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科学はイタズラだっちゃ! 受験も科学!      科学実験教室&家庭教師  宮城県大崎市

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先生に対して

2008.04.28
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カテゴリ:先生に対して

先生は、しゃべりのプロであるはずです。
異論はあるかもしれませんが、
少なくとも、しゃべってナンボのはずです。

 

でも、本当にそうでしょうか?

と、寅さん自身が、反省したことがあります。

 


寅さんの科学実験は、できれば2時間欲しいのです。

それでも、ときどき、いや、いつもオーバーしてしまう。
常に反省の日々です。

 

「寅さんの実験は、たっぷり時間がなくちゃ、味わえないよ。」
と自分で妙に納得なんかしていました。


しかし、先日、テレビ・ラジオを舞台にしゃべるアナウンサーの話を聞きまして、
いかに甘いかを感じました!

プロのしゃべり手と一般の人との最大の違いは
「時間」を念頭に置いてしゃべるかどうかだということです。


授業にも、もちろん、時間はあり、「おおよそこの時間感覚で」といった
常識的な構想はもって臨んでいますよね。

 

しかしテレビ業界のように
「残り8秒でまとめてください」
フロアーディレクターがいきなりカンペを出す、
という切迫した状況はそうそうないはずです。


先日聞いた話では、出された指示が
「今日の振り返りと感想トータル13秒で締めて!」。

こんなことに驚いているようではテレビの仕事はできないのです。

一方で、「中継先、準備が間に合わない。3分つないで!」
という突然の注文もある。


もちろん、ただつなぐのでは視聴者が逃げるので、
それなりに「ひっぱる(興味を引き付ける)話題」を繰り出さなければプロではない。

逆に3分の予定が、1分しゃべったところで急に
「現場OK、中継呼んで!」
のカンペがカメラの横に出される、というのも日常茶飯事。

「しゃべりの基本は起承転結です」などと、悠長なことを言っていたら、
翌日から誰も仕事を振ってこなくなるんです。

しゃべったその瞬間から興味をそそる話題を繰り出し、
しかも長さは、いか様にも調整できなければならない。


「あと1分あればうまくおさまったのに」などという言い訳は、
まるで通らないし、
そんなたわごとを言うものは2度とテレビ局には呼ばれない。

「おれの芸は最低10分聞いてもらわないと面白さが伝わらない」
と言っていたら、今のテレビ業界でで起用される可能性は極めて少ないのです。


話芸を育てるには、ヒドイ環境だ、と憤ることもあるかもしれない。
でも、逆に、こういうシビアな中でこそ、話芸は磨かれてくるのかもしれない。


学校の教室の「お客さん」は、
寄席のお客さんでも、テレビの視聴者でもありません。
逃げませんし、客は、黙ってこちらの話しを聞かなければなりません。

そういう中で、話芸を磨くのは、逆に難しいのではないでしょうか?


これを克服するには、
「このことを生徒に話すのに、本当に10分も必要だろうか?」
「生徒は10分間も飽きずに聞いてくださるだろうか?」
「自分が聞かされる側だったら、退屈な部分はないだろうか?」

というように、自問自答するしかない。


先生は、授業で話しをする際、自ら制約を自分に課すしかない。
「話とは、話し手の先生が納得するためでなく、
生徒にとって理解しやすいように
"伝導率"を高めるものだ」
という意識を高める必要があると思います。


「授業とテレビの生放送を一緒にするな」と言う前に
1度、生徒からアンケートをとってみてはどうでしょうか?


とっても勇気の要ることだけれど、
これをしなければ、
教室の王様である先生に、裸であることを、指摘してくれる人はいないのだ!

そして、意外にも、生徒は遠慮無く指摘してくれるもんです。


プロはみんなキビシイ評価されてるんです。
先生も今から、しゃべりのプロ目指して頑張ろう!
 

