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Brog Of Ropesu

Brog Of Ropesu

Act 1 続き

「・・・ぇ?それってどういう????」

質問に対して質問で返されるという、文法を無視した台詞に少女は理解が遅れ、戸惑う。

「伏せろっ!!」

「えっ?」

今度は近傍からの叫び声。そのあまりの唐突さに、彼女に誰何の声を発する間も与えず、何かが覆い被さった。

「ふわぁぁあああ!!」

その何かに、羽交い締めにされ、地面と平行な軌道で飛ばされる少女。

「けほっ、けほっ!いったいなぁ、もぅ。・い、一体何っ?・・・・・ってああ!!」

少女の躰を抱きしめていた黒い何かは、先ほどまでの敵対者。神風瞬であった。
瞬は、彼女の腰に腕を回した状態のまま、地面と彼女の狭間にいた。
アスファルトのざらついた表面に引き摺った衝撃で学生服は所々破れてしまっている。

「・・・って、ふあっ!ちょっ!どこ触ってるのっ!離してよっっ!!」

双眸を開き、何が起こったのかを目の当たりにしたミクトランテクゥトリは、抗議の声を上げる。

「・・・なるほど。渡すモノとは『引導』だったという事か。やはり、奴らのやり方は変わっていない様だな。
・・・実にくだらない言葉遊びだ。虫酸が走る。」

そんな彼女の抗議を聞いてか聞かずか、苦虫を噛み潰すのを通り越して、まるで口の中で擂り潰した様な表情を象る瞬。


―――先ほどまで彼女がいたアスファルトを穿つは、数本の矢。
金属で出来たそれは深々と突き刺さり、卒塔婆のごとく規則正しく並んでいる。

材質はどうあれ、この時代にそぐわない過去の遺物である。
宗教が消え去った現在のこの国では、儀式に用いられることも無くなってしまった。
このような物を所持しているのは、古い慣習に囚われた酔狂人くらいのものであろう。

自分が、その場所にいたら、どうなっていた事だろう。ミクトランテクゥトリはそんな想像をすると背筋に冷水をかけられた様な、ヒヤリとしたものを感じた。
間違いなく、この金属の群れは彼女の墓標となっていた。

「も、もしかして私を庇ってくれたの?」

険しい表情のまま、立ち並ぶ矢達を見つめる瞬に、恐る恐る尋ねる。

「話は後だ。ここを離脱する。」

「わっ、ちょっと、あわわっ!」

瞬はミクトランテクゥトリをその両腕に抱え上げると、脇目もふらず駆けだす。
そして、その軌跡をなぞるように追いすがる矢の嵐。

「敵は上から狙ってきている。圧倒的に不利だ。しっかり掴まっていろ。」

ミクトランテクゥトリは当惑しながらも瞬に従い、ボロボロの学生服をひしっと掴む。
去り際、瞬の肩越しに後ろを見ると、始めに矢が放たれた地面には鋭利な刃物でなますのごとく分割された、電卓が散らばっていた。

「ね、ねぇ!あ、あれ何かな?!矢が消えちゃってるよっ!」

「喋るな。さらに加速する。舌を噛むぞ。兎に角、敵がどこから攻撃してくるか判らない以上、遠くまで逃げるしかない。」

「う、うん。って、ふわぁっ!」

有言実行。速度を増した瞬の、韋駄天を思わせる疾走は、山道を走る軽自動車のごとく揺れる。
よって、疑問に答えて欲しかった彼女であるが、閉口せざるをえなかった。




高い建物が見えなくなる位置まで奔ると、瞬は彼女を静かに降ろした。

「どうやら、取り敢えずは逃げ切れたようだな。」

言葉とは裏腹に、瞬は未だ警戒する様に辺りを見回す。

「あ、あの?私を助けてくれたのですか?」

おずおずと先ほど聞きそびれた答えを求めるミクトランテクゥトリ。

「どうだかな。たまたま散歩をしていたら、間抜け面をした子供のミンチが出来上がりそうだったので、手を貸しただけかも知れん。晩飯をおいしく食す為に、仕方なくかも知れないな。」

返ってきたのは、曖昧な肯定。

「あの?何故ですか?神風さんからしたら、私は敵に当たるわけですよね?」

それと、私は子供じゃないんだからねっ。と付け足しつつ少女は尋ねる。

「単なる気紛れだ。理由など無い。」

またもはっきりとしない回答をする瞬。

「理由はどうあれ、私を助けてくれたことには変わりないよねっ!ありがとうっ!」

ぺこりと、人形の様にお辞儀をする少女。顔を上げるとその貌には満面の笑み。
予想外の反応に瞬は目を剥く。

彼女はそう、純粋過ぎるのだ。

そんな世間知らずというか、無垢な仕草までもが、彼女―――「光子(ひかり)」に酷似している様に、瞬は動揺を隠せない。

「し、しかし、安心はできない。」

故に、上擦った声で、取り繕う羽目となった。

「・・・じきに、追っ手が来るだろう。俺が主を始末していないと解れば、今度は主も殲滅対象に入る。十戒とはそういう連中だ。」

少し間を置き、落ち着きを取り戻すと瞬は、いつも通りの抑揚の無い声で告げる。

「信じられない!・・・って言いたいけど、現に襲われちゃったんだよね。何かの間違いだーっ!とも思いたいけど神風さんが嘘を吐いてるとも思えないし・・・。あぅぁぅ・・・ど、どうしよう・・・私、怖いよぅ・・・。これから何処に行こう。」

今にも泣き出しそうな、捨てられた子犬の様な様子を見かねた瞬は、口を開く。

「俺の家に、匿う・・・というのはどうだろうか?」

瞬は、そう言いつつ、自分らしくないなと思った。
以前の自分なら、敵と認識したならば、迷わず始末していただろう。
総一に会って丸くなった今でも、根絶まではしないまでも、捨て置いていただろう。

