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カテゴリ:反原発・脱原発
原子力規制委員会委員長は、東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故が発生した3月11日に合わせて、毎年、訓示をしています。
訓示は今年(2025年)も行われました。 2012年以降の委員長訓示の全文と、その際の映像を紹介します。 委員長訓示の際には、2014年以降、福島第一原子力規制事務所からの報告等も行われています。訓示の文章だけではなく、規制事務所からの報告等もご覧下さい。普段は知ることのできない規制の中身や現場の感覚が幾分なりとも分かります。 文章は変えていませんが、読み易さを考慮して適宜改行しています。 当記事は、今後、1年ごとに更新していきます。 ====2013年訓示(事故から2年に当たって/田中俊一委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(訓示は10~18分) ▸文字起こし 今日は東日本大震災から2年になります。 午後には政府の追悼式典もありますが、皆様とともに震災の犠牲になられた方々に黙祷を捧げ、皆さんと一緒に追悼の気持ちを深くしていきたいと思います。 さて今日、3月11日は東京電力福島原子力発電所事故から2年という日でもあります。事故の反省に立って新設された我々、原子力規制委員会・原子力規制庁の原点を確認する日でもありますので、こうして皆さんにお集まりいただきました。昨年9月19日の発足から、もうすぐ半年になります。私はこれまでの人生で最も忙しい時間を過ごしていると思っています。 とにかく全力で走って参りました。他の委員の皆さんも職員の皆さんも、私どもに課せられた責任を果たすために、私以上に全力を尽くしていただいていることを理解しています。この機会に、改めて皆さまの努力に敬意を払うとともに心からお礼を申しあげます。 発足以来、重要な瞬間が絶え間なく続き、皆さんの疲れもピークに達してきているはずです。しかし、この状況はこれからもしばらくは続きますのでくれぐれも体には気をつけていただくようお願いいたします。 ご存知の通り、私は事故発生後間もなく、一昨年の4月から、福島の除染に通っていました。規制委員会に来てからは、福島での活動はできなくなりましたが、今も福島の人たちと電話やメールでのつながりもありますし、いつも福島が原点だと思っています。地震や津波の影響だけではなく、原子力事故が原因で、今なお厳しい生活を送っている人たちが数多くいらっしゃいます。 事故から2年たちましたが、環境に放出された放射能のためにふるさとに戻れない方が未だに15万人を超えています。また、放射線被ばくに対する健康不安を抱きながらの生活を余技なくされている方も少なくありません。 こうした状況を踏まえて、3月6日に東京電力福島第一原子力発電所の事故による住民の健康管理のあり方について提言を出しました。この提言を確実に実現させることは言うまでもないことですが、事故によって多くの方が厳しい生活にさらされているという現実をしっかり受け止めて、引き続き最大限の努力をする覚悟を新たにしたいと思います。 この東京のオフィスで日々忙しい業務に追われていると、福島の現状に直に接する機会は少ないと思いますので、福島の現実の一端として浪江小学校の今を紹介させていただきます。 浪江町は、未だに町全体がほぼ期間困難区域にあり、役場をはじめ多くの住民は圏内の二本松市へ移転し、浪江小学校も、二本松市の廃校になった校舎を利用して子供達の教育を続けています。小学校という地域のコミュニティをつなぐ柱を維持しなければならないと、先生達は新入学児童を集める努力をしてきたそうです。しかし、来年度の入学者はゼロで、およそ600人いた児童も、18人になってしまうということです。 実は先週、この浪江小学校の校長先生からメールをいただきました。 【避難生活が二年の長きを超えようとは、当初は予想だにしなかったことであります。】という書き出しで始まるメールです。許可をいただいたので、一部を紹介したいと思います。 【周りが以前の日常を取り戻している中、いまだに浪江の人々は奇妙な小康状態の中にいます。子どもたちも大人同様に、これから十年、二十年後に、自分や自分の周りの世界がどうなっているのかを想像することの大変さに直面しています。大人が解決しなければならない問題を、未来への課題として先送りしてしまうことのないように願わざるを得ません。】ということであります。 この「奇妙な小康状態の中にいる」という表現に私は言葉を失いました。普段は、目の前に子ども達がいて忙しくしている時は、楽しい時間もあるでしょうが、ふとした時に厳しい現実と将来への絶望感に襲われるのではないかと想像します。先生達は、浪江町の産業、文化、伝統を教える「ふるさとなみえ科」という授業を作り、子供たちにふるさとへの思いを育み、これからの困難を乗り越えてもらうための取り組みをしているそうです。 福島は春の訪れとともに、梅、桜、桃の花が一斉に咲き、山では、コゴミに始まり、ワラビやゼンマイ、タラの芽など、様々な山菜が芽を吹きます。また、川にはアユやウグイが泳ぎ回ります。本来ふるさとへの思いというのは、子どもたちが山や川でこうした自然と直に接触することによって育まれるものだと思います。しかし、期間困難区域にあるため、浪江の子どもたちは一時帰宅も許可されず、この2年間自分のふるさとを見ることすらできないでいます。こうしたお話を聞くにつけ、原子力事故の罪が如何に重いかということを改めて感じざるを得ません。 原子力規制委員会、原子力規制庁の使命は、東京電力福島第一原子力発電所のような事故を二度と起こさせないこと。原子力事故から人の健康と環境を守ることであります。昨年9月19日以来、私たちに課せられた使命を達成するため懸命の努力を重ねて参りました。私たちの仕事に対する様々なご意見がありますが、私たちの取り組みにゴールはありません。 3月11日を迎え、私たちの前には普通の生活をしている国民がいるのだということを改めて思い起こし、原子力規制委員会、原子力規制庁の原点を振り返り、重い責任に誇りを持ち、国民から信頼される組織を目指して最善を尽くすことを皆さんとともに原子力事故の被災者と国民の皆様に約束させていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。 ====2013年訓示、ここまで==== ====2014年訓示(事故から3年にあたって/田中俊一委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像 ▸文字起こし (田中委員長) 本日3月11日、東京電力・福島原子力発電所事故から、今日で3年になります。仕事に追いかけられ、時間が流れて行く毎日ですが、事故を契機として発足した原子力規制委員会・規制庁は、事故から遠ざかってはなりません。 委員会の発足からは、まもなく1年半になります。昨年4月には文部科学省から放射性同位元素等規制法にかかる業務が移管され、先日は、原子力安全基盤機構、JNESとの統合もありました。私たちの責任はますます大きくなり、その分、国民・社会からの期待も増していると言えます。事故から3年という節目にあたり、「事故によって地に墜ちた、原子力規制に対する信頼を回復する」という課題への取り組みを振り返り、私たちの使命について再確認してみたいと思います。 私たちの使命の第一は、東京電力・福島第一原子力発電所の廃止措置をできるだけ速やかに進めること、そして事故による住民の気持ちに寄り添うことです。昨年行った「帰還に向けた安全・安心検討チーム」では、事故から時間が経つにつれて、被災者の中に事故直後とはまた違う苦悩が生まれていることが明らかになりました。その苦悩や懸念、不安に応えるための提案が出され、昨年暮れには、国の原子力災害対策本部でその方針が決定されました。私は最近何度か、個人的な用事で福島に帰ったのですが、地元の人と言葉を交わすたびに、苦悩の深さ、複雑さを知り、原子力災害の罪の大きさを改めて感じました。今年は、国としても取り組みの真価が問われる年になると思います。 今、サイトのすぐ外に住んでいる人はいませんが、それは避難を余儀なくされているからだということを決して忘れてはいけません。いつか帰還しようという希望を持っている人にとっても、別の場所で新しい生活をする決意をした人にとっても、福島はふるさとです。現在は、遠く離れた場所にいて、たとえ忘れようとしていても、福島第一原子力発電所でトラブルが起きたという知らせを聞く度、被災者の心に重い雲がかかるという事実を、深刻に認識する必要があります。 そのような被災者の思いをよくよく胸に刻みながら、私たちは厳しい現実と対峙しなければなりません。この先、何一つトラブルなく廃炉が完了することは不可能であると、これまでも申し上げてきました。大変歯がゆいことですが、福島第一原子力発電所の状況は、様々なトラブルを想定しなければならない状態にあります。 だからこそ、福島第一原子力発電所の廃止作業の「安定確保」という戦いは、どんなに想定しても想定しきれないリスクを相手に、それを顕在化させない、という根気の要る戦いなのです。そこには、高い専門性と気概が求められます。 いま、原子力規制庁の福島事務所には第一・第二あわせて17名の職員がおり、そのうち10名が第一原発を担当しています。我々の仲間として最前線で事故サイトと向き合う検査官の声を、みなさんに直接聞いて欲しいと思い、今日は代表者に来てもらいました。検査官、お願いします。 (検査官より挨拶) 私たちが勤務する福島第一規制事務所は、Jビレッジにあり、1Fサイトにおいて、24時間交代で事業者が実施する保安活動や、廃炉に向けた取り組みの状況を確認する業務を行っています。 今、1Fでは毎日5000人以上の作業員が、廃炉に向けた工事に携わり、サイトの至るところで工事が行われている状態です。どの検査官もサイト内全体を把握できるよう務めていますが、さらに注意を集中すべく、重要な機器や工事に対しては特に担当者を決め、進捗状況を確認しています。 サイト内は以前より、片付いてきましたが、しかしそれでもまだ線量が低いとは言えません。私たち検査官も必要以上の被ばくをしないよう心がけ、巡視等をする際も最新の線量状況を把握し、巡視や現場確認ルートを決めています。昨年11月には、4号機燃料取り出しが始まりました。この作業について、一部紹介したいと思います。 11月18日、構内輸送容器を4号機使用済み燃料プールへ持ち込むにあたり、実施確認を行いました。 この写真は容器を移動し、プール内に入れるところを保安検査官が確認したときの模様です。この写真は、燃料取扱機上に検査官が乗り、燃料ラックからの吊り上げ状況を確認している様子です。この写真は、輸送容器に燃料を充填している状況を検査官が確認している様子です。 11月20日には、4号機の使用済み燃料プールから輸送容器の吊り上げが行われ、共用プールへの搬出準備が行われました。写真は吊り上げられた輸送容器から養生カバーが取り外されたところです。 11月23日、4号機原子炉建屋から輸送容器を共用プールへ移す作業が行われました。写真は、4号機の搬入口において輸送容器を専用の台車に乗せているところです。 これまでにこの一連のサイクルは22回繰り返されてきました。作業は、今年いっぱい続きます。慣れによる気の緩みが大きなミスに繋がらないようにしなければなりません。 今、4号機の燃料取り出しの現場では、本庁からの指示により、作業環境の改善が進められています。このような取り組みと協調しつつ、残り1000体を超える使用済み燃料の移動作業について、集中力を途切れさせることなく、安全に作業が進められるよう監視していきたいと考えています。 今年も昨年に続き、汚染水の漏えいが発生しました。