寅さんは、まず「時間」を意識したしゃべりを心がけてみます。
その第一歩として、ストップウォッチを使ってみます。

 







Last updated  2008.04.28 15:48:42
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2008.02.19
カテゴリ:先生に対して

まだ、時間があるので続けます。

「芸」にも、たしかにピンキリがあります。

教室で、演じたい芸は、やはり頭を使わなければ楽しめない芸ですね。

そこにこそ、学問という芸の魅力があるわけです。

たとえば、話しをするプロ中のプロ

噺家を考えてみましょう。

落語は音ではなく頭を使って楽しみますよね。

脳細胞がずいぶん活動してます。

落語は、ずいぶん制約の多い芸です。

何せ正座で、下半身を動かさずにいなければなりません。

さらに、教材ならぬ、道具も使わいません。黒板もありません。教科書もない。

(といっても扇子と手ぬぐいは使いますけど・・・)

それでいて、すべてのシチュエーションを演じているのです。

かえって、その制約のお陰で、普通の演劇やドラマではお話にならないことでも、

落語にすると面白くて笑えるものも多くあるわけです。

例えば愛宕山の話は映画でしても面白くないでしょう。


出演は、たった一人なのに、1人で何人もの人を演じることができます。

そして、ここが大切なのですが、

それを聴く客の心の中に、自分の中でもう1人の自分を投影し、

創り出すことができます。

創りだされたもう1人の自分が冷静になって、

冷静さを失っている方の自分に諭すことさえできます。

 

これも、イメージの共有化のもたらす魔法の一部です。

このように、教室には劇場どころか、全世界、全宇宙を投影することができるのです。

おっと時間です。また。







Last updated  2008.02.19 09:27:21
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カテゴリ:先生に対して

寄席や芝居を見に来るお客さんは、

観る姿勢ができています。(さあ、笑うぞって)

しかし、学校の教室に来る生徒は、(普通の健全な?お子たちの場合)

ぜ~んぜん、できていません。

そこで、先生は、客としての姿勢から、怒鳴らなければなりません。

 

でも、これって、禁じ手だと思うんです。

芸人として。

あっ、うっかり、芸人という言葉を使ってしまいましたが、

寅さんは、先生の本質は、芸人だと (心の底で、密かに)つぶやいてます。

そう、ひそかに!

 

一般の企業で、消費者にセールスをするとき、

こちらを振り向かない客を怒鳴りますか?

「なんで、こっちを向かないんだ!」

「姿勢が悪い! ピンの背を伸ばして!」

と怒られながら、商品を買うでしょうか?

 

セールスマンは、こう教育されるはずです。

「お前達は、芸者や!」「おとこ芸者や!」

「お客様を笑わせてこい!」「笑ってもらってなんぼや」

(なぜか、関西弁イントネーションになる、純粋東北人寅さんだっちゃ。)

 

よく教職員が社会で研修を受けるってありますよね。

先生がエプロンをして、レジに立ったり。

あれで何を学ぶんでしょう?

 

一番学んで欲しいことは、

この世は、芸人が社会を動かしているってことです。

(これは、寅さんだけの願いか・・・・・・)

 

一般企業でも実力者は、み~んな芸人なんですよお。

わかりますよね、お父さん!

 

先日、オバカキャラのスザンヌさんのお母さんのコメントが

ネットに出てましたが、見ました?

全然、後悔してませんね。娘があのように育ったことを。

人々に笑いと希望を持たせることができる娘を

誇りをもって語っていました。

そうなんです。

学歴よりも、明るいキャラの方が、世渡りにはずううっと役に立つのです。

私は、親の鑑ではないかって思っちゃいました。

普通、できの悪い娘を、けなして悪いイメージを植え付けます。

でも、勉強に不向きな子って、実際問題、いっぱいいるわけでして

その子たちが、存在価値が社会でないかって言ったら、

全然、心配無いわけです。

その子の本来の良さを輝かせれば。

(これは、ちょっと脱線か)

 

学校の先生は、すべからく、高学歴で、規範意識が強い。

さらに「先生」と言われてしまう。

この「先生」という言葉、罪ですよね。

寅さんまで、「先生」と言われると、その気になってしまって

もっともらしいことをしゃべりだしちゃいます。

 

これは、人生観の違いから、仕方がないかもしれないけど、

本当に子どものことを考えたら、

接する大人は、心の鎧を脱いだ方が絶対いい。

絶対に幸せになる。

鎧を脱げば、どんな堅物先生でも芸人になれます。

 

学級崩壊は、鎧に対する抵抗か、

あまりにも下手な芸人に対する

「芸人替えろ!」のコールか、どっちかだと思います。

 

芸人、芸人と言ってますが、

いかに芸が教育上大切か、

別の記事で書きたいと思います。

「芸」と言ってバカにする人はいないでしょうね。

日本の芸能をバカにするんですか?