―――だが、現実はどうだ。
彼女の処遇を気にする余り、密かに後をつけてまで干渉をしている。
その上、身を危険に晒してまでの救出。加えて、リスクを侵すだけの保護ときている。
どうやら、自分が思っていた以上に心が掻き乱されているようだ。
瞬は、どうやら総一病が伝染ったようだな、と、心の中で皮肉った。

「・・・えっ?いいの?」

ミクトランテクゥトリもこの返答は予想外だったらしく、キョトンとした顔で瞬を見つめる。

「ああ、構わない。」

「ありがとうっ!嬉しいっ!さいてーなヤツーって思ってたけど、意外にいい人なんだねっ!」

少女が飛び跳ねて喜ぶのを見て、瞬は顔を綻ばせる。らしくはないが自分の選択は間違ってはいなかったようだ。

「コードで呼ぶのもあれなんでな。本名を教えてくれないか?」

「私は、『ミクトランテクゥトリ』。この名前以外はありませんです。頭文字をとって『みく』っていうのはどうかな?」

「何を言う。怪奇!骨女で十分であろう?」

親しみを込めた冗談のつもりが、むーといって少女は拗ね始めた。

「ぶーっ!やっぱり失礼だよねっ!前言撤回するよっ!」

プンプン、なんて擬音をたてそうな勢いで、頬を膨らます。

「いや・・・『ひかり』という名はどうだ?」

言って、瞬は自らのエゴに吐き気がした。
似てはいるが、この少女は彼女では無い。
この少女をひかりの代換にしようとしている様な事を暗に思いつく自分に、とことん嫌気が差した。
そして、コードでしか呼ばれた事がない少女。
そんな十戒という組織にも改めて憤りを感じた。

「ふぁ?ごめん?ちょっと聞こえなかったかも。」

だが、幸いにも彼女には聞こえていなかったようだ。仕切り直す様に、瞬は言葉を紡ぐ。

「・・・ならば、『みく』を漢字で『未来』と書いて『未来(みく)』というのはどうだ?」

「うわぁ!すてきです!」

瞬の提案に未来はパンと、両手を合わせて喜びの表情を象る。

「うんっ!今日から私は未来っ!よろしくね!神風さんっ!」

未来は手を差し出す。

「瞬でいい。」

差し出した手を握る瞬。

「じゃあ、改めてよろしくねっ!瞬さんっ!」

「それもむず痒い。瞬と呼んでくれ。」

「あぅ~・・・。恩人を呼び捨てには出来ないよぉ・・・。せめて瞬君、じゃダメかなぁ?」

「ギリギリ及第点と言った所であるな。では、帰る。道はこっちだ。」

スタスタと歩き始める瞬。

「ま、待って下さいよぉー!!あ、歩くの速いよぉー!」

慌てて追いかける未来。「瞬」と「未来」という名の歯車は、今、噛み合い回り始めた。


●◎●



ビルの屋上に佇む影法師が一つ。
それは、縁の傍らに立ち、眼下に広がる夜景を眺めている。町と人とがおりなすイルミネーションは都会ならではの美しさであろう。

だが、それは、その心奪われる様な幻想的な光のアートを瞳に映しているワケでは無い。何か別のモノを観察しているようだ。

「逃げられちまったねぇ、どうも。ま、別に良いんだけどさ。奴らの素性は割れてるんだし。のんび~り行きましょうかねぇ。」

頭をボリボリ掻きながら影の主は、口の端をつり上げる。

「それにしても、良い動きしてるなぁ、あいつ。さすが、かつて『マルドゥック』の野郎と双璧を為して十戒最強と謳われていただけの事はあるねぇ。
・・・さてさて、現役バリバリでお仕事中の俺とマンツーマンで戦闘したらどっちが勝つのかね?」

口調、言動から焦燥や不安といった感情は見られない。あるのはただ愉悦。

「惜しむらくは、その二人が共に脱退しちまってるって事さね。まぁ、だからこそ戦り合えるってのもあるんだけどな。」

そう、独りごちると男は、どこからどうやって持ってきたのか、KATANAと呼ばれるスポーツタイプのバイクのエンジンをかける。けたたましい排気音は広く澄み渡る夜天に響き渡る。

「ま、なんにせよ、だ。面白くはなってきたかねぇ、どうも。」

くく、という含み笑いを伴った呟きは、大型自動二輪車の爆音に掻き消された。



●◎●


「帰ったぞ。」

「お、おじゃましまーす。」

おっかなびっくり、瞬に続く未来。抜き足差し足で、ガチガチに緊張している。
メデューサに睨まれた、又は、油が切れたカラクリ人形の様なぎこちなさだ。

「どうしたのだ?何を遊んでいる。早く入れ。」

「い、いやー・・・てっきりアパートかなんかだと思ってたから、まさかこんなちゃんとした一軒家だったとは、予想外でして。・・・えへへ。家族とかに会っても粗相の無いようにしなきゃと・・・・ね?」

相変わらずロボットダンスを実演しながら返答する未来。

「何を言っておるか。その動きでは余計に変ではないか。そして、それ以前に服装がおかしいぞ。」

下には包帯のみという妙齢の女性がしたら何とも蠱惑的な服装をした未来は、自分の扇情的過ぎる姿に気付き、顔から火を噴き出しそうな位、赤々となる。

「こ、こんな格好、好きでしてるワケじゃ無いよ。
先ず、自分の能力の隠蔽であることは既に話したよね。
そして、私の役割は威嚇と捕縛。相手に恐怖心を与える為に人ならざるモノを演じるんだよ。
さらに、能力の使用条件の一つでもあるんだ。
ミクトランテクゥトリは骨々な神様だから、包帯を骨に見たてる事で媒体にするんだよぅ。
うぅう・・・パンツくらい穿いてくれば良かったなぁ・・・」