プラントの監視をする立場として非常に責任を感じています。ひとたびトラブルにまで至ると、現場で状況を押さえ込むことは非常に困難です。 私は、規制の基本はトラブルの未然防止、予防にあると考えます。1Fは、何が起きるか全てを予測できる状態にはありません。そこで私たちは、小さな端緒を見逃さず、状況を迅速かつ正確に報告することで、不確実性を下げるよう心がけています。さらに、予防的な規制をするためには、長期的な見通しを持つことも重要です。1Fについて、廃炉のためのロードマップがありますが、私たち規制側にも工程表のような概念が必要だと感じています。 汚染水の問題を含め、「サイトをこう安定させたい」という目標に、いかにして近づいていくか、という道筋です。 先月、「敷地境界で廃炉作業によって追加的に生じる放出による影響を年1ミリシーベルト以下」にするための段階的な規制要求が決まりました。これをはじめとして、特定原子力施設の実施計画を充実させているところなので、現場の視点を活かしながら、より実効性のあるものにしていきたいと考えます。 本庁からの指示、報道など、自分の仕事がいかに責任あるものか、意識することが多い職場です。これからも困難な現場であることは変わりませんが、私たちが守っているのは、サイトではなく人だという気持ちを持ち、使命を果たして行きたいと思います。 以上です。 (田中委員長) 検査官、ありがとうございました。 今日ここに集まっている規制委員のみなさん、規制庁職員のみなさん。それぞれが重要な責務を負って 日々の仕事に全力を傾注しています。サイトに立ち入ることのない業務を担当している人もいます。しかし、福島第一原子力発電所の状況は私たち全員の原点であり、等しく責任を分担しているのだということをいま再確認していただけたと思います。 検査官の話にもあった通り、リスクの顕在化を防ぐ予防的な規制をするためには、規制委員会と規制庁全体の連携がきわめて重要です。今日は、福島第一原発の状況を検査官に報告していただきましたが、予防的な規制という課題は、全ての現場に共通しています。 私は規制委員長として重い責任を負い、最大限の努力をする覚悟です。しかしこの課題は、私の覚悟だけで解決するような簡単なことではありません。組織の力は、現場をどれだけ信用できるかで決まります。全ての会議が公開される現状は、これまで以上に行政官の力量が問われる環境であり、みなさんの負担は増えたかもしれません。しかし、適合性会合を見ていると、率直に質問をぶつけ、必要な要求をする姿勢を規制委員会と規制庁の一人一人が身につけつつあることが分かり、大変嬉しく思っています。 これからも良い意味での緊張感を保ち、個人でも庁内でも、事業者と向き合う場合でも、常に「事故が起こるリスク」を問いかける姿勢と共に、規制行政官としての矜持を堅持し続けて欲しいと思います。どんな仕事をする時も、必ず3年前の事故に立ち返って考えるよう、習慣にすることが大切です。それこそが「安全文化」の基本であるからです。節目の今日。被災者に思いを寄せ、現場を知り、安全文化の意味を改めて確認し、さらなる挑戦を誓い合いましょう。 ====2014年訓示、ここまで==== ====2015年訓示(事故から4年にあたって/田中俊一委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像 (委員長訓示は4分~、小坂原子力規制部安全規制管理官BWR担当安全規制調整官は14分~) ▸文字起こし (田中委員長) 2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所の事故から今日で4年が経ちました。この4年間、福島に暮らしている方は何を思ってお過ごしになったでしょうか。本日は、長い避難生活を余儀なくされている方々の生活に思いを馳せ、原子力事故を二度と起こさないという自覚を新たにする一日にして頂きたく、皆さんにお集まり頂きました。 福島第一の廃炉作業も4年を迎え、4号機の使用済み燃料の取り出しが終了し、ALPS等による汚染水処理も進み、長い間の懸案事項であった海側トレンチの高濃度汚染水の処理もほぼ目処が立つなど、紆余曲折しながらも廃止措置の歩みは着実に進んでいます。 しかし、その一方では、大変残念なことですが、度重なる労災事故、汚染水を巡る様々なトラブル、放射性ガレキ問題、最近のK排水溝からの汚染した雨水の排出など、この一年も少なからぬ事故やトラブルが起こり、その度に、福島県民に不安と憤りを与えているという事実も直視する必要があります。 福島第一は、廃止措置が少しずつ進んでいるとは云え、様々な事故やトラブルの原因となるリスクがまだまだ数多く残っています。従って、廃止措置を速やかに進めることだけではなく、それに伴う事故やトラブルをできるだけ防止するため、関係者が最善の取組をする必要があります。同時に、内在する様々なリスクを把握し、大きなリスクを顕在化させないという戦略的な取組と進捗状況を正直に福島県民に伝えることも極めて大切なことです。 このような思いから、先日、原子力規制委員会として福島第一のリスク低減マップを作成しました。このマップは今後5年程度を俯瞰して、何が課題で何を優先しなければならないかを示したものです。東京電力には、このマップを参考にして、福島第一のリスク低減に向けた取組を引き続き強く求めて行きたいと思います。合わせて、福島第一が一体今どうなっているのか、今後はどうなるのかといった福島県民の不安を解消するための一助となればと願っています。 先日、全村避難をしている飯館村の村長から、お手紙とともに、役場の職員に向けた年頭所感をいただきました。今の被災地の皆さんの心を理解するためには、全てを紹介したいところですが、長い所感ですので、その中のほんの一部だけご紹介します。 「もう100点の答えはない。ベストの答えはありえない。したがって、より高いベターの答えに向かって皆で努力しあい、知恵を出し合い、時には我慢しあって復興に向けていくしかないということです。そこには、ベストでない決断をしたり、責任を負ったりしていかなければならないという使命というものがあるのだろうと思います。」 私はこの年頭所感を拝読し、被災地の方々が、より現実的に状況を捉え、自分たちの未来を前向きに考えようとしているということに強く胸を打たれました。怒り、憎しみ、苦悩、我慢、あきらめ。いろいろな感情がこの4年間に入り混じってあふれてきたことでしょう。それでも村長として、なんとか住民が心の幸福を取り戻すことができるよう、必死に努力している姿と飯舘村のおだやかな風景が目に浮かびました。そして、福島第一の事故を契機に生まれた組織で働く人間として、私たちはこのような方々に対して何ができるのかを、考え続ける責任があるのだと再認識しました。 原子力に対する考え方、受け止め方はいろいろあります。 しかし、それとは別に、福島の方は、ふるさとの復興に向かって必死の努力をしているという事実に率直に向き合う必要があります。ふるさとの復興を先導できるのは、そこで生まれ育ち、生活を育んできた、ふるさとへの思いを強く持つ住民の方々で、外の者ができることには限りがあることは事実です。しかし、少しでも力になりたいという思いを持ち、努力することは大切なことだと思います。私が原子力規制委員会の委員長をお引き受けした原点もそこにあります。その意味で、福島第一の事故を住民の方々がどのように乗り越えようとしているのかを、私が架け橋となって伝えて行くことも私の責務であると考え、本日飯舘村の菅野村長の言葉を引用させて頂きました。 事故から4年が経過し、言葉とは裏腹に、普段の生活の中で福島県の実状を実感する機会は次第に遠ざかっているように感じます。 東日本大震災は岩手、宮城、福島を中心に言葉を失うような悲惨な被害をもたらしました。その中で福島については、福島第一の事故が追い打ちをかけたという事実は決して拭い去ることはできません。原子力の規制行政に携わる者として、私たちはこの事実を片時も忘れてはならないのだと改めて申し上げたいと思います。 話は少し変わりますが、昨年は、我々原子力規制委員会・規制庁にとって挑戦の1年となりました。新規制基準に沿った審査が開始され、紙の上にしか存在していなかった新たな規制が生きた規制として、体現されました。今までにない取組で、事業者側はもちろんのこと、規制側も戸惑うことが多かったとは思いますが、事故を起こしてはならない、その一心で審査チームも頑張ってくれたと思います。 年頭の挨拶でも申し上げましたが、今年は節目の年となります。 事故のリスクを見落とすことなく、どこまでもリスク低減へ向けた追求に貪欲になっていただきたいと思います。一度重大な事故が起こると、地元の方々の生活は一変してしまいます。私たちは科学の世界で生きていますが、一度事故を起こしてしまえば、科学の一言では収まりがつきません。様々な人の気持ちが幾重にもからみあって、生活を元に戻すことが難しくなります。このような事態を絶対に生んではいけないという意識が、原子力を規制する上での礎です。原子力の規制の責任は重いものです。 事故から4年がたち、一部では事故の教訓を忘れつつある風潮もありますが、私たち規制の責任を担う者は、絶対に福島の教訓を風化させてはなりません。 繰り返しますが、私たちが担う原子力の安全規制の使命は極めて重いものです。自分のやっていることが本当に正しいのか不安になった時には、立ち止まって福島の現状に思いを馳せ、自らの判断に確信をもって頂くようお願いします。 今日は、この後に、規制庁の職員を代表して小坂調整官に福島の事故とその後の体験を話してもらうようにお願いしました。組織が変わり、人事異動があり、また新規の職員が入ってくる中で、時の流れと共に、事故当時のことを体験した者が少なくなってきています。原子力事故とは何か、事故後に何が起きたかを生きた言葉から学ぶことで、原子力事故を防ぐことの意味を共有し、学ぶ機会にして頂きたいと思います。 今年は原子力規制にとって節目の年ですが、同時に規制委員会の組織にとっても節目の年になります。法律に規定する3年目見直しなどの組織の枠組みの話題が上ることでしょう。しかし、私たちの、規制委員会の理念は何があっても変わりません。それは、福島第一事故の教訓に学び、人と環境を守る原子力規制行政を貫くということです。私は皆さんとともにこの理念を堅持しつつ、新しい原子力規制の時代を切り拓いて行きたいと思います。 以上で、福島第一原発事故から4年を迎えての訓示とします。 (小坂安全規制調整官より挨拶) こんにちは。原子力規制部安全規制管理官BWR担当の安全規制調整官を務めている小坂です。 私は、平成16年7月に、当時勤めていたメーカーを辞め、保安院で働き始めました。 東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた平成23年3月11日のその日、私はもんじゅの保安検査で敦賀に出張していました。検査中に大きな地震を感じましたので、検査を中止して検査官と共に事務所に戻りました。 ニュースで太平洋側に大きな地震と津波の被害があると聞き、すぐに太平洋側に立地している原子力発電所のことが思いを馳せました。心配が的中し、福島第一原子力発電所は外部電源が喪失し、非常用ディーゼル発電機も起動できないとのことでしたので、バッテリーの容量がある8時間のうちに電源をつなぎ込めることができるようにと祈りました。しかし、後で解ったことですが、バッテリーは津波で水没して既に使用できない状況にあったようです。 翌週から東電本店に政府・東電統合対策室が設置されることになり、私は平成23年の12月までそこで事故の対応にあたることになりました。私の主な仕事は、電源の復旧と、燃料プール及び原子炉の冷却でした。津波や水素爆発によって必要な設備がほとんど使用できないことが確認できましたので、関係者と検討してこの非常時であってもできる限り安定した設備を、現場に設置しようとすることにいたしました。 