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はてなのゆりさん

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カネミ油症のこと

2021年02月07日
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カテゴリ:カネミ油症のこと


2月4日、たぶん夕食時だったと思うのですが
のんびりと食事をしていたら、NHKラジオで
カネミ油症のことが話されていました。

00連絡会2.gif

珍しいことなので急いで録音をして
テープ起こしをして、このブログに
 載せさせていただくことにしました。

報告者は、土屋敏之解説委員でした。

晴れ を、アナウンサー
星を、報告者である
   土屋敏之解説委員と
    させていただきます。

どなたにもチェックをしていただいてませんので
間違いがあるかもしれませんが、ご容赦下さい。

ピンクハート 青ハート 黄ハート



晴れ カネミ油症・・・国内最大規模の食品公害とも言われます。

先週の土曜日(1月30日)国はその被害者の子どもの世代への影響を調査する方針を示しました。
科学医療担当の土屋敏之解説委員に聞きます。

土屋さん、カネミ油症について、今ではもうよく知らないという方が増えたかもしれませんね。

星そうですね~。特に被害者が九州などに多かったこともあって、東日本ではあまり知られていないという面もあると思います。そもそも、このカネミ油症の原因はPCB(ポリ塩化ビフェニール)という人工の化学物質で無色透明の液体です。で、このPCB、熱に強くて電気を通しにくいなどの性質があることから、かつては、電気設備の絶縁用の油や塗料、インクの用材などに世界で幅広く使われていまして、国内でも5万トン以上が使われたんです。

ところが1968年に、北九州市の企業が製造した米ぬか油を口にしていた人たちに、激しい皮膚炎などの健康被害が多発したんですね。で、まあ、原因はこの食用油の製造設備の方で使われていたPCBが化学変化を起こして、さらに毒性の強いダイオキシン類等ができまして、それが配管から洩れて、食用の米ぬか油の方に混入してしまったためだとされているんです。

で、1972年にPCBの製造自体は中止されたんですが、PCBを含む廃棄物の処理は、有害物質の焼却場の建設に各地で反対運動が起きたことなどから遅れに遅れまして、全国の事業所などに長く残されてきたんです。

で、2000年代に入って、ようやく国が全額出資した無害化処理施設などが造られて、その処理が今も終わらずに続けられている状態です。

晴れ 今もPCBの処理が終わっていないんですね。

星そうなんです。さらに深刻なのが今も健康被害に苦しんでいる人たちがいることです。で、発生当時、患者の全身に黒い吹き出物などの皮膚症状が現れたり、いわゆる黒い赤ちゃんが生まれたことなどが社会に衝撃を与えたんですが、患者の健康被害は全身の倦怠感や痛み、鼻血、咳や痰、手足のしびれ、月経異常など実に多岐にわたるんです。

晴れ それほどさまざまな症状が出るのは何故なんですか?

星はい、九州大学などの研究で、体内の細胞にあるAhRという受容体というんですけど、ダイオキシン類が結びつくと有害な活性酸素などが過剰につくられて、それが全身の組織を傷つけるというメカニズムが徐々に分かってきたんです。

で、すぐに現れる先ほどのような症状だけでなく、ガンや動脈硬化などの長期的なリスクが高いことも報告されているんですね。そして、その治療法は今も確立されていないんです。被害者は半世紀が過ぎた今も、さまざまな病気で苦しんでいます。

晴れ 被害者の救済や保障というのはどうなっているんでしょうか?

星それがですね、米ぬか油を製造した会社が資金力に乏しい中小企業であったことなどから、患者の救済がなかなか進みませんでした。

ようやく、2012年になって救済のための法律がつくられまして、国が認定患者に対して毎年、健康実態調査というのを行って、協力した患者さんには支援金として一定額を支払うなどの形が出来てきました。一方で医療費の方は、患者さんが立て替えた医療費をあとから国が負担するなどして、それも国が支援する形になっています。

また、健康被害を届け出た人はおよそ1万4,000人いたともされるのに対して、この救済制度の対象となった認定患者は、すでに亡くなった人も含めて累計で2,350人にとどまっています。

晴れ ということは、救済から洩れている人がいるかもしれないというわけですね。

星そうなんです。そして、こうした中で先週末、国と原因企業、そして患者の三者による協議の場で、米ぬか油を摂取した本人だけでなく、のちに生まれた子ども世代への健康影響はどうなのかを、今後は国が研究費を出している全国油症治療研究班が調査をするという方針が示されたんです。

で、次世代にしぼった調査が行われるのは初めてのことになります。

晴れ 被害者の子ども世代にも影響は及んでいるんでしょうか?

