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●子どもを楽しませる
子どもを伸ばすコツは、楽しませる、こと。笑わせる、こと。心を開放させる、こと。すべては、そこから始まり、そこで終わる。 理由など、改めて、ここに書くまでもない。 昨日(12・2)は、年中児から中学2年生まで、教えた。どのクラスも、みな、子どもたちは、1時間、笑いっぱなし。ウソではない。参観の親たちが、いつもいるので、ウソは書けない。私は、親たちにいつも、こう言っている。 「ストレス解消になるから、参観においでなさい」と。 子どもと一緒に笑っているだけで、ストレス解消になる。 昨日も年中児(10人)を教えていたら、1人の子どもが、こう言った。「ぼく、男の先生より、女の先生のほうが、いい……」と。 そこで私は、こう言った。「ぼくの頭には、便利なスイッチがついているよ。これを押すと、女の先生になるよ」と。 子どもたち「押して、押して!」 私「いいのか? 後悔するよ」 子どもたち「いいから、押して、押して!」 私「わかった、押すよ。でもね、スイッチは2つある。若い女の先生と、年をとった、女の先生だ」 「年をとった、先生がいい!」と。 私は、頭のスイッチを押したフリをしたあと、突然、けわしい表情にし、しわがれ声で、こう叫ぶ。 「あんたたち! 女だと思って、バカにすんじゃ、ないのよ! わかってんの! 私がね、結婚できないのは、世の中の男が、みーんな、バカだからよ。わかってんの! そこの○○君、あんた、男!? クヤシ~~イ」と。 子どもというのは、一度、笑いのリズムにのせてしまうと、あとは、どんなことをしても笑う。それこそ、風が吹いても、ペンが落ちても、笑う。笑って、笑って、笑いまくる。 それが私の教え方である。「直す」とか、「治す」とかいう言葉は使えないが、しかし多少の心の問題なら、笑わせることで、「なおす」ことができる。 すると、今度は、子どもたちは、「やっぱり、若い先生のほうがいい……」と。 私「若い、女の先生?」 子どもたち「そうだよ」 私「いいよ、若い先生で、いいんだね?」 子どもたち「そう」「そう」と。 同じように頭のスイッチを押すマネをする。反対側にそのスイッチを回す。 私は、手鏡と、赤ペンをサッと取り出し、(こういう小道具は、無数にもている)、口紅をつけるマネをしながら、こうつぶやく。子どもたちのほうは、無視。 「私的にはサ~。幼児教育なんて、サ~。どうでも、いいって、カンジ~イ。あんたらさア、近くに、いい男、いない~? いい男いたらさ、教えてくんない? そこの△△さん、あんたんとこ、兄貴いるでしょう? 一度、紹介してくんなア~イ?」と。 実は、こうして子どもを笑わすには、もう一つ、重要な目的がある。 私の教室は、すべて公開している。つまり公開しているということは、すべてをさらけ出すということになる。 幼児教育の特質というか、この時期、母親たちは、たいへん神経質になる。指導のし方がまずいと、親たちの競争の場になってしまう。(それでも、ときどき、ピリピリとした親が出てくるが……。) こうした神経質な雰囲気は、まことにまずい。子どもたちが萎縮してしまう。私も、教えにくい。つまり、そういう雰囲気を、やわらげる役目がある。子どもを通して、親たちも笑わせる。楽しませる。 子どもを教えることは、楽しい。そういう実感を、親たちにもわかってもらう。つまり、親は子どもを育てるのではない。子どもといっしょに、もう一度、人生を楽しむ。少し生意気な意見かもしれないが、親たちに、それをわかってもらう。 それが私の教え方。やり方。そしてBW教室! ウソじゃ、ないぞ!!! ●児童虐待防止法 2000年5月に、児童虐待防止法が、成立した(議員立法による)。 それによると、 (1) 教師や医師、弁護士などは、虐待の早期発見に努めなければならない。児童相談所などに通告しても、罪に問われない。 (2) 児童相談所による、自宅などへの立ち入り調査権を強化し、警察官の援助を要請できる。 (3) 児童相談所長は、子どもを一時保護し、親の面会や通信を制限できる。 (4) 一時保護された子どもの親などは、カウンセリングを受けなければならない、とある。 しかし実際には、問題もある。 日本人は、昔から、「子どもは親のモノ」という、独特の(所有物意識)をもっている。「オレの子だから、オレが何をしようが、勝手」と。一方、欧米(キリスト教国)では、「神の子」という、意識が強い。だから半世紀前ごろまでは、日本では、たとえば子どもが障害をもって生まれたとすると、「家の恥」とか、「恥ずかしい」とか言って、その子どもを隠そうとした。 今でも、そういう意識をもっている親は、少なくない。だから、学校の校長の通報で、子どもが児童相談所に隔離されたりすると、猛烈にそれに反発する親がいる。中には、「お前を一生、うらんでやる」「殺してやる」と、校長や教師を脅迫する親もいる。 一方、子どもは子どもで、虐待されながらも、「おうちへ帰りたい」「ママのそばがいい」と言う。「おうちでいい子になるから、おうちへ帰して」と言って泣いた子ども(小学2年男児)すらいた。悲しき、子どもの心である。 つまり、この問題は、日本人自身が、伝統的にもつ、子ども観とも、深く結びついている。 子どもは、子どもでも、つまり、あなたから生まれたとしても、親のモノでもなければ、財産でもない。(神の子)という言い方には、少し抵抗があるが、私たちは、もっと大きな、(生命の流れ)の中で生きている。そういう意識で、子どもを見ることも、重要なことではないか。 「私の子」「あなたの子」という意識は、だれにでもある。それはしかたないこと。しかし、同時に、「私の子は、あなたの子」「あなたの子は、私の子」という意識をもつ。そういう意識が育ったとき、児童虐待防止法は、真価を発揮する。 そう言えば私は、いつだったか、自分の息子の小さな手を見たとき、こう思ったことがある。「私の子とは言うが、この手を作ったのは、私ではない」と。 そして今度は、私自身の手を見ながら、「この手は私の手とはいうが、私が自分で作ったおぼえはない」と。私たちは、親子という関係を超えて、もっと大きな流れの中で、生まれ、生きている。ここでいう(生命の流れ)というのは、そういう流れをいう。 今朝も、新聞の片すみに、児童虐待の記事が載っていた。それを見ながら、こんなことを考えた。 ●揺さぶられっ子症候群 母子健康手帳の中に、「未発達な脳に出血を生じさせ、脳に障害を起こす場合があるので、新生児や6ヶ月以下の赤ちゃんを、強く揺さぶるのを避けましょう」という記述がある。 02年度の改正版から書き加えられた。 いわゆる、「揺さぶられっ子症候群」の予防のためである。このところ、親に強く揺さぶられることが原因で、脳内出血を起こす子どもがふえている。当然、部位にもよるが、そのあと障害が残ることもある。 新生児のばあい、脳の大きさが、頭蓋骨より小さいため、いわば水の中に、脳が浮いている状態になっている。そのため強く揺さぶると、脳と外をつなぐ静脈が、切れやすいというわけである。 「揺さぶられっこ症候群は、1974年に米国で最初に報告されました。米国の統計によると、揺さぶられたことが原因で脳内出血した赤ちゃんの死亡率は、25~50%、後遺症が残る確率も30~50%にのぼります」(日本私立病院ネット)とのこと。 症例としては、強く揺さぶられたため、けいれんを起こした子ども(長野県)や、硬膜下血腫で死亡した子ども(愛知県)などが報告されている(同ネット)。 生後、6か月まで(母子健康手帳)、(日本私立病院ネットでは、1歳半くらまで)、子どもは、静かに安静状態で、育てるのがよい。 新生児を車に乗せて、ドライブをしてはいけない。 新生児を突然、抱きあげては、いけない。 新生児には、はげしい上下運動や回転運動を与えてはいけない。 (はやし浩司 母子健康手帳 揺さぶられっ子症候群 母子手帳) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004.12.03 13:39:56
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