当時は切羽詰まる状況で対策に当たっていましたが、後から考えれば、福島第一は津波から生じる事故への備えが足りていませんでした。これは、津波のリスクを過小評価した結果です。確かに、目の前にないリスクを想定して対策を講じさせることは、非常に難しいことです。しかし、「こんなことは起きないだろう」と高をくくってしまえば、それは大きな事故にもつながってしまうのです。福島第一事故を経験し、リスクを見極めるという、規制の責任の重さを改めて認識しました。 リスクを見極めるということは、その後の福島第一での仕事の中においても常に念頭に置きました。私は平成24年の6月から福島第一原子力規制事務所の所長として汚染水の処理やタンクからの汚染水の漏えい、そして4号機の使用済み燃料プールからの燃料の取り出し作業に対応しました。混乱が続く中でも、次に何が起こるのか、この対策は十分なのかと、常に気を配り、検査官と共に、毎日サイトを監視しました。それでも福島第一は次から次へとトラブルが起き、その度に福島の住民の皆様にご心配をおかけし、誠に申し訳ないと思っておりました。 所長を務めた後、福島の地域調整官になってからは、自治体主催の会議で説明する機会が多くなりました。住民の皆さんからの大変な様子を直接伺う機会もありました。将来の生活に不安を抱える方、子供さんの健康を心配されるお母さんのお気持ちを思うと表現のしようのない感情がこみ上げました。 その中でも特に私が印象に残っているのは、地元自治体の首長さんのお話です。 ご自身も仮設住宅にお住まいの方で、冬にお伺いした際に私から『寒い冬に仮設住宅に住んでいて大変でしょう』という話をしたところ、その方はこのようなお答えをされました。『自分の住んでいた家はとても広くて、暖房をつけてもすぐには暖まらないけれども、今の仮設住宅は狭いからすぐに暖房がきいて暖かくなるんだ』と事故によって辛い生活を強いられている中でも、これほど前向きに物事を捉えられている方の心の強靭さを痛感したと同時に、悲惨な状況の中、明るく前向きに振る舞わせてしまっている現状に申し訳なさを感じました。また、どんなことがあっても、二度とこのような悲しい事故を起こしてはならないと決意を固めた瞬間でもありました。 福島第一の事故によって今なお多くの方が避難を余儀なくされています。この事故によって、自分の意思とは関わりなく、人生を変えられてしまい、また、貴重な時間を自らの時間として使えなくなった多くの方がおられます。 私たちはこのことを決して忘れること無く、事故を未然に防ぐよう、全力を尽くしていかなければなりません。そのために必要なことは、やはり、どこにリスクがあるかを見極め、そのリスクが最小限になっているか、どのようにすれば更にリスクを減らすことができるかを、常に問いかけながら日々の業務に向かうことです。 福島第一の事故は、現行の対策に慢心してしまい、思考が停止してしまったことが大きな原因です。 前例踏襲ではなく、新しい知見を反映させ、さらにどんなリスクが残っているのか問い続けていく。この繰り返しが事故のリスクを見極めるプロフェッショナルとしてのセンスにつながっていくものと信じています。原子力規制委員会は良い意味で普通の役所とは違うと思います。その良さを活かして、原子力規制という責任を全うできる個人と組織になれるよう皆さんと一緒に努力していきたいと思います。 ====2015年訓示、ここまで==== ====2016年訓示(事故から5年を迎えて/田中委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(フクイチのオンサイト・オフサイトの映像0~17分、委員長訓示は17分30秒~) ▸文字起こし 東日本大震災から今日で5年です。5年前も金曜日でした。目を閉じてみますと、震災で犠牲になられた方々への追悼の気持ちと同時に、震災時の情景がまざまざと浮かんでまいります。そして、あれから5年経った今日も、なお17万人を超える方たちが、避難生活を続けられていることに、胸が痛くなります。 震災の被害を思うとき、私の心に去来しますのは、少年時代に駆け回った山々をいろどる桜と新緑の風景です。これからの季節、会津の山々の彩りは雪解けと共に日々変化し、その中でも春を真っ先につげる桜は気持ちを浮き立たせてくれます。今も目を閉じたときに浮かぶのは、会津の山里に咲く桜です。それは私にとって会津が「ふるさと」だからです。 会津からは少し離れますが、浜通りにも、多くの人に愛されている桜の風景があります。その中で最も有名なのは、富岡町・夜ノ森の桜です。およそ2000本のソメイヨシノがあります。左右に並ぶ「桜のトンネル」と呼ばれているこの場所では、福島原発事故が起きるまで、毎年4月に桜祭りが開催されていました。夜にはライトアップされて、出店が並び、全国からたくさんのお客さんが来ました。 事故の後も、桜は毎年咲きます。事故後もテレビで報道されていますが、人の気配が全くない風景です。事故で放出された放射性物質のために、「桜のトンネル」は帰還困難区域になったからです。 昨年、富岡町では満開の時期に合わせて、住民を乗せて夜ノ森の桜のトンネルをバスで見に行ったそうですが、放射線被ばくが心配で、バスから降りることなく、通り抜けたそうです。今年も、昨年と同様のことを計画しているとお聞きしました。 さて、事故から5年たった今だからこそ、被災地の現状を知らなければなりません。そうした思いをもって、私は昨年10月、先ほど登場しました持丸総括と金城福島第一事故対策室長とともに、避難指示の対象となっている12市町村と、及びいわき市、伊達市を個別に訪ねて回りました。 そこでは、福島第一原発の廃止措置の進捗状況と規制委員会の取り組みを説明し、住民が帰還にあたって抱える課題について、各自治体の代表者とじっくりと意見を交わしました。 その時お聞きした声は、たいへん切実なものです。 帰還が進む地域においては、これまでより放射線量がより高い環境でどう生活をしていくのか、という具体的な悩みが出てきていることが、わかりました。そしてその悩みは、放射線そのものへの不安というだけではなく、仕事、医療、教育、地域コミュニティーの再生への不安といった面が大きいことも、わかりました。 こうした問題に、私たちはどうかかわっていくべきでしょうか。できることはたくさんあります。 まず、福島第一原発が住民にとってこれ以上不安の原因にならないよう、引き続き廃止措置に全力を尽くすことです。そして、個々人の被ばく線量をモニタリングし、生活環境の追加除染などを行う取り組みが、より実効的なものになるよう、常に改善を考えることです。 さらに、避難を解除する基本となる、線量マップの充実に取り組むことも重要です。年末に試験的に測定を試みた双葉町中心部と富岡町・夜ノ森地区の詳細な線量マップをみると、除染がまだ手つかずの帰還困難区域であっても線量は、相当下がってきていることが分かってきました。 夜の森の桜の下で再びお花見ができるようにするためには、こうした地道な積み重ねが必要です。復興プランを前に進めようとする自治体に寄り添いながら、私たちも一緒に歩んでいきたいと思います。 さて、いま振り返ってみますと、原子力規制委員会・規制庁が発足した時には、重い責任に気持ちが焦るがゆえに、先が見えないこともありました。ときに厳しい批判もありましたが、就任から今日まで私を支えているのは、「福島のような事故を二度と起こさない」という強い誓いです。 改めてここに立ち、みなさんの顔を見て、同じ思いなのだと確信、確認しています。4人の委員をはじめ、規制庁に身を投じた皆さんも、固い信念に基づき、志をもって、それぞれの仕事を果たしていると感じます。 最近、国際会議などに出席しますと、「日本の規制委員会・規制庁はAmazingだ」と言われることがあります。Amazingは、日本語にすれば「びっくりさせるような、あるいは驚嘆すべき」という言葉です。 「どういう意味でしょうか?」と尋ねましたら、「世界を震撼させるような重大な事故を起こした日本が、今後どのようになるのかという思いをもって見ていたところ、短い時間で、組織を作り、基準を作り、審査をするところまで到達したことが驚きであるという意味だ」ということです。 国際社会に大きな迷惑をかけた日本人としては、複雑な気持ちにもなりますが、職員のみなさん一人一人が、それぞれの責務に励んできたことに対する国際社会の率直な評価として、静かな誇りをもって受けとってよいと思います。 最近は、事故後の混沌とした状況からは抜け出せたかもしれないと思うこともありますが、私たちの前には、まだまだ新たな課題が山積していることを自覚しなければなりません。昨年は、川内1号機、2号機の、今年に入り高浜3号機の運転が再開されました。昨日、高浜3号機は停止しましたが、私たちの責務は、規制を担う者として、原子力発電所の安全を確保するために厳格な審査を粛々と進めることに些かも変わりはありません。 先日の国際原子力機関による総合規制サービス、IRRSでも、「運転段階に入ると検査が重要になる」という指摘をされましたが、稼働時の安全確保は、極めて重要な課題であり、これまでの検査制度の見直しを図ると同時に、規制庁の検査力量の向上に向けた取り組みを強化していかなければならないと考えています。 みなさんも目を閉じたときに心に浮かぶ桜がありますか?それは、ふるさとの桜ではありませんか? 富岡町から遠方に避難した人の中には、今年も桜の季節に合わせて、夜ノ森の桜を眺めるために、ふるさとに帰省する人がいるそうですが、バスの窓越しではない桜を、1日も早く見せてあげたいと思うのは皆さん共通の願いだと思います。そのために、私たちが何ができるのか、そしてこれ以上、そんな悲しい景色を見る人を作り出さないために、私たちは何をすればいいのかを、3月11日を機に改めて考えて頂きたいと思います。 本日は、事故から5年ということで、私たちが今後、どのような思いを持ち、何をしなければならないかを一緒に考えてもらうために、できるだけ多くの皆さんに集まって頂きました。 私たち原子力規制委員会と規制庁に課せられた責務は重く、厳しいものですが、誇りをもって、臆することなく、一緒に挑戦することを誓って訓示とします。 ====2016年訓示、ここまで==== ====2017年訓示(事故から6年にあたって/田中俊一委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(委員長訓示は4分40秒~、福島第一原子力規制事務所 小林隆輔検査官は12分30秒~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故から明日で6年経ちます。事故の反省に立って発足した原子力規制委員会と原子力規制庁にとって大切な日でありますから、みなさんにお集まり頂き、福島の復興と私たちの仕事との関わりについて少しお話しさせていただきたいと思います。 事故後に避難を余儀なくされた福島県内の11市町村。これまでに5つの自治体で避難指示が解除され、この春には原子力発電所が立地している大熊町と双葉町、それに一部の帰還困難区域を除き、新たに4つの自治体の避難が解除され、多くの住民がふるさとに戻り、復興への本格的な道を歩み始めることが期待されています。 しかし、先に避難指示が解除された自治体の帰還率は、これまでのところ、10%から20%に留まり、10%にも満たないところもあります。 さらに、帰還困難区域については、一部を復興拠点地域に指定し、帰還・復興への道筋をつけることにしていますが、現状では具体的な目処が立たないため、帰還を諦めざるを得ない住民も少なくありません。 住民の帰還を妨げているのは、福島第一原子力発電所についての心配だけではありません。 帰還した後の仕事や生活のこと、子どもの教育のこと、病院のこと。事故前と違う放射線の環境下で暮らすことへの健康不安、眼前、目の前に山積みになっている除染廃棄物に対する不快感など、様々な課題が山積しています。 