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コラム|メンタルボディケア【hashimoto.biz】ハシモトビズ

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◇とある考え方2012.12.20


今回の終末論はあまり騒がれていませんね。
マヤ歴がどうのこうのは今度の週末です。

最近考えていることがまとまってきましたので、記しておこうと思います。



■ 物事は捉え方次第- 人は好き嫌いで物事を決める- 気分はままならない

「物事は捉え方次第」という言葉は、比較的ありふれた概念かもしれません。しかし、やはりこれが生きていく上で、気持ち良く過ごせるか気分悪く過ごさざるを得ないかの瀬戸際になっているように思います。

「捉え方」と言いますが、もっとわかりやすく言えば「受け取り方」「印象の受け方」と言えるでしょう。ある人が言ったひと言、文脈、その人の印象は受け取り方次第で良くも悪くもなり得ます。同じ言葉でも、好きな人が言うのと嫌いな人が言うので受け取り方は180°変わります。

人は勝手な生き物です。しかも大部分の人が自分の感じたことを正しいと勘違いしています。数的なデータが出ていても、データの取り方や解釈の仕方でどうとでもとれます。人が好き嫌いで物事の評価を二転三転させているわけですから、「○○さんがこう言っていた」「みんながそう言っている」というのも、当てにはなりません。


こう読んでいきますと、お先真っ暗のように見えてしまうでしょう。「人間ってめちゃめちゃだな」と見えるはずです。

確かにそれは否めないと私も思います。なぜならば、こういった要素があるが故に人の世では戦争が終わらなかったり、いじめが起きたり、犯罪が絶えなかったりするというのも合点がいくわけです。言葉や形にならないにせよ、こういったどうしても否めない要素に対して敏感な感性を持った人たちは、疲れ果て、引きこもるという防衛を取らざるを得ないのでしょう。


では、どうしましょうか?それが大事です。

今までは、「それが世界だ」「我慢しろ」「それに合わせていけ」と言うより他なかったように思いますし、私も暗にそのような指導を受けてきたように思います。

しかし、そうではない生き方をひとつ考えつきました。それが「捉え方次第」です。
考えついたというよりも、今まで私がその言葉の真意に気がつかなかったり、理解できていなかっただけなのでしょう。


人が気付かなければならないこと、もしくは気付いた人が増えることで楽になる概念がこれだと思います。

人は捉え方次第で物や人の印象がかなり変わるということ、そして、その捉え方は気分や好き嫌いに大きく影響を受けているということ、そして、その気分や好き嫌いは、天気や健康状態に大きく影響を受けている。ということです。

更に、人は状態がいいときに、その人の良い部分が出て、状態が悪いときに悪い部分が出るという要素もあります。また、結局人の好き嫌いは「生理的」に好きか嫌いかに依存します。

つまり、人の争いやいざこざは、天気や季節、健康状態、良いことがあったか、イヤなことがあったかなどを大本にして起こっているということが言えるのではないかということです。


これを「そうだな」と理解すると、様々なことから手を離せるでしょう。

嫌いな人を無理に好きになろうとするから歪みが起こります。いじめの主たる理由はここにあります。イライラすることを無理に改善しようとすると人に当たることになります。


問題は求めていずとも起こりますね。しかし、問題というのは「これは問題だ!」と認識されることで本当の問題になります。これも捉え方次第です。

人は良かれと思って逆のことをします。「あなたのため」と言いながら厳しい言葉を投げかけます。ショックを与えすぎてその人を死に追い込むことさえあります。そして後で「そんなつもりではなかった」と言い訳します。


人が人を扱う上での大きなポイントは「押すと曲がる」です。何かを直してやろうと直接的な働きかけを行うと、思っていたのとは逆のことが発生してしまいます。

では、どうすればいいのでしょう?
そのひとつの方法として言えることのひとつが捉え方次第であり、問題を問題とせず、もし誰かに問題を感じたならば、その人がなったらいいと思われる所作を覚えられることを祈りつつ見守ってあげるのがいいでしょう。

ダメなところを指摘していても批判し続けることにしかなりません。
しかし、なぜか「こうなったらいいのにな」「きっとこうなって、いい人になる」と信じると、なぜかその人はそのような人になっていきます。


今の時代は、人の寿命が延び、交通網が整理されたことで、世代と地域文化がごちゃごちゃになっています。様々な文化が合わされ、正しいと認識できることがどれだかわからない状態です。ある人の言うとおりにしたらこちらで怒られ、こちらの言うとおりにしたらあちらで怒られる。これを「ダブルバインド」と言いますが、そのような衝突がどこで起こってもおかしくないような状態ではないでしょうか。


こんな時代に必要なのが「捉え方次第」なのかもしれません。
作法はもはや通用しない場面ばかりではないでしょうか。

捉え方次第というのは、見方を変えれば「許すこと」と似ています。
「何事も捉え方次第」を知った方の人当たりは、人を許しているような印象に近くなることでしょう。


最後に、注意点を付け加えて締めます。
「捉え方次第」「許す」というのは、「放置」「突き放す」「知らん顔をする」というのと近い行動に見えがちです。

この違いをよく検討しておかなければなりません。

「捉え方次第」と「放置」には明確な違いがあり、それは決定的な境界線があります。それは何を基準に考えるかということになるでしょう。

ものごとを考える基準は圧倒的に「いのち」です。つまり、極端な話、「いのち」に触れる可能性がある悪事は絶対的に気持ちをこめて対処すべきだということです。逆に、「いのち」に触れないのであれば、基本的に問題とせず、問題だったとしても楽しみながら取り組むのがいいでしょう。

「いのち」にふれないのに問題扱いしていくのは、余計なストレスを生み続けるでしょう。しかし、逆に、「いのち」に触れるかもしれないのに扱わないのは問題を「放置」していることになってしまいます。

現代になり、生きていく上でのストレスは大幅に削減されています。そこで生まれた「余裕」を何に使っていくかが人生の質を大きく左右しているのだろうと思います。不平不満や人を見てイヤな気持ちになるのは「余裕」があるからです。もし、人に嫌がらせをしてしまっていたら、それを理解するといいでしょう。

余裕があるから悩むという概念があります。時間や暮らしに余裕がなければ悩んでいる時間さえ持てないという考え方からくるものです。

人は余裕があると、何か考え始めます。そのときに自分の弱点が出ます。人を疑うという疑心暗鬼、自分はひとりぼっちだと感じる孤独感、怒り、悲しみ、さびしさ、などなど、弱点は人によって異なります。人の弱点は「個性」と同じものです。人それぞれ固有の弱点を持ちます。



「捉え方次第」に関連して、いろいろなことに触れてみました。人とは何かというのが、私の唯一の関心事ですが、人の特徴を理解していくことで、知らぬ間に自分で引き寄せ、発生させているストレスから手を離すことができるように思います。

参考にしていただけたら幸いです。




※独断と偏見に則って書かせていただいています。
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Last updated  2012.12.20 23:35:46
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