉山公園周辺の空間線量も計測できました。 紅葉山公園は、線量が高くなければ、河川敷にも下りられる、こじんまりとした良い公園だと思います。こぶしの木は花が満開で綺麗でした。写真に撮れなかったのが残念です。 福島県庁周辺の空間線量を計測できたので、予め「目標」としていた場所は全て調べられました。 暑いくらいの西日の中を再び福島駅へ向かい、地下道で西口へ抜け、ホテルへ戻りました。約10時間の外出で、結構疲れていました。 ホテルへ戻っても、自分にとっての「ノルマ」はまだ終わっていません。この日(4月4日)は、フクイチ1号原子炉下部の調査結果に関する東電の記者会見が予定されていたので、ホテルの部屋でノートPCで視聴しました。1時間50分を要しました。 4月5日は、朝一番の新幹線で東京へ戻って傍聴 ホテルに滞在しているとは言え、くつろぐ時間は殆ど取れませんでした。 翌日(4月5日)に開催される第1回原子力規制委員会の傍聴登録を済ませていたのですが、通常は10時半開始のところが、9時半開始へと前倒しされていたので、翌日のチェックアウトの時間を早めなければなりませんでした。 記者会見を視聴し、食事と入浴を済ませると、復路の準備をして、すぐに就寝しました。歩き回っていたので、自分でも意識しないまま疲れていたようです。直ぐに寝られました。 4月5日は朝一番の新幹線で東京へ戻りました。新幹線は満席でした(私が購入した指定席が、どうやら最後の1枚だったようです。ギリギリでした)。 東京駅から地下鉄で六本木一丁目駅へ向かい、原子力規制委員会に間に合うように六本木ファーストビルへ到着できました。 この日の議題は6つでした。 (リンク) ●第1回原子力規制委員会 議題が多かったのと議論が長引いた関係で委員会は約2時間半に及び、終わったのが12時頃でした。 六本木一丁目駅から川崎市内の自宅へ向かい、13時過ぎに帰宅しました。4月2日の夜勤で出勤し、3日の夜勤明けで福島駅へ向かったので、約65時間ぶりの帰宅でした。 濃密な2泊3日 福島市・伊達市を周った際に履いていた靴・着ていた長袖は、帰宅して直ぐにゴミとして処分しました。放射性のダストが付着しているでしょうから、それらを普段の生活に持ち込み込むことはできません。「放射線管理区域」に相当する地域を歩いていた可能性も有ります(放射線管理区域に持ち込んだ物は、持ち出し禁止です)。 帰宅後に、この日の原子力規制委員長記者会見を視聴して(普段は30分前後ですが、この日は約1時間を要しました)、漸く「やるべきこと」が全て終わりました。 月刊「政経東北」の編集部への訪問から始まり、原子力規制委員会の傍聴で終わった、濃密な2泊3日でした。 これまでも、ブログ・SNS等で繰り返し表明していることですが、改めて、以下を実感しました。 ●放射線量は調べないと分からない ●放射線量は一様ではない。 ●少なくとも、今回周った所では、空間線量・年間1ミリシーベルトに収まる所より、超える所が多い。 ●空間線量だけではなく、生活空間の土壌の線量も国の責任で調べるべき。 ●年間追加被曝線量が1ミリシーベルトを超える場合には、「避難の権利」を認めるのが、国として最低限、やるべき事であろう。 ということです。 改めて幾つかお断りしておきます。 私は「事実を自ら確認する」為に行きました。「福島は危険」とか「福島を応援する」という結論ありきでの行動ではありません。そのような議論がコメント欄に書かれた場合には、即時、削除いたします。 又、拙ブログの意見や感想に関わる部分は全て私個人のものであり、他の如何なる組織・個人とも関係はありません。 被曝の事に限らず、「自分の身体に関することを、外部からの強制やインセンティブ(誘因)に影響されずに決定するのは、個人の尊厳の基本」というのは、私のものの考え方の大前提です。 記事の文章を含め、拙ブログの写真・グラフ・ポンチ絵の無断転載・引用はご遠慮下さい。 最後になりますが、私の予定に合わせて下さった「政経東北」編集部の皆様、信夫山での計測に同行して下さった編集部員のK氏、全34回の「連載」を読んで下さった皆様に感謝致します。 春橋哲史(Xアカウント:haruhasiSF)
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Last updated
2024.12.01 15:28:01
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