一方で、県外へ避難している住民や県外への移住を決めた住民も、放射能や避難生活に対する根拠のない“風評”や“誤解”による差別やいじめ等によって、言葉に尽くせない苦悩と怒りに苦しんでいます。 つまり、福島県の住民にとっては、事故はまだ続いており、「先の展望を見出せないままに6年が経ってしまった」というのが実感ではないでしょうか。 こうしてみると、原発事故の被害は、時間とともに解決するというよりもむしろ問題が複雑化し、課題が増えている面もあるように思います。 例えば、事故後に政府が示した、追加被ばく線量の扱いについてです。「年間1mSv」という目標値と、現実に達成できる除染のレベルとの間に開きがあること、多くの人が疑問と苦悩を感じています。 また、空間線量から年間の被ばく線量を推定する方法についても、もっと現実に即した見直しが必要とされています。住民に個人線量計を配り、被ばく線量を継続的に測定した結果を比べると、国がとっている評価値は、実際の被ばく線量と比べて約4倍も過大評価になっていることが分かってきました。 私たちは、放射線による有害な影響から人と環境を守ることを使命として掲げています。 事故後には、食品の摂取基準、出荷基準、海水浴場の使用基準、田畑の作付制限など放射線防護に関するさまざまな基準が示されてましたが、実態として整合性のある合理的な基準にはなっていません。国が提示する基準は、国民にとって極めて重いものです。 様々な放射線防護に関する基準や規則について、常に科学的な検討を加えることは、地味な仕事かもしれませんが極めて重要な仕事です。 なぜならば、その判断の先には、国民の健康や生活があり、福島県の復興、風評被害の問題があります。新たに生まれ変わる放射線審議会には、科学的な立場から合理的かつ整合性のある放射線防護基準を提示して頂けることを強く願っているところです。 福島第一原子力発電所のサイトの安全確保は私たちの重要な仕事ですが、私たちが担うべき責任は、次第に広がりと重さを増してきています。 原子力発電所については、福島のような事故は二度と起こさないことを誓って進めてきた審査はまだまだ続きますが、複数の原子力発電所が稼働を開始し、原子力発電所の安全を確保する上での検査の役割が重要になります。また、審査や基準も常に新しい知見に応じて改善を図ることが必要です。 再処理施設をはじめ核燃料取り扱い施設の審査も大詰めにきていますし、廃炉と廃棄物の安全確保も重要な業務として取り組まなければなりません。 私たちが取り組んでいるすべての業務は、直接、間接に原子力や放射線利用の安全に関わる大切なものです。我が国の社会や国民生活に大きな影響のある仕事であることを自覚し、引き続き、科学的・技術的な基盤に立ち、中立的・合理的な規制に取り組んで頂きたいと思います。 いわき市の福島工業高等専門学校では、福島第一原子力発電所の廃止措置に積極的に貢献するため、全国の高専に呼びかけて廃炉ロボットコンテストを実現し、廃炉プログラムを設けて知識や技術を学んでいます。自分たちに責任のない原発事故で、不自由な生活を余儀なくされてきた若者たち、事故時に小学生だった若者が、ふるさとの再生に向けて自主的に取り組んでいる姿には頭がさがります。 一方、福島第一原子力発電所の事故による、福島県民の苦悩は、残念ながら時間の経過とともに国民の目から次第に色あせてきているのも現実です。6年もの間、避難を余儀なくされてきた多くの住民が、ようやくふるさとに帰還できる春を迎えますが、ふるさとで働きたいと思う若者が、仕事を持ち、子どもを育て、健康に不安を感じないで普通の生活をするために私たちは何ができるのか、問われています。 事故から7年目を前に、福島の復興に思いを馳せると同時に、原子力規制委員会発足の原点を委員、職員一人一人が再確認して頂くようお願いして本日の訓示とします。 ====2017年訓示、ここまで==== ====2018年訓示(事故から7年に当たって/更田豊志委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(更田委員長は3分50秒~、福島第一原子力規制事務所ハシノ副所長は10分~) ▸書き起こし 明後日、日曜日に東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から7回目の3月11日を迎えます。 ある新聞社の企画に次の言葉が寄せられたと聞きました。 「このような思いは、次の世代には絶対にさせないで下さい。」 飯舘村の女子中学生の言葉だそうです。飯舘村の菅野村長はこの言葉が大変心に残っていると語り、そして「この災害、事故から私たちは何を学んで、何を次の世代に伝えるかが大事なのだと思う。」と仰っていました。 この機会に、福島第一原子力発電所事故の反省として、私が強く意識してきたことについてお話ししたいと思います。 安全の追求は、”現状維持欲求”との戦いでもあります。私たち人間には現状を維持したがるという欲求があり、たとえ大きなメリットをもたらすことであっても、新たな行為に伴うデメリットの方をより強く意識してしまい、これを避けようとする傾向があります。深刻な失敗をしてしまうまで、今の状態が続くものと信じたがり、デメリットを伴う選択と向き合わず、行為を避ける、あるいは後送りしてしまう。 こうした”現状維持欲求”にあらがって改善を続けるには、安全の追求に対する強い意志を持つことが重要です。 事故の教訓に基づいて、規制は大きく変わりました。しかしながら、この新たに生まれた現状に対して、これを維持したいという姿勢が生まれてくることを私は恐れています。 ”現状維持欲求”は、私たちの日々の業務にも影を落としかねないものです。”現状維持欲求”は日常の業務や思考を定型化、パターン化させようとする姿勢に繋がります。安全の追求には、想定外との戦いという側面があり、深刻な事故はほとんどの場合、想定外のことが起きたときに始まります。私たちは常に、見落としていることは無いか、欠けていることは無いか、考えに甘いところは無いかを追求し続ける必要があります。このとき、判断に向けた私たちの思考をパターン化させてしまうことが大きな障害となります。 規制委員会、規制庁としての経験が積み重なりつつあるなかで、審査も検査もその他の業務も、効率化の名の下に、徒にパターン化が進んでしまうことを恐れています。これまでの審査や同種の審査でこうだったからここでもこうだとは考えないで欲しい。決められたことを決められた通りに進めるのではなく、必要と思えば、原点に戻って考えることを厭わないで欲しいと思います。今までこれでよしとしてきたので今更言い出せないとは決して考えないで欲しい。 過ちを改めること、足らざるを補うことを決して憚ってはならないというのは、事故の重要な教訓の一つであると考えています。 そして、“事故は終わっていない”ということを改めて申し上げたいと思います。 “事故は終わっていない”というのは決して比喩でもレトリックでも無く、まさに事故は終わっていません。 判断、理解、知識、決断力の至らなさが深刻な事故の発生に繋がっただけでなく、事故の発生後も、様々な判断や決断の有無が、事故の影響、被害の大きさを左右してきました。そして今なお、事故の影響、被害の大きさを左右する判断の機会が続いています。 除染、廃棄物の処理・処分、風評被害対策、避難区域の解除、復興に係るあらゆる判断がこれからも続きます。原子力規制委員会、原子力規制庁にとっては、福島第一原子力発電所の困難な廃炉作業に対する規制上の判断がより一層重要になります。これまで、現場の方々の努力によって、リスクは大幅に低減されています。一方で、作業の困難さは今後一層高まるものと思われます。未だに事故の傷跡を曝し、おびただしい数のタンクが並んでいる福島第一原子力発電所には、多くの方々が不安を感じています。原子力規制委員会が、福島第一原子力発電所の現状とリスクとを、可能な限り正確にわかりやすく発信する努力を強めていくこともますます重要です。 飯舘村の中学生の言葉は、次世代への責任を考える機会を与えてくれました。福島第一原子力発電所事故の発生から7年を迎えるにあたり、安全の追求に終わりはないということを決して忘れず、次世代への責任を胸に、それぞれの業務にあたることを一同にお願いして本日の訓示とします。 ====2018年訓示、ここまで==== ====2019年訓示(事故から8年にあたって/更田豊志委員長)、ここから=== (リンク) ▸映像(更田委員長は3分20秒~、11分50秒~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から8回目の3月11日を迎えました。 東京電力・福島第一原子力発電所事故に対する反省と教訓は、原子力規制委員会、原子力規制庁にとって、まさに原点です。そこで特に今日は、皆さん一人ひとりに事故のことを考えていただきたいと思います。できれば職場の仲間と事故について語り合う時間を持っていただければと思います。 その材料になれば幸いですが、私はここで、3つのことをお話ししたいと思っています。 まず1つ目は、事故以前について。事故以前の組織や人の姿勢、考え方に関わる反省についてです。 1年前、私はこの席で皆さんに、安全の追求は“現状維持欲求”との戦いでもあるという話をしました。私たち人間には現状を維持したがるという欲求があり、たとえ大きなメリットをもたらすことであっても、変化に伴うデメリットの方をより強く意識してしまい、これを避けようとする傾向があります。深刻な失敗をしてしまうまで、今の状態が続くものと信じたがり、デメリットを伴う選択と向き合わず、変化を避ける、あるいは後送りしてしまう。人は“現状維持”を指向してしまいがちだということをお話ししました。 同じように、人は自らが属する組織や仲間を信頼すること無しに生きていくことがなかなか難しい。仲間を信頼できるということは自らの安心のためにも不可欠なので、人は自ずと仲間を信頼したいという指向性を持ちます。職場における信頼関係はとても重要であり、信頼し合うことは良いことですが、ここにも落とし穴は潜んでいます。 私たちは、事故以前に、組織やシステム、あるいは権威というものを信頼し過ぎてはいなかったか。信頼を通り越して依存していたのではないか。 自分はよく理解できてはいないけれど、きっと仲間の誰かがちゃんと理解してきちんとやってくれている筈だとか、いわゆる“偉い人”がたくさん集まって話を聞いているのだから、おかしなところがあればきっと誰かが指摘してくれる筈だとか。 規制の場合、物づくりやその運用にあたっている人達からの説明を聞いて、おかしいと思ったら指摘するという構図になる場合が多いので、きちんと理解しないで説明を受け容れてしまっても、少なくともその場は治まってしまいます。 もちろん、すべての者がすべてを理解するなどということはあり得ません。しかし、自分の持ち場、自分の責任範囲に関しては、理解に向けた出来る限りの努力をすることはもちろんですが、疑問を持ったら、おかしいと思ったら、あるいは、理解できないと思ったら、声を挙げる義務があるのです。仲間の誰もがこういう指摘はしていないからとか、上司が異なる意見だからとかで声を挙げないというのは、年齢や経験などに拘わらず、あらゆるレベルにおいて責任放棄に等しいと考えていただきたいと思います。 原子力規制委員会は、誰もが声を挙げることができる職場というよりも、必要なときは誰もが声を挙げねばならない職場をつくろうとしているのです。 規制委員会と規制庁との間の信頼関係が重要であることは言うまでもありませんが、私たち5名の委員は、優秀な規制庁職員がちゃんとやってくれている筈と信じ込んでしまわない義務を負っていると考えています。 2つ目は、真っ最中のことについて。東京電力・福島第一原子力発電所において事故が急激に進展し、対処や評価に追われていたときの経験についてです。 