星はい、カネミ油症の被害者には直接汚染された米ぬか油を摂取したり、摂取した女性のお腹に当時いた胎児だけではなくて、何年も後になってから生まれた子どもにも健康影響が出るケースがあるということは以前から知られていました。

で、その原因としては、母親の胎内に残る化学物質が母乳や胎盤を通じて影響した可能性などが考えられていますが、まだはっきりは分かっていないんです。

現在の認定患者の基準は、主にこの米ぬか油を摂取したこと、特徴的な症状があること、そして血中のダイオキシンなどの化学物質の濃度が高いことなどがあるんですね。

しかし、油症の発生から何年も経ってから生まれた子ども世代では、親世代と比べると血中の化学物質濃度は低い場合が多くて、症状は重くても認定されることが少なくて、認定された人は50人ほどにとどまっているんです。

これに対して、去年、被害者の支援団体がアンケートを行ったところ、認定されていない子ども世代の人たちでも、さまざまな健康影響が出ていることがうかがわれました。

これが今回、国の研究班による調査へと踏み出すきっかけのひとつになったんです。

晴れ なぜ発生から半世紀以上たって、ようやくこうした調査へと動き出したんでしょうか?

星そうですね、本人世代への救済制度さえ近年になってようやく出来たということもありますし、もう一つ背景には、被害者が多くの差別や偏見を受けてきたことがあります。たとえば、体調が急に悪化することで、仕事を休まざるをえないということに理解が得られず仕事につけなかったり、あるいは女性が子どもを産むことを否定するような言葉をかけられる。

そしてまた、親がカネミ油症だと分かったとたん、親しかった友人との付き合いが途切れてしまったなどという人もいます。こうしたことから自分がカネミ油症であることを、家族や子どもにも話せないでいる人が少なくないんです。

そのため、これまで次世代への影響を調べることが困難であった面もあるんです。ですので、今後の調査で未解明のカネミ油症の次世代影響へのメカニズムを解明したり、あるいは多くの人の救済につなげていくためにも最初のハードルになるのは、差別や偏見を恐れる患者や子ども世代の人たちから、調査への同意や協力がどれだけ得られるかになると思います。

晴れ 他にもハードルがあるんでしょうか?

星はい、かかる時間という問題もあります。被害者が望んでいるのは一刻も早い次世代を含めた救済です。発生から半世紀以上が過ぎましたので、被害者は高齢化が進んで亡くなった人も多いですし、すでに孫世代もいます。

有害な油を直接その人が摂取していないという人がかかえる倦怠感や喘息などのさまざまな症状を、これはカネミ油症によるもの、あるいは、これは違うのかということを窮めることは容易なことではないわけですが、時間は限られていると言えます。

現在の認定基準で重視される一つが、先ほどもも触れたように血中のダイオキシンなどのボウド?だとされるんですが、次世代の人たちはこの価が一般に低いため、症状があっても認定されないケースが大半です。

私が取材した認定患者の娘さんで、その方は認定を受けられていないという方も、次世代調査で血中濃度が低くてもさまざまな健康被害が出ているケースが多くあるということが確かめられれば、それが認定基準の見直しにつながるということを期待しています。

晴れ 患者への差別や偏見が、被害者をさらに苦しめるというのは、現在の新型コロナウイルスにも通じる問題ですよね。

星全くその通りですよね。で、病気になった人は決して非難されるべき存在ではなくて、誰もが同じ立場になり得る、私たちの社会の問題だという認識が共有されることが最終的な解決には欠かせません。

そして、国は深刻な健康被害を受けながら救済から取り残される人がないように、一刻も早い解決に向かうように、取り組みを加速していってほしいと思います。




黄ハート 青ハート ピンクハート


ここまでまとめて『カネミ油症次世代への影響調査』で
検索してみたら、ナッ、ナント、こちら が 出ました。


同じ日の夜の番組『持論公論』で、カネミ油症の
放映があると聞いていたのですが、わが家には
テレビがないので見られないと思っていたら

思いがけずに、ラジオからカネミ油症の報告があり
びっくり!! テレビと同じ報告者だったんですねクール

このブログで分かりにくかったら、上記の こちら こと

「カネミ油症 次世代への影響調査へ」

・・・を ご覧になって下さいね。






【カネミ油症のこと】

カネミ油症被害者全国連絡会が発足♪







最終更新日  2021年02月07日 16時49分09秒
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2019年08月06日
カテゴリ:カネミ油症のこと


