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別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

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2004.11.25
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カテゴリ:カテゴリ未分類


●兄弟(姉妹)

 兄弟(姉妹)には、つぎの7つの関係がある。

(1) 対立関係(兄弟同士が、対立する)
(2) 協調関係(たがいに力を合わせて行動する)
(3) 相補関係(たがいに足りないところを補いあう)
(4) 競争関係(たがいに競争する)
(5) 主従関係(上の子が、下の子を従わせる)
(6) 類似関係(たがいに、よく似てくる。まねをする)
(7) 依存関係(たがいに、依存しあう)

 「兄(姉)だから……」「弟(妹)だから……」という、ダカラ論は、できるだけしない。良好な兄弟関係をつくるためには、これは鉄則である。

 たとえば長男が、長男らしくなるのは、日常的に、「あなたは長男だから……」と言われることによる。親は、長男に、長男としての自覚をもたせるためにそう言うが、しかしこうしたダカラ論は、思わぬところで、その子どもを追いつめることになり、ついで苦しめることになる。

 よく知られた例に、反動形成がある。「あなたは兄だから……」と言われつづけると、子どもは、本来の自分とは反対側の自分を、自分の中につくりあげてしまう。たとえば弟(妹)の前で、ことさらよい兄(姉)を演じてみせるなど。

 そこまで行かなくても、仮面をかぶったり、心を偽ったりするようになる。こうした現象が日常的につづくと、子どもの心は、本来そうである自分から、遊離してしまう。そしてその結果として、兄弟関係を、ぎくしゃくとさせる。

 「兄弟(姉妹)は、仲がよいほうがいい」……というのは、当然であるとするなら、いくつかのコツがある。

●上下意識は、もたない

 兄(姉)が上で、弟(妹)が下という、上下意識をもたない。……といっても、日本人からこの意識を抜くのは、容易なことではない。伝統的に、そういう意識をたたきこまれている。今でも、長子相続を本気で考えている人は多い。もしあなたがどこか権威主義的なものの考え方をしているようなら、まず、それを改める。

●子どもの名前で、子どもを呼ぶ

 「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」ではなく、兄でも、姉でも、子ども自身の名前で、子どもを呼ぶ。たとえば子どもの名前が太郎だったら、「太郎」と呼ぶ。一般的に、たがいに名前で呼びあう兄弟(姉妹)は、仲がよいと言われている。

●差別しない

 長男、長女は、下の子が生まれたときから、恒常的な愛情不足、欲求不満の状態に置かれる。親は「平等」というが、長男、長女にしてみれば、平等ということが、不平等なのである。そういう前提で、長男(長女)の心理を理解する。つまり長男(長女)のほうが、不平等に対して、きわめて敏感に反応しやすい。

●嫉妬はタブー

 兄弟(姉妹)の間で、嫉妬感情をもたせない。これは子育ての鉄則と考えてよい。嫉妬は、確実に子どもの心をゆがめる。原始的な感情であるがゆえに、扱い方もむずかしい。この嫉妬がゆがむと、相手を殺すところまでする。兄弟(姉妹)を別々に扱うときも、たがいに嫉妬させないようにする。

●たがいを喜ばせる

 兄弟を仲よくさせる方法として、「たがいを喜ばせる」がある。たとえばうち1人を買い物に連れていったときでも、「これがあると○○君、喜ぶわね」「△△ちゃん、喜ぶわね」というような買い与え方をする。いつも相手を喜ばすようにしむける。これはたがいの思いやりの心を育てるためにも、重要である。

●決して批判しない

 子どもどうしの悪口を、決して言わない。聞かない。聞いても、判断しない。たとえば兄に何か問題があっても、それを絶対に(絶対に)、弟に告げ口してはいけない。告げ口した段階で、あなたと兄の関係は、壊れる。反対に兄が弟のことで、何か告げ口をしても、あなたは聞くだけ。決して相づちを打ったり、いっしょになって、兄を批判してはいけない。

