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2008年08月22日
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カテゴリ:斉藤啓一

〈質問〉TMさん

1994年の青山圭秀著「理性のゆらぎ」を読んで、「アガスティアの葉」「真実のサイババ」を熟読した私は、翌95年にインドのプッタパルティにサティア・サイババを訪ねました。ダルシャンで手紙を受け取ってもらった私は、感激のあまり落涙しました。私は敬虔なサイババ信者となりましたが、2000年末のパンタ笛吹著「裸のサイババ」を熟読して、懐疑の念に駆られました。サイババが青少年を性的に虐待したり、トリックで物質化現象を行っているという内容に衝撃を受けました。
 そして2002年のゴールデンウィークに、真偽を確かめるにインドのホワイトフィールドにサイババを訪ねました。しかし、今の自分では、サイババが無罪潔白の神の化身であるか判断がつきません。サティア・サイババについてどのような見解をお持ちでしょうか?

<回答>

私は、サイババについては詳しく知らないし、あまり関心もない。奇蹟を行うインドの聖者として有名だが、テレビで、彼が手のひらから灰を出したり、指輪を出したりするシーンを見たことがある。かと思うと、実はそれはトリックであるとして、サイババは偽物だとする番組を見たこともある。また、実際にサイババに会って灰をもらい、その灰と彼の写真を大切に奉っている人物の家を訪問したこともある。彼にとってサイババはまさしく「神」であり、その灰は宝物で、サイババの写真にうやうやしく合掌し祈っているのであった。
 だが、もしもサイババが、まったくの偽物で、彼の奇蹟はトリックなのだと証明されたとしたら、この人は今後、サイババからもらった灰と彼の写真を、どのようにするのだろうか?
 今まで長い間、あれほど尊敬し、朝晩祈りを捧げ、信頼し、心の支えにしてきたのが、まったく馬鹿げた行為だったと思うだろうか? だまされた、今までの信仰は何だったのかと、悔しい思いにかられ、あるいは悲嘆に沈み込むのだろうか? もらった灰をゴミ箱に投げ入れ、サイババの写真を引き裂いて踏みつけるのだろうか?
 「なぜあなたは、奇蹟を行うのか?」という質問に対して、サイババは、「現代人は、はっきりと目に見える奇蹟でも見せなければ、信仰心をもたないからだ」といった意味のことをいっている。つまり、自分が奇蹟を行うのは、人々を信仰に導くための方便であり、奇蹟そのものが重要ではないというわけだ。
 だが、奇蹟を見せれば、本当に信仰心が芽生えるのだろうか?
 サイババのもとに集まった大勢の人々を見ていると、「自分に何かをくれないか」、「自分の手紙をもらってくれないか」「自分を面会に招いてもらえないか」といった態度が露骨で、常に「自分が、自分が」といったエゴイスティックな雰囲気に染められているような印象を受ける。そして、どういう基準でサイババが選ぶのかはわからないが、そのうちの何人かに対して、彼は「奇蹟」を行い、手紙を受け取り、面会をするのである。選ばれた人は、「自分は特別なのだ」と感じるかもしれないし、選ばれなかった人は「自分は認められていないのだ」と感じるかもしれない。いずれにしろ、このような思いに人々を招き入れるところに、真の信仰が芽生えるとは、私にはとうてい思われない。彼の周囲に集まる大部分の人たちは、依然として「奇蹟めあて」のレベルを超えていないような気がしてしまう。
 真の問題は、自分を神の化身だと語り、その証拠として奇蹟(と思えるような)ことを行うサイババのような人物に、なぜ惹かれるのか、という点にあるのではないだろうか。つまり、サイババが問題なのではなく、自分自身が問題なのではないだろうか?
 もしもサイババが本物で、トリックではなく本当に奇蹟を行うのなら信じるが、そうでなければ信じないというのであれば、いったいサイババの「何を」信じるというのだろうか?
 彼の教えを信じるというのだろうか? もしそうであるならば、彼の教えを盲信しているということになる。なぜなら、その教えが本当に自分が納得して受け入れているのであれば、たとえサイババがどんな人物であろうと、ペテン師であろうと、それに関係なく教えを信じるであろうからだ。