さらりと衝撃発言をした未来は、その場に縮こまった。

「だが、その心配は杞憂だ。俺には家族はいない。厄介な居候が一人居るだけだ。」

「あのー・・その居候さんって、その人?」

「その人・・・とは、どの人物の事を言っているのだ?」

瞬が眉根を寄せると、未来はソロリと瞬のいる方向を指差す。瞬は釣られて振り返る。

「よーやく気付いたかっ!誰が厄介な居候だってぇ?えぇ?瞬ちゃん?」

そこには、妙齢の長い銀色の髪を垂らした、スラリとした長身の人物が仁王立ちしていた。
その手には何か、S字型の剣のような斧のような、奇妙な形の金属が握られている。

「ミラージュ。主はいつからそこにいたのだ?いや、それよりもいつから気配を遮断する術を会得したのだ?」

瞬はミラージュと呼ばれた人物に頭だけ向けながら問う。

「ふふふっ♪甘いぞ瞬ちゃんっ!日進月歩、人は日々進化するものなのだっ!背中を相手に見せたままにするとは油断大敵、火がボーボーだよん?」

言い終わるか終わらない内に、ミラージュは手にしていた刃物を瞬に振りかざす。

「ミラージュ。家の中では武器の使用を禁止したハズであろう?」

ミラージュから繰り出された、縦一閃の軌跡を両手で挟む事で受け止める瞬。
白羽取りと呼ばれる技術である。そして鈍重な鉄の塊はコピスと呼ばれる刀剣だ。用途としては斧に近い、対象を断ち切る武器である。

「おお!柳生の秘伝『無刀取り』とは、さっすが瞬ちゃん♪だけどね、隙を見せる方が悪いのさっ♪これで俺っちの連敗記録はストップだ!!」

支離滅裂な事を言いながら、ミラージュはコピスに力を込める。

「ミラージュ。今日の組み手は中止だ。客人が来ておる。」

負けじと両腕に力を込める瞬。
それもそうだろう、今手を離したら、頭頂部がザクロの様にパックリと割れてしまう。

「負けそうだからって、やめるー、なんて虫のいい話は聞かないよん♪さぁ!この状況からどうする?瞬ちゃん?!」

堪えきれない笑みを零しながら、ミラージュはさらに加重する。
その細い腕のどこから、その怪力が出るのか、重力加速度を味方につけた、その質量に瞬の腕は痙攣し始めた。

「言っても解らぬようだな。では、少し痛いが我慢してくれ。」

言いつつ瞬は、両手で挟んだ刃を横に傾ける。
それにつられてバランスを崩すミラージュ。
動作時に肩を出す姿勢を取ることによって、よろけたミラージュのこめかみに、肘鉄がクリーンヒットする。

「・・・うっ!」

呻きをあげて、怯むミラージュ。
そこに瞬は追い打ちをかけるように、水月(鳩尾)へと前蹴りを放つ。
まるで稲妻を思わせる容赦の無い蹴りにミラージュは膝をつく。

「しゅ、瞬ちゃん・・・。ちょっとマジやり過ぎだってばさ。は、吐きそう・・・」

「人の話を聞こうとしないからだ。」

半分涙目で訴えるミラージュ。瞬は、一言でその訴えを却下した。

「あ、あのあの・・・凄い音したんですけど大丈夫ですか?」

未来は慌ててミラージュに駆け寄り、肩を貸す。
一連のやり取りが突拍子過ぎて、何が何だか判らない未来の脳内はクエスチョンマークが阿波踊りをかましているところだ。

「あれ?お客さん来てるじゃんよ?なんで言わなかったのさ?」

そんな未来のCPUエラーを余所に、ミラージュは未来を見つめる。

「だから、最初からそう言っていたであろう。」

ミラージュの、のほほんとした口調に諦観し、額に手をあて溜息を吐く瞬。

「・・・・ふ~ん。こりゃあ、かなりの上玉だね。カワイイ女の子を家に連れてくる甲斐性が瞬ちゃんにあったなんて、こりゃあ新発見だね♪」

うんしょうんしょと言いながら、成人一人の体重を支えているあどけなさの残る少女の横顔をしみじみと見つめるミラージュ。
視線を感じ、振り向く未来。当然、二人の視線はリンクし見つめ合う形となる。

「ふぁ・・・凄く綺麗な人。」

その、美しい絹織物のような銀髪、白皙の美貌、さらには当てつけとばかりに吸い込まれそうな深紅の瞳は、嫌でもルビーを連想させる。
宝石と言うモノは何時の時代も人を惑わせるものだ、時を刻むのを忘れてしまったかのように見蕩れる未来。

「一応先に言っておくが、ミラージュは男だ。」

瞬は再び額に指をあてがい、眉間に皺を寄せ、複雑な表情で忠告する。

「ふぇえええ!!う、うそーっ!!だってだって、すっごく美人さんだよ?ホントに男の人なの?」

手をバタバタと上下に振り、驚きを表現する未来。
大混乱状態故に、身振り手振りも単純化されている。
クエスチョンマークは阿波踊りからよさこいへと、祭りを変更したようだ。

「そうだよん♪俺様は魅楽樹(みらく いつき)!男の中の漢っ!まさに峡というべき峡だっ!瞬ちゃんの学校で教師とかやってるっぽいのだ!」

ビシッと親指で自らを指差す樹。
未来は唖然として言葉が続かない。口をパクパクとさせて餌を欲しがる金魚になってしまった。
そんな未来に、瞬は、やっぱりな、とかぶりを振った。
  
