▼そもそも経済成長とは 人間社会にとって何だったのか。
ダニエル・コーエン(Daniel Cohen)19世紀から欧州、次いで日本でそれまでと違うメカニズムが急速に形成されていった。つまり、豊かさが1人あたりの所得の増加につながっていった。それは自然と人間の新しい関係を切り開き物質的な社会を築いた。私たちは今、そこに暮らしている。しかし、ひとりひとりの幸福は増えていない。経済が成長すればより多くの財を手にできるがより幸福にはならない。快感は成長が加速する時に得られる。幸せな気分にするのは成長であって豊かさそのものではない。重要なのは到達点ではなく「もっと」という欲求だ。成長がなければ、豊かだとは感じられない。あきらめなければならないと社会のもろさが見えてくる。成長することで幸福を感じてきた社会は経済の停滞とうまくやっていくことができない。このままでは不寛容で不幸な社会がうまれる。成長にこだわらない選択肢。フランスでは労働時間を短くする週35時間労働が打ち出された。経済成長を必要とする暮らしに居心地の悪さがあるとすればそれは働き過ぎだから。富というのもは、働く時間を減らすためにあるはず。労働時間を減らして収入を減らしてもそれは問題でないはず。たくさん働くのは貧しいから。余裕の有る者も同じぐらい働くべきという考えはおかしい。労働時間の短縮という考えが未だ賛同を得られにくいのはポスト物質主義への移行の難しさを現している。いつも人より働こうとする人物と同じ職場にいるのは耐え難い。休暇をとると、彼がその分余計に働きすべてをやってしまう。ボーナスをを得るのも、出世するのも彼…。稼ぎだけではなく地位の競争。働かなければ居場所は無い。経済成長という中毒症状から抜け出すには自分の欲望を操っている法則を理解し、行動しなければならない。残念ながら、多くの人たちがその法則を理解するのは時代が変ってから。しかし地球にのしかかっている負荷を考えれば、その法則を把握し、自分の快楽が「もっと」からうまれていることを理解し制御しなければならない。今のままでは、何の利益にもならない競争が大災害につながる。生きにくい時代から抜け出すには物質的ではない成長を目指してより早く、より遠くへ進むしかない。豊かさをかなえる「経済成長」が麻薬でいつまでもドーピングのような成長戦略を求めるのが禁断症状。わたしたちの中毒の度合いはどれほどひどいのか。(朝日新聞インタビュー要約)