002464 ランダム
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一方通行

小話



ここは好き。
誰も私をいじめに来ないから。




「萌さん。少し良いですか?」

放課後。
委員長に呼び止められて、私は小隊隊長室に行く。

委員長の愚痴を聞きながら、書類整理を手伝う。
出入り口近くのデスクに向かっている加藤さんは、困ったような笑みを浮かべながら、口だけ動かして「大変やね」と、私に伝えた。

私は大変だとは思わない。
そう言う意味を込めて、頭を横に振った。

加藤さんはまた困ったように笑って、自分の仕事に戻った。




本当に大変だとは思わないの。
ここに居るのは好き。
委員長も加藤さんも私をいじめないから。





一時間もすると、加藤さんは隊長室を出て行った。

委員長と二人きり。
同じ空気だけど、違う空気。

加藤さんが居る時よりも、この時の空気が好き。

委員長の声が好き。
低すぎないで高すぎない。

凄く落ち着くの。

密かにじっくりと委員長の声を聞いていると、委員長は愚痴を止めて私に話しかけた。


「そうだ、萌さん。果実とか好きですか?」
「・・・・はい・・。」
「良かった。ちょっと待ってて下さいね。」
「・・・・・・。」


私が頷くと、委員長は少しだけ笑って出て行った。
二分くらい経つと戻ってきた。

手には苺を持ってた。

私の前に置くと、また笑った。


「はい、どうぞ。お礼ですよ。」
「・・・・・え・・?」
「ほら。いつも愚痴を聞いて貰ってますし、ね。」
「・・・・・。」
「遠慮しないで。さ、どうぞ食べて下さい。」


今は苺の時期じゃないし、それに今はどんな物でも高い。
そう易々と食べれる訳ない。

それも私だけなんて。


「・・・あ・・の。」
「どうしました?あ、苺は苦手でした?」
「・・・違う・・・他・・の人達・・」
「あぁ。気にしななくても良いですよ。
コレは二人だけの秘密ですよ。」


私の言葉を遮ると、委員長はまた笑って、苺を手に取り差し出した。
その時、私はなぜかその言葉が嬉しくって、苺を受け取った。

苺を一口齧ると、甘い味が口に広がった。
久し振りの自然な甘味に、私はまた嬉しくなった。


「美味しいですか?」
「・・・はい・・。」
「良かった。」
「・・・あの・・、委員長・・・も・・。」
「え?」


私は苺の入った容器を、委員長の前に移動させた。
委員長は少し面食らったような声を出した後、すぐにまた笑った。
そして、委員長も苺を食べ始めた。




今日はいつもよりも、この時間が嬉しく思えた。




時間が深夜になろうとした頃、委員長は片づけを始めた。
書類や筆記用具の整とんを終えると、校門まで一緒に行った。


「・・・・それ・・じゃ・・、さよ・・」
「送っていきますよ。」
「・・・・え・・?」


いつもならここで別れるのに。


「ほら、もう遅いですし。」
「・・・でも・・・。」
「良いんですよ。さ、行きましょう。」
「・・あ・・はい・・。」




今日は本当に嬉しかった。
明日はもしかしたら悪い一日かもしれない。


そうだとしても、きっと我慢出来るわ。




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