「しっかし優衣たんも総ちゃんも、なんで俺っちを女に見るのかねぇ?全く。俺様ってば峡の代名詞と言っても過言では無いだろう?失敬な。」

見よっ!と、華奢な細腕を見せる樹。
力こぶの一つでも見せるつもりだったのかどうかはおよそ判断つかないが、むしろその行為は女性疑惑に駄目押しをする結果になったことだけは確かだ。
容姿が普通に女の人だよ、とつっこみたかった未来であるが、藪蛇、良くても焼け石に水となりそうなので自ら黙殺した。

「でも、あれ?おかしいな?樹?ミラージュさんって名前じゃ無かったの?それに、『ミラージュ』って女性の名前だよね?」

指を顎に当て、首を傾げる未来。

「あれは瞬ちゃんが勝手に付けたあだ名だよ。魅楽を文字ってミラー、樹を音読みしてジュ。繋げてミラージュだってさ。
ま、気に入ってるから俺っちとしちゃあどっちでもいいけどさ。」

変なのー、と笑いながら得心する未来。
なんとなく冷たそうで、とっつきにくい印象があった瞬ではあったが、その独特のネーミングセンスに未来は親しみを覚えた。

―――と、同時に恐怖も感じた。
非凡なネーミングセンスを持つ瞬の事だ、もしかしたら自分も変な名前で呼ばれてしまったかも知れない。
それこそ、初めに言われた骨女の様なモノになっている可能性も否定できない。
瞬に名付けを任せるなんて自殺行為もいいところだ。
無知とは幸せであり同時に最大の不幸でもあるなぁ、と未来はしみじみ感じた。
未来という名は非常にまともである。僥倖であったと言えるであろう。
そんな知らずの内に勝ち取った幸せの象徴を樹に名乗る。

「OK!こちらこそよろしくなっ!みくみくっ!」

いきなりみくみくと言われ、未来は少したじろいだ。
ミラージュというあだ名を甘受している様な人物である、独特の雰囲気を持つ人だとは薄々感じていたが、まさか、これほどまでとは。
こちらのセンスも尋常ではない。
自分の中での常識とか色々大切な何かが音を立てて瓦解するのを感じた。
もっとも、玄関先で刃物を振り回す人間に、一般論云々を当てはめるのも酷というものでもあるが。

「・・・と、自己紹介は、ここまでにしてだな。瞬ちゃんっ!帰ってくるの遅いっつーの!もう腹ペコペコだよー。早くなんか作ってくれよ~。」

まるで駄々っ子の様に瞬の首に腕を巻き付ける樹。
その腹部からは地震兵器を思わせる轟音が渦巻く。腹の虫がデモクラシーを興しているようだ。

「いや、買い出しに行ってきてだな・・・ってあれ?」

瞬は、両手に塩化ビニルの袋が無いことに気付く。
どうやら気付かぬ内に落としてしまったらしい。恐らくは、未来に襲撃されたときであろう。

「・・・嘘つくなら、もうちょっとマシな嘘はないのかね?そんなズタズタな服着て何が買い出しだっつーの。どう見たって違うだろ。それとも何かい?最近のバーゲンタイムの主婦はクラスチェンジでもしてパワーアップしたのかい?」

言いながら瞬にヘッドロックをかける樹。

「ご、ごめんなさいっ!私が悪いんです!瞬君は、きちんと買い物してました。わ、私が邪魔しちゃったんですぅ!」

あたふたと、樹を止めに入る未来。

「あ、と・・・お腹空いてるんですよねっ?今日は私が作りますっ!瞬君にもいっぱい迷惑かけちゃったし・・・・冷蔵庫見せて貰えますか?」

「冷蔵庫は突き当たりを右に行った台所に置いてある。」

未来の介入によって呼吸の確保が可能となった瞬が答える。
未来はペコリと頭を下げると同時に、とてとてとキッチンへと向かっていった。

「何にしても殊勝な心構えだな。ミラージュに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。」

瞬は台所へとパタパタと駆けていく未来を眺めながら、静かに呟いた。

「何を偉そうに。結局、高野豆腐が無い事には変わらんだろう?
それと、爪の垢をどうこうするなんて、アブノーマルなプレイはお断りだね。もっとも俺様の守備範囲は同年から上だがな。はははっ♪」

一頻り軽口を叩くと、ま、みくみくの好意は素直に受け取るさ、と樹は肩を竦めた。
奥からは、これだけ材料があれば問題無いよぉー、という未来の声が聞こえる。
どうやら晩飯にありつけないという事は無さそうだ。瞬は彼女の厚意に甘えて支度が調うのを待つ事にした。
いざ目の前に料理が並ぶまでメニューが判らないのも、また乙というものだ。
自炊ばかりの瞬にとっては貴重な体験となることであろう。



半時ほど経ち、食卓には料理が並ぶ。
見たことも無い形状の料理であるが、少なくとも見た目、匂いは食欲を刺激して、唾液の分泌を促す。
未来に問うと、未来スペシャルだよっ!と、なんとも不思議な回答が返ってきた。
おそらくは彼女の創作なのであろう。自らも料理にちょっとした拘りを持っていた瞬は、予想の範疇外にあった、彼女の実力に舌を巻いた。

目を爛々と輝かせる樹は、箸を持ち戦闘態勢は万全なようだ。
樹は見た目とは裏腹に、とにかく食べる。大皿で盛られていたらまさしく食卓は戦場と化するのだ。
未来が行儀良く一人ずつ分けて作ってくれたおかげで、その阿鼻叫喚の絵図を見せずに済んだ事に瞬は、人知れず安堵の息を吐いた。
戦争が開始されれば、彼女が箸を料理につける間もなく二人で平らげてしまう自信がある。