『カネミ油症被害者支援センターだより』が
先日、届きました。 それによると・・・

今年1月、カネミ油症被害者全国連絡会 が発足し
6月に、第一回の総会が行われたということです。

00連絡会2.gif

被害者の団体と、国、カネミ倉庫、三者による
三者協議が年2回 九州で開催されてきましたが

被害者がひとつにまとまる必要性などから
つぎの13の団体の方々の話合いにより
全国連絡会の発足となったものです。

星 カネミ油症関東連絡会
星 カネミ油症新認定訴訟原告団
星 カネミ油症被害者高知連絡会
星 カネミ油症被害者五島市の会
星 カネミ油症被害者福岡地区の会
星 北九州カネミ油症被害者の会
星 田川被害者の会
星 長崎市油症患者の会
星 長崎本土地区油症被害者の会
星 広島県カネミ油症被害者の会
星 広島油症被害者の会
星 油症医療恒久救済対策協議会
星 油症被害者関西連絡会

四つ葉 さくら

会の代表世話人となった方のご挨拶文から
一部を抜き出し 載せさせていただきます。

事件発生から50余年という経過の中で先人たちに
さまざまな道を作っていただき、今に至るも、それ
ぞれの患者団体は、その成立や過程の違いからか、
統一した訴えになかなかならず、同じ被害にあった
という共通の痛みを持った患者同士にとって、今、
本当に要望すべき事は何なのか、またそれを実現さ
せるためにどういう活動をしなければいけないのか
さまざまな視点から、もっと横のつながりを強化せ
 ねばという皆の思いが全国連絡会結成へとなりました


・・・と、書いていらっしゃいます。

花 クラブ

それから、この時に発足した関東連絡会に、
このリーフレット を見て 参加して下さった
Sさんが、この全国連絡会の世話人になって
 活動されているのがとても 嬉しいことです。

関東連絡会が発足した頃は、私も月一回の
定例会に参加していたのですが、すっかり
ご無沙汰してしまい 心苦しく思ってます。

カネミ油症については、私が20代のころ、
友だちに誘われて 長崎県の五島列島に行き
カネミ油症被害者の方々から お話を伺った
りして 何かしなければ・・・と思いつつ、
 何もしないで50年近くを過ごしています。

今、声を上げている方たちは、私が訪ねた頃
赤ん坊だったり、子どもだったりした50代
から60代の方々で、体調も良くなかったり
大変なことも多い中での訴えと活動です。

これから、多くの方々に知っていただき
拡がっていくといいなと願っています。





【カネミ油症のこと】

カネミ油症が報道されて、昨日で50年!







最終更新日  2019年08月07日 10時56分50秒
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2018年10月11日
カテゴリ:カネミ油症のこと


カネミ油症のことが朝日新聞で報道されて
昨日で ちょうど50年になりました。

こちら で 映画界の案内がされていましたが、
行きたい気持ちはあったのですが・・・
行かれませんでした。


『生木が立枯れていくごたる』
( 岡田道仁監督、1976年)

私が20代の頃に 何回かお会いしたことのある
監督が撮られた映画で もう一度見たいと思って
いました。岡田監督は、今は 80代になられて
いるかと思いますが どうされているでしょう?


『食卓の肖像』
( 金子サトシ監督、2010年)


『食卓の肖像』は、金子監督らが中心になって
 全国で上映活動をなさっていらっしゃいます。
 機会がありましたら ぜひ ご覧になって下さい。





【カネミ油症のこと】

カネミ油症とPCB処理問題を考える集い







最終更新日  2018年10月11日 21時03分38秒
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2018年06月18日
カテゴリ:カネミ油症のこと


昨17日(日)池袋のIKE・Biz
(としま産業振興プラザ)にて
カネミ油症とPCB処理問題を考える
集まりがあり、参加しました。

午後1時から4時半まで
主催は、カネミ油症関東連絡会
共催、カネミ油症被害者支援センター

参加者は50名を超えて、皆さん、長時間に
わたって 熱心に 聴いておられました。 






初めに、1、カネミ油症事件とは何?
主催・共催、両団体から代表者からの
お話がありました。






2、被害者の声
子どもの頃に被害を受けて 50年近くもの間
体調が悪く、辛い生活を 強いられてこられた
 3人の方から身につまされるお話がありました。





3、紙芝居 『私はなんの病気?』
こちら で 紹介させていただいた紙芝居、
作者の生の声での上演がありました。





4、PCB処理問題について録画上映
今年1月15日にNHK総合テレビでの放送
10年前、日本テレビ 『今日の出来事』 で
放送された カネミ油症を特集された
二本の録画上映がありました。