事故の進展中、とにかくわからないことがほとんどでした。評価や判断に確信が持てるということはほとんどありませんでした。今はたくさん対策をとったので、今度もし事故が起きたときはそうはならないと考えるのは幻想に過ぎません。 ところが規制の実施にあたっては、もちろん必要があってのことですが、過酷事故の進展に係る解析評価などに接することが多く、事故の進展があたかも私たちの理解の範囲にとどまるという誤解、幻想が生まれているのではないかと危惧しています。 新たに多くの対策をとることによって、過酷な事故に至ってしまう可能性を抑え込むことが出来ているけれども、それでもなお炉心の溶融を伴うような過酷事故に至る可能性は決してゼロではなく、また、そうなってしまったら、その後の対処において、十分な情報が得られるとか、確信をもった判断が下せると考えるのは明らかに過信というものであろうと私は考えています。 様々な対策をとった。様々な強化を行った。それだからこそ、それでもなお過酷な事故に至ってしまったような条件を考える場合には、事故の進展は私たちの理解を越える可能性が高いと考えるべきです。 3つ目、事故の発生から現在までのことについてひとつだけお話しします。 避難区域の解除、地域の復興に向けた拠点整備、廃棄物の処理・処分、風評被害対策などに係る努力が続けられており、福島第一原子力発電所の困難な廃炉作業に係る規制と地域のモニタリングとが原子力規制委員会の重要な責務です。ここでも、科学的・技術的知見に基づく見解や判断を持ったら、声を挙げるというのが原子力規制委員会にとって重要な姿勢の一つだと考えています。 福島第一原子力発電所の廃炉作業では、いわゆる処理済水の処分方法についての選択が大きな課題となっています。 処理済水の処分は、東京電力だけ、福島県だけの問題ではありません。しかしそのことによって、東京電力が処分方法の選択に係る責任を免れるわけではなく、当事者としての判断、見解を示すべきであろうと私は考えています。 一方、原子力規制委員会は処分方法の選択を行う主体ではありませんが、放射線の影響から人と環境を守るという責務に鑑みて、明確な見解を持った以上、これを明らかにすることは私たちの基本姿勢に従ったものであると考えています。この基本姿勢は今後も貫きたいと思います。 東京電力・福島第一原子力発電所事故については、事故以前、事故発生直後、そして発生から現在に至るまでのそれぞれについて考えるべきことがそれこそ無数にあります。皆さん一人ひとりに事故のことを考えていただいて、それぞれの考えをもとに、周囲の仲間と語り合う時間を持っていただくことは、たいへん価値のあることだと思います。 以上をもって訓示とします。 ====2019年訓示、ここまで==== ====2020年訓示(事故から9年にあたって/更田豊志委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(更田委員長は4分~、福島第一原子力規制事務所 坂中伸次原子力防災専門官は15分10秒~) ▸書き起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から9回目の3月11日を迎えました。 今日は、一人でも多くの方に事故のことを考えていただきたいと思います。また、職場の仲間と事故について語り合う時間を持っていただきたいと思います。 事故は多くの人の人生を変え、未だに多くの方々が不自由な生活を余儀なくされています。そして、これからも廃炉や環境改善に向けた長い道程が続きます。これまで以上に困難な局面が待ち構えているでしょう。その中では、何度も苦渋の決断を迫られることがあると思います。 福島第一原子力発電所では滞留水の浄化に続いて、汚染水処理によって生じた2次廃棄物の管理など、困難な戦いに多くの方があたっています。 先週からは、帰還困難区域の一部で避難指示の解除が始まりました。福島の復興に向けて数多くの努力が続けられています。 そして、原子力規制委員会、原子力規制庁は、あのような事故は二度と起こさないという決意の下、安全対策の継続的改善に取り組んでいます。 東京電力・福島第一原子力発電所事故に対する反省と事故から得られた教訓は、原子力規制委員会、原子力規制庁にとって原点であり、私たちに高い緊張感を、初心を与えてくれたものです。私たちにとって、初心を忘れないことが如何に重要であるかは論を俟ちません。 福島第一原子力発電所では困難な廃炉作業が続いています。現場の努力によって、発電所が発電所の外に危害を及ぼす可能性は極めて小さなものになっています。一方で、作業の困難さは一層高まっています。作業が安全に進められるよう注意を払いつつ、効果的、効率的な廃炉が進むよう、原子力規制委員会、原子力規制庁は十分な監視を続けていく必要があります。 東京電力・福島第一原子力発電所事故は、危害を与えるものを正しく恐れることの難しさを私たちに示し続けています。原子力規制委員会の使命は放射線の影響から人と環境とを守ることにありますが、放射線の悪影響だけを見て判断ができるわけではありません。危険因子を過小評価することが対処を誤らせてしまうのとまったく同様に、一つの危険因子を過大評価することも対処を誤ったものにしてしまいます。 規制当局が一つの危険因子に過剰に反応してしまうと、トータルのリスクを見誤ってしまいます。被ばくを少なくしようとする行動が過剰なものとなって、そのために、人の命を奪ってしまったり、事故の被害を拡大してしまったりすることは避けなければなりません。 福島第一原子力発電所の廃炉作業では、ALPS処理済水の処分方法についての選択が現在大きな課題となっています。原子力規制委員会は処分方法の選択を行う主体ではないものの、放射線の影響から人と環境を守るという責務に鑑みて、これまで一貫して「適切な処理の後、十分な希釈を行って、規制基準を守るかたちでの海洋放出を出来るだけ早期に行うべき」という見解を示してきました。 これは、規制基準が守られることにより、環境、産物に対する放射線の影響が無視できるレベルよりもさらにずっと低くなるという科学的な判断はもちろん、福島第一原子力発電所の廃炉を暗礁に乗り上げさせることなく、円滑に処分方法を具体化できるという技術的な判断も含めて総合的に考慮したうえでの見解です。 私たちには、科学的・技術的観点から判断を行い、見解を持った以上、声を挙げる責任があり、この姿勢を維持していくべきだと考えています。もちろん、科学的な根拠を持たない風評によって生じる被害を出来るだけ小さくするために、原子力規制委員会、原子力規制庁も努力を尽くしていきたいと考えています。 東京電力・福島第一原子力発電所事故に係る国会事故調は、その報告書において、意図的な先送りや不作為について厳しく糾弾しています。悪意や意図的な怠慢は論外であるとしても、人間には、問題が存在しない、あっても行動をとるほどひどくはないという判断を導く傾向があります。私たちは将来を過度に軽視して、災害は起こらない、起こるとしてもはるかに先だと信じ、今それを予防しようと行動する勇気を縮ませてしまいがちです。将来に備えるための決定には常に不確実さが伴うため、この不確実さの存在が、決定をやめてしまうか先送りし、現状を維持することに私たちを引き寄せてしまいます。 人間には、現在行動することによって将来得られるメリットが極めて大きい場合でも、現在行動することに伴う犠牲、コストに強い抵抗を感じ、現状維持を望む傾向があります。起きてしまった災害の予防に失敗した者への責任追及の厳しさに比べて、起きなかった災害についてその予防に貢献した者への賞賛ははるかに小さなものになりがちです。曖昧で潜在的でしかない危害が将来起こらないように、今ある貴重な資源を投入しようとするには勇気と決断力とが必要です。 不作為による失敗を避けるため、私が特に強い注意を払おうとしている二つの障害があります。それは、優先順位付けの誤りとインセンティブの欠如です。 組織内の個人が、生じつつある問題を防ぐのに必要不可欠な知識、理解、認識を持っているにも拘わらず、行動をとるために十分な動機、インセンティブを与えられていないがために行動をとるに至らないというのがインセンティブの欠如がもたらす失敗です。 個人や組織が潜在的な脅威に気づきながら、すぐに本気で取り組むべきものではないと考えてしまうとき、優先順位付けの誤りによる失敗が起きてしまいます。正しい優先順位付けを行う上での障害は数多くあり、将来を楽観する心理的な傾向や現状維持を望む強い欲求が優先順位付けを誤らせてしまいます。 私は、正しい優先順位付けを行っているかどうか、高い優先順位をもった行動に向けて強い動機付けが出来ているかどうかが、不作為による失敗を避け、潜在的なリスクに対処することが出来るかどうかを大きく左右すると考えています。 現在、原子力規制委員会は新たな制度に基づく検査を開始するため、様々な文書の整備を進めています。規制に対する予見性を高め、業務の効率化を図るうえで文書の整備は重要なことです。一方で、これらの文書に過剰に依存してしまう風潮や姿勢は避けなければなりません。なにか判断を行う際、人は、既に記されている文書、例えばガイドなどに、あるいは、前例に頼りたくなります。「どこどこにこう書いてある」、「これこれのときにはこうした」に判断の根拠を求めてしまいがちなのです。 決めごとや前例への依存、踏襲が過剰になってしまうと、一から自分の頭で考える、そもそもどうあるべきなのかに立ち返って考える姿勢が失われてしまい、柔軟な姿勢で検査に臨むという新しい制度が目指しているものが失われてしまいかねません。 東京電力・福島第一原子力発電所事故は、安全神話やそれまでの慣習、前例に囚われ、結論ありきで帰納的な(inductiveな)論理の組立てを行ってきたことのツケという側面を持っています。基本に立ち返り、そもそもどうあるべきなのかを自らに問い、そこから演繹的に(deductiveに)考える姿勢、既存の文書や前例が誤っている可能性を排除しない姿勢を事故は教えているのだと私は考えています。 どうか皆さん、いつもではなくても構いませんが、たとえ忙しい中であっても「どこどこにこう書いてある」、「あのときにはこうした」で考えることを止めてしまわないで、そもそもどうあるべきなのかから考えるように私と一緒に心懸けて貰いたいと願っています。 一昨年、花塚山(はなづかやま)に、昨年、安達太良山(あだたらやま)に登ることが出来ました。今年も規制庁の仲間とどこかに登りたいと思っています。 飯舘村で山菜を御馳走になったり、私は寝てしまいましたけれども、澄んだ夜空で星空を眺めた話などを仲間から聞いたりしていると、福島の自然がいかに豊かなものであるか、私にも少しわかったような気がしました。 東京電力・福島第一原子力発電所事故について、そして福島について、考えること、考え続けることは、私にとって仕事以上の意味があると感じています。 以上をもって訓示とします。 ====2020年訓示、ここまで==== ====2021年訓示(事故から10年にあたって/更田豊志委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(更田委員長は2分50秒~、福島第一原子力規制事務所 小林隆輔所長は16分30秒~) ▸東京電力・福島第一原子力発電所の事故から10年にあたって(文字起こしや、その他の映像へのリンク) 東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所事故の発生から10年が経ちました。 10年という節目の日ではありますが、事故の記憶、反省、教訓を風化させてしまわないためにもいま私が抱えている不安や懸念などもご紹介して初心を忘れないように訴えたいと思います。 事故の発生から10年が経って、危険な兆候、劣化の兆候が現れていないか、問い直し、考え続ける必要があります。 まず、いわゆる”規制の虜”についてお話ししたいと思います。