・・・もっとも、樹は平気で人の分まで手をつけるので、楽観視はできないが。

ともかく、この地獄の番犬ケルベロス(ナベリウス)が自らの鎖を引きちぎって暴れ出さない為にも、一刻も早く食事開始の合図が必要だ。
瞬は得意げにしたり顔をしている未来を一瞥し感謝の言葉をかけると、いただきますの挨拶をした。




食事中はまさに団欒といった感じであった。
瞬は彼女が緊張してしまうのでは無いかと危惧していた。何せ、彼女は自分たちとは初対面である。
そんな輩といきなり暮らすことになる事に不安なんぞを感じてしまうかと思ったが、完全な杞憂だったようだ。
早くも未来は、自分たちと打ち解けている。この明るい性格、純粋さは天性のモノであろう。
加えて樹も人見知りとは無縁の人物だ。その事も大いに関係していると思う。
いつもはどうしようもないヤツではあるが、そんな樹に瞬は心の中で、ひっそり感謝した。

未来は早くも、お腹いっぱいだよー、と言って台所まで食器を運びに行く。
あまり量は食べていない様だ。こんな調子じゃ、成長が遅れるんじゃあないかと、老婆心ながらも瞬は思った。

そして予想外にも、食欲魔神は暴れ出すことも無く、淡々と食事を続ける。理由はなんとなく推察できるが。

「・・・・なあ、瞬ちゃん?これは何というコメントを言うべきなんだろうね。」

未来が居たときの、笑顔一転、無表情のまま箸を進める樹。

「ああ、取り敢えずは美味と言うことは確かだ。・・・だが、な。」

箸を止める瞬。

「言いたいことは大体判るわ。まぁ、確かに旨いさ。確かにね。」

樹は料理を眺めながら、呟く。

「なんかさ、色んな意味で残念な料理だよな、これ。」

「う~む・・・」

同感の意を示し、唸る瞬。
彼女の料理はほぼ満点だ。味、見た目、匂い、共に完璧である。
だが、一つだけ大きすぎる欠点があった。

―――それは、食感である。

形容はできないが、あえて例えるならば、綿を食べている、洋服を噛んでいる感じと言ったところか。
二人は、料理というものは、その4つの要素の内どれか一つでも致命的であったら、ここまで残念な結果になる事実を知ることとなった。
あわよくば、料理できないアダルトチルドレンを抜きにして、食事当番を交代制にしようと思っていた瞬は、あてが外れた無念さと、今度からは可能な限り自分が食事を作ろうと決意を同時に胸に抱いた。
そんな二人の気合いの入った盛大ながっかりを余所に、鼻歌なんぞを口ずさみながら、踊るように後片付けをする未来。
二人とは対照的過ぎる上機嫌さだ。テンションの高低でもニュートン力学の適用が可能であれば、位置エネルギーはすさまじいモノとなるだろう。

「やけに嬉しそうであるな?」

「うんっ!私、みんなで食事するのって多分初めてなんだっ!名前で呼んで貰えるのも多分そうだしねっ!」

パタパタと小動物のように動き回っていた未来は、声の主へと振り向くと満面の笑みで答える。
そのスキの無い微笑みに、瞬はドキリとする。

「た、多分とはどういう事なのだ?」

その心の動揺を誤魔化し、悟られまいとしようとしながら聞き返す瞬。

「あのね、私は十戒に所属する以前の記憶が無いんだよ。すごーく昔の事だから忘れちゃっただけだと思うんだけど。」

内容とは裏腹に未来の声は明るい。あまつさえ、後頭部を掻きながら、えへへ、なんて照れ笑いをしている。

「すまぬ。言いにくい事を聞いてしまったな。」

頭を下げる瞬。記憶が無いという状況に陥った経験は無いので、想像するしか出来ないが、それはきっと触れて欲しくない部分であると思う。そんな想いからの謝罪の言葉であった。

「はぇ?んーん。別に気にしてないよっ。それよりも今のこの状況がとても嬉しいんだっ。へへへー家族ってこういう事なのかな?」

弾むように答える未来に、瞬は何か暖かいモノを感じた。それはとても穏やかな感情。
もし自分に妹がいたならば、このような感じなのだろう、と瞬は想った






「ところで、今後の未来の処遇なのだが・・・・・。」

瞬は、後片付けが終わったコタツに席した一同を前に、未来が家出人で衣、食、住に困っているなどと、大まかに樹に説明すると、これからどうするかについて本題を切り出した。
話の途中で未来の目が「私、そんなにひもじくないもんっ!」と雄弁に語っていたが、瞬は全て無視した。

本当の事を言ったとき、樹なら信じてくれるかも知れないが、大概は脳を疑われて、笑い飛ばされるのが関の山だ。それに、どちらにせよ樹を巻き込みたくはない。

彼は性格、行動、共に激しく異常であるが、やはり普通の人間だ。
一年前、黄昏の夜の異能を得て、共に闘った事もあるし、過去にも多くの荒事を越えてきたらしいが、今回ばかりは事情が違う。
化け物大戦争と成りうる十戒同士の諍いに巻き込まれたら、命を落とすこともあり得るだろう。
現に、先程襲撃してきた射手は規則正しく寸分違わぬ正確さで、矢を射ってきた。
隠し事をするようで後ろめたいが、致し方ない。故に、詳しい事情は伏せる事にした。

「・・・ふ~ん。ま、ぶっちゃけ事情はよく判らんけどさ。そこは俺っちに良い案があるさ。全面的に任しちゃってくれて構わないぜ?」

思ってもみない、瞬時の回答。
樹は未来が来訪した時点で、大体の事情を察知し、こういう展開になると想定。食事中にいくつか思案していたという。
改めて、抜けているようで抜け目の無い、侮れないヤツだと瞬は再確認した。
何だ?と瞬が聞くと、「ひ・み・つ♪」と、人差し指を唇に宛がう樹。