5、映画『食卓の肖像』の上映
金子サトシ 監督のカネミ油症事件についての
ドキュメンタリー映画『食卓の肖像』
上映がありました。


星  星  星


また、6月15日の朝日新聞 西部版 夕刊に
 紙芝居『 私はなんの病気? 』が載りました。
デジタル版 は こちら で ご覧になれます。











【カネミ油症のこと】

紙芝居 『 私はなんの病気? 』







最終更新日  2018年06月18日 11時29分57秒
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2017年07月28日
カテゴリ:カネミ油症のこと



カネミ油症の紙芝居を作れたらいいな♪ と 思って
提案して その2か月後には ほぼ 出来てました音符

みんなで作ってみるつもりで提案しましたが・・・
りょうこさんが、お一人で いっきに作られました。
10才頃からの48年間の思いがこもっています。

りょうこさんのご了解をいただき、
ここに紹介をさせていただきます。


家




     紙芝居 『 私は なんの病気? 』

              画 と 文  りょうこ


 私は何の病気? 01.jpg

 私の生まれた所は、西日本の山間の村です。
 なんのへんてつもない静かな村の山に家がありました。
 とても夕焼けがきれいな所でした。





 私は何の病気? 02.jpg

 こどもの頃の私は、おてんばでした。
 お母さんの作ってくれた着物を着て、
 はだしで野山をかけ回っていました。

 1958(昭和33)年2月生まれの私ですが、
 暮らしぶりは まだまだ昔のまんまでした。
 家の回りには 一年じゅう花が咲き、
 くだものが実るように、ご先祖様や
 祖父母、父母が手入れをしていました。

 牛、猫、犬も飼っていて、まずしいながらも
 いろいろ、美しいものに囲まれていました。




 私は何の病気? 03.jpg

 3人姉妹の 真ん中の私は、とても食いしん坊でした。
 ご飯をどれだけ いっぱい食べられるか姉と競争し、
 姉は一杯、私は三杯、5つ下の妹は まだ少ししか
 食べられませんが、うらやましそうに見ています。
 おかずは、子どもたちにはどうにか
 よいものをと父母は工夫していました。

 油物といえば、おやつに小麦粉をといて
 フライパンに油をしいて、クレープのような
 ものをたべました。絶品のオムレツ、たまに
 てんぷらや、野菜いためを食べました。
 それらのおかずは、子どもたちだけが食べました。
 油を使う料理はそれくらいしか思い出せません。




 私は何の病気? 04.jpg

 1968(昭和43)年の3月初め頃、
 私は、40度の高熱を出して寝ていました。
 おてんばでしたが、小さい頃から
 40度の熱を出して一週間ほど寝ることはよくありました。




 私は何の病気? 05.jpg

 しかし、この時は、いつもと様子がちがいました。
 いつも風邪をひいて熱が出ても、みな忙しいので
 いつものことだろうと、私一人で寝て治すのですが、
 この時は4日目の夜、往診医、付き添いの看護師、祖父母、
 父母が、なにか、私が死ぬのを見届けるかのように、
 深刻な表情で、私の顔をじっと見ていました。




 私は何の病気? 06.jpg

 一週間がたって、ようやく熱がひき、学校に行く朝、
 顔を洗って、鏡を見ると、顔にびっしりと
 赤黒いにきびができていて、びっくりしました。
 おそるおそる 祖父に なぜこうなったのだろう?と 聞くと、
 祖父は『お医者さんが脂肪代謝不全と言っていた』とつぶやきました。

 赤黒いにきびは、目、鼻の穴、耳の穴、口以外の
 あらゆる所、首、胸、背中、足にもできました。
 そして、同じ時期にきょうだいにもできましたが、
 私が一番 ひどかったです。




 私は何の病気? 07.jpg

 私は、顔を洗うたびに、洗ったら、いつのまにか
 シンデレラのようになるかもと期待していましたが、
 その希望は、もろくも崩れ去りました。




 私は何の病気? 08.jpg

 10才のはじめから19才までの丸10年間、
 全身の赤黒いにきびはとれませんでした。
 このような症状が出たのは、私の地方では
 私たち三姉妹だけでした。

 私は、写真を撮るのがいやでした。
 まわりのみんなは楽しく少女時代を送っていましたが、
 私にとっては暗黒の時代でした。

 初潮からひどい吐くような生理痛、
 塊の出る多量出血に苦しみました。
 忍耐強い母でさえも『陣痛よりひどい』
 という言葉がもれました。




 私は何の病気? 09.jpg

 高校の卒業式を終えて、迎えた春休み、
 うちの町にある美容院に顔の肌を
 治せる方が来ているという話があり、
 まず姉が一週間、試したところ、
 すっかりきれいになってびっくりしました。