クラシックだって、芸ですよ。

 

かく申す寅さんも修行の身ですが、

芸人寅さんは、黒マントを着るのは当然で、

着ぐるみだろうが、どんなキャラだって厭いません。

ありがたく扮させていただきますよ。







Last updated  2008.02.19 09:06:19
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2008.02.18
カテゴリ:先生に対して

前からの続きです。

授業への応用です。

 

とにもかくにも、安心感です。

自分が批判される心配はない。

恥をかく不安がないと、安心させることが最も重要です。

いつ、指名されるかわからない緊張感で引っ張るのは、

私は反対です。

 

その上で、みんなの関心を一点に引き込まなくてはなりません。

ここが最も難しいところで、最大に智恵と汗が必要なところです。

逆に言えば、ここさえクリアできれば、80%成功したようなもんです。

 

これは、常識を少しは覆すものでありたいし、

また、それでいて、誰でも見ただけで、すぐに意味がわかるものでありたい。

できれば、子どものイタズラ心をくすぐるものでありたい。

 

それを提示したら、教師は、それについての問題意識を説明した上で、

生徒の考えや思いをどんどん引き出します。

ここで、ふざけた発言をする子や、態度で反抗する子がいると思いますが、

まず、発言については、どんなにアホな発言でも

丁寧に受け止めて、板書していくことをオススメします。

自分の思いを受け止めてくれるか、試しているんですから。

それから、態度で表現してくる子に対しては、

こちらも、アクションや表情で、返事をしてやりましょう。

もちろん、明るいリアクションで。

向こうが指鉄砲を撃ってきたら、撃たれましょう。

 

こちらから、逆襲して撃つ必要はありませんが、

投げてきたものは、受け止めるべきです。

 

私は、ここでの、多くの先生方の反応ヘタさに、地団駄を踏みます。

無反応なんです。

ふざけを押し殺そうとします。

ふざけこそ、授業を作るお宝のエネルギーなのに。

え?どんどん、つけあがる?

つけあがらせればいいのです。

ただし、生徒の思いを必ず、黒板に表現していくこと。

目の前に、自分たちがどのようにふざけているのか、

何がおかしいのかを、はっきり見えるように描き出すことです。

そうすると、不思議なことに、落ち着いてきます。

 

そして、その勢いで、肝心のテーマについて

意見をどんどん出させるのです。

あんな、ふざけたことでもいいんだから、

ボクのバカな意見だって、いいのかもしれない、と思わせるのです。

バカな意見、アホな意見こそ、授業の本質なのです。

それを引き出せれば、バンザイです。

実は、そこで、どの子もひっかかってるんです。

それを心の中で押し殺してるんです。

押し殺したままで、さらに新しい情報が入るわけがありません。 

 

教師が意見を言う必要はありません。

子どもたちは、自分で意見を言っているうちに

自分で気づいていくのです。

 

新たな情報というのは、

意見を出し尽くした後でないと、入っていきません。

「もう、言うだけ言ったなあ」、

その上でわからないとき、はじめて受け入れられるのです。

 

その意味で、子どもたちのサンドバッグとなるテーマこそ

一番の主役です。

それは、モノであり、ただのイメージであるかもしれません。

あるときは、ケーススタディかもしれません。

 

そうして、先生の技量は、出てきたメッセージを

どう受け止めて、板書に表すか?です。

できるだけ図解がいいでしょう。

イラストもいいでしょう。

どんな子のちょっとした意見も取り入れてやってください。

これが腕の見せどころです。

 