 いくら兄弟でも、同じように育つというわけではない。たとえば兄が、C小学校で、弟が名門(こういう言い方は不愉快だが……)のS小学校へというケースは、少なくない。

 そういうとき親は、「兄がひがまないでしょうか?」とよく相談してくる。

 仮にひがむとしても、しかしそういう下地をつくったのは、親自身である。そのことを棚にあげて、「ひがまないでしょうか?」は、ない。

 つまりそういう下地を、日ごろから、作らないこと。「あなたはお兄ちゃんだから、がんばってS小学校へ入ってね」とは、たとえば、言ってはいけない。弟に対しては、「あなたもがんばって、お兄ちゃんと同じS小学校に入ろうね」とは、たとえば、言ってはいけない。

 兄弟どうしの問題は、たいへん重要であると同時に、デリケートな問題である。決して、安易に考えてはいけない。
(はやし浩司 兄弟 兄弟の問題 兄弟の育て方 育てかた)
(041124)

【補記】

 ワイフには、ワイフを入れて7人の兄弟(2男5女)がいる。

 その兄弟を見ていて、気がついたことがある。つまりワイフの兄弟は、本当に仲がよい。信じられないくらい、仲がよい。

 その秘訣の一つが、長女のE子さんをのぞいて、上下意識がまったくないということ。E子さんは、ワイフの家族の中では、母親がわりだった。それでどこか家父長意識がある。しかしそれでも、仲がよい。(ワイフの母親は。、若くして他界。)

 で、気がついたのは、ワイフの兄弟は、たがいに、ずべて名前で呼びあっているということ。「兄」とか、「姉」という言葉を、私は、聞いたことがない。

 一方、私が生まれ育ったG県は、何かにつけて、上下意識が強い。あらゆるところに、身分意識が入ってくる。そのため、兄弟でも、「上の兄」「下の兄」「三番目の兄」というふうに呼びあったりする。序列をつける。そしてその序列に従って、上下関係、つまり命令と服従の関係をつくる。

 みながみな、そうではないと思うが、この静岡県とG県を、おおざっぱに比較すると、それだけ静岡県は、G県と比較すると、開放的ということになる。

 そんなわけで、やはり子どもは、名前で呼んだほうがよい。そのほうが、兄弟(姉妹)は、うまくいく。が、それだけではない。

 子どもは、自分の立場を無意識のうちにも、自分の役割を形成していく。男の子は男のらしく、女の子は女の子らしくなっていくのが、それである。

 それを役割形成というが、その役割形成がよいものであれば、問題はない。しかしその役割形成によって、子ども自身が、不必要な役割をつくり、その重圧に苦しむことがある。

 先日もある女性から、こんなメールが届いた。いわく、「私の兄は子どものころから、長男、長男と、耳にタコができるほど、言われつづけました。妹がもう1人いますが、兄は、家の跡継ぎになるのが当然といったふうに育てられました。家のあとをつぐのは、当然、親のめんどうをみるのは、当然、と。そういう兄をみていると、かわいそうです」と。

 いまだに長子相続的な考え方が残っていること自体、おかしなことだ。江戸時代の身分制度の亡霊そのものといってよい。

 最近になって、江戸時代の武士道を礼さんする人が、たくさん出てきたが、封建時代がもっていた負の遺産を清算することなく、一方的に、こうした武士道を礼さんすることは、危険なことでもある。

 あの江戸時代という時代は、世界でも類をみないほど、自由と人権が抑圧された、暗黒の時代であってことを、忘れてはいけない。人々は、移動することもできず、職業選択の自由もなく、思ったことも言えなかった……などなど。厳格な身分制度も、その一つ。

 話は少し過激になったが、大切なことは、子どもに上下はないということ。人間に上下はないということ。おかしな上下意識は、もう、このあたりで、捨てよう!





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Last updated  2004.11.25 09:11:28



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