 治療費が高いのは予想できましたが、
 私もやってほしいと家族に頼みました。
 5日間、顔の皮膚を、若いやさしそうな
 女性の治療師さんが、あたたかく細かい
 シャワーのお湯で洗ってくれました。
 目や耳や口に入らないようにしてくれたし、
 なにも匂いはないし、痛みもないし、
 べたつくこともないので、今もって
 何の薬を使っていたのか不明ですが、
 6日目には私も顔のにきびがすっかりとれました。
 顔のにきびがとれたとたん、全身のにきびも消えました。




 私は何の病気? 10.jpg

 私の素顔、19才の春、助産婦になることは
 高校進学時には決めていたので、早く社会に出て
 働きたいと思っていました。

 これまで少しでも丈夫になろうと、
 漢方や食事療法だけでなく、
 マラソンをしたり、農作業の手伝いをして、
 体を鍛える努力をしてきましたが、
 激しい生理痛は続き、助産婦学校卒業の頃には
 体がむくんで、倒れることもしばしばでした。

 ≪人間として生まれたからには、一か月でもいいから
  人の役に立って死にたい≫と 思っていました。




 私は何の病気? 11.jpg

学校を卒業し、東京の病院の産婦人科に就職しました。
しかし、足はだるく、一か月のうちに快適に歩けるのは4日くらいでした。
さっそうとみんなのように歩けたらいいなといつも思いました。

仕事を始めて一か月たった頃、私はやっと自分の夢がかなって安心しました。
≪一か月でもいいから人の役にたって死にたい≫
しかし、このままだと25才には死ぬだろう。
運がよければ結婚したいけれど、それには期待をしていませんでした。
たまたま25才で東京の人と結婚しました。
私は東京で3年修業したら、ふるさとに帰ろうと思っていましたが、
3年目に東京の人と結婚することになりました。

赤ちゃんが好きで助産婦になったのだから、
子どもは5人くらいほしいと思っていました。
しかし、死産、流産と続くので子どもはあきらめました。
そのかわりに保育所で働くことにしました。
43才の時、大きい子宮筋腫を全摘しました。
しかし、体のあちこちに脂肪腫ができていました。




 私は何の病気? 12.jpg

その後は、うつ病、全身の痛み、だるさ、硬直・・・
正社員として働くのはむつかしい状況でした。
見た目は元気にみえる私の体のため、
私の体の苦痛の訴えを理解して下さる方はなく、
悩みに悩んでいました。




 私は何の病気? 13.jpg

思い悩んでいた時、手にしたある新聞で
『カネミ油症救済法成立へ』の記事に
思わずくぎづけになりました。
2012(平成24)年8月3日のことです。

被害者の方の証言を読むと、症状が私とよく似ている、
私は、カネミ油症被害者ではないか?と思い、
いろいろ調べ、検査も受けましたが、結果は『未認定』でした。
しかし、今、心強い支援して下さる方々、
そして被害者の会の方に出会えました。

どうか、私の紙しばいが、何の病気かで苦しんでいる
方々に少しでも気づいていただき、声を発する機会と
なりますようにとの思いをこめて描きました。

そして、もう一度、お聞きします。
『私は、なんの病気でしょうか?
 病名を、名医の方、教えて下さい』

            (終わり)







【カネミ油症のこと】

カネミ油症を考える 5.31 東京集会に参加して


 

 







最終更新日  2017年07月28日 18時09分31秒
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2016年09月18日
カテゴリ:カネミ油症のこと



16日、中央図書館で『おとなのための紙芝居』
があり、≪語り≫の 参考にさせていただけるかも
と思い、申し込みをし 聴きに行ってきました。

星 午前の部
『おおきな木』 
『いのちをいただく』
『平和のちかい』

星 午後の部
『おおきな木』 
『池にうかんだびわ』
『嘉代子ざくら』

私はどちらも見せていただきましたが、
みなさん熱演で、とても良かったです。

見ているうちに、カネミ油症の紙芝居も
・・・ ふと、作ってみたくなりました。

どきどきハート

翌17日午前中、カネミ油症関東連絡会の
月一回の集まりがあり、参加しました。

それで、最後の頃に紙芝居の提案をしましたら、
みなさん喜んで下さって、作ってみることに音符

帰りには、主人公の女の子の名前を
かな子 にすることも決まりました。

幸い、絵を 一緒に描いて下さる方、ヒントや
アイディアを 出して下さる方々もいてくれて
 月一回の集まりごとに構想をふくらめていき、

深刻な内容のうちにも ほのぼのと楽しい感じの
紙芝居になるといいな~と今から楽しみです。






【カネミ油症のこと】

カネミ油症を考える 5.31 東京集会に参加して


 