だから、先生は、七転八倒です。

生徒に転がされてる感じです。

 

あえて、何も教える必要がない場合が多いです。

それでいて、「いっぱいいいことを教えてもらった」と

生徒は必ず思っています。

 

また、普段から、子どもたちと、

イメージ遊びをしているのは、と~っても有効です。

学問って、もともとイメージ遊びなんですから。

このやり方も後ほど、私の知ってる範囲ですが

ご案内します。

 

パソコンの側にティッシュの山ができました。

本当に休みます。

 

今日の話しは、子どもの心をつかんでいる先生は、

とっくの昔に使っている技術だと思います。失礼いたしました。







Last updated  2008.02.18 17:28:26
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カテゴリ:先生に対して

鼻水ズルズル、ハクションの連続

「何のために学校に来たのか」と、

ひんしゅくを買っている寅さんです。

今日は、もうコタツに入って、何もしないで寝ようっと。

 

と、その前に、書こう、書こうと思ってたことを書いて、

スッキリしたいと思います。

 

子どもは誰でも、じゃない、人は誰でも、

自分が求めていないことを

「教えられること、教育されること」が大嫌いなんです。

当たり前と言えば、当たり前ですよね。

 

もし、私が韓国語を切実に習いたいと思って、

講師のところに行ったら、そりゃ、目の色を変えて学びます。

マーケティングのあの先生の話を聞きたい、と思えば、

あらゆる行事をキャンセルして聴きにいきます。

 

ところが、学校の授業は、ほとんどの場合

子どもたちに望まれたものではありませんね。

そこに本質的な矛盾があります。

 

子どもがあくびをすると怒りますが、

大人の私たちのだって、どうでもいい研修会で

長時間机に座っていて、あくびをしない方が無理というものです。

まして、自己コントロールの難しい子どもたちです。

 

子どもたちは、とっても敏感です。

「教育」されていると感じると、急に頭の働きにブレーキがかかります。

フタをされた脳みそに、情報を流し込むのは、至難の技です。

 

ですから、勝負は、子どもたちに、

  1. いかに意欲を喚起させるか
  2. いかに「勉強」と感じさせないか

にかかっているのです。

(今回、これの根本的な是非については、問わないことにしましょう。)

今日は、まず、2の「勉強」と感じさせない方法について考えてみたいと思います。

 

まず、思い浮かぶのが、ゲームや遊びにしてしまう、っていうことです。

これを不謹慎だ、とか、ごまかしだ、と嫌う向きもあるでしょうが、

私は、そもそも学問も遊びなんだから、

不謹慎だ、と言うほうが、学問の本質に対して、不謹慎だと思います。

でも、同じ遊びでも、表面だけの底の浅い遊びと、

深い、哲学にも触れるような遊びがあります。

できれば、後者を目指したいものです。

 

ところで、私が、今回、一番気づいて欲しいのは、

ワクワクする劇場空間での脳みその使われ方です。

普通の場合、つまり、いやらしく「教育的」でない限り

劇場の観客は、「教育」されているとは思っていません。

 

先生に指名されて、恥をかく心配もありません。

もし、眠かったら寝ることも可能です。

 

注意は、演劇の内容に向かってあり、

客席の私に注意を向ける人はいません。

安心して、鼻くそをほじくっていられます。

 

教室でも、関心が、「私」に来るのか、

それとも、問題意識が集中したある「対象」に向かうのか、

で、生徒の脳みそに、大きな影響を与えます。

つまり、自分が裁かれる立場にあると

自己防衛にばかり、血液が使われて、

問題の対象について考える方向には向かわないのです。

 

その上で、演劇は、イメージの共有化を図ります。

漫才コントなんか典型ですが、

みんなである共通のイメージをもっていないと話しが通じませんね。

イメージ遊びの楽しさに引き込みます。

みんなで同じイメージを共有できたという体験だけでも

こりゃ、とっても楽しいものです。

 

