[VOYAGE-381] やまとことば/先生VS教師・教員。意味論と語用論の視点から。
今日は二十四節気の一つ、大雪(たいせつ)である。とは言え、関東南部では今日もよく晴れた。三多摩の府中のアメダスによれば、日最低気温は0.8℃(04:10)、日最高気温は15.9℃(14:10)であった。さて、今日の記事では、ちょっと気になっていることを取り上げたい。先日の「多文化協働実践研究・全国フォーラム」でのエピソードで、ある老紳士が発言する際に、次のような言葉で切り出したのである。私は●●(=アジアの某都市)の××大学の先生です。・・・この老紳士が日本語母語話者でないことは、その地名に加えて、アクセントやイントネーションからもすぐに分かった。ひょっとしたら私の聞き違いで、「先生」ではなく「シェン・シェイ」さんという人名(固有名詞)なのかもしれないが、いずれにせよ、私はこの言葉を聞いて軽いめまいを覚えてしまったのである。この発言の一体どこが問題なのであろうか。音声はさておき、語彙表現のレベルに注目して、まずは私の電子辞書から引用してみよう。せん-せい【先生】1)先に生まれた人。⇔後生(こうせい)2)学徳のすぐれた人。自分が師事する人。また、その人に対する敬称。3)学校の教師。4)医師・弁護士など、指導的立場にある人に対する敬称。5)他人を、親しみまたはからかって呼ぶ称。『広辞苑』せん-せい【先生】《名》1)師として学問・技術・技芸などを教える人。特に、学校の教師。2)教師・師匠・医師・弁護士・代議士など、学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。⇒代名詞的にも、また、人名のあとに付ける敬称としても使う。3)他人を親しんで、また、からかっていう語。◇自分よりも先に生まれた人の意から。『明鏡国語辞典』せんせい[先生]1)[教師]teacher [C] 教師,先生,教員《◆ teacher への敬称については 2)の◇[語法]参照》|先生のおっしゃることをもっと注意して聞きなさい Pay more attention to your teacher. / 英語の先生 an English teacher = a teacher of English / 私の教わっている田中先生を紹介いたします Let me introduce to you my teacher Mr. Tanaka.schoolteacher [C] (小学・中学・高校の)先生,教員《◆一般的に小学校の先生をさす場合は she で受けるのが普通》schoolmaster (《女性形》-mistress)[C] 《主に英》(パブリックスクールの)先生(《PC》school teacher)|私に先生のような口をきくな Don't come the schoolmaster with me.master [C]《英》(小・中学校の)(男の)先生professor [C][肩書きとしては P~]教授《◆呼びかけも可》(略 Prof., prof.);《米》(一般に)大学の先生;教師instructor [C] 指導者,教師,教官;《米》(大学の)専任講師(《英》lecturer)⇒彼女はピアノの先生だ She teaches piano.2)[教師・医師などの敬称]Mr. (複 Messrs.)[男性の姓・姓名の前で]先生|ここだけの話だが,戸田先生は健治には甘すぎるよ Between you and me, Mr. Toda is too easy with Kenji.professor [C] 教授(略 Prof., prof.);《米》(一般に)大学の先生;教師;ダンスなどの先生《◆呼びかけも可》|(マイケル)ジョーンズ先生 Professor (Michael) Jonesmiss [《主に英》女性教師などへの呼びかけで]先生|先生,すみませんがもう一度おっしゃってください I beg your pardon, miss. / 昨年は田中先生に教わった We were taught by Miss Tanaka last year.ma'am [C](生徒が女の先生に)先生|はい先生,承知しました Yes, ma'am, I will.doctor [肩書としては D~][C] 医者、医師;《呼びかけ》先生(略 Dr.)《◆(1)《米》では surgeon(外科医),dentist(歯科医),veterinarian(獣医)にも用いるが,《英》では通例 physician(内科医)をさす.(2)《略式》では doc ともいう》|先生,彼の具合はどうでしょうか How is he, doctor? / 長野先生の診療日は水木です Dr. Nagano receives on Wednesdays and Thursdays.◇[語法]先生を呼ぶ場合,姓を添えて Mr.[Mrs., Miss]Tanaka(田中先生)と言う.×Teacher Tanaka とか ×Tanaka Teacher とは言わない.小学校の低学年・幼稚園児では単独で Teacher! と呼ぶことがある『ジーニアス和英辞典』きょう-し【教師】 ケウ‥1)学術・技芸を教授する人。2)公認された資格をもって児童・生徒・学生を教育する人。教員。3)宗教上の教化をつかさどる人。