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奈落 by ガイア教

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April 3, 2009
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テーマ:心の病(7262)
カテゴリ:幽閉生活
(散文ナシ)

就寝 6時頃。目覚め10時頃 起床11時頃。
目覚めたのは足の骨が折れるかと思ったから。
どうやら母親が洗濯物でも干そうとあれこれとやっていたらしい。
乗っているのがわかっても なにも言わない。
寝ている あるいは 完全に存在を無視されているから必要ない 
そんな風に思って なにも言わないのだろう。
よく 殺そうとしなかったな わたしら・・・。
こういうことがある度に いつも そう 思う。
「痛い」とでもいえば なにか謝罪の言葉でも言うとは思う。
いつも ずっと そうだった。
それなのに 自分は 他人にナニカをされたときに
「謝りもしない」と勝手に言っている。
くだらない人だ。

この家は 父親が実質的に「設計」した。
簡単に言えば 父親が快適に暮らせるための家であって
家族が快適に暮らすために設計された家ではない。
とりあえず 他に必要かと付け加えた部屋があるだけだ。
自分のための家であって 家族のための家ではない。
この違いがわかるだろうか?
自分の生活にとって必要なものがあるだけで
家族にとって必要なものがあるわけではないという違いが。
自分にとって不要なものは家族にとっても不要などと
勝手に思い込んでいるだけだということを。
自分中心で進めるときに意見を求めるとしても
自分の意見に対することであって、全く異なる意見ではない。
同意を求める行為だけでは 正義は成り立たない。
結局 自分が好き勝手に生きるついでに家族が存在しているだけ。
くだらない人だ。

だから子供の頃に親を拒絶するようになった。
それが人格の分裂の1つの理由。
親子というシガラミからは 簡単には抜けられない。
だから 簡単に別の人格ができあがる。
コイツラの子でいなければならない自分と
人間としてあるための自分と。

「家族」っていうのは なんだろう?
親がいる 子がいる その中に自分が含まれる。
それだけで終わっていない?
自分だけで 「家族」が成り立っているわけじゃない。
それぞれが それぞれでいて 初めて 「家族」になる。
自分も生きてるように家族も生きている。
自分が考えるように 家族も考えている。
違う大脳なのだから全く同じ事を思い感じ考えるわけがない。
同じ言葉でも 人によってその「心」は違う。
複数人格は同じ大脳の中でさえ違うことを考えるのだから。
同じ環境にいる者同士で似たことを感じるだけのこと。
過ごす時間が多いから共有するものが多いだけ。

反面教師などという言葉がある。
くだらない表現だと 思う。
それは その存在を拒絶した結果 生まれたものであって、
親が反面教師になる とは 親が拒絶された結果 と
なんでわからないのだろうか。
正しい道を示すように導かずに 避ける意識だけを植え付ける。
それが 反面教師ってものじゃないか。
実際にはなにも教えてなんかいない。
拒絶してるだけだ。

家族という「集団」の中にあって
それぞれの立場があろうが 対等な1人の人間。
本来は 上下関係というものはないはずの 対等な人間。
たまたま年長であるものが 導くことが多いだけ。
立場によって 家族 というものに対する役割が違うだけで
親が偉いわけでもない。 重大な役割を担ってるだけでしかない。
家族の主役は 親ではなくずっと先を生きて行くはずの子。
親になるとは いずれ親になる者を育てる ということ。
子に対してしたことは その子が親になった時に子にすること。
なぜなら それが子育てだと子は覚えているから。
だから 子供の頃に虐待を受けた者は
極めて高い確率で 自分の子にも虐待を与える。
それが 自分にされた「子育て」だから。
虐待経験 を持ったものは 他者を虐待する行為に及ぶ可能性は高い。
こうして 虐待は伝染し拡散して行く。
DV被害者はやがてDV加害者に変貌することが多い。
「自分もされたから」。

頭で考えて行動することばかりが 人の行動ではない。
無意識にでてしまう行動 子供の頃に叩き込まれた記憶
渇望しても得られなかったこと やられたこと、
忘れていると思っていても 無意識下の行動でそれは出る。
それを精神疾患と呼ぶ人もいる。
実際には人に与える情報を間違えたヒューマンエラーの結果。
それが大部分だとホトンドの者は言わない。
誰もが加害者であることを認めたくないから。
人は生まれた直後から大脳が動いてる。記憶は蓄積されていく。
ある日突然覚えるようになるわけじゃない。
生まれたその日から心身が受ける刺激すべてが 記憶に入る。
昔のことを忘れていても なにかのキッカケで思い出すように
忘れる っていうのは 記憶がなくなることじゃない。
思い出すことができないだけ 記憶はそのまま残ってる。
コレを見ている人なら かな-漢字変換をすると思う。
よく使う漢字、表現ほどに優先されて選べるようになっている。
記憶も同じ。頻繁に使われていないから奥底に眠っているだけ。
「こんな漢字があるんだ、へー」などと思うことがあるように
なにかのはずみで 奥底の記憶にたどり着くことはある。
感覚的な記憶であったとしてもね。
子供の頃は言葉が理解できないからわからなかったことが
大人になってそれがわかったときに「感覚的な記憶」というしかない。
自分を表現することができるようになったことを物心がつくというが
表現できなかった頃に自分がなかったわけがあるわけないでしょ。

子は欲しいと思うだけで作るものじゃない。
責任を果たすということができないなら 作るな。
子は 愛玩具でもなければペットでもない。
1人の人間なんだょ。生まれた直後から。
胎児時代の母体に従属する組織の一部ではなく
独立した存在となったときから。
そういう意味では、大脳が形成されていく段階から
記憶はあるのかもしれない。胎児の頃の記憶が。
胎動教育が効果的だというなら 胎児時代からの記憶を肯定している。
なにかを理解するための情報を蓄積することを肯定している。
母体を通しての刺激であって 母体の感情によって操作もされる。
心地よければアドレナリンもでる。胎児にも到達するだろう。
個体としてではなく母体の一部として成長して行く。
個体としての記憶は ソコから出た出生直後から始まる。
母体という緩衝を受けない 外界からの刺激を受ける。
それがどういう情報かもわからずそのまま蓄積する。
母体の好みが特に影響したり体内にいた頃の「音楽」などに反応するのは
ソレに対して脳内麻薬が発生して胎児に届いていただけのこと。

人は 安静な鼓動音を感じると落ち着くことが多い。
それは まぎれもなく胎児時代の記憶。
完全なる秩序に守られていた時代に体で感じた振動。
自分の心音ではなく母体の心音なんだよ。
耳で感じる音じゃない、体で振動として感じる音。
だから 耳を当てて聞くようにする心音が一番 心地よく響く。
耳を当てることで音というよりは直接的な振動として伝わる。

留まらないので このあたりで。

ユウ+??(超自我・いわゆるISH)





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Last updated  April 3, 2009 01:35:44 PM
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