2016.09.20

進路選択が悲観論になってしまうわけ

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模擬テストの結果を見た生徒も、保護者も、ほとんど悲観論になってしまいます。

気楽な立場から見ると、まだ決まったわけでもなく、これから頑張れば、
どうにでもなるじゃないか、とイラついてしまうところです。

どうして、こうなっちゃうのでしょう?

数学の確率を指導していて、期待値の計算のところで、
ハタと気づきます。
人間の実際の行動は、期待値通りには動かないものだと。

たとえば、コインの表と裏のギャンブルで、
表が出たら150万円もらえ、
裏がでたら、100万円払わなくてはならないものがあったとします。
期待値は、もちろん、25万円の儲けですから、
掛け金があったとしても、25万円以下ならGO!です。
合理的な判断をすれば、チャレンジすべきです。
多数回やればやるほど、一方的に得をします。

しかし、ほとんどの人は尻込みをします。
なぜでしょう?
人間は損失を過剰に評価をするからです。
得をするよりも、損失を避けたいのです。

つまり、人間の行動基準は、合理性に基づいてはいないのです。

試験では、落ちるのが損失なのです。
たとえ、一銭も失うことがないにも関わらず、
精神的なダメージは避けたいのです。


ということは、もし、合理的に判断をしていくことができたら、
その人は、他の人よりも、各段に有利に人生を送ることができるということになります。

もちろん、損失に敏感になることは、これはこれで、合理的な意味はあります。
一度失敗すると、後を引いてしまうのことが多々あります。

でも、それを乗り越えて、冷静に自分を励まし続けることができたら、
チャンスの可能性を見続けてみましょう。

悪い可能性だけを強調して見てしまうのが、普通の人なんですから。







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Last updated  2016.09.20 15:11:24
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