Regulatory Captureという言葉が”規制の虜”、日本語では”規制の虜”になってるので少しわかりにくい所はありますが、経済学の分野では、本来は消費者保護のためであったはずの規制が、いつの間にか生産者保護のための規制に変化してしまう現象として1950年代から指摘され、経済学者スティグラーの研究などが有名ですが、2007年には、当時まだ大統領候補であったオバマ米国元大統領が米国原子力規制委員会USNRCのことを規制すべき産業界の虜になってしまったと批判しました。 そして、東京電力福島第一原子力発電所事故が発生し、国会事故調はこの”規制の虜”を事故を防げなかった原因として取り上げて、そして、新しい規制組織に関する様々な議論を経て、規制当局は推進当局から独立しました。 ここで私が強調しておきたいのは、規制当局が規制対象の虜になってしまうという”規制の虜”は、規制当局と規制対象という構図における普遍的な現象として捉え、懸念すべきものなので、規制当局が推進当局から独立したから解消された、その恐れは無くなったと考えてはいけないということです。独立性に優れているとされている規制当局であっても、”規制の虜”への恐れはずっと意識され続けるべきです。 規制当局が事業者の虜になってしまうメカニズムは様々なところに潜んでいると考えるべきです。例えば、事業者がトラブルや不始末を起こしたときに、私たちはしばしば、規制にも足らざるところがあったのではないかと考えます。このこと自身は一般に良いことだと受け止められがちですが、私たちは事業者の保護者ではないし、保護者になるべきではありません。仮に、事業者の不始末について規制当局も常に一定の責任を負うと考えてしまうと、不始末が起きたとき、それをなんとか丸く収めよう、小さく捉えようとするマインドが規制側にも生まれてしまいかねない。それこそ"規制の虜"です。 “規制の虜”に陥らないためには、事業者の不始末は事業者の責任として突き放す姿勢が規制当局には必要です。 次に、いわゆる世界最高水準、世界で最も厳しい水準の基準という表現についてお話します。 いわゆる新規制基準は、様々な自然の脅威に対する備え、多重かつ多様なシビアアクシデント対策、大規模損壊対策など、既設炉に対する規制要求としては確かに世界的に例のないものになっています。しかし、置かれている自然条件の違いがあり、文化の違い、経験の違いなどハード面だけでなくソフト面にも様々な違いがあるなかで、基準や規制の国際比較は非常に難しいことです。 もとより、継続的な改善を怠ることがあってはならず、“世界で最も厳しい水準の基準をクリア”という台詞が、基準をクリアすれば大丈夫なんだという姿勢を生まないように、新たな安全神話とならないように、私たちは十分に注意をする必要があります。 3つ目、セキュリティに関することですが、東京電力柏崎刈羽原子力発電所におけるID不正利用については、当初の評価の甘さのため、情報の共有に著しい遅れを生じてしまいました。当初の評価が甘いものになってしまったことについて、正常性バイアスのようなものは働かなかったか考えてみる必要があります。人は予想外の事態に触れたとき、それを一定の範囲のなかのものと考えたい、つまり、想定内と考えたいという指向性を持っており、こういった認知や思考に働くバイアスが当初の評価を左右しなかったのか、自らに問いかける姿勢が重要だと思います。 また、情報の扱いが厳しく制限される核セキュリティ事案については、多くの目による監視が不可能であるからこそ、委員会の関与を強めておくべきでした。委員会はIAEAなどの国際機関において行われる核セキュリティ分野の議論に参加し、核セキュリティのあるべき姿、方法論、安全とセキュリティとの干渉など、言わば大所高所の議論に加わってきましたが、それではなぜ、核セキュリティの現場で起きていることに強く関与しようとしなかったのか。 安全についてもセキュリティについても、規制の内容は現場に反映されなければ意味を為しません。委員会は実働部隊とともに働く組織として、細部に、実態に目が届くように努めるべきであることは、安全でもセキュリティでも同じことですし、むしろ核セキュリティにおいてこそより重要なことであったと思います。 また、原子力規制委員会も昨年、不正アクセスがあったことによりネットシステムを外部から遮断せざるを得なくなり、いまだに不便を余儀なくされています。不正アクセスを許してしまったが、そこに私たちの緩みはなかったのか。深刻な情報漏洩は確認されていないものの、不正アクセスを許してしまったことについて反省が必要です。不正アクセスを許すに至った詳細については脆弱性をさらせないという理由で公開できませんが、このために批判的視点を欠いてしまうというようなことがあってはなりません。 次は、私が原子力規制委員会発足後ずっと心配し続けていることですが、ガイドの整備、マニュアルの整備を進めています、今。これによって規制の内容がどんどん規範化されていくことに強い懸念を持っています。規範化というと堅苦しいですけど、ルール化といいますか、型にはめようとする、型にはまってしまうような形にするというのを規範化といっています。規範化は、規制側、被規制側の負担を小さくする一方で、欠けをみつけること、想定外に備えることにとって害となる側面があることは意識されてしかるべきです。 東京電力福島第一原子力発電所事故はシビアアクシデントでした。シビアアクシデントは常に想定の外で起こるでしょう。想定の範囲を超えるからこそ大きな事故に至ってしまう。安全を求める戦いは想定外を減らす戦いであって、その戦いには、常に新たに考えることが不可欠です。既に他の人が考えたことのなかに答えを見つけようとする姿勢では、シビアアクシデントを防ぐことは出来ません。 審査ガイドといったものは、将来の審査における審査官の負担を軽くする目的で作られてはならないと考えています。ガイドが定型的な審査の手順を与えてしまうと、審査官や申請者が考えなくなってしまう。審査は、予め書かれているものとの照らし合わせでは全くダメで、それは責任の放棄に等しいのです。審査も、そして検査も、ときには白紙に戻って考える姿勢が重要です。対象が一つの機器であれば、その動作原理を理解し、どのような条件下でどういった機能、どれだけの性能が必要なのか、考えることが重要です。審査の予見性は一定程度は必要でしょう。しかし、すべてが予見できるようなものは審査とは呼べません。 既にこれまでも繰り返しお話ししてきたことですが、自分でなくとも誰かがちゃんと考えていると期待するのはやめましょう。寝た子を起こすことを恐れてはなりません。必要ならば前言を翻すことを厭わず、卓袱台返しも恐れずにやりましょう。原子力規制委員会・原子力規制庁の職員にとって、意見を持ったら発信するのは権利では無く義務なのです。 検査についても、マニュアルの整備を求める声が聞かれます。多くの場合、マニュアルの整備は良いことかも知れませんが、たくさんマニュアルが出来てしまって、検査がマニュアル通りに進められたら、検査はどんどんチェックリスト方式に戻って行ってしまいます。新検査制度のポイントは、予め決められたものに囚われることなく、検査官それぞれが自らの知識、経験、理解に従って枠にはまらない検査を行うことです。 審査でも検査でも、私たちの責任の多くは、既に書かれたものに答えを見つけようとすることではなく、自らの知識、経験、理解に基づいて考え、判断することによって果たされると考えるべきなのです。 次に、東京電力福島第一原子力発電所では、現場の努力によって、発電所が発電所の外に危害を及ぼす可能性は極めて小さなものになっています。一方で、作業の困難さは一層高まっています。作業が安全に進められるよう注意を払いつつ、効果的、効率的な廃炉が進むよう、原子力規制委員会・原子力規制庁は十分な監視を続けていく必要があります。処理済水の処分、廃棄物の安定化安定保管など直面している課題の解決に向け、規制委員会・規制庁は一層、気を引き締めていかなければなりません。 また、昨日、中間報告書をとりまとめた東京電力福島第一原子力発電所事故の調査分析は、事故後10年を経て、まだまだ調べることがあることとともに、これまでにでも出来たであろう調査分析が終わっていないことも明らかにしています。電力自主として進められ、当時の規制当局も行政指導というかたちで関与していた、事故以前のシビアアクシデント対策の設計、施工にあたっていかなる議論があり、検討、考慮が為されたのか、また、為されなかったのか、このシビアアクシデント対策の整備にあたって、訓練についてはどのように考えられていたのかなど、問い直していくことが重要だと考えています。 最後に、私はこれまで、初心を忘れてはならないということと、継続的な改善が不可欠だということをしばしば口にしてきました。一方は、決して変えてはならないことについてであり、もう一方は変え続けていかなければならないということです。どちらも安全神話の復活を許さないためには重要なことです。 事故の発生から10年を迎え、改めて原子力規制委員会は安全神話の復活を許さないということを誓って、私の訓示とします。 ====2021年訓示、ここまで==== ====2022年訓示(事故から11年にあたって/更田豊志委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(更田委員長は3分~、福島第一原子力規制事務所・松本和重検査官は12分50秒~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から11年が経ちました。 事故の記憶を風化させてしまわないためにも、今日は職員の皆さんに事故のことを考える時間を持っていただきたいと思います。 事故は多くの人の人生を変えました。環境回復や廃炉にはまだまだ長く困難な道程が残されており、私たちは連日、これからのことを考えているのですが、過去を振り返り、東京電力・福島第一原子力発電所事故をどうして防ぐことが出来なかったのか考え続けることも、私たちにとってとても大事なことです。 大きな被害を招いた事故や災害も、後から振り返って見ると、実はそれよりも前に同様の事例があったということは、しばしばあることです。例えば、2001年の米国における同時多発テロについても、その2年前には我が国で刃物を武器に操縦席に侵入するハイジャックが起きており、米国でも大きく報道されていました。そのときに教訓を得て行動に移しておくべきだった、備えの強化に繋げるべきだったというのはよく見られることなのです。 私たち、原子力規制委員会が避けようとしているのは、つまるところ、不作為による失敗、何かをやらないことによる失敗なのです。不作為、何かをやらないでいたために事故のような大きな失敗を招いてしまうことを避けたいのです。 行動をとる、実行に移すまでの過程には、まず個人のレベルで幾つもの落とし穴があります。例えば、楽観幻想。つまり、物事を甘く見てしまう。問題はあっても大したことはないとつい考えてしまう。そして、自己中心的な解釈。自分に都合の良いように考えてしまう。さらに、将来を軽く見る。今やらなくてもと先送りする。大きな変化はそうそう起きないと考えて現状維持を望む。そして、痛い目に遭わないと実行に移せない。これらについては、皆さんも日常生活でしばしば感じることがあると思います。私たちはこういった認知上のバイアスを持っているのだという自覚が必要です。 次に、組織のレベルでの落とし穴です。組織が行動を起こすには、まず、情報を集めます。そして個々の情報を分析し、統合、組み合わせて、何かをしようとか、何かをした方がいいという洞察、insightを得ます。そしてその洞察に基づいた行動を起こします。この過程でも幾つもの落とし穴があります。 