フクイチの汚染水の状況が悪化していく訳・その3~効果不透明な、水の増加量抑制策~
前回は、水の増加抑制策として「汲み上げによる対策」の効果が不十分である点を書きました。今回、取り上げるのは「凍土方式陸側遮水壁」、所謂「凍土壁」です(以後、本文中では「凍土壁」と記載)。 凍土壁も、汚染水の増加を抑制する為のものです。 ざっくりで書いてしまうと、サブドレンや地下水バイパスは、「汲み上げ(=水を抜く)」対策で、凍土壁は「阻止する(=水が流れ込まないようにする)」対策になります。但し、完全に阻止できる訳ではないので、「大幅な低減を図る」ものだとされています。 前回記事と同様のポンチ絵に加えて、凍土壁のラインや、護岸部の位置関係のポンチ絵を掲載します。ポンチ絵やグラフの無断利用・引用は御遠慮下さい。 若干、補足説明しておきます。 凍土壁は、経済産業省の汚染水処理対策委員会で検討された結果、採用されたもので、鹿島建設が提案したものです。建設(凍結管打ち込みの為のボーリング)は、2014年6月に開始され、2016年2月に凍結管・測温管の打ち込みは完了しました。 2016年3月末に、第一段階フェーズ1として、海側ラインへの冷媒(=零下30度の塩化カルシウム水溶液)循環が開始され、同年6月6日には、第一段階フェーズ2として、山側ラインへの冷媒循環も開始されました(海側ラインと山側ラインの区別や、フェーズ1・フェーズ2の区別は、下のポンチ絵を参照願います)。福島第一原発の汚染水対策俯瞰図福島第一原発の汚染水対策断面図建屋周辺と護岸部の各種汚染水対策設備の位置関係(建屋・各ドレンの水位は16年9月15日午前7時時点)凍土方式海側遮水壁・凍結第一段階フェーズ1凍結第一段階・フェーズ2 規制委員会の検討会で議論された、東電の見解や規制委員会・規制庁の評価は、これまでにも当ブログで取り上げました。フェーズ2へ進むも、効果不透明なフクイチの凍土方式陸側遮水壁(6月2日にアップ)遮水効果が発現しない福島第一の「凍土方式遮水壁(8月21日にアップ) 尚、凍土壁の運用で最も避けなければいけないのは、下の「最悪シナリオ」です。建屋内の高濃度汚染水が外部の地盤に流出する「最悪シナリオ」が起きてはいけないという点は、東電・経産省・規制委員会とも一致しています。メルクマールとなっている「4m盤からの汲み上げ量」 ここまで、凍土壁の着工開始に至るまでの経緯の説明・凍結させる順番の説明が多くなり、又、ポンチ絵の連続で、当記事をお読みの方は辟易されたかも知れません。ですが、建屋周辺と護岸部では、各種対策が同時並行的に進められており、関連し合っている場合も有りますから、特定の対策のみを取り出して議論するのは困難です。 ここまで書いて、漸く、本題です。 7月19日に原子力規制委員会で開催された「第44回 特定原子力施設監視・評価検討会」で、東電は「山側からの地下水流入量が減少し、(凍土壁)海側ラインの遮水性が発揮されれば、4m盤(春橋注:地下水ドレン+ウェルポイント)からの汲み上げ量は日量平均70t程度になる」旨を説明し、更田委員も「それをメルクマールとしよう」と発言していました。 それでは、その4m盤からの汲み上げ量はどうなっているのでしょうか? 下のグラフは「9月までのサブドレンからの汲み上げ量(日量平均)・4m盤からの汲み上げ量(日量平均)・福島第一の月間降水量」を示したものです(16年10月19日の「第47回 特定原子力施設監視・評価検討会」に東電HDが提出した資料に基づいて春橋作成/ https://www.nsr.go.jp/data/000167086.pdf)。 一目瞭然で、緑線(4m盤からの汲み上げ量)は、台風の襲来時期に跳ね上がっています。 10月27日・木曜日の定例会見での増田尚宏・廃炉推進カンパニープレジデントの説明によると、10月後半になって、日量汲み上げ量が「200t台にまで低下してきており、凍土壁海側ラインの効果が発揮されつつある」との事ですが、10月前半は600t台を記録している日も有りますから、私は、日量平均では400t前後になるのでないかと推測しています。 これでは、凍土壁の「汚染水の増加抑制策」としての効果は、控え目な表現でも、不透明と言わざるを得ません。「効果が発揮されていない」と言い切っても良いのですが、8~9月の台風は例年より多い雨を降らせたので、その分は割り引いて見なければ、不公平になるでしょう。ですが、そもそも、遮水性が発揮されるのであれば、山側から4m盤への流入も相当程度、食い止められる筈なのです。「全面凍結した」は推測に過ぎない 凍土壁の海側ラインに関しては、5月後半になっても、一部、温度の高い所が観測されていました。その部分は「凍土壁」になっておらず、水の通り道になっているのではないかと推測されていたので、東電は、その部分にコンクリート等を注入して水の流れを緩やかにし、凍結を促進しようとしました。