そして、さらに、ここに大きな仕掛けがあるのですが、

イメージを膨らますプロセスには、

自分の思いが、どんどん投入されているのです。

ですから、いつの間にか、舞台にいるのは、

役者や先生ではなく、自分自身がそこに立って

問題に直面しているのです。

 

さらに、うまい芝居では、お客との間が最高です。

お客のちょっとした反応に、敏感に対応してみせるのです。

客が俳優を操作している雰囲気を作っていきます。

もちろん、相互作用ですが、客の側は、批判される心配のない位置にいるのが

特徴ですね。

 

それで笑わせている間に、ふと、その役者が見せる

本気や苦悩、そして涙に、思わずホロっときてしまうのです。

そして、生涯の感動の一作を見終えるのです。

 

これを授業に置き換えたら、どうなるのか、

次に考えてみたいと思います。 

 

 







Last updated  2008.02.18 16:34:49
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2008.02.16
カテゴリ:先生に対して

お陰様で、起き出すことができました。

風邪は、固い体を柔らかくする効果もあるようですが、

同じく、固いアタマも柔らかくしてくるんじゃないかなあ。

思い浮かんだことを書きます。

 

学校の教師業で悩んでおられる先生、

教師というイメージを疑ってみては、どうでしょうか? 

崩してみてはどうでしょうか?

 

たとえば 

教師は、利口にならなくてもいい。

教師は優等生になる必要はない。

教師は、完璧にやろうとしないで、

がんばるのではなく、

生徒を含めたチームの一員として、

生徒をサポートするコミュニケーションを

タイミング良くすればいいんだ、って。

 

普通、教師は生徒よりも良い情報を出して、

生徒より目立って、

自分がいかにすばらしいかを、

生徒に見せつけなければならない、

と考える先生、多いんじゃないでしょうか?

 

これは、客観的に見ると、不健康な精神状態ですよね。

なぜ?

こういう人は、自分のことしか考えられていないからです。

 

パートナーとしての生徒を見失い、

生徒も仲間の教師も、敵や批評家に見えてくるのです。

 

そうすると教育活動が、「恐怖の場」になります。

当然ですが、恐れは教育の障害です。

 

そういう人は、現在を見ないで、未来ばかり見ています。

未来・失敗・人の目を「恐れる」→ クリエイティブな発想はできないのです。

 

自分で自分にプレッシャーを与えすぎないようにすることが肝心です。

つまり、ガンバリすぎないことです。

 

生徒と一緒の場で、今の瞬間に「出会う」ことができるようにするんです。

 

生徒は、良きにしろ悪しきにしろ、いろんなメッセージを発しています。

反抗的な態度もメッセージなのです。

 

生徒に立場で見ると 

自分のメッセージを無視する人とは、

誰だって、一緒にやるのは難しいと感じますよね。

 

人は、恐怖があると、相手をコントロールしたいと本能的に感じてしまいます。

相手のメッセージを邪魔したり、無視したりします。


繰り返しになりますが、

教育現場では、ガンバルのではなく、

むしろクリエイティブであろうとすることが大事だと思います。

 

いろいろな先生がいらっしゃいます。(善し悪しは別として)

がんばることが生き甲斐の張り切り先生

自分だけが正しいと思っている自信満々先生

自分の考えを自分で否定・批評・評価してしまい

自分に自信がもてない先生

生徒をコントロールして、すべてを自分の思い通りにしたい

演出家のような先生

ただただ目立ちたいだけの先生

生徒が創ったアイデアをぶち壊してしまう先生

協調性はあるが、自分の意見が無い、もしくは表現できない先生

考えすぎて行動ができない先生

ネガティブな発想ばかりする先生

逆に、ポジティブな発信ができる先生

いつもユーモアを失わない先生

生徒の世界に飛び込んでいく先生

 

 

コミュニケーション論から考えると、 

良いコミュニケーターは、相手が必要とするメッセージを発して、

「相手」を素敵に見せる人です。

 


授業をするときは、生徒を「天才」だと思いましょう。

「天才」から出てくるメッセージは、

自分が考えもつかなかった素晴らしいものだと、思いましょう。


「天才」に興味を持ち、「天才」のアイデアを尊重することです。

 

