ウクライナへの「防衛装備」提供が決定
※この記事は書く予定は無かったのですが、ウクライナ侵略戦争がより深刻化・より拡大する方向に動いているように見受けられるので、それに抗する意味や「戦争」「国際協力」という私自身の立ち位置を明確にしておくことも込めて、急遽、アップしました。 3月8日に、日本ではNSC(国家安全保障会議)が開催され、概ね以下の内容が決定されました。●防衛装備移転三原則の運用指針の改定●防弾チョッキ・ヘルメット・防寒服・天幕・カメラ・衛生資材・非常用糧食・発電機等を非殺傷の装備品として自衛隊機でウクライナに提供(リンク/経産省のサイト)●防弾チョッキのウクライナへの移転に係る審議について 今回は、この決定についての私の意見・考えです。支援は、非戦闘・人道目的に特化すべき 私は、ロシア連邦軍は速やかにウクライナから撤退すべきと思っていますし、その主旨でロシア連邦大使館宛てに、軍事行動についての抗議のメールを送っています。(リンク)●ロシア大使館宛てに「部隊引き上げ・行動中止」の意見をメール送信 日本国憲法第9条に書かれているように、国際紛争を解決する手段として、武力の行使や威嚇を用いるべきでないというのが、私が、ものを考える際の大前提です。 ウクライナ軍・国民の行為は正当防衛です。出来るだけ支援すべきですが、日本は、避難民の支援や民生分野と言った人道目的の支援に特化すべきです。戦場でしか使い道のない装備(防弾チョッキもそれに含まれます)の提供には、私は反対です。何故か。「殺傷を補佐するもの」だからです。「非殺傷の装備」なら、ヘルメットや防弾チョッキに限りません。「そのものに殺傷能力が無い」ことを基準にするなら、暗視ゴーグル、持ち運び可能な簡易的なレーダー、野戦用無線機、偵察目的のドローン等、戦場で用いる装備が際限なく提供可能になります。「ウクライナを見捨てるな!」という意見は意見として理解できますが、「戦場でしか使い道のない装備品を提供する」ことだけがその答えではないでしょう。外交で仲介役となり、停戦・ロ軍撤退に持ち込むように折衝するなど、他にやれることは沢山ある筈です。「戦場でしか使えない装備品」の提供は他の国も実施していますから、同じことをする必要は有りません。非軍事・人道目的に特化した物理的・金銭的・外交的支援で、出来ることは有る筈ですし、やるべきです。「殺すな」「殺し合うな」「戦争反対」 上の大原則は、私は譲れません。ロシア兵・国民はどうなるのか「非殺傷の装備の提供」に関しては、日本の支援の在り方だけではなく、現地で作戦遂行に携わっているロシア兵のことも、改めて考えさせられました。以下の文章は、ツイッター・FBへの投稿を再編集したものです。 リアルな肉声が全く伝わってこないので、想像するしかありませんが、ウクライナで戦闘行為・作戦遂行を命じられているロシア兵の葛藤や苦しみは、どれ程のものなのでしょう? 命令に従いたくなくても、拒否すれば、抗命罪で軍法会議にかけられたり、家族に類が及ぶ可能性もあるでしょう。「殺したくない」し、「殺されたくもない」、「抗命罪に問われるという理不尽にも遭いたくない」、まさに八方塞がりの中で懊悩し、苦悶しているのではないかと推測しています。前線の兵士だけでなく、後方で補給等を担当している兵士も同様ではないのでしょうか。「目に見える分かり易さ」で、ウクライナ国民・兵士ばかりに注目しがちですが、ロシア連邦の兵士や国民も、同じ人間です。 ロシア兵の中には、ウクライナの国民や兵士を殺傷することで心に傷を負い、一生、苦しむ人も出てくるかも知れません。ロシア国民の中には、自国の軍隊が侵略・破壊行為を行っていることに葛藤し苦しみ、精神的に圧し潰されそうな人もいるかも知れません。 「命の危険に晒されなければ、良い」のか。そうではないでしょう。 作戦立案・命令とは、様するに、暴力を振るうことの命令です。命令した側は、引き金は引かず、相手の顔を見ることもなく、自分の身は守り、「殺し」「殺される」現場に身を置かず、肉体的・心理的に苦しんだり痛みを負うことも有りません。 戦争とは、最も卑怯・卑劣な行為です。 ロシア連邦によるウクライナへの侵略戦争は、一刻も早く止めなければいけません。 一日ではなく、一刻も早く、停戦を。 ロシア連邦軍には、一刻も早い撤退を望みます。春橋哲史(ツイッターアカウント:haruhasiSF)