最終更新日  2017年07月22日 08時24分57秒
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2016年06月05日
カテゴリ:カネミ油症のこと



カネミ油症について考える 5.31東京集会から
5日が過ぎました。その報告が どこかに載らない
かな~と待っていましたが、今のところ どこにも
見つからないので、私なりに まとめてみました。

開会から10分遅れてしまいましたし、不勉強な
 私ですので、どこか 間違ったところがあるかもぽっ

間違いがありましたら、どうか ご指摘下さい。

家

カネミ油症 新認定被害者の訴えが 最高裁でも棄却

されてから1年、カネミ油症患者に対する法施策
から 3年の今、法の見直しにあたっての 課題や
放置されたままの次世代、未認定被害者らの救済
などについて考えていこうという集まりでした。


2016.5.31カネミ油症東京集会.jpg


私は、開会から10分も遅れてしまい、不正確かも
しれませんが、福岡や長崎・五島、四国や広島から
9名?もの被害者の方々が参加し発言されました。

どの方のお話も、安全と信じて食べたカネミ油により
被害を受け、つらく苦しかった48年間、そして今も
さらに、これから子や孫へも続く症状や、苦痛・不安

国や、カネミ倉庫、原因物質であるPCBならびに
ダイオキシン類を 製造し、販売した 鐘ヶ淵化学
(カネカ)の 理不尽な対応などへの訴えでした。

家

日頃、歌を唄ったり、詩吟やフォークダンスなど
楽しいことばかりして過ごしている 私としては、
居たたまれないほど重く 真に迫った内容でした。

私は 『 何もしてこなくて、すみません。これからも
出来ないと思うし、しないと思うし ごめんなさい』と
心の中で謝りながら 皆さんのお話を聞いていました。


3年前に発足 し、私も行かれるときには参加している
カネミ油症関東連絡会からもお二人が発言されました。

Nさんは、月に1回 和気あいあいと集まっていること

Sさんは、昨年の秋から集まりに参加するようになり
情報の大切さを 身をもって痛感されたということ

・・などを発言されました。

家

Sさんは6才のとき、カネミ油症の被害を受け、家族全員で
九州大学の油症研究班の検診を受けに行き、自分ひとりだけ
が認定を受けた。 その後、お父さんの転勤で住まいが変り、
情報が入らなくなり、3年前の ≪救済法≫ が施行されるまで
カネミ油症が続いていることを知らなかった。40年以上前
認定を受けた頃の症状と、今、カネミ油症が病気の総合商社
であると言われるほど、あらゆる症状に襲われている事実を
知らなかった。 そして、昨年の秋、関東連絡会に参加して、
『発症当時、認定者と同居し、同じものを食べていた家族は、
認定の枠を拡げる』 という 家族内認定のことを知り、当時
疑症と診断されたままになっていたご家族が認定されるよう
申請を出し、認定されたということなどを報告されました。

家

カネミ油症が発覚してから48年になります。この間
いろいろな症状に 悩まされ、3年前の法律によって、
家族内の認定枠が拡がり、それによって認定されても
カネミ倉庫によって支払われる医療費は、認定されて
 からのものに限られます。 これもおかしな話ですね。


他にもいろいろな報告や発言もありました。

こういうことがネット上に載っていないのは
本当に残念だな~と思いつつ、不十分ですが
私なりに感じたことを 少し載せてみました。

補足して下さる方がいたら嬉しいなと思います。


家


5月31日の集会とは 別なことですが、

カネミ油症事件は 終わっていない

聞き取り記録集 『家族の食卓』より

  で、被害者の方々の声が ご覧いただけます。






【カネミ油症のこと】

5月31日、カネミ油症について考える集まり


 








最終更新日  2016年06月05日 18時45分24秒
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2016年05月29日
カテゴリ:カネミ油症のこと