天才の皆さんにアイデアが無かったら、

そのとき初めて、教師が自分のメッセージを発することができるのです。

 

これから、教育をコミュニケーション活動だと見た場合の

演劇空間としての授業論を考えてみたいと思います。

 







Last updated  2008.02.17 01:33:53
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2007.10.21
カテゴリ:先生に対して

公務員である先生は、突出してはいけない。

もちろん、金銭にからめない。

 

しかし、人的資源が生命線である日本で、

人財としての教師たちは、石油資源以上のものだ。

 

学校間競争が激しくなってる。

教師を取り締まるのではなく、

埋もれた才能を世に出すべきだ。

定年まで隠しているなんて、国賊だ!

 

教師がスターになったって、

スターが教師になったっていいじゃないか?

え?ダメ?

 

 たしかに、スターという単語には、語弊がある。

いわゆるテレビでおなじみのスターのマネをしては意味がない。

人には、それぞれ、違った才能があるのだ。

誰かのマネをしてたら、永遠にスターにはなれない。

 

雑用を無くし、

教師に時間的余裕を与えよう。

 

生徒にとって、

自分を殺している教師を見るよりも、

自分の人生を最大限、輝かしている姿を見る方が、

幸せだ。

 

社会には、壁がある。

しかし、実は、蜃気楼のようなことが多い。

既に、輝いている人もいっぱいいる。

 

どうか、教師という仮面や衣装の下に

隠されてきた宝物を輝かしてください。

 

芸術家の評論をする先生が、

実は、アートの天才だったりします。

 

「自分に打ち克つ」「自分と戦う」「身を捨てる」という

誤った信念を捨てましょう。

内面に、本当はすでに持っている、

不思議さと驚きに満ちた、自分の才能を取り出すのには、

上に薄く積もった、常識というホコリをぬぐえばいいだけなのだ。







Last updated  2007.10.21 16:39:41
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カテゴリ:先生に対して

昨日は、大したことを書いたつもりもないのですが、

アクセス数の記録(寅さんにとって)を作ってしまいました。

 

「図々しさ」とは、とても誤解を生む言葉ですが、

私の心にストンと落ちたのです。

実績をあげ、成功する先生と、

はっきり言って、自分を追い詰めてしまう先生の違いを見つめてると

表面的な穏やかさや、激しさとは別の、もっと深いところで

図々しさをもっているかどうかの違いが、決定的だと気づいたのです。

 

その延長線の話ですが、

先生は、親に対しても先生なのです。

先生であるべき、とか、仕事だという浅いことではなく、

必然的に、親にとっても「先生」なのです。

親は、生徒なのです。

 

さらに、地域社会にとっても、「先生」なのです。

 

よく、謙虚な先生は、親に対して低姿勢で、ご意見ごもっともという方がいます。

また、地域に帰れば、単なる一市民として、目立たぬようにすることを

モットーとしている人、市民よりも、小市民ぽく生きている人を見かけます。

 

もちろん、新任の先生なんか、自分よりも人生経験豊富な人ばかりが、

周りにいるわけです。

「先生」なんておこがましい、とお思いでしょう。

 

しかし、これは、たいへんな誤解と、自分に対する冒涜です。

 

いかに新卒、新任であろうと、

先生の魂は、世界を包み込んでいるんです。

知識や技術は拙くても、心意気だけは、社会全体を手のひらに乗せて、

愛情をもって、包み込むことはできるはずです。

 

本当は人間だれでもできるのです。

しかし、特に「先生」という立場になった人は、

立場を生かして、本来のあなたの真の力を発揮すべきです。

 

これは、人が生きるという主体性の問題です。

環境・外界をどう認識するか、です。

 

外に支配され、制限を加えられていると見るか、

(たしかに、客観的にはそうです)

主観的には、世界どころか、宇宙を手のひらに乗せているか、の違いです。

 

いいですか、地域にとっても学校は、学校なのです。

校長先生は、地域の校長先生なのです。

保護者も心の奥では、先生に、先生らしくなって欲しいのです。

 

先生、あなたが、先生という職業を選んだときから、

あなたの奥の素晴らしさは、さらに奥の人類の叡智と結びついて、

光り輝くことを望んでいるのです。

その光は、どんなに若い人でも持っています。

正に、時空を越えているのですから。

それを制限しないで、放射してください。

親にも、地域住民にも、放ってください。

 

本当に、文字通り、あなたが地球を救うのです。

 

生徒に、そういうスーパー先生として接してやってください。

これこそ、生徒への最高のプレゼントです。

 

これって、最高に図々しいでしょう?

