実家の片付けの記録⑩ 手芸部屋はものだらけ
実家の片付けについての10回目です。昔々私と妹の子供部屋として使い、その後は物置となっていた実家1階の奥にある部屋。家では応接間と呼んでいたのですが、その呼び方にふさわしい使われ方をしたのを見たことはありません(笑)。母はそこを退職後リフォームして自分の夢の部屋に変えていました。ずばりアトリエ(手芸部屋)です。大きな作業机があり、たくさんの手芸用品と手芸本が収められ、エアコンがつけられ。手芸をする人にとっては誰もが持ちたいと願う部屋であります。・・が美しい姿を保っていたのは最初だけだったのだと母亡き後に一番絶望したのがこの部屋でした。ビフォーの部屋です。 これは部屋に1歩入って撮った様子。スマホを持った私の右側には洋服ダンス、その前と横にハンガーラック(服がびっしり)、左には子供用の引き出しタンス(その上に収納ボックスが数個)と学習机があります。孫(妹の子供)が使ったものをいつの間にか譲り受けていました。他の部屋と違わずものが増えていてごっちゃり山盛りです。カニ歩きでしか奥に行けないこの部屋。記録①の時にお話しした仏間にあったものを仮置きするためその余地にも物を詰めてからは人が入ることもできない、まさにマイナスからのスタートでした。四十九日法要までは手を付けることができなかったのですが、初盆までの2か月半でどうしてもここを片づけなければいけませんでした。お寺さんがお着換えする場所を確保するためです。(四十九日の時はリビングで着替えていただきました・・)同時進行で初めて1階にある全ての服とカバンの仕分けに着手しました。とにかく全体の物量を劇的に減らさないと物をA地点からB地点へ移動しただけになってしまう。必死でした。細かいチェックや仕分けはせず新品に近い状態のものだけ残し、他は処分。かなり大変な作業でしたが服に関してはまた後日お話しする機会をつくります。手芸部屋に戻ります。仮置きした物を他の部屋に移動させて開かずのタンスを点検したら・・28年前に他界した父のスーツやコートがたくさん(絶対に捨ててないと思ったわ・・)これだけは妹に確認をとってOKをもらってから全捨てしました。スペースができたのでにラックの服から残す物を選んで収納。これでとりあえず部屋にあった2つのラックは1つに減らせました。次は手前左の引き出しタンスと学習机。引き出し内は謎の缶のオンパレード。(当然全捨て)机の上はミシンや文房具の入った箱や缶が山積み。机の下も物がびっしり。ワンコ連れで泊まって長時間の作業を2回(夜中1時まで作業・・)し、7月下旬に引き出しタンスと学習机を空にして粗大ゴミに出してやっと手前に大きなスペースができました。この後夫がコロナに感染して1週間ちょっと作業を中断。初盆まで残り10日。泊まりを含んで3回ほど通って作業机から奥のものを減らしました。作業机の下が特に大変で、布がみっちり入っている段ボール箱がいくつも出てきてその重さで腰や背中が限界に。布はきれいな物だけ残して服の処分で空いたケースなどに収納。作品なども出てきたので仕分けて収納。ここまでで時間切れとなったのでとっちらかった他の部屋を整え、掃除をしてお盆を迎えました。(がんばったのに結局お寺さんはお着替えをされませんでした。えー?!)その後も地道に片付けを進めていって、手芸道具や手芸本などは親戚にお譲りしたりもして物量は確実に減らすことができています。今の様子です。 <反対側から撮った様子> 置いてあるミシン類は妹の所に行く予定。将来的には手芸本をあと半分ぐらい減らして収納庫などに入っている布を置く場所を確保し、積み上がっているカラーボックスを最低限にしていきたいです。あとはタンスが処分できたらかなりスペースができるんだけどな・・今は本をチェックして仕分けするのとアルバム類の整理をしているところ。その様子は次にお届けします。