カネミ油症被害者支援センターのブログ

で ご覧いただけますが、明後日、

カネミ油症について考える集まりがあります。

その呼びかけチラシから転載させていただきます下矢印


5・31 カネミ東京集会

星カネミ油症について考える
~法施行から3年の今~

5月31日(火) 午後6時~8時

豊島区生活産業プラザ 3F 大会議室にて

池袋駅東口から歩いて7分
電話 03‐5992‐7011

参加費 無料


 カネミ油症 新認定 訴訟の、請求棄却という不当判決
確定から、まもなく1年になります。 司法による
救済の道が閉ざされてしまった中で、

『 カネミ油症患者に関する施策の 総合的な推進に関する法律』
も、施行から3年が経過し、施策の検討が行われた結果、指針の
  改定案が示されましたが、まだまだ被害救済にはほど遠い内容でした。

カネミ油症 だけでなく、水俣病・ アスベスト、そして福島と、
健康被害をうけた被害者たちのたたかいはこれからも続きます。

被害を受けたにもかかわらず、認定もされず苦しんでいる
多くの人々をも含めた、被害者の全面救済への道を、どう
切り拓くか、一緒に考えましょう。


主催 カネミ油症被害者支援センター(YSC)

連絡先 伊勢 (いせ YSC)
電話 090‐9321‐8607 


家

集会プログラム(予定)

星 最高裁決定の報告、その不当性について
(司法救済について)
星 救済法3年後の見直しにあたっての課題
(指針の改定案・政治救済について)
星 放置された次世代、未認定被害者の救済
星 人体に残るPCB対策について
星 被害者からの訴え
星 参加者全員による討論


チラシの裏面です下矢印


カネミ油症事件とは?

カネミ油症は、人類が初めて 「ダイオキシン類」
を 食べさせられた 食品公害事件です。

カネミ倉庫株式会社(本社:北九州市)が 製造・販売
した 「カネミライスオイル」(米ぬか油)は事件発生
当時、『体によい健康食品』 として、福岡県や長崎県
など西日本地方一帯で小売り(流通)されていました。

しかし、1968(昭和43)年、製造の過程で、
鐘淵化学工業株式会社(現:カネカ)が製造した
PCB(ダイオキシン類)が混入した
カネミライスオイルが販売されました。

被害者となった人々は、いつものように 商店や
スーパーなどで「カネミライスオイル」を購入し
家族全員で食卓を囲み、天ぷらや炒め物など日々
家庭の食卓で 食べた人々、行きつけの 食堂で
友人や同僚などと・・・ 食べた人々などです。

事件発覚当時、保健所へ届け出た人々は、14000人
以上でしたが、事件後まもなく設置された【油症研究班】
によって【認定基準】が定められ、当初 認定された人は
1900人に満たない数でした。

1970(昭和45)年から、被害者はカネミ倉庫をはじめ、
国、PCB(ダイオキシン類)を製造したカネカなどを被告と
して 損害賠償請求訴訟(提訴被害者1854名)を 起こし、
激しい法廷闘争を繰り広げましたが、1987(昭和62)年
に 裁判は終結しました。

しかし、裁判終了後に新たに「被害者」として 認定された
人々も多くいたのです。 これら新認定被害者も、旧原告ら
と同じく 様々な病気、深刻な症状に悩まされ続けていまし
たが、何の救済措置もなく、放置され続けてきたのです。

そこで、2008(平成20)年5月、福岡など地方裁判所
小倉支部に カネミ倉庫株式会社等を相手に 損害賠償請求の
裁判を提訴しました。

ところが、2013(平成25)年3月21日に 言い渡された
福岡地裁小倉支部の判決は、カネミ倉庫の責任を 全面的に認め
ながら、『原告らの請求は、いずれも 民法724条後段の規定
による除斥期間で権利が消滅している』として 請求を棄却する
という 全面敗訴の判決を下しました。福岡高等裁判所に控訴し
ましたが、またもや 控訴棄却でした。下級審ともに除斥期間に
よる 権利の消滅を援用し、訴えを退けましたが、原告のほとん
どは、事件発生から30年以上経た後に カネミ油症と認定され
ており認定前に裁判を起こす事など事実上不可能だったのです。

下級審の判断は あまりにも理不尽でしたので、原告の皆さんは
最高裁判所においては正義の見直しがなされるものと信じ、上告
上告受理申立を行いました。 しかし、2015(平成27)年
6月2日、最高裁は、原告らの上告・上告受理申立を 棄却・
受理しないとの決定を下しました。門前払いの決定でした。

事件発生からすでに50年近くを経た今もカネミ油症の被害は
続いています。 現行の診断基準に阻まれて認定されないまま
の被害者や、直接 食していない 2世や3世の被害も 顕在化
しています。 このままでは、残された多くの被害者の救済の
道も閉ざされることにつながります。