例えば、情報を統合する際に、最もシンプルなケースでは、組織内のさまざまなメンバーが、それぞれパズルのピースは持っているのだけど、全部をもっている人はいなくて、そして、誰がどのピースをもっているか、誰にもわかっていないとき、情報は正しく統合されず、洞察に結びつきません。 情報の収集、分析、統合にあたって注意すべきことをもう一つ。わかりにくい情報や曖昧な情報が大量に流れ込むと、議論の輪郭が曖昧にされ、行動に繋がる洞察を得ることが、阻害されてしまうことに注意すべきです。現状維持を望む勢力がいる場合には特にそうしたことが起きやすく、ひとたび「この問題には結論がなかなか出ない」という印象が生まれると、議論はとたんに鈍り、行動に繋がる洞察は得られなくなってしまいます。 そして何より、組織が行動をとらずに終わってしまう原因で深刻なのは、行動に移す動機が組織内に欠けているケースです。失敗を防ぐのに必要な洞察が組織内に生まれていても、動機が欠けていたり、その行動が自らの組織にダメージを及ぼす可能性があったりすると、行動を避けてしまいがちです。 行動への躊躇いを除くためには、事故のような失敗を振り返り、起こった過ちが繰り返されるのを防ぐために、教訓を組織の「制度」に組み込む必要があります。 次に、これは3年前にもお話ししたことですが、もう1回繰り返したいと思います。それは、勇気が必要かも知れないけれど、とにかく声を挙げて下さいということです。 人は自らが属する組織や仲間を信頼すること無しに生きていくことが難しい。仲間を信頼するということは自らの安心のためにも不可欠なので、人は自ずと仲間を信頼したいという指向性を持ちます。職場における信頼関係はとても重要であり、信頼し合うことは良いことですが、ここにも落とし穴は潜んでいます。 私たちは、事故が起きる前、組織やシステム、あるいは権威というものを信頼し過ぎてはいなかったか。信頼を通り越して依存していたのではないでしょうか。 自分はよく理解できてはいないけれど、きっと仲間の誰かがちゃんと理解して、きちんとやってくれている筈だとか、専門家と呼ばれる人がたくさん集まって話を聞いているのだから、おかしなところがあれば必ず誰かが指摘してくれる筈だとか。 規制という仕事では、説明を聞いておかしいと思ったら指摘するという立場になることが多いのですが、きちんと理解しないで説明を受け容れてしまっても、少なくともその場は収まってしまいます。 もちろん、一人ひとりがすべてを理解するなどということはあり得ません。しかし、自分の持ち場、自分の責任範囲に関しては、理解に向けて出来る限りの努力をすることはもちろんですが、疑問を持ったら、おかしいと思ったら、あるいは、理解できない、わからないと思ったら、声を挙げる義務があるのです。 仲間の誰もがこういう指摘はしていないからとか、上司が異なる意見だからとかで声を挙げないというのは、年齢や経験などに拘わらず、あらゆるレベルにおいて責任放棄に等しいと考えていただきたいと思います。原子力規制委員会は、誰もが声を挙げることができる職場というよりも、必要なときは、誰もが声を挙げなければならない職場であろうとしているのです。 実際に失敗が起きた後には、人にはその失敗から距離を置きたいという動機が生じます。だから、それまで沈黙していたにも拘わらず、「私はああ言っていたのに。警告していたのに。」と言い出しがちです。 一方、失敗が起きる前には、現状に疑問を持っても、この現状はコンセンサスの上に成立している筈なので多くの人が賛成しているのだとか、その現状を生み出したリーダーが多くの情報に基づいて判断をしたのだとかと考えてしまい、エネルギーを費やして、批判される心配を乗り越えて、声を挙げる動機が生まれにくい。失敗が起きる前に声を挙げるには勇気が必要なのです。 原子力規制委員会と原子力規制庁との間でも同じことです。5名の委員は、優秀な職員がちゃんとやってくれている筈と信じ込んでしまわない義務を負っていると考えています。規制庁の皆さんは、委員の見解や主張に対しても、疑問を感じたらそれをぶつけることが大切です。衝突を恐れない姿勢こそが委員会を救うことになると考えています。互いを尊重しているからこそ、衝突も恐れない。それこそが私たちの目指す信頼関係です。安全神話を乗り越えるために必要な強い信頼関係です。 事故の発生から11年が経ちました。原子力規制委員会は初心を忘れることなく、安全神話の復活を決して許さないということを誓って、私の訓示とします。 ====2022年訓示、ここまで==== ====2023年訓示(事故から12年にあたって/山中伸介委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(山中委員長は4分~、福島第一原子力規制事務所・高松宏志検査官は12分~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所の事故の発生から12年が経ちました。 「福島を決して忘れない」、私のこの強い気持ちは、いっときたりとも揺らいだことはありません。原子力規制委員会・原子力規制庁は、福島第一原子力発電所の事故の教訓と反省を、決して忘れてはいけません。 本日は、皆さんと事故への想いを共にし、東日本大震災当時、私自身が何を感じ、何を考えたのかをお話しし、皆さんに期待することを述べたいと思います。 あの事故は、18歳で大学に入学して以降、一貫して原子力に携わってきた私にとって痛恨の極みであり、事故直後からかなり長い時間、後悔と反省の日々が続きました。 しかし「科学技術で起こした失敗を、科学技術によって贖う(あがなう)」、これこそが、自分がなすべきことではないかと、気持ちを奮い立たせようとした記憶があります。当時、私は大学で、若い技術者、科学者を育てることや、原子力の安全に役に立つ研究成果を皆とともに出していくことなどによって、福島の復興に少しでもお役に立ちたいと願っておりました。そののち何年かして原子力規制委員会委員への就任の打診を受けた時、また、委員長への打診を受けた時にも、私は何の迷いもありませんでした。 原子力規制庁の職員の皆さんは、どのような想いで、日々、原子力規制という仕事に関わっていらっしゃいますでしょうか。 本日は、特に2つのことをお伝えしたいと思います。 1つは、原子力の技術に関わるには、本当に長い時間の感覚を持つ必要があるということです。 原子力施設は数10年にわたって使われる可能性がありますし、その後の、廃止措置にもやはり数10年の歳月がかかります。さらに、そこから出てくる廃棄物、これには数100年から数万年もの期間を考える必要があるものも含まれます。 我々は、将来をどこまで見通して仕事をして行けば良いのでしょうか? この問いへの答えは簡単ではありません。しかしながらそのヒントは、先人たちへの教えや、過去から現在に至るまでの痕跡から見つけることができると思います。例えばローマでは、2000年以上も前に造られた上水道が今でも利用されているものがあります。日本でも、およそ400年前に造られた下水道が、実際に大阪で使われています。 このように長い時間使われているものを創った人々は、きっと将来の子々孫々のことを想い、しっかりと考えてものづくりをし、続く人々もそうした想いや考えをきっちりと受け継いで維持管理してきたのでしょう。きっとそうして今に繋がるものづくりができたのだろうと思います。 原子力は、いくつもの世代を超えていくような、本当に長いスパンで考えなければならない技術です。どのように前の世代から受け継ぎ、どのように将来に引き継ぐべきなのか。先人の教えから現代の最先端の科学技術に至るまで、その感度を磨きながら、原子力という技術に関する安全規制をどのように創り、維持し、見直していけば良いのかについて、この機会にじっくり考えてみて頂ければと思っています。 2つ目にお話をしたいのが「科学技術とは人を想って創られたものであるべき」ということです。 あの福島第一原子力発電所の事故の当時に考えたのは、科学技術は本来どうあるべきなのか?ということでした。 様々な科学技術、利点もあるが、扱いを間違えれば大きな危険を与える可能性のあるものも多く存在します。原子力は、その典型かもしれません。利点や効率を追い求めるあまり、そうした危険を見落とす、あるいは敢えて目をそらすようなことがあってはいけません。これは私たちが決して忘れてはいけないことです。 そうした過ちを起こさないためのあるべき姿、それが「技術とは人を想って創られたものであるべき」ということだと、私は考えています。 そして原子力規制委員会・原子力規制庁の行う安全規制は、科学的な知見に基づき、技術を本来あるべき姿に近づけていくための仕事であると考えています。規制に直接関わる皆さんには、やはり科学的、技術的に判断し原子力の安全性向上に様々な立場から励んで頂きたいと思います。 それぞれの思想や信条、この多様性は互いに尊重しつつ、原子力施設の審査、検査、研究や、放射線防護に関わる職員は勿論のこと、人事、会計、総務、法務など、他のすべての職員にも、常にそのような視点で職務を遂行して頂きたいと思っています。 あの事故の発生から12年が経ちました。あのような事故は2度と起こさないために、原子力に100パーセントの安全は無いということを肝に命じながら、常に科学技術に基づいた判断をしてください。「原子力の確かな規制を通じて、人と環境を守る」という初心を今一度噛みしめて、大きな視点で日々の業務を見つめ直してください。 確かな規制のために、相手が誰であっても、衝突を恐れず声を上げる勇気を持ってください。 そうして将来を見通し、人を思い、切磋琢磨する集団を目指しましょう。 以上、私の訓示といたします。 ====2023年訓示、ここまで==== ====2024年訓示(事故から13年にあたって/山中伸介委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(山中委員長は3分10秒~、福島第一原子力規制事務所・小林隆輔所長は14分10秒~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から13年が経ちました。 日本では、この30年間、東日本大震災を始め、多くの地震や津波が起こりました。今年の1月1日にも能登半島地震が起き、多くの方がお亡くなりになり、未だに多数の方が避難を余儀なくされております。哀悼の意を表しますとともに、お見舞いを申し上げたいと思います。 今回の地震のあった石川県には、志賀原子力発電所があります。長期停止中で、使用済み燃料プールの冷却にも異常が無く、地震直後から発電所の安全性は確保された状態が継続されています。特に、担当の職員、現地検査官は、引き続きその状態が維持されていることを確認してください。 日本において、地震や津波を始め、風水害など様々な自然災害は避けることができません。どのような自然災害に対しても、二度と東京電力福島第一原子力発電所のような事故を起こしてはならないということを改めて強く思いました。勿論「福島を決して忘れない」という私の気持ちは、揺らいだことはありません。職員の皆さんも、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓と反省は忘れられてはいないと信じています。 さて、職員の皆さんは、この1年間、どのような想いで、日々、仕事に携わってこられたでしょうか。今日は、皆さんと事故への想いを共にし、東日本大震災のような自然災害への原子力施設の備えや私達がなすべき取り組みを考えながら、自分の今について振り返っていただきたいと思います。 職員には、他省庁から異動してこられた方、企業などに在籍され転職された方、新規採用で入庁された方もかなり増えてきていますが、あのような事故を二度と起こさないという気持ちは皆、同じだと思います。ただ、日々の業務を進めていくうちに、熱い気持ちが少しずつ冷めていってはいないだろうか、少し心配しております。変化や改善を恐れてはいないでしょうか。もし、そうであるならば、今一度、気持ちを奮い立たせて頂ければと思います。 