カテゴリ:日々雑記
毎度お馴染みの屁理屈ですよ?
事故後1週間目の僕様は、ズキズキとする痛みは徐々に強くなってきたりしていますが、そんな中再び相手方の保険やさんからお電話。 で、まぁいろいろお話を聞きまして、その相手の方の言い分というのを聞けました。 曰く、「自分には一切の非はなく、完全な被害者であり、どうしても10:0に出来ないなら、1割なら譲歩して非を認めなくもない」 という事らしいのです。 まぁそんなわけですので、僕としてはこれはもう完全に敵対する姿勢で致し方なしということになりました。 実際問題、相手方が優先道路であり、僕の方がそこでの一時停止義務を怠っているのは確かなので、自分に過失がないとは言いませんし思っても居ません。そう言う意味で、相手の方が 「当てられた、被害者だ」 と思う、感じること自体は僕は仕方ないし当然だとは思うわけです。 だから、ゴネて金を引っ張ろうとかは考えていませんし、最終的にお互い嫌なものが残らないような決着にするのがベストだと思っている…いた、わけです。 だから、人身で行くか物損で行くかも決めあぐねていた。 物損なら基本はお金の話でしかないのですか、人身で行けば僕も相手方も刑事罰を受けうるわけです。で、基本車を運転していて誰かに怪我をさせれば、自殺者の飛び込みとかでもなければ過失致傷がつく。 それはまぁ、相手方も無い方がよかろうですしね。 事故の直後なんかは、色々混乱していますし考えもまとまらないでしょう。 けど、数日、一週間も経てば冷静になるものです。 というか冷静にならなきゃならない。 冷静になって尚、なのか、或いは冷静になれていないのか分かりませんが。 その時点で、現に相手方に怪我をさせた上で、それでも「自分は完全な被害者だ」 と 「主張」 出来るって事は。 僕の考えからすれば、この人は 「車を運転するというのはどういう事か」 ってのを、全く考えていないという事になります。 この部分は、僕自身が車の運転をしないからこういう考え方になるのかも知れないとも思いますけど、車のハンドルを握ると言うことは、その時点で 「ちょっとした気まぐれで、人を5~6人一瞬で殺すことの出来る手段を手にする」 という事だと思っています。 年に何回か、ハンドル操作を誤ったり脇見運転をしたり、アクセルとブレーキを間違えたりと様々な理由で、誤って幼稚園児や小学生の列に突っ込んでは、一度に数人を死なせてしまったり怪我をさせたりする事故がありますが、ハンドルを握るというのはその時点で、「そういう事を起こしうる力を持つ」 事であり、その分の責任を引き受けなきゃならないハズなんです。 それは運転自体にミスや誤りや違反や過失があるかどうかとは関係なく、ただ純粋に 「そういう力を持つこと自体への責任」 です。 ベン叔父さん曰く、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」 力には、力を手にした時点で、相応の責任が生まれる。 その責任を負いたくなければ、力を持たないことです。 車のハンドルを握っておいて、実際に人を怪我させて、その上で 「自分は完全な被害者だ」 という主張が出来ると言うことは、相手方の人にはそういう意識、自覚が全くなかったし、そして今も全くないのだろうと、僕は思うわけです。 前にも書きましたけど、多分あと5秒僕が早かったら、この程度では済んでないわけです。本当に下手すれば俺・オブ・ザ・デッドが上演されていた可能性があるわけです。客が入らず鉱業失敗な事この上ない。 それをも踏まえて、自分は完全な被害者だと言えると言うことは、「優先道路を走っていた以上、相手が怪我をしようがどうなろうが、カタワになろうが死のうが生きようが、そんな事はまったく知った事じゃあない。とにかく自分は交通法規を守っていたのにぶつけられた以上、善意の被害者でしかないし、何の責任もない」 という考え方をしているわけです。 僕は少なくとも、この人のこういう考え方に対しては、異議申し立てをしないとちょっといやです。 面倒臭ぇなぁ。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年09月10日 18時12分03秒
コメント(0) | コメントを書く
[日々雑記] カテゴリの最新記事
|
|