でも、最高に謙虚でもあると思います。

自分のちっぽけな知識に頼らないで、自分を生かしている

大いなる力と運命に頼っているのですから。







Last updated  2007.10.21 07:44:17
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2007.10.20
カテゴリ:先生に対して

ほとんどの先生は、図々しい保護者に悩んでいると思います。

それに対して、ほとんどの先生は、謙虚に、しかし、距離を置いて対処しています。

 

先生の社会性の無さが、指摘されています。

社会に出ないで、ダイレクトに教職員になった人が大半なんで、

距離感がつかめないのかもしれません。

それで、おっかなびっくり、謙虚につきあっています。

 

しかし、寅さんが見るところ、先生という人種は、人が良すぎるのが問題です。

もっと図々しく、つきあった方がよっぽど社会性が高まると思います。

 

なぜなら、世間は、図々しさで形成されているから。

たとえば、社会では、セールスするにも、売り出しするにも

コマーシャルするのも、図々しさを発揮してます。

ご近所づきあいだって、図々しい人こそ、リーダーです。

 

これから、学校が地域社会を取り込んでいかなければなりません。

その際、遠慮は、本当に禁物です。

十中八九、断られるのは、当たり前、何ともないのです。

そんなの、顔にハエがとまったくらいの感じで、

へっちゃらでお願い続けるのです。

 

これこそが社会性です。

丁寧な文書を回して、しかるべき人に礼儀を尽くしてというのは、

はっきり言って、どうでもいいのです。

 

生徒や保護者とのつきあいも、もっと図々しくなるべきだと思います。

家庭に口だしすべきでないと、思われるかもしれません。

とんでもない。

どんどん口だしして、摩擦を起こす人こそが、良い先生と見られます。

生徒も、暴論でも、バリバリ叱ってくれる先生を求めています。

 

もし、保護者の気持ちを大切にし、生徒の揺れ動く気持ちに添っていたら、

ノイローゼにならない方がおかしい。

ノイローゼになって、学校を休むことこそ、とんでもない迷惑です。

良心的な先生ほど、心を病んでいます。

 

「良心的」の意味づけをチェンジしましょう。

アホな要求をしてくる保護者には、「それはアホだ」と言いましょう。

迷惑をかける生徒には、鬼になりましょう。

天使になる必要はありません。

閻魔になればいいのです。

地域社会へのお願い、教育委員会へのお願いは、

中年のおばはんの図々しさ、電車での席取り、バーゲンでのつかみ取り式で、

世間があっけに取られている間に、決めてきましょう。

「学校に協力するのは、当然だ」と固く信じましょう。

協力させるのは、あなたのためなんだ、うれしいだろう、感謝しろ、

というスタンスこそ、真面目な教育機関の姿だと思います。 

 

追伸、それから、先生同士でも、

    図々しく、気楽に同僚の先生に

    バリバリお手伝いを頼める人が良い職員です。

    校長先生にも、かしこまらずに図々しいお願いができる人

    こういう先生こそ、良い職員です。

 

 

 

 







Last updated  2007.10.20 08:11:59
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2007.10.08
カテゴリ:先生に対して

古中は、明日、中間テスト。

今頃、一夜漬けをしているかな?

 

 

試験と言えば、記憶ですが・・・・・・

 

大人は、自分の子どもの頃を棚に上げて、

記憶の貯蔵は、人間の意志でどうにでもなると考えてしまいますが、

それは、違うんだそうですよ。

 

記憶の貯蔵は、いやでも自動的になされているようなのです。

逆に、記憶をパソコンのように、デリートすることもできないのです。

では、なぜ、思い出せないのか?

 

それは、感情と結びついてないからです。

感情が貯蔵の場所を決めるようなのです。

 

不安・緊張の体験は、忘れられません。

また、楽しい感情もそうです。

 

親や先生にとって、子どもの感情を揺り動かさない言葉は、

教育をしているのではなく、

情報を伝えているだけのようです。

 

感情を揺り動かす授業や教材を使うと、

子どもは、より、じっくり考えるようになり、

優先的に特別の貯蔵庫にしまわれます。

 

感情を込めない言葉は、「教育的な記憶」として

貯蔵されないのです。

 

大声で叱るより、強い感情を呼び覚ますこと自体に

集中した方が良いようです。







Last updated  2007.10.08 23:30:18
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頒布します。「特別支援教育の基礎基本」


エコネシアカレッジ「和吉塾」


ドライアイスで魔法学校 テキスト頒布


私の「動機」と、子どもと接する心構え


まず感情を育てましょう


最高のプレゼント


やる気を出させる方法


起点を固定するな


子どもに旅をさせるのか、移動なのか


いろんな人がいていい。


「ねばならない」からの脱出


良かった探し


すべての学習は、遊びの中にある


学習の生理的メカニズム


愛の衣を着せて子どもを見る


愛は最高の姿を想像する


優秀さをほめることの危険性


子どもは責任を感じている!


子どもが最も傷つくこと、最も強くすること


「上手だね」は止めよう


予想したとおりの子どもになる


笑いの効用


<テレビ>2歳までは控えめにと提言 小児


障害児と接して教えられる宝物


ただ、喜び踊りましょう。


「こうあって欲しい」は、親子を縛る


恵み受信機


問題児の行動も生かして返す


教師や親は、まず自分自身になりきること


先生に意欲をもってもらうには


教えることについて(ジブラーンの詩)


科学寅さんのちょっとマジメなプロフィール


授業研究


癌になりやすさと心理タイプ


私メッセージの決意


読字障害の実例


子どものやる気を引き出す仕掛け大作戦


《受験勉強の裏技》脳ミソにだまされないよ


うまくいったらどうしよう


積極性を育てるには


イメージ訓練の威力


ライトスコープは不思議世界への特別入場券


自分で作った問題を絵馬にして奉納する


子どもに現金をもたせて、買い物をさせよう


渦巻き学習法・仕事術


みんなの輪(リンク集)


様々な教育メソッド


科学分野


社会分野


語学分野


数学分野


アート表現分野


スポーツ分野


医学から見た教育


精神・心理学から見た教育


家庭における教育


文部科学省・教育委員会関係


行政・法律関係


学校


幼稚園・保育所


公民館・コミュニティセンター


実験メモ


魔法学校


スライム


児童館の先生方の感想


「はてな?ランド」のメニューの一部


人気テーマ(フーテンの科学寅さんによる)


サイエンス・ショーの講師依頼はこちら


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楽しみとしての学校ボランティア 原メモ集


先生の側からのボランティアの見方


ボランティアという不思議な関係


学校という建物がなければ


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科学寅@ Re[1]:軽く考えよう。(02/14) 伊藤走さん コメントありがとうございます…
伊藤走@ Re:軽く考えよう。(02/14) 相澤さんいつもお世話になっております。…
ゆうSAIEN@ 英語が嫌いになるパターン(01/26) こんにちは(*^_^*) でもね、もしこれで、…
すがきょん@ Re[2]:人工知能に奪われない職業(10/11) >科学寅さん ありがとうございます。近い…
科学寅@ Re[1]:人工知能に奪われない職業(10/11) すがきょんさん コメントありがとうござい…
すがきょん@ Re:人工知能に奪われない職業(10/11) 先日、先生の科学実験に小学校の親子行事…
科学寅@ Re[1]:ダイエットの秘訣(09/29) ありがとうございます。 そうですねえ。 …
かめわざ快心塾@ Re:ダイエットの秘訣(09/29) 言わずもがなですが、 達成したときの、姿…

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