事実上、司法救済の道が 閉ざされた 今、被害者救済のために
何ができるのか 多くの人の知恵と世論の結集が必要なのです。


家


以上、呼びかけチラシから転載させていただきました。

31日 と言えば、翌日から 『四季の花』 の 営業で、
毎月 いちばん忙しい日です。それに 始めてから まだ
一度も休んだことのないフォークダンスの日なのですが
参加してみようかな~ぽっと 思っているところです。

ご都合がつきましたら、ぜひ、多くのみなさまに、
ご参加いただけますよう ご案内申しあげま~す手書きハート






【カネミ油症のこと】

カネミ油症関東連絡会、3月の集まりに参加♪


 








最終更新日  2016年05月29日 20時37分53秒
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2016年03月23日
カテゴリ:カネミ油症のこと



世の中には、こんなにも人が いたんだ~と
驚くほど 賑やかな 連休前 土曜日夜の池袋

人もまばらな八国山周辺で暮らしている
 私には祭りのような賑わいに思えました。

ピンクハート

カネミ油症関東連絡会3月の例会が、19日
夕方6時から 池袋であり、参加しました。

いろいろな議題がありましたが、そのひとつ

3月半ばに、カネミ油症の被害者の方々と、
国会議員、関係省庁担当者との 話し合いが
 議員会館で持たれ、その報告がありました。

北九州や大牟田、長崎・五島、広島などから
11名もの被害者の方が上京され、今も続く
 被害の苦しみを訴え、要望をされました。

この日、私は 参加できなかったのですが
お土産のおすそ分けをいただきました下矢印


5423.JPG


一人 三つずつ。 例会中に 一つ
 いただいたので、二つの写真です。

黄な粉たっぷりの美味しいお菓子ぺろり



5422 .JPG


食べ終わってから、どこのお菓子か見て
おけば良かった~と 悔やんだのですが、
≪五島銘菓≫と写真に映っていました。

なつかしい五島から、海を越えて
持ってきて下さったんですね。

何のお役にも立てず、申し訳ないと
 思いつつ 美味しくいただきました。

ご馳走さまでした。

手書きハート

それから、昨年秋から参加して下さるように
なった方が、先月の例会議事録を作ってきて
下さって びっくり みんなで感動しました。

今回の議事録も、まとめて下さるとのこと音符

これからは 参加できない人も情報共有ができ、
会の記録、元気の源にもなってくれそうです。

少しずつ輪が拡がっていく、その端っこにでも
いられて 嬉しいな~と思えた 集まりでした。


次回は、4月23日午前10時から

どなたのご参加も、歓迎で~すハート






【カネミ油症のこと】

カネミ油症関東連絡会、2月の集まりに参加♪

 







最終更新日  2016年03月23日 21時28分12秒
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2016年02月27日
カテゴリ:カネミ油症のこと



発足して3年が経った カネミ油症関東連絡会
2月の例会が池袋であり、参加してきました。

さくら 四つ葉

みなさんの熱心な発言や報告が盛りだくさんで、
 頼もしく、感心しながら 私は聞くばかりでした。

中でもとりわけ、嬉しいことがありました。

昨年の秋から参加して下さっている Sさんが
≪カネミ油症関東連絡会≫ の ホームページを
作成されました~音符

まだ、仲間うちだけでの公開ですので
ご紹介することができませんが・・・


このホームページ中のつぎの文に、感動ぽっ

昨年、東京都で 初めて油症検診に行ったときに
「椿と水仙の島で何が?」と題する1枚のパンフ
が配られました。検診中は時間もあることから
目を通すと、とても インパクトのある内容で、
かわいらしい女の子のイラストが のっており、
油症のことをよく知らなかった僕ですが、油症
 の活動に興味をもったのもこの1枚からでした。



ここに書かれている油症検診というのは、この日
 早起きしてチラシ配りに行った会場での検診です。

リーフレットを一緒に作った Tさんは、一昨年
2日、昨年1日、配りに行き、私も 1日くらい
 行かなければいけないな~と思い、行きました。

Tさんの時か、私の時かはわかりませんが
少しでも役に立てたかな~と嬉しいです。

どきどきハート


私には とても報告しきれませんが、他にも、
こつこつと活動されていることが、少しずつ
実りつつあることを実感できる会合でした。

次回は、3月19日(土)18時~ です。






【カネミ油症のこと】

カネミ油症関東連絡会の集まりに参加♪

 








最終更新日  2016年02月27日 23時06分22秒
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