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先日、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」を観ました。
昭和30年代の東京を舞台に繰り広げられる、ほんわかした 温かい映画でした。 ある自動車修理会社の家にTVが到着するのを まだかまだかと待っている子供。 その子が学校の仲間にこう言います。 「今日、僕んちに来いや。TV見せてあげる!」 「ええ、ホント!ホントに来るんか?」 「くるさ!お母ちゃんがくる、言ってた。」 TVなる珍しいものを見たいとその家に集まってくる近所の住人たち TVには力道山が空手チョップで外人レスラーを攻撃 それを見ている住人たちも自分が力道山になったつもりで 空手チョップのポーズをする。 そこに一体感が生まれる。 いいですね。こんな風景。 近所中が親戚みたいな感覚です。 子供は「誰の子ではなく、みんなの子」 強固な信頼関係で築かれた「安心感」を感じます。 「皆さん!モノに対するありがたさを忘れていませんか?」 「皆さん!親のありがたさを忘れていませんか?」 こんなメッセージを見ている人に語りかけているような映画でした。 一番泣けたのは、ひょんな事から親に捨てられた10歳の男の子を 養う事になった売れない漫画家とその子とのやりとりです。 漫画家にとって、厄介な存在でしかなかった男の子が、 ある日、自分の母親を探しに友人と黙って家を出ます。 もともと片道の電車代しかもって行かなかった2人。 結局、母親に合う事はできず、気がつくとすっかり日は暮れ帰りの電車代は ない。絶望感でいっぱいのとき、友人が「困ったらこれを開けなさい」と 母親がセーターの肘の部分に縫い付けていたポケットからお金が出てくる。このお金でなんとか2人は家に帰ることになる。 友人は母親の優しさに触れる。(ここも泣けた) 心配していたこの2人の家族、お巡りさんまで動員しての大騒ぎ。 家の前に2人の姿を見つける。 そのとき漫画家は縁もゆかりも無く厄介だったはずの男の子に平手打ち! 「どこ行ってたんだよ。心配したんだぞ」といって自分の子供のように 叱ります。そして強く抱きしめます。大泣きです(私もお泣きでした) シーンはクリスマス。この男の子、生まれてからサンタクロースにプレゼントを もらったことがないと言う。 この男の子、実はこの漫画家の描いている「少年冒険隊」の愛読者。 万年筆片手にタバコをくわえながら原稿を書いている漫画家は憧れの存在。 そんな憧れの存在が使っているような「万年筆」がサンタクロースから届く。 初めてプレゼントをもらった彼は無邪気に飛んで喜ぶ。 そんな彼のもとに、本当の父親という 金持ち経営者がやってきて 強引に連れて行かれる。万年筆も「そんな3流のものは捨てなさい」と 言われる。 本当の子供のように可愛がっていた男の子が自分の前から姿を消す。 絶望感に浸る漫画家。部屋のもの、そこらじゅうを蹴り飛ばす漫画家。 そんな中、机にある1枚の手紙に目が止まる。 男の子が漫画家への感謝の気持ちを表したものだ。 漫画家と過ごした日々が一番楽しかった。そう綴られている。 漫画家はいてもたってもいられずに家を出る。 すると、目の前に男の子が立っている。 「おじちゃんのところがいい!」(また泣けてくる) 彼は戻ってきたのだ。 「お前はじゃまなんだよ、向こうは金持ちなんだぞ。欲しいモノは 全部手に入るんだぞ!」そう言って男の子を突き飛ばす漫画家。 でも男の子は漫画家の胸に飛び込んでくる。何回弾き飛ばされても 漫画家の胸に飛び込んでくる。 漫画家はうれしかった。自分のところに戻ってきてくれたことを。 強く抱きしめる。男の子も安心し大泣きしている。2人とも大泣きだ。 このほかにも親子の愛情、人と人との優しさ、つながりの大切さ 人はお金では動かないなど人間の本質を教えてくれる映画のようでした。 久々に大泣きでした。 なぜかほんわかした心地よい気分に浸りました。 「お前はオレ(私)にとって大切な存在なんだぞ」 世の中の親はみんな子供に対してこう思っています。 でもそれを相手に対してメッセージとして 発しているでしょうか? ちょうど、終業式で学校から通知表をもらってきます。 悪い部分に目がいっていませんか? 「あら、数学下がったじゃない! 理科は3なの? 勉強している?」 減点主義は改めましょう。子供はへこみます。 良いところを見てあげてください。 私はそう心がけたいと思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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