「ヒントは職権乱用だよん♪ある意味答えかな?一応、俺っちも職員なんでね。大船に乗ったつもりで待ちやがれ!だ。明日には間に合う様にしてやるよん♪」

えっへん、とばかりに胸を張る樹。
まぁ、樹の事だ多少・・・いや、かなり嫌な予感がする、と内心感じていたが、他に何か思いつくわけでもなし、任せてしまうしかないだろう、と瞬は、同意の意を込め頷いた。

「ま、これで貸しが出来たって事だねぇ♪借りは、俺っちの授業をちゃんと聞くって事でどうだい?瞬ちゃんは寝てばっかだからなぁ。」

口を窄めながらにやける樹。そのイタズラな表情は猫を連想させる。

「却下だ。20過ぎて、一人称が俺様だの俺っちだの言う人間に教わる事など何もない。」

瞬は、そうバッサリと嘆願を屑籠に捨てるようにあしらうと、あんまりだー、という樹の喚きを無視し、樹が既にくんでおいた風呂へと向かっていった。


「うわぁ・・・凄い・・・。これ、何ですか?」

瞬が早々に風呂に入ってしまい、暇を持て余した未来は「日課がある」と言って、部屋に引っ込んだ樹の元を訪れ、その眼前に広がる光景に驚嘆した。

「ん?こっちの長いのがギサルメー。んであっちのがピルム。それから向こうにあるちーこいのがシカ。それからー・・・」

部屋というより大広間と呼ぶべき空間にずらりと並べられた凶器の数々を解説し出す樹。
蛍光灯を乱反射させた、金属の光沢はギラギラと瞬き、昼間のプールに負けない眩しさを産み出す。
樹はそれらの光に包まれながら、愛でるように点検をしているようだ。

「えっと・・・武器の名称じゃなくて、この大量の武器はどうしたんですか?」

そのインパクトに尻込みしながらも未来は好奇心から尋ねる。
それもそうだろう、これだけ大量の武器を保有する空間は中世の城塞ならともかく現代では二つとしてない。

「これは、俺様のコレクション!こう毎日点検しないと錆びたりしちまうからな。俺っちは、武器とは産まれた時から、いつも一緒なんだ。唯一の親友であり家族でもある。だからそんな家族の心配と面倒を見るのは当然ってワケだよん♪」

今は瞬ちゃんも家族だけどな、と、はにかむ樹。
嬉しそうに語る樹を見て、未来もなんだか嬉しくなる。


そして、その樹自慢の家族達をしげしげと見て回り

「そういえば、ミラージュさんのコレクションに刀が無いですね?」

ふと、気付いた疑問を投げかける。

「あははっ!みくみく!ミラージュはあだ名なんだから『さん』付けはしなくて良いって!
それにしても良く気付いたねー。確かに刀は持ってないよ。好きじゃないからな。
対象を殺すことだけに特化し過ぎているし、何よりせいぜい三~四人くらいしか斬れないからな。刃を極限まで薄くして切れ味のみを追求したモンだから、肉で受けられたら終いだ。脂肪とか摩擦ですぐにおじゃんになっちまう。
それに武器ってのは相手をこの世から抹消させるモノじゃ無い。自らを磨くための道具であり、相手を尊重する為の物だと思ってる。柳生新陰流でいうところの『活人剣』ってのが理想さね。剣によって人を殺すのではなく、活かすって教えだね。」

まぁ、これを唱えていた柳生は刀を使う流派って所で矛盾してるがな。と、樹は笑いながら語る。

「でも、これだけの数があると大変だよねっ。手伝いましょうか?」

手慣れた様子で淡々と手入れする樹ではあるが、流石にこの数を一人でこなすのは重労働というものだ。

「あーいいっていいって。これは俺っちの趣味みたいなモンだしさ。それにさ、全員に目を通しとかないと落ち着かないし、奴らも寂しがるからさ。」

おどけた口調で言いつつ作業を続ける樹。
それもそうだ。自分のような素人に武器の点検など満足に出来ないだろう。
それに気付いた未来は、樹の邪魔になると悪いので、早々に部屋を後にする。
それにしてもミラージュさんは武器が好きなんだなぁと、武器を眺める樹の楽しそうな顔を思い出し、微笑ましくなって、クスクスと未来は忍び笑いをした。


               ■■■


「なあ、瞬ちゃん?ちょっといいか?」

風呂から上がった瞬を待ち受けていた樹は、着替えの済んだ瞬を捕まえると

「あの子・・・みくみくはワケありだろう?」

開口一番そう問うた。

「ああ、事情は先程説明した通りだ。どうしたのだ?同じ事柄を二度聞くなんて主らしくないな。」

訝しげな表情をしながら、脳内に疑問符を浮かべる瞬。

「まぁ、家出ってのはぁ、嘘だろうがな。」

いつになく真面目な表情で、樹は続ける。

「なんか別の事情があるだろう?彼女の前だから言わなかったが、あの子ひかりちゃんに瓜二つじゃないか。黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)から戻ってきたのかと思ったくらいさ。」

