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科学はイタズラだっちゃ! 受験も科学!      科学実験教室&家庭教師  宮城県大崎市

私の「動機」と、子どもと接する心構え

私の「動機」

子どもたちのキラキラした瞳。この瞳より美しい宝石は無いでしょう。この瞳で見つめられて、「楽しかったよ」と言ってもらえる喜びは、大人にとっての最大の贅沢でしょうう。

 私は、現在、宮城県古川市で、毎週末、地域の皆様の協力により、子どもたちの体験教室を開いている任意ボランティア組織「ウィークエンドはてなクラブ」の運営委員長をしております、

 子どもたちにとって、夢のような楽しい学びの時を創ってあげたい、という願いに、数人の保護者の方が共鳴してくださったのが発端で、近所の方に講師をお願いして、今まで、七十人以上の「街の先生」に、のべ千五百人以上の子どもたち(主に小学生)が、学校では味わえない、新たな体験と交流に機会を得せていただいております。

 お世話になったのは、地元商店街の店長さん、退職された学校の先生、美術館の館長さん、市役所の課長さん、大学生のグループ、他のボランティアサークル、塾の先生などなど、多岐に亘っております。そして、これらの方々の協力を得られたのも、お母さん方の熱意によるものです。善意の雪だるまというものは、本当に大きくなるものだと、この二年ほどの奇跡のような「クラブ」の出来事を振り返り、さらに、その三年前に教育の世界にはじめて足を踏み入れてからの経緯を思うとき、感謝とともに、こういうこともあるのだ、ということを皆様にお伝えしたい、と願うのです。

 五年前まで、私は教育とは全く無関係の世界で生きてきました。ところが、家業の酒問屋を、経済事情から手放し、何もすることがなく、青空を眺める状態になりました。この歳で簡単に再就職が見つかるわけもなく、家族の諸事情を考えると、地元に根を張った仕事を創り出すしかありません。「どうせ、生きるならば、思いっきり気持ちのいい仕事をしたい。気持ちの良い仕事を土台から設計したい。」と、思い、また、こう考えられるだけが、当時の強みであり、支えでした。
女房に、「あなたは子どもに教えるのが向いているのでは」とアドバイスされ、学生時代の子ども向けボランティア活動の充実感を思い起こしました。楽しいと思えること自体が才能ではないかと、楽天的にも考え、まず、家庭教師から始めました。

ところが、そこで待ち受けていたのは、感動の渦などとはほど遠い、勉強嫌いな子を、ご機嫌をとりながら、さらなる勉強が必要な進学校へ追いやることでした。真のモチベーションを置き去りにして。

あらためて、子どもたちの勉強嫌いに衝撃を受けた私は、「気持ちの良い教育」を求めて、好奇心開発について学びだしました。

私は「仮説実験授業」というものがあることを知り、その虜になりました。その授業書が公開されていることも大いに助けとなりました。そして、ついにこれを専門にする、科学体験教室を開いたのです。宣伝する資金も無かったのですが、口コミだけで、常に数人の子どもたちが遊びに来るようになりました。当初はほとんど、地元子ども会の延長でした。
 
少し、名前が広まりますと、思いがけない展開が待っていました。自閉タイプの子や、ADHDなど、学校ではなかなか集中できない子を受け入れてもらえないか、という相談を受けるようになったのです。私はその専門家ではありませんから、お断りをするつもりでいたのですが、お会いして、お母さんの話、本人といろいろ一緒に遊んで見ると、何とか力になりたい、少なくとも理解者にはなりたい、と強く思わされました。

 と言いますのも、この思いは、私自身の生涯忘れられぬ経験がよみがえるからです。

 諸事情により、若くして小さいながらも社員をかかえる老舗会社の専務となった私は、経営環境悪化の中、とても孤独でした。被害者意識すらもっていました。

ある時、大企業主催の経営セミナーに参加しました。そして、その先生の言われる通りに経営を分析しましたら、会社の先は無い、としか思えなくなったのです。途方に暮れた私は先生に手紙を出しました。その先生は、本来セミナーをするコンサルタントではなく、大企業の経営そのものを指導する有名な先生でした。そうしましたら、突然、先生から電話がかかってきまして、「すぐ上京するように、」と言うのです。コンサルタント料を払う力も無いので、不安半分で出かけました。そこで待っていたのは、私の人生で最大の経験と言えるものでした。