『広辞苑』きょう-し【教師】 ケウ―《名》1)学校で、一定の資格をもって児童・生徒・学生などの教育にあたる人。教員。2)一般に学問・技能・技術などを教える人。3)宗教の布教・宣教を行う人。『明鏡国語辞典』きょうし[教師]teacher [C] 教師,先生,教員|英語の教師 an English teacher = a teacher of English / 大学を出たての教師 a teacher fresh out of [from] college / 私はこの学校の教師です I am a teacher at [×of] this school.instructor [C] 指導者,教師,教官|スキー教師 an instructor in skiing = a ski-instructoreducator [C] 教師《◆ teacher の上品語法》professor [C]《米》(一般に)大学の先生;教師;ダンスなどの先生⇒教師をしています I do some teaching.◇教師をするteach 自〔…で〕教師をする〔at, in 〕|彼女は中学校の教師をしている She teaches at [in] a junior high school. (=She is a junior high school teacher.)《◆ teach junior high school ともいえる》『ジーニアス和英辞典』きょう-いん【教員】 ケウヰン学校に勤務して教育を行う人。教師。教育職員。『広辞苑』きょう-いん【教員】 ケウヰン《名》学校で、児童・生徒・学生を教育する職務に従事する人。教師。『明鏡国語辞典』教員[キョウイン](teacher)学校に勤務し教育に従事する人。その種類と職名は、大学、高等専門学校では教授、助教授、助手および講師であり、小、中、高等、盲、聾、養護各学校および幼稚園では教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭および講師。その資格は、大学および高等専門学校では各設置基準によって資格基準が定められ、小、中、高等学校などでは教育職員免許法(昭和24年法律147号)によって免許基準が定められている。教育基本法(昭和22年法律25号)では、「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない」(6条2項前段)との立場から、そのために「教員の身分は、尊重され、その待遇の是正が、期せられなければならない」(同後段)と規定されている。これに基づいて「教育公務員特例法」その他関係法が定められている。『ブリタニカ国際大百科事典』きょういん【教員】学校における教育活動を職業にしている教師。大学・高等専門学校以外の学校では教員免許を要し、また国・公立学校の場合は教育公務員として扱われる。明治初期には教員と教師は厳密に区別され、日本の学校に雇用されている日本人の教師を〈教員〉、外国人教師を〈教師〉と呼んだ。読・書・算(スリーアールズ)を中心に教えるドリルマスターの系譜をひく大衆子弟向けの学校に現れた教師と、人文主義的な教育を施すキュンストラーの系譜をひく選良子弟向けの学校に現れた教師の2系譜(学校体系)が各国にあり、その統一が問題になっている。『百科事典マイペディア』きょういん[教員]teacher [C] 教師,先生|代用教員 《米》 a substitute teacherschoolteacher [C] (小学・中学・高校の)先生,教員《◆一般的に小学校の先生をさす場合は she で受けるのが普通》faculty [時に F~][C]《主に米》〔教育〕[集合的に;単数・複数扱い](大学の)学部教授陣[教員団]『ジーニアス和英辞典』上の記述を見ての通り、「教師」や「教員」とは異なり、「先生」には敬称の意味が含まれている。この「先生」の語を一人称で用いると、自分の名前に自分で「様」とか「さん」を付けるようなものである。これが、先の老紳士の発言に私が違和感を覚えてしまった原因であろう。私は××大学の教員です。のように、敬称の意味を含まない類義語を用いるか、さもなくば私は××大学で(★★学の)先生をしております。のように、自分を卑下する表現(謙譲語II=丁重語)を用いて中和すれば、尊大な印象を与える可能性は小さくなるはず。意味論的には決して間違いではないけれども、あのフォーラムという場の(参加者の対等性を尊重する)性質を考えると、語用論的には適切さを欠く語彙表現であったと言える。「先生」という語が権威主義的な響きを有していることについては、既に[VOYAGE-313]などでも触れているが、師走という季節柄から、改めて論じてみた。閑話休題。昨日の出来事である。今は修士論文のことで頭がいっぱいであるが、そろそろ修了後の進路も考えなければならない。で、とある(事務系の)求人応募に失敗したことを受けて、やはり日本語教育(の現場)という因果な商売でどうにか飯を食うしかないのかなぁ・・・と、絶望的な気分に陥りながら、大学の研究科事務室の前にある「他大学からの教員公募」の掲示板をまじまじと見入ってしまった。しかしながら、ほとんどの情報が、募集期限を過ぎていたのである・・・。そうした私の背後を通り過ぎた知人が、私に声をかけるかどうか迷ったのであろう。「あっ、どうも・・・」みたいな、ぎこちない挨拶を交わしてしまった。