 あるいは、サイババに頼ることによって、サイババから救ってもらいたいと願っている、ということなのだろうか? つまり、彼の救世主としての力を信じている、ということなのだろうか?
 そうであれば、なるほど彼の「奇蹟」が本物であるかどうかは、死活問題となるだろう。もしも奇蹟が偽物であれば、自分は救ってもらえないことになるだろう。しかし、これは「信仰」ではない。
 たとえいかに宗教的なしぐさをまねて祈りを捧げ、マントラを唱え、五体投地をして礼拝したとしても、商人が客に対して「いらっしゃいませ」と叫び、頭を下げる行為と何ら変わりはない。いや、商人は提供するものをもっているが、サイババの救いを当てにするだけの人間は、言葉は悪いが、宗教的な乞食でしかない。もしも、そのような人間ばかりを生み出すのに一役買っているのであれば、サイババは次々と乞食を生み出していることになる。だとすれば、これは明らかに宗教者としてあるまじき行為ということになる。
 オウム真理教にしろ、あるいはヒトラーにしろ、北朝鮮のキム・ジョンイルにしろ、いったいどうして私たちは、特定の個人を神格化し、崇拝したがるのだろうか? どうして私たちは、神格化した人物は、すべてにおいて完璧であり、わずかな欠点も弱点もなく、わずかな罪を犯したこともなく、百パーセント純粋な愛に満ちて、山をも動かす奇蹟の力をもっていると信じたがるのだろうか?
 問題なのは、私たちの心にある、こうした傾向ではないのだろうか。こうした傾向が、あるときはヒトラーを生み出し、麻原彰晃を生みだし、キム・ジョンイルを生み出し、そしてサイババを生み出すのである。もちろん、サイババをヒトラーや麻原彰晃と同列に扱うつもりはないが、社会的な善悪は別として、心理的な動機としては、どれも同じことである。その証拠に、もしもサイババが奇蹟を行わなかったら、あれほど大勢の信者を集めることはできなかったであろう。あるいは、「私は奇蹟を行う力を失いました」と宣言したら、たちまち信者の数は激減してしまうであろう。
 浄土真宗の親鸞は、「たとえ師匠の法然にだまされて地獄へ落ちたとしても、悔いはない」といった。それほどまでに、彼は師匠に対する深い帰依の念を抱いていた。親鸞をそこまでさせたのは何だったのだろうか?
 それは、法然からにじみ出る人格的な魅力、高貴な霊格であったに違いない。それが親鸞に核心的かつ絶対的な影響を与え、そのために、たとえ法然がペテン師であったとしても、偽物であったとしても、そんなことは問題ではないのだと、捨て身の思いを抱かせたのである。
 サイババにまつわるスキャンダルな噂を耳にはさんだ程度で疑惑をもち、信仰が揺らぐというのは、そもそも核心的な部分において、最初からまったくサイババに対する敬虔の念をもっていなかった、ということを物語っている。サイババに、人格ないし霊格な高貴さがなかったためなのか、あるいは質問者がそれに気づかなかっただけなのか、それはわからない。しかしいずれにしろ、自分の保身を第一に考え、そのために誰かを利用しようとする気持ちがあるならば、その誰かが本物かどうなのかということが、何よりも気になることは確かである。
 しかし、信仰のエッセンスとは、最終的には自分を捨てること、自分が助かろうと助かるまいと、そんなことはどうでもいいという心境にまで到達することではないだろうか。私たちが特定の個人を神格化して崇拝したがるのは、「自我(エゴ)」を守ろうとする、信仰とは正反対の欲望にとらわれているためである。換言すれば、それは恐怖にとらわれているからである。自分を失うことへの恐怖が、救世主への願望として個人に投影され、絶対化されて崇拝させるのだ。しかし、恐怖と信仰は決して共存しない。恐怖が育つ場所では信仰は育たず、信仰の育つ場所で恐怖は育たない。
 サイババは、いつまで自分を神の化身だとして「奇蹟」を行い、自らを神格化し崇拝させ続けるつもりなのだろうか。いつになったら、人々を真の信仰に導くのだろうか。恐怖を餌に膨張する個人崇拝の念から、真の信仰が生まれることは、決してあり得ない。「奇蹟」を見せることは、信仰よりも個人崇拝へと人々を引き寄せる。彼が「神の化身」であるならば、最初からこのことに気づいているはずである。

                    







最終更新日  2008年08月23日 02時18分30秒
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