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楽天・日記 by はやし浩司

2006年02月02日

 
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●新しい惑星が発見された!

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太陽系、第10番目といわれる、新しい惑星が
発見された。

何とも、ロマンに満ちた話ではないか。

第10番目ねえ~と思ってみたり、
「今ごろ、なぜ?」と思ってみたり……。

この太陽系は、私たちが思っているより、
はるかに大きいようである。

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 太陽系に、第10番目の惑星が発見されたという。前から、あれこれうわさはされていたが、どうやら、今度は、確実なようである。大きさは、やや月より小さいかという感じ。中日新聞は、つぎのように伝える(2・2)。

「米航空宇宙局(NASA)が昨年夏、「太陽系10番目の惑星」と発表した天体は直径約3000キロで、冥王星より大きいことが、ドイツ・ボン大などの観測でわかった。研究チームは「惑星」説を支持する結果だとしている。2日付の英科学誌ネイチャーに掲載された。
 この天体は海王星や冥王星よりも外側の軌道にあり、太陽からの距離は地球までの約97倍。あまりに遠いため、可視光の観測では正確な大きさが決められなかった。
 研究チームは、スペインにある電波望遠鏡を使って天体から放射される熱を検出、太陽からの距離を基に直径を割り出した。冥王星(約2400キロ)と、月(約3500キロ)のほぼ中間の大きさで、1846年の海王星発見以来、太陽系で見つかった最大の天体になるという。
 天体はまだ、国際天文学連合に惑星と認定されていない。どんな条件がそろえば惑星と呼べるかについて一致した見解はないが、大きさは重要な要素。冥王星をめぐっても『惑星ではない』との強力な主張があり、論争を呼んでいる」と。

 この第10番目の惑星(?)の記事を読んで、最初に思い出したのが、「謎の惑星、ニビル」。古代メソポタミアの時代から、「ある」とされてきた惑星である。

 それについて、昨年書いた原稿を、まず、ここに!

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●シュメール人

 古代メソポタミアに、不思議な民族が住んでいた。高度に知的で、周囲文化とは、かけ離れた文明を築いていた。

 それがシュメール人である。

 彼らが書き残した、「アッシリア物語」は、そののち、旧約聖書の母体となったことは、よく知られている。

 そのシュメール人に興味をもつようになったのは、東洋医学を勉強していたときのことだった。シュメール人が使っていた楔型(くさびがた)文字と、黄河文明を築いたヤンシャオ人(?)の使っていた甲骨文字は、恐ろしくよく似ている。

 ただしメソポタミア文明を築いたのは、シュメール人だが、黄河文明を築いたのが、ヤンシャオ人であったかどうかについては、確かではない。私が、勝手にそう思っているだけである。

 しかしシュメール人がいう「神」と、甲骨文字で書く「神」は、文字の形、発音、意味が、同じであるということ。形は(米)に似ている。発音は、「ディンガー」と「ディン」、意味は「星から来た神」。「米」は、「星」を表す。

 ……という話は、若いころ、「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)という、私の本の中で書いた。なぜ、東洋医学の中で……と思われる人も多いかと思うが、その東洋医学のバイブルとも言われている本が、『黄帝内経(こうていだいけい)・素問・霊枢』という本である。この中の素問は、本当に不思議な本である。

 私は、その本を読みながら、「この本は、本当に新石器時代の人によって書かれたものだろうか」という疑問をもった。(もちろん現存する黄帝内経は、ずっとあとの後漢の時代以後に写本されたものである。そして最古の黄帝内経の写本らしきものは、何と、京都の仁和寺にあるという。)

 それがきっかけである。

 で、このところ、再び、そのシュメール人が、宇宙人との関係でクローズアップされている。なぜか?

 やはりシュメールの古文書に、この太陽系が生まれる過程が書いてあったからである。年代的には、5500年前ごろということになる。仮に百歩譲って、2000年前でもよい。

 しかしそんな時代に、どうして、そんなことが、シュメール人たちには、わかっていたのか。そういう議論はさておき、まず、シュメール人たちが考えていたことを、ここに紹介しよう。

 出典は、「謎の惑星『ニビル』と火星超文明(上)(下)・ゼガリア・シッチン・ムーブックス」(学研)。

 この本によれば、

(1) 最初、この太陽系には、太陽と、ティアトマと水星しかなかった。
(2) そのあと、金星と火星が誕生する。
(3) (中略)
(4) 木星、土星、冥王星、天王星、海王星と誕生する。
(5) そこへある日、ニビルという惑星が太陽系にやってくる。
(6) ニビルは、太陽系の重力圏の突入。
(7) ニビルの衛星と、ディアトマが、衝突。地球と月が生まれた。(残りは、小惑星帯に)
(8) ニビルは、太陽系の圏内にとどまり、3600年の楕円周期を描くようになった、と。

 シュメール人の説によれば、地球と月は、太陽系ができてから、ずっとあとになってから、ティアトマという惑星が、太陽系の外からやってきた、ニビルという惑星の衛星と衝突してできたということになる。にわかには信じがたい話だが、東洋や西洋に伝わる天動説よりは、ずっと、どこか科学的である。それに現代でも、望遠鏡でさえ見ることができない天王星や海王星、さらには冥王星の話まで書いてあるところが恐ろしい。ホント。

 どうしてシュメールの人たちは、そんなことを知っていたのだろうか。

 ここから先のことを書くと、かなり宗教的な色彩が濃くなる。実際、こうした話をベースに、宗教団体化している団体も、少なくない。だからこの話は、ここまで。

 しかしロマンに満ちた話であることには、ちがいない。何でも、そのニビルには、これまたとんでもないほど進化した生物が住んでいたという。わかりやすく言えば、宇宙人! それがシュメール人や、ヤンシャオ人の神になった?