 お昼前に事務所に着いた私は、挨拶そこそこに、昼食をご一緒させてもらいました。そこから延々、私の話を先生は聞いて下さったのです。ふと、気づくと暗くなっていました。

再び、事務所の方が夕食をとって下さいます。さらに、話しているうちに、最終電車に遅れてしまいまして、事務所に泊まらせてもらうことになります。さらに翌日、モーニングを先生と一緒に取りながら、先生の作戦案をお聞きしました。そして…気づくとまた、暗くなっていたのです。さすがに、そこでお暇させていただきましたが、私は帰りの新幹線の中で、涙を止めることができませんでした。先生のお話がすばらしかったこと、コンサルタント料は出世払いで良い、という内容のことよりも、それにも増して、私の話をあんなにまで聞いてくれる人がこの世にいる、ということ自体がとんでもない喜びでした。
 
それから、私は変わりました。社員を信じ、得意先を信じて共に夢を追う、オープンな経営をすることができました。残念ながら、結局は会社を手放すことになりましたが、あの経験が、人を活かすものは何なのかということを強烈に教えてくれたのです。そして、何のご恩返しもできていない先生から、「私から受けたものがあるとすれば、それは私に返すのではなくて、同様に他の困っている人の助けとなることによって返しなさい」というお言葉によって、私のその後の運命は決まったのです。

 障害児のことに情熱だけで取り組みはじめてから、新たな世界が広がりました。いろいろな方々にご相談することによって、輪が広がっていきました。

子育て支援センターでは、保母さんの自主勉強会に参加させてもらいました。そこから東北大学の先生にお会いすることができ、メールで逐次ご相談するまでになりました。障害児の親の会とも交流を深めるようになったのです。また、コミュニケーションが苦手な子に、いろんな人と会わせたくて、社会をフィールドに外に連れ出すようになりました。それと同時に、私の科学実験教室も公民館やPTA、子ども会などで使われるようになり、そこで多くの保護者の方々と交流をもつようになります。一緒に体験教室を開きましょう、と話がすすむのは自然の流れでした。

いつの間にか、NPO支援センターにも入り浸り、指導を受けながら今日に至っています。

 数え切れない方にお世話になりました。これも、人を信じて率直にご相談を繰り返せたからだと思います。そして、このパワーの源泉は、先生から理解された喜びを一人でも多くの子に伝えたいということです。信じることは人に理解され、信じられる体験をしてはじめて得られるパワーだと思います。このドミノの幸せを私はもっと広げるために、あらゆる人と今日も語り合っていきたいと、街を走りまわっております。ありがとうございました。


私が子どもと接する場合に、大切にしたいこと。

1.子どもは、ハートを読む超能力者
  言葉よりも、全身丸ごと使った歓迎の心を伝えること。
  
2.ほめる機会を作りだし、シャワーのようにほめること。
  信頼していることを言葉と態度で伝えること。

3.論理よりもファンタジーを大切にし、(小学生の場合)
  柔軟にイメージの翼を広げられるように応援すること。

4.実生活のイメージを使って、直感で納得できるように指導すること

5.どんな子も学ぶことが大好きであり、また、良い人生を歩みたいと
  心から願っている前提から、すべてをスタートすること。

6.特に障害をもった子の場合、その子を丸ごと受容し、
  内面を極力、共感しながら、誘導していくこと。

7.担任の先生は、子どもたちにとって、社会への窓口の船長であり、
  神様でさえあるので、そのイメージを壊さないで、さらにより
  担任との信頼関係が深まるように、脇役に徹すること。
  担任の先生が光り輝くように、ポジショニングをしっかりとる。
  間違っても、子どもの前では、先生の批判はしないこと。
 


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