瞠目が顔に出ないか冷や冷やだったさ、自然に振る舞うのも大変だったんだぞ、と樹は溜息混じりにやれやれとばかりに肩を竦めた。

「・・・すまない。全てを話すことは出来ない。だが、一つだけ言えることがある。・・・今回の件は俺のエゴだ。バカなヤツだと責めるも罵るも好きにしてくれ。」

樹の誠意に素直に答えられない。瞬はそんな自分に歯痒さといらつきを感じていた。


―――自分は何て最低な人間なんだ、と。



「ま、いいさ。別に糾弾したいワケでも、詮索したいワケでもないさ。ただちょっと気になっただけさね。」

真剣な面持ちから一転、樹はいつものへらへらとした口調へと戻る。

「俺っちからの話はそんだけっ♪じゃあな、瞬ちゃん良い夢見ろよ、なーんてな♪」

バシバシと背中を叩くと、浴場へ向かう樹。

「恩に着る」

瞬は、そんな彼の気遣いに、小さく祈るように感謝した。


               ■■■


「なんだ?この声は・・うた・・・か?」

今日一日の出来事で疲弊していた瞬は、早々と床についていたが、その澄み渡るような旋律を耳にして目が覚めた。
どうやら、部屋の直ぐ真上の屋根の方から聞こえてくるようだ。

・・・聞いたことが無い曲である、と思う。少なくともここ最近の瞬の記憶には無い。
恐らく初めて聞くメロディであるにも関わらず、何故か瞬は懐かしさを感じた。
もっと良く聞いてみようと思い、窓から外に出て、縁側を踏み台にして、跳力を持ってしてよじ登る。


―――そこには未来の姿があった。


夜の闇を身に纏い旋律を奏でる未来は、なんとも幻想的で、神秘的で、神話の女神を思わせる。

「あ、ごめんね。起こしちゃったかな?」

そんな未来にしばらくみとれていた瞬に、未来が気付き、聖母を思わせる朧気な、それでいて慈しむような微笑を湛えながら瞬を見つめる。
詠うのを止め、申し訳なさそうな表情を作る未来に、瞬は照れ隠しに

「別にいい。こちらこそ邪魔してすまなかった。」

とだけ答えた。
未来も、それに習い一言、ありがと、とだけ言うと空を見上げて虚空をその双眸に映す。
その憂いを帯びた表情は、月からやってきた竹のお姫様が、新月の晩に遙かな故郷を想い描き、帰郷の哀愁を感じさせる様を連想させる。

「それにしても、まだ起きていたのか。今日は色々あって疲れたであろう?眠らなくて良いのか?」

「あははっ!瞬君が寝るの早過ぎるだけだよぉー。・・・そうだね。色々あったね。でもね、なんかいっぱい一気にどばーっ!って在りすぎてまだ、整理がつかないんだ。」

これじゃ眠れないよー、とクスクス笑う。
努めて明るく振る舞っているが、やはり衝撃は大きかったのだろう。
今まで、自分が信じていたモノに、要は裏切られたのだ。辛くないワケがない。

「それよりさっ。これからの事について整理したいんだけど、なんだか一人じゃ上手くまとまらなくって・・・えへへ。付き合って貰っちゃっていいかな?」

・・・だが、彼女はそうある事によって自分を持っているのだろう。
ならば、その心の強さに敬意を払い、合わせるのが道理だ。中途半端な同情はかえって相手を傷つける。
瞬は、そんなことを思案しつつ、構わない、とだけ告げた。

「それでねっ。とりあえずお互いの知ってる情報を交換し合って、相手の骨格っていうか、内情を知っておこうかなって。対策を練ろうにも相手の事を何も知らないんじゃ話にならないし。」

「そうだな。それは俺も思案していた所だ。互いに知らない情報を得られるかもしれない。当然といえば当然の試みであるな。それに、未来よりも危険度は低いが、これでも一応、狙われる身なんでな。」

ふっ、と鼻で笑うと肩を竦める瞬。

「ちょっと!それ!どういう意味よぅ!」

瞬にバカにされた事を察した未来は口を三角にして不満を表す。

「そのまんまの意味なんだがな。先ず発動条件が多い。その上、決定打に欠ける異能。はっきりいって不安全開なのだ。それで死の神を名乗るとはな。とことん名前負けだ。能力の特性にも合った『ア・バオア・クゥー』に改名したらどうだ?」

今度は伏し目がちに盛大な溜息をつく瞬。
「ア・バオア・クゥー」とは半透明に近い皮膚を持つ、伝承に登場する幻獣である。神聖、神格は神であるミクトランテクゥトリよりも遙かに劣る。

「まだまだ、わたしには、秘められた力があるんだもんっ!」

腕を組むとそっぽを向く未来。どうやら彼女にもそれなりの矜持があったようだ。

「からかい過ぎたな。それは冗談として、だ。組織形態やらは多少齟齬はあるがお互い概ね与り知る所であろう?直接的に有益な情報として、今の十戒メンバーにどのような人物がいるか知っておきたい。能力が判るのであれば万々歳であるな。」

瞬は右手を顎に当て、片腕を組むと、未来に視線を固定し回答を促す。

「私は、自分以外のメンバーのことは、ほとんど知らないです。大体電話でのやりとりだったし。その相手も毎回違ってたんだ。だから、うろ覚えなんだよ。
なんとか断片的に覚えているのは・・・情報の『アエロー』。変生の『ルー』。大逆の『天津甕星神』。・・・そして、殲滅の『デウス・エクス・マキナ』だったと思うよ。」

こめかみに指を当てながら必至に思い出す未来。

「うむ。聞いたことの無い連中だ。恐らくは俺の脱退後の面子であろう。知っているのは名前と大まかな役割だけ・・・か。
なるほど、横の連携の無さは相変わらずと言うことか。俺が所属していた時と同じであるな。・・・だからこそ簡単に互いを見捨てる事ができるのだろうな。」

憂う様に俯く瞬。その表情には悲壮感や怒りなどが入り交じってマーブリングする。

「俺の知っている情報も微々たるモノだ。元メンバーを一人知っているだけであるな。俺と似たような理由で脱退している。信用の置ける人物なのだがな・・・今、何処にいるのか、連絡手段すらも判らない。協力を仰ぐことは不可能だ。」

軽く気落ちする瞬。本来はそのマイナスファクターに対する失望は大きいのであるが、未来を不安にさせまいと瞬は取り繕う。

「大丈夫だよっ!きっとなんとかなるよ!それに、もしその人に協力して貰えることになっても私は嫌だな・・・。
だって、これは私の問題だから。瞬君みたいに誰かが巻き込まれるのは嫌だしねっ!」

逆に未来に励まされ、たじろぐ。
脳天気なのか気丈なのかはおおよそ判断つかないが、彼女の心の強さは瞬が思っている以上であったようだ。

「あーそれとねっ。最後に言った『デウス・エクス・マキナ』なんだけどね・・・他にも『十戒の切り札』とか言われててね、今、十戒で最も危険なヤツだーって、噂だったんだ。
普段、他のメンバーに興味すら持たない十戒のみんながこぞって話していたんだよ。
・・・今、一番警戒しなくちゃならない人物だと思う。」

表情一転、真剣な面持ちで瞬を見据える未来。その瞳には隠しきれない不安が見え隠れしていた。


「『デウス・エクス・マキナ』か・・・。ご都合主義の最終手段という事か。これまた大層な名前だな。誰かさんと同じで名前負けであると良いのであるがな。」

やはり無理をしていたな、そう感じた瞬は、未来に軽口を叩く。彼なりの不器用な気遣いである。

「だーかーらー!!私はまだまだ本気じゃないんだからねっ!瞬君こそ、どうなのさっ!あの時、実は本気だったでしょう~?」

「『本気を出す』と言っている人間ほど、宣言の前後が何も変わらないモノだな。それに、俺は自らの力を完全に酷使してはいない。」

「ふぇええ!!!うそだー!絶対の絶対に本気だったよーー!」

強がりだー、とばかりに瞬を指差す未来。

「何と言うべきか・・・・だな。俺の能力は主の目の前では使わない。いや、使えないという表現の方が正しいのではあるが。厳密に言うと、まともに能力を行使した事は無いとも言えるな。」

ふふ、と薄く笑う瞬。

「えっ・・?どういう事かな?」

未来は、キョトンとばかりに目をしばたたかせる。

「自分で考えるのが良かろう。主は少しおつむが弱めな傾向がある。良い脳のトレーニングになるはずだ。」

瞬は微笑を湛えながら、こめかみに指をトントンと、当てる。

「あーっ!またバカにしてー!!」

むきーっと言う擬音が似合うくらいに、目一杯、両手を挙げる未来。
それに伴い眉の角度は跳ね上がる。そんな様を見ながら、瞬は、からかわれるには理由があるね、と密かに嘲笑した。






「それにしても、なんだかあまり意味無かったね。」

数十分ほど、喚いていた未来であったが、瞬への抗議が無駄だと悟り、落ち着きを取り戻すと、開口一番そんな事を言う。

「そうでもない。現状では『デウス・エクス・マキナ』に、警戒すべきだ、という方針が決められたではないか。・・・では、俺はそろそろ寝るとする。邪魔してしまったな。」

「ううんっ!邪魔しちゃったのはこっちだよ!それに何だか、自分の事なのに、オンブにダッコばっかりでごめんね・・・。」

しょんぼりとうなだれる未来に

「気にするな。」

とだけ答え、立ち去ろうとする瞬。

―――すると、未来は瞬がここへ出向く事になった要因を、自らの声帯をもって奏でる。
切なげに聞こえる旋律であるが、曲調とは裏腹に彼女はとても幸せそうな表情をしている。

「そういえば、俺と出会った時の歪な唄とは随分と感じが違うな?」

歩みを止め、小さな歌姫に問いかける。

「ほぇ?あれは、能力発動の起動呪文みたいなモノだよー?十戒の人達って、個人の象徴の詩を唄わないと能力が使えないって・・・・常識だよ?」

目をパチクリさせ、一般常識を知らない人間を見るような表情をする未来。

「ああ、そう言えばそんな事を、どこぞの哲学教師が言っていたな。・・・失念していた。迂闊だ。」

未来にコケにされるとは夢にも思わなかったさ、と軽口は忘れない。

「でも、よくよく考えると、瞬君は能力をまともに使ったことが無いんだよね?あくまでも本当だっていうなら、ありえない話じゃ無いかもねっ。」

そう言って、瞬の頭を撫でる未来。
恐らくは小馬鹿にしているのであろうが、瞬は何故かそれが心地良く感じて、行為を甘受した。
その様子に未来は何だか拍子抜けした。瞬なら全力で反抗すると思っていたからだ。

「それより、話すべきことは終わったであろう?主も早く寝ないと明日から辛いぞ。」

「うん。もうちょっと詠いたいん・・・って、あ・・・やっぱり迷惑だった?そうだよね、私のせいで瞬君起きちゃったんだよね。はぅうー私ってばダメダメだよー、ホント。」

「いや、迷惑ではない。聞きたい。続けてくれ。」

「ほ、ほんと・・?うんっ!ありがとっ!」

ショーケースに飾ってあるトランペットを買って貰った子供のように目を輝かせると、未来は歌い始める。
その、彼女の紡ぎ出す美しい、それでいて飾らない旋律は、まるで子守歌の様な鎮魂歌の様な、そんな心地よさと安らぎがある。
それはきっと、太古より紡がれる純正律。失われたに等しい真の和音。
現在、世界で用いられる平均律には無い癒しの波動である。

瞬は、彼女が歌い疲れて眠ってしまうまで、その音の揺りかごを、目を細めながら、聞いていた。





                  Act1 赤ずきん      END




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