 こうした話は、人間を、宇宙規模で考えるには、よい。その地域の経済を、日本規模で考えたり、日本経済を、世界規模で考えるのに似ている。視野が広くなるというか、ものの見方が、変わってくる。

 そう言えば、宇宙へ飛び出したことのある、ある宇宙飛行士は、だれだったか忘れたが、こう言った。「人間の姿は、宇宙からはまったく見えない。人間は、地上をおおう、カビみたいなものだ」と。

 宇宙から見れば、私たち人間は、カビのようなものらしい。頭の中で想像できなくはない。ただし、カビはカビでも、地球をむしばむ、カビ? が、そう考えていくと、日本人だの、中国人だのと言っていることが、おかしく見えてくる。

 それにしても、周期が、3600年。旧約聖書の時代を、紀元前3500年ごろとするなら、一度、そのころ、ニビルは、地球に接近した。

 つぎにやってきたのが、キリストが誕生したころということになる。

 で、今は、西暦2005年だから、この説に従えば、つぎにニビルがやってくるのは、西暦3600年ごろ、つまり1600年後。

 本当にニビルには、高度な知能をもった生物がいるのだろうか。考えれば考えるほど、ロマンがふくらむ。若いころ、生徒たちを連れて、『スターウォーズ』を見に行ったとき感じたようなロマンだ。「遠い、遠い、昔、銀河系の果てで……」というオープニングで始まる、あの映画である。

 ワイフも、この話には、たいへん興味をもったようだ。昨日もいっしょに書店の中を歩いていると、「シュメール人について書いた本はないかしら」と言っていた。今日、仕事の帰りにでも、またさがしてみよう!

 待っててよ、カアーチャン!(4・29)






最終更新日  2006年02月02日 10時13分01秒
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【付記】

 しかし空想するだけで、ワクワクしてくるではないか。

 遠い昔、別の天体から、ニビルという惑星がやってきて、その惑星の衛星が、太陽系の別の惑星と衝突。

 地球と月が生まれた。

 そのニビルという惑星には、知的生物、つまり私たちから見れば、宇宙人が住んでいた。ひょっとしたら、今も、住んでいるかもしれない。

 そのニビルは、3600年周期で、地球に近づいてきて、地球人の私たちに、何かをしている? 地球人を改造したのも、ひょっとしたら、彼らかもしれない? つぎにやってくるのは、多分、1600年後。今は、太陽系のはるかかなたを航行中!

 しかしそう考えると、いろいろな、つまりSF的(科学空想小説的)な、謎が解消できるのも事実。たとえば月の年代が、なぜ、この地球よりも古いのかという謎や、月の組成構造が、地球とはなぜ異なっているかという謎など。

 また月が、巨大な宇宙船であるという説も、否定しがたい。「月の中は空洞で、そこには宇宙人たちの宇宙基地がある」と説く、ロシアの科学者もいる。

 考えれば、考えるほど、楽しくなってくる。しかしこの話は、ここまで。あとは夜、月を見ながら、考えよう。ワイフは、こういう話が大好き。ほかの話になると眠そうな表情をしてみせるが、こういう話になると、どんどんと乗ってくる。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●謎のシュメール

 『謎の惑星(ニビル)と火星超文明』(セガリア・シッチン著)(北周一郎訳・学研)の中で、「ウム~」と、考えさせられたところを、いくつかあげてみる。

 メソポタミアの遺跡から、こんな粘土板が見つかっているという。粘土板の多くには、数字が並び、その計算式が書いてある。

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1296万の3分の2は、864万
1296万の2分の1は、648万
1296万の3分の1は、432万
1296万の4分の1は、324万
……
1296万の21万6000分の1は、60

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 問題は、この「1296万」という数字である。この数字は、何か?

 その本は、つぎのように説明する(下・78P)

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 ペンシルバニア大学のH・V・ヒルプレヒトは、ニップルとシッパルの寺院図書館や、ニネヴェのアッシュールバニバル王の図書館から発掘された、数千枚の粘土板を詳細に調査した結果、この1296万という天文学的数字は、地球の歳差(さいさ)運動の周期に関するものであると結論づけた。

 天文学的数字は、文字どおり、天文学に関する数字であったのである。

 歳差とは、地球の地軸が太陽の公転面に対してゆらいでいるために発生する、春分点(および秋分点)の移動のことである。

 春分点は、黄道上を年々、一定の周期で、西へと逆行していく。このため、春分の日に太陽のうしろにくる宮(ハウス)は、一定の周期で、移り変わることになる。

 ひとつの宮に入ってから出るまでにかかる時間は、2160年。したがって、春分点が1周してもとの位置に帰ってくるには、2160年x12宮=2万5920年かかるのである。

 そして1296万とは、2万5920x500、つまり春分点が、黄道上を500回転するのに要する時間のことなのだ。

 紀元前4000年前後に、歳差の存在が知られていたということ自体、すでに驚異的であるが、(従来は、紀元前2世紀にギリシアのヒッパルコスが発見したとされていた)、その移動周期まで求められていたというのだから、まさに驚嘆(きょうたん)に値する。

 しかも、2万5920年という値は、現代科学によっても証明されているのだ。

 さらに、春分点が、黄道上を500回転するのに要する時間、1296万年にいたっては、現在、これほど長いビジョンでものごとを考えるのできる天文学者は、何人いることだろう。


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 シュメールの粘土板の言い方を少しまねて書いてみると、こうなