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科学はイタズラだっちゃ! 受験も科学!      科学実験教室&家庭教師  宮城県大崎市

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今の学校を最高の学校にしちゃう魔法

2008.06.17
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中学校の先生は、まず、生徒が授業にのってこないので

苦労しますよね。

 

どんなに良い授業プランを考えても、

話を聞いてくれないのでは、致し方がありません。

まず、授業を機能しなければ。

 

そこで、私は素朴に思うのです。

一旦、教科書や学習指導要領を、離れてみては?

 

学校の先生にとって、教科書を離れるということは、

不可能に思えるかもしれませんが、

意外と可能なものだと、しばしば、実例で教えられます。

 

結局、どのようにでも、つじつまは合わせられるんじゃないでしょうか?

 

で、何を教えるか?

先生が、本音で教えたいことです。

 

教師になるにあたって、何を教えたいと思ったでしょう?

その原点に立ち戻ってみるのです。

 

学習意欲の無い子を嘆きますが、

一般の大人は、日常、どのくらい教科書の内容を覚えて

社会生活を送っているでしょうか?

 

他教科の先生はどうでしょうか?

国語の先生は、数学の公式をどのくらい覚えているでしょうか?

社会の先生は、理科をどのくらい理解しているでしょうか?

 

すっかり忘れていても、結構、生きていける証拠じゃないでしょうか?

 

だったら、他教科の先生が、なるほど、これは知っておきたい。

ぜひ、私も授業を受けてみたい、という内容にしたらどうでしょう?

 

今の先生は、自分で教える内容を考える習慣が、

あまりありませんから、自分で考えるとなると

たいへんかもしれません。

 

しかし、大人にとっても本音は、

実は、子どもにとっても本音のことが多いと思います。

 

「いいわねえ、今の中学生は、こんな面白いことまで

教えられて。

私も、中学生のとき、こんな授業を受けてみたかった。」

と言われる授業を創ってみましょう。

 

今の教科書準拠の授業で、十分、集中されていれば

何もいいのです。

でも、もしも、限界にぶつかっているなら、

思い切って、他教科の先生にも喜ばれる授業を創ってみましょうよ。

 







Last updated  2008.06.17 08:14:32
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2008.06.01

今日、みやぎ在宅支援ドクターネット講演会がありまして、

民俗研究家の結城登美雄 さんのお話を聴いてきました。

 

いろんな思いが渦巻く、素敵な講演でした。

また、お話が、日本昔話を聞いているようで、

自然となつかしい日本の姿に、舞い戻ってしまってるようでした。

 

その中で、作り手と食べ手のつながりの話しが

学校の教師と保護者の関係に、ダブッて見えてきました。

 

私たちの日々の食事は、食材はもちろん、

調理・料理も、自分の台所ではなく、

企業などの外部の台所に依存するようになりました。

 

囲むべき食卓も外食が増えています。

自分で作らずに他者にゆだねれば、

どこかに不安と不信をかこつことになるのは当然です。

 

食の安全をめぐる議論には、

どこか、ゆだねられた作り手への追及は厳しいが、

ゆだねた食べ手のありようを問うものは、ほとんどありません。

でも、これは、片手落ちではないでしょうか?



結城さんは、沖縄の百四歳の老女から

「お前さんたち本土の人にとって食とは何か」と問われて返答に窮したそうです。

うろたえる結城さんを見かねて、

「食は、ぬちぐすい、さ」と教えてくれたそうです。

「ぬち」とは命、「ぐすい」とは薬のこと。

「食とは命の薬である。

その大切な食を他人にゆだねておいて

不信ばかりを募らせて、みっともないね。

そんなに疑うなら、なぜ自分で作ろうとしないのか」

と言うのです。

 



その昔、道元禅師は、

食の食べ手に対して

「功の多少を計り、彼(か)の来処を量る」ことの大切を説きました。

つまり、

「この食事が作られるまでにかけられた、多くの手間と労力を考えよ」というのです。

疑いの目で見られる加工食品を

「何人もの人の手によって、手間と労力をかけて作られた食べ物」と、

喝破した道元禅師の言葉をかみしめたいものです。

 

そして道元は食の作り手にさらに問います。

「食材が上等とか粗末であるとか差別するな。

深い心で物を大切に無駄なく生かし、

真心をもって調理・料理せよ」と。

 

 

全く、学校教育に当てはまると思いませんか?


もし、日本人が100人の村であったなら、食を作っている人は、

農業と漁業を合わせて、たったの3人だそうです。

そして、その内の一人は、後期高齢者、

さらに一人は、高齢者、

ところが、あと50年後には、食に携わる人は、1人になるそうです。

たった、これだけの人が100人の命を支えているのです。

 

消費者と生産・流通・加工の間に横たわる食の安全性への

不信感は大きく、残留農薬基準など、厳しくすることは当然です。

しかし、その安心が作り手の苦痛や犠牲の上にあっては

全く片手落ちではないでしょうか?

 

今、専業農家の時給は、250円換算になります。

労働基準法違反です。

子どもに継がせたくないのも、当然です。 

 

もし、食が命の薬なら、私たちは、どうすればいいのでしょう。

市場原理に任せていいのでしょうか?

 

 

東北各地では、

かけ離れた食の作り手と食べ手の距離を縮めるべく、

農業者と食品流通加工業者の必死の努力が続いています。

 

同様に、今、心ある教師や学校でも、

かけ離れた、教える側と、教わる側の距離を縮めるべく、

必死の努力が続いています。

いずれも子どもや保護者に寄り添い、努力を重ね、

地味ですが、その領域を少しずつ広げようとしています。

 

食と同様に、宝である私たちの子どもの教育のありようを、

不信をかこつだけの

わがままな「消費者」でいることは

もう許されないのではないか、と感じたところです。







Last updated  2008.06.01 19:57:07
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2007.12.07

今日は、寅さんが支援している中学校でも

そして、娘の通ってる中学校でも、授業参観そしてPTA集会。

 

特別な授業が準備されているクラスも多いと思います。

今日は、勤めている学校の授業が終わった後、

娘の中学校に行って、PTAの健全育成委員長として

家庭教育講座を開催する立場に変身します。

 

教師が親を批判し、親が教師を非難するという構図が

いたるところにあります。

 

森の声さんの日記をヒントに考えますと、

学校というのは、子どもの成長の場という見方は、

狭い、表面的な見方であると気づきます。

学校は、教師の成長の場であり、親の成長の場です。

これを、おまけの効果と考えるのは、とっても不遜で、傲慢なことです。

 

親にとっては、教師にとっては、最も主要な命題であるのです。

誤解を恐れずに言えば、子どもは二の次、三の次なのです。

まず、大人が成長しあう。

その影響で、子どもが成長するのです。

 

成長を観測するのは、大人の役割であり、

観測されるのは、子どもだけ、というのが従来の考えでした。

 

大人は、もう完成されており、子どもに対して

「ここまで来いよ」と高見の見物でした。

しかし、そうじゃないはずです。

大人も十分に未完成なのです。

子どもの何倍も猛烈に修行をし、変身をしていかなければならない。

 

これからの学校は、教師がどんだけ成長したか、

親がどれだけ変身したかを確認しあう場にならなければ

未来に通用しないでしょう。

 

子どもを育てるというのは、

子どもという教師を神様からいただいたという意味であって、

すでに、その時点で、大人は生徒なのです。

だいたいにおいて、生きるとはそういうことなんですね。

 

じゃ、忙しい親にとって、当面、どんな修行をしたらいいんでしょう。

ぜひ、おすすめしたいのが、そして、私も頑張ると決意しているのが、

「祈り」です。

教師と生徒のために、祈ることは、どこにいても、いつでも可能です。

祈りが有効なことは、科学的な実験でも実証されています。

 

ある意味、私たちの仕事とは、祈りが本体であり、目に見える行動は

付随的な「おまけ」であるとも言えます。

 

まず、教師が成長するように、祈ってください。

批判の心をこめてではありませんよ。

誰でも未熟なのです。

未熟な方が、教師という仕事をしてくれているのです。

感謝とともに祈ってください。

そして、学校のすべての子どものために祈ってください。

感謝とともに。

 

この祈りは、学習塾に通わせるよりも大きな効果を必ずもたらすと

寅さんは、確信しています。

塾通いは、副作用を起こす心配がありますが、

これは、一切の副作用がありません。

それどころか、相乗効果で、予想もつかないハッピーが起こるでしょう。

 

祈りなんか?

そう、祈れる自分になることが、成長の一里塚なのです。

祈れる自分になるように、祈ってください。

 

これからの学校は、校長先生も含めて、全員が未熟者同士。

そして、一緒に成長している同志なのです。







Last updated  2007.12.07 07:48:29
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2007.10.24

今朝の朝日新聞に「総合的な学習」の削減について載ってました。

やめるとなると、「惜しい」という声。

人間って、いつもそうなんだね。

別れるとなって、好きだと気づく。

 

でも、寅さんは、こう思う。

素敵な人は、まだまだ身の回りにいる、と。

 

新聞でも書かれていたように、

普通の国語・数学・英語、さらには、体育までもが、

実質、総合的な学習として輝きを放てるのだ。

 

いや、本来、授業とはどれもが総合学習だったのだ。

この当たり前のことを、忘れさせてきたもの。

それは、人間の浅はかな「管理」と「真面目さ」だと思う。

 

総合学習なんて、時間的にも、精神的にも余裕がなければできません。

簡単に言えば、「脱線」の面白さです。

 

クラシックではなく、ジャズです。

 

ですから、ここで、また「真面目に」学習指導要領の中で、ウンヌンと

計算機片手に、細かい計算をするのは、ちょっと違うんじゃないかな、って思っちゃいます。

 

総合学習は、(別名、思考力・創造力を高める学習)は、

教師の人間性に追うところも大きい(教材も大きい!)とすれば、

教師がそれぞれもっている人間性を活かせる、職場環境を創ることが、

学校の最重要課題。

 

学校をフーテンしてまわっている寅さんには、 

職員室に一歩足を入れただけで、すぐにわかります。

いや、受付で「ごめんください」で、ピンポーンです。

オーラが良い学校か、どうか。

 

すご~い違いがあります。

おなじ「学校」という名前でひとくくりすることなんかできないくらい。

どう考えても、教育環境としてふさわしくないところもあります。 

子どもを育ててます、なんて、とても言える環境じゃない。

これは、一種の偽装表示。詐欺です。

ブタや馬の肉を、牛肉100%だと言ってるのと同じ。

営業停止処分が、適当だと思われます。

 

江原さんの弟子になろうかなあ。

そんな、すごい能力じゃないですね。

建て前でものを考えないで、

心の晴れやかさで、眺めれば、誰でもすぐわかることです。

 

先生、教室に入る前に、鏡で表情をチェックしてね。

 







Last updated  2007.10.24 08:01:06
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2007.10.22

以前、寅さんは、学校へ行くと、肩が凝って仕方がなかった。

アタマも痛くなった。

 

なぜか?

真面目に、子どもたちのためになることをしなければ、

と使命感に燃えていたからだ。

 

じゃ、今は、真面目でないのか?

そうだ!!

特に、特殊学級に来てからは。

 

こう導こうというのではなく、

寅さん自身の先入観を取ること、壊すことに懸命です。

 

常識という情報エネルギーの渦巻き。

これが、学校には、いっぱいです。

その渦巻きに身を任せさせることを、「教育」と言っています。

 

寅さんの仕事は、これを一つずつ、消去。デリートしています。

 

そうしないと、生徒の本当の素晴らしさが見えません。

彼らが本当に幸せになる道も、見えません。

 

教職員に対しての、渦巻きもいっぱい。

それに巻き込まれるから、先生は疲れます。

どの先生も、疲れています。

 

渦に巻き込まれない方法って、あるの?