これが補助工法で、台風を挟みましたが、6月上旬に開始されて10月上旬に完了しました。 東電は、補助工法の完了と、海側ラインの地下の温度観測結果を以て、「海側では作業は終了」した旨を公表しました。ですが、私は、東電の発表は当てにならないと思っています(東電が嘘をついているというのではありません)。 凍土壁を作る為の凍結管は、原子炉建屋・タービン建屋の周囲約1.5Kmに、1mおきに打ち込まれています。これに対して、地中の温度を測る計測管は5mおきに打ち込まれており、地中の温度計測はその測温管で得られたデータに過ぎません。測温管の中間は、単純計算で測温管から2.5m離れた所なのです。風が吹いていない地上でも、ある地点に立って、2.5m向こうの温度・湿度が正確に測れるでしょうか? しかも、測温管は、地中の障害物や埋設物の関係で、必ずしも正確に5mおきの埋設ではありません。 元々、東電の広報担当も、「地中の温度だけを見て、凍結している・していないは判断できず、地中の状況を知る手段の一つ」と説明していたのですが、いつの間にか、地中の温度データだけで全てが分かるような説明になり、報道もそれに拍車をかけました。「地中の状態は直接観測できない」という説明は、何度も繰り返されています。測温管が5mおきに設置されていることも説明されているのですから、地中の状態は「得られた情報からの推測」という表現が正しいでしょう。 当ブログでは、「10月上旬を以て、凍土壁の海側ラインは全面凍結したと推測される」という表現にしておきます。10月25日午前7時時点の地中の温度データと、観測された水位一覧(10月27日公表の「陸側遮水壁の状況(第一段階フェーズ2)」より)→海側ラインのデータは5・6・7頁 問題はここから先、4m盤の汲み上げ量が減っていくのかどうかです。 例え減ったとしても、雨で増えては意味がありません。 又、海側ラインには、1~4号機タービン建屋から港湾に向かって配管トレンチが通っており、トレンチ部の下は凍結管が打ち込まれていません(トレンチを貫通する施工は技術的には可能だそうですが、時間がかかり過ぎる為と、作業員の被曝線量の関係で断念したそうです)。海側ラインに於けるトレンチの位置関係等は上記リンク先で確認できます。 配管トレンチの下から水は流れていくとでしょうし(東電は「配管トレンチ下部は海側ライン全体の1.6%に過ぎない為、大きな影響は出ない」と説明)、そもそも、凍結管の下を潜り抜けてしまう地下水には対処できないのですから、東電の説明するように、4m盤からの汲み上げ量が日量平均70tという水準まで低下するかどうかは疑問に思っています。 凍土壁・海側ラインについて、疑問点をまとめます。1.地中の状態は直接観測できず、温度データも確からしさの低いものである為、全面的に凍結したかどうかは推測でしかない。2.上記と同じ理由で、補助工法が有効かどうかも証明できず、推測でしかない。3.海側配管トレンチの下部を通り抜けていく地下水量は直接観測できず、「全体の1.6%に過ぎないから大きな影響は出ない」という東電の説明は確からしさが希薄。4.地下水が、地下30m以上の深部で、凍結管の下を潜り抜けていく可能性は否定できない。推測でどこまで進めるのか 以上のように、確からしさの無い手段の為に、約350億円の国費と、約2,000人の被曝労働者、2年半の時間を費やしているのです。 10月19日に行われた原子力規制委員会の検討会で、更田委員は「凍土壁には関心が無いと言ったら言い過ぎだけども」という言い方で、「凍土壁は当てにしていない」「地下水流入抑制策の主役はサブドレン」である旨を繰り返していました。 サブドレンなら、稼働時間・汲み上げ量・周辺の水位等を確認できるので、効果も見極められます。汲み上げ水の汚染濃度を調べる事で、水質も確認できます。直接確認できることが多ければ、対策の有効性や確からしさも判断し易くなります。 また戦争に例えてしまいますが、凍土壁は「効果が実証されていない新兵器」のようなものです。「有効な筈だ」「もうすぐ効果が出る」と言っている間にも戦いは続いています。効果不明な新兵器を動かす為に、人員・予算・時間(つまり、リソース)を費やすのが合理的な判断なのでしょうか? そのリソースを別のことに振り向けていれば、もっと多くのことが進められたのではないでしょうか? それこそ、前回の記事で書いた、サブドレンの機能強化に注力していた方が良かったのではないかと思います。「効果不明な新兵器にリソースを費やして、効果確実な通常兵器の充実を後回しにしている」状態と言えます。「その1」から「その3」までで、「(汚染水を)貯める」対策、「(汚染水の)増加を抑制する」対策、何れも、効果が十分に上がっていない点を書きました。次回、「進まないALPS処理」に続きます。春橋哲史(ツイッターアカウント:haruhasiSF)