そして、職員として、それぞれが学ばれたことを後輩に語り、伝えていって頂ければと思います。私が教育者として信条にしてきた言葉があります。 学びとは、真理(まこと)を胸に刻むこと、 教えとは、希望を人に語ること。 ルイ・アラゴンの詩の一節です。いろいろな立場、分野の職員が居られると思いますが、先輩から、あるいはご自身で仕事を学ばれ、業務を遂行されてきたと思います。学ばれた知識や経験を後輩に教えてあげて下さい。教えられて学ぶ、教えて学ぶ。教えてみて、初めて、自身の能力や技量を自ら測れるものですし、自身の無知を知ることにもなり、明日への学びに繋がっていくと思います。そのような、一人一人の活動が原子力規制委員会全体の活力に繋がると思いますし、理想の原子力規制に結びついて行けばと期待しています。 あの事故から13年の歳月が経ちました。福島県の復興・再生という観点では、避難指示区域の縮小、特定復興再生拠点区域の策定などの進展もあり、他にも多くの方々の努力が成果を実らせていることと思います。 一方で、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉についていえば、まだまだ道半ばです。 私自身、29年前に阪神淡路大震災を被災し、被災者としての暮らしを経験したのですが、当時、多くの方が亡くなり、またその悲しみを抱えて暮らしている方々も少なくはないと思います。震災当時、10年では、いろいろなものが元通りになるのは到底無理だと思っておりましたが、かなりの早さで復興していく様子を目の当たりにいたしました。兵庫や大阪の復興のスピードと福島のそれを比較すると、やはり、原子力事故の影響の大きさや罪深さを感じざるを得ません。 私自身、今後福島の復興にどのように貢献していけるかについて、10年後の私自身が何を感じ、どう生きているのか、未来の自分を想像しながら考えております。教育者として、その原点に立ち返って考えてみると、やはり人を育てるということ、若い技術者、科学者を育て、原子力の安全に役に立つ成果に繋げていくということ。そうしたことが、福島の復興、未来の役に立つのではないかと思っています。 先程、今の自分について振り返って頂きたいとお願いをいたしましたが、今日は是非もう一つお願いしたいことがございます。それは、10年後の自分について考えてみて欲しいということでございます。 昨年、原子力は、いくつもの世代を超えていくような、本当に長いスパンで考えなければならない技術だというお話をいたしました。10年後の自分を考えて頂き、どのように前の世代から知識や経験を受け継ぎ、どのように将来に、それを引き継いでいくのか、想いをはせて頂きたいと思います。将来の私達が、原子力という技術に関する安全規制にどのように関わっているのか、この機会に、是非、想像して頂ければと思います。将来の私達は、今の私達の考えと行動が創るものです。最上のものは、過去ではなく、未来にあると信じています。 原子力は賛否が分かれる分野です。職員の皆さんはもとよりご家族も含めて大変ご苦労も多いと思います。しかしながら、私達は、あらゆるものから独立で中立に科学的、技術的に判断し、原子力の安全向上のために規制に携わることができるのです。私達が純粋に科学的・技術的に考え判断でき、その価値観を共有できる組織で沢山の仲間とともに仕事ができるということは、非常に素晴らしいことだと思います。 規制に直接関わる私達には、原子力の安全性向上に様々な立場から励まなければなりません。原子力施設の審査、検査、研究や放射線防護に携わる職員は勿論のこと、人事、会計、総務、法務など他のすべての職員にも、常に一人一人を尊重し、グループとしてしなやかに適応する能力を育んで頂きたいと思います。 あのような事故は二度と起こさない、原子力に100パーセントの安全は無いということを肝に銘じながら、常に科学技術に基づいた判断をしてください。「原子力の確かな規制を通じて、人と環境を守る」という初心を今一度思い起こし、大きな視点で自分自身を見つめ直してください。変わることを恐れず、希望と理想を持ち続け歩み続けてください。 私達一人一人が、将来を見通し、人を想い、原子力規制委員会が常に活力ある組織として社会に貢献し国民から信頼されるよう努力して参りましょう。 以上、私の訓示といたします。 ====2024年訓示、ここまで==== ====2025年訓示(事故から14年にあたって/山中伸介委員長)、ここから==== (リンク) ▸映像(山中委員長は3分40秒~、福島第一原子力規制事務所・山元義弘所長は15分40秒~) ▸文字起こし 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生から14年が経ちました。 毎年、3月11日には、原子力規制委員会の職員の皆さんに向けて福島に思いをはせて日々心にとどめていただきたいことをお話してまいりました。今年は、また新たな気持ちでお話をしたいと思います。是非、自分自身に語られていると思って話を聞いて下さい。所属部署に依らずそれぞれの方が自分の事として聞いて欲しいと考えています。 震災後14年の歳月が経ち、現在約1100名の職員のうち、役所であの事故を経験した職員は、全体の約1割です。直接事故対応した職員は更に少ないと思います。規制委員会の発足の原点である東京電力福島第一原子力発電所事故を振り返ることの大切さは変わらないものの、事故の経験の伝承は年々難しくなっていると思います。 職員一人一人に原点を思いかえして頂くために、今年は「原子力安全文化・核セキュリティ文化に関する宣言カード」を印刷し、それぞれの職員に改めて配布をして頂きました。このカード、お手元に届いていますでしょうか? すでに、宣言を記入頂いた方も居られるかと思いますが、まだの方は、今一度、組織理念や安全文化等を今一度見直して頂いて、宣言を記入して下さい。 私は、宣言には「原子力に100%の安全はない、福島は私の大切な現場です」このように書いています。毎週の定例の記者会見の前には、原点を忘れず、謙虚さを忘れないように、必ずこのカードを見るようにしています。 規制や技術に係わらない部署に所属している職員の皆さんは、今の素直なお気持ちを記入して頂ければ結構です。今年一年、色々な職員の皆さんとお話ししてみて下さい。これから毎年3月11日には、職員の皆さんにこのカードを配布し、気持ちを新たにして、宣言を記入していただくつもりです。規制委員会の組織や文化への理解、ご自分の仕事への向かい方の変化、そしてご自分の成長が必ずこの宣言に現れるはずです。 さて、次年度から新しい中期目標期間が始まります。5年間の規制委員会の活動の目標となる大切な事柄ですので、今日は中期目標について皆さんにお話をしたいと思います。次期中期目標の策定においては、職員の皆さんからのご意見も伺い策定の参考にさせていただきました。最初にも述べましたように、これからの規制委員会は、職員一人ひとりの意見が大切であり、その能力が最大限生きる組織として存在しないといけないと考えております。 組織目標は、これまで通り原子力に対する確かな規制を通じて人と環境を守ること、です。この組織目標の実現に向けて、I.独立性・中立性・透明性の確保と組織体制の充実、II.安全規制の厳正な実施と基盤の充実、III.核セキュリティ対策と保障措置の推進、IV.東京電力福島第一原子力発電所の安全な廃炉と事故調査分析、V.放射線防護対策と緊急時対応、五つの項目については大きく変わっておりません。しかし、その内容については、成果目標と施策目標を示すなど、全ての職員に5年間の目標が分かりやすい構成と表現にしております。一度ぜひ目を通してください。 まず、独立性・中立性・透明性の確保と組織体制の充実についてお話をします。この項目については、組織理念や文化に直結する部分であるので、職員一人一人が理解し、情報が共有されることが重要です。規制や技術に関わらない職員の皆様には分かり難い言葉も多いので、本年から直接委員がそれぞれの部署に出向いてお話する機会を作ることとしております。 これからも規制委員会の組織内の情報発信や対話について、力を入れていきたいと考えています。組織内での風通しの良い対話が進んでいくことにより、組織理念や文化が職員内に浸透し、定着していくよう取り組んで行きたいと考えています。 規制委員会は、科学的・技術的な根拠に基づき判断し、決定を致します。審査、検査のみならず様々な事項について、透明性と公開性についてはこれまで通り確実に実施していきます。一方、分かりやすい情報発信についてさらに努力をしていく必要がると考えています。今後の規制の更なる改善のためには、関係者の皆様方との信頼関係の構築が不可欠であると考えています。そのためにも、様々な関係者との対話を積極的に進めていくつもりです。 優秀な人材の確保と育成については、継続的に努力して行くと共に、すべての職員が満足し働きやすい職場にすることも大切にしていきたいと考えています。 規制の改善は、変化を恐れず継続しなければなりません。 新しい中期目標の期間でも、安全規制、核セキュリティ、保障措置の分野で着実に改善を図っていくつもりです。審査、検査のバランスも考えてみる必要があるかもしれません。万が一の時の、放射線防護や緊急時の対応についても引き続き改善をしていく必要があります。 具体的には、次年度の業務計画の中で議論していきたいと思います。皆さんが取り上げる必要があると考える事項があれば、是非、遠慮無く声を上げて下さい。一人一人の声が規制委員会全体の活力に繋がると信じていますし、理想の原子力規制に結びついて行くと期待しております。 あの事故から14年の歳月が経ちました。「福島を決して忘れない」という私の気持ちは、決して揺らいだことはありません。職員の皆さんも、事故の教訓と反省は忘れておられないと信じております。規制委員会にとって東京電力福島第一原子力発電所の廃炉の監視・指導も引き続き重要な業務です。 福島県の復興・再生という観点では、多くの方々の努力がその成果を実らせていることと思います。一方で、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉についていえば、まだまだ道半ばです。福島の痛みは、我が身の痛みです。廃炉がなしとげられなければ、私の痛みは続きます。福島が私の現場であるというつもりで、東京電力福島第一原子力発電所を訪問し、原子炉内に入り事故調査をしております。 今年の1月には、福島の若者と廃炉についての対話をすることが出来ました。また詳細については機会があれば皆さんにお話しさせていただきたいと思います。今回の若者と対話は、私にとっても非常に良い経験でありました。今後も福島の若者との対話は続けたいと思っています。福島の復興、福島の未来の役に立てるよう職員の皆さんと一緒に頑張って行きたいと思っています。 今年の4月から新しい中期目標期間が始まります。全ての職員が「原子力の確かな規制を通じて、人と環境を守る」という初心を今一度思い起こしていただいて、現場を体験し、職員相互の理解を促進し、それぞれが良き規制委員会の未来が創れるよう努力して下さい。 原子力に100パーセントの安全は無い、だからこそ、緊急事態は常に考えておかなければならないのです。そのような場合には、委員や幹部はいないかもしれない。 職員の皆様にはお願いをいたします。 『もしあなたが、リーダーに推されたとき、いつも「一差し舞える」よう、日々鍛錬をしてください。』 以上、私の訓示とします。 ====2025年訓示、ここまで==== 春橋哲史(Xアカウント:haruhasiSF) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2025.03.12 04:43:58
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