あると思います。

要は、大切だと思わなければいいのです。

この世には、大切なことって、そうそうないのですから。

 

しかし、この渦巻きこそ、自分だ、と思いこんでいる人もいます。

可哀想な人です。

渦巻きに敵対するのも、巻き込まれる道です。

気にしなければいいのです。

存在を認めないのです。

 

学校って、総力を挙げて、人の視界を暗くしているのかな?

よっぽどのバカじゃないと、渦巻きに巻き込まれないで生きていけません。

 

会社でだって、そうです。

人生そのものが、そうです。

 

学校って、大したところじゃないって、気づいた先生が

いい教育をします。

 

受験勉強なんて、アホみたいなものだ、と気づいた受験生が

素敵な受験勉強をします。

 

会社って、バカだなあって気づいた社員が、

会社を救います。

 

世の中の、「これができれば立派だ。」「こうすればエライ。」という基準は、

99%疑わしい。

 

少なくとも、自分の素晴らしさを覆い隠して、見えなくしてしまうもの。

これは、すべて偽りの蜃気楼だ。

人類を陥れるためのワナだ。

神様が仕掛けた、人生ゲームの、ドツボだ。

 

教師の仕事は、生徒のもっているお宝に

気づかせてあげること、これしかない。

 

そのためには、まず教師が自分の素晴らしさに気づくこと。

これができてない人の下で、子どもは幸せにはなれない。







Last updated  2007.10.22 16:42:00
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2007.10.02

寅さんが、何を言いたいのか、を一言にしますと

子どもたちに対しても、そして大人に対しても、

「主体性をもとう」、ということに尽きるのです。

 

主体性をもてれば、どんな環境でも、「遊ぶ」ことができるのです。

そして、そういう大人のみが、子どもたちに

学問を「遊ぶ」ことを教えられます。

 

主体性を確立していないと、

社会は、恥や恐れへの対処の場となってしまいます。

日本の教育界が、他人の目を意識した恥を基本にしているのは、

結局、日本の教育者が主体性をもっておらず、

人生を遊ぶ姿勢をもっていないからだと思うのです。

「遊び」こそ、主体性の表れです。

 

真に楽しい授業こそ、子どもが主体性を発揮しているときであり、

子どもが主人公になっているときだと、思われます。

教育は余計な小細工をするより、

楽しみ方を伝えることに専念した方がよっぽど効果があると

私は思っています。

 

もちろん、真剣さと「遊び」は矛盾しません。

遊んでこそ、集中力も高まりますし、

人間が、先天的に生きる術をDNAに刷り込まれずに、

後天的に学んでいくことを選んだのは、

遊びを通して、頭脳と無限の適応力と創造性を発揮せんがためだと

思われます。

 

そして、その主体性は、無意識的にも、

唯心論の視点をもたなければ、確立できないと思うのです。

 

その時、世界は対立物や生存競争相手としてではなく、

自分と一体の遊び仲間として生まれ変わるのです。







Last updated  2007.10.02 19:39:17
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2006.12.10
ふと、考えすぎると、身動きがとれなくなります。

現在や過去しか、見ていないのですから。



私たちは、創造する能力があります。
そして、それは無尽蔵です。
これを発揮しなければ、生きている意味もありません。



私たちの底に潜む、可能性に賭けましょう。
無限の創造力に注目しましょう。



新しい学校と地域を創りましょう。

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Last updated  2006.12.10 23:18:49
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2006.12.09
(つづきから)
もしかして、寅さんは、良い先生とばかりつきあっているのかもしれません。

でもね、県知事が3人つかまったからと言って、
47都道府県の知事、全員を犯罪者と見ることは、ヒドイことだと同じように、

また、詐欺商法をする会社が年間、何件あったとしても
株式会社すべてを否定することが、アホらしい論理であるように、

NPOの不祥事が続いても、
素晴らしい活動をしているNPOも存在しているように、

先生を十把一絡げで「先生というものは」で批判してしまうのは、
とっても大きな損失につながっていくと思うのです。



この時代状況、誰がやっても、逆風の中、必死で旗を支える努力が必要です。
その支えは、無名の大勢の先生が、現場でやりくりをしながら、
必死に支えているのです。
それがなければ、とっくの昔に、もっともっと悲惨なことになっています。
このことに、我々はどれくらい感謝をしたことがあるでしょうか?


大都市と地方でも、状況は違います。
大都市の公立学校は、すでに「死んでいる」との話も聞きますが、
地方では、公立しかありません。
地域の精神的支柱です。
死なせてなるものか、という思いが、地域に残っています。




先生の姿というのは、地域の姿を写す鏡でもあります。
先生を批判する言葉は、まっすぐ自分に返ってくることを
覚悟しておかなければなりません。

地域が学校や先生を育てるのです。
お客と販売員の関係では無いのです。



ところが、この改革を通して、
現場では、今までの良かった部分まで、
ぶちこわしかねない風潮を感じます。
特に、地方の学校で。
(私が、地方の学校しか見てないからでしょうが)



長い目でみれば、混乱を通して、より良い姿が現れてくるでしょう。
私はそれを信じています。

しかし、その間、血が流れるのを、できるだけ防ぎたいものです。



先生は、地域が愛情をもって、「守り、育てる」もんだということを
社会常識にしたいもんだと思います。

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Last updated  2006.12.09 11:08:31
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昨日の校長室でのお茶飲み談義で、
どの学校も戦々恐々となっていること
どう評価されるか、に揺れていることがわかりました。


私は、揺さぶりがあるのは、教育界にとって悪いことではないと思います。
しかし、これから続くであろう、
教育改革と言うか、革命に近いと思うのですが、
その中で、「犠牲者」が出てくることは避けられないと感じ、
とても憂鬱になりました。


犠牲者は、子どもであり、教員であり、地域そのものになるでしょう。

革命のときは、血が流れます。
明治維新のときも。


これを「仕方がない」では、あまりにも、です。



確かに、ヒドイ先生はいるでしょう。
ヒドイ学校もあるでしょう。


しかし、圧倒的多数の先生は、意識の上でも
人間性においても、
知れば知るほど、ステキな人たちです。
まさに、地域のお宝です。

そして、謙虚過ぎるくらい謙虚です。
私がゴーマン過ぎるのかな?(つづく)


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Last updated  2006.12.09 11:08:10
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2006.11.25

前回は、不本意ながら、批判めいた文を書いちゃいましたが、

教育を再生させるのは、

あれこれ建前を論議すればするほど、本質から遠ざかるような気がします。

 

新しいシステムを上乗せする方向ではなく、

殻を脱ぎ捨てる方向に、健全の糸口があるのだと思います。

 

学力向上にしろ、愛国心にしろ、先生の評価制度にしろ、

「こうあらねばならない」という思いが、押しつけられれば、られるほど、

逆効果になるのが、人間というものです。

 

エデュケーションというものは、教え込むものではなくて、

「引き出す」ものであるはずです。

引き出すための手だてを尽くすわけです。

そのためには、圧倒的な自由の空気が必要です。

 

教育関係者の、保護者も含めて、鎧を脱がせる施策こそ必要です。

いや、施策では、もともとうまくいかないかもしれません。

一人の体面を気にせぬ、ほとばしる情熱・愛情こそが

突破口になるものです。

 

そして、本当の勝利は、見栄・体面・固定観念を捨てたところに輝くのです。


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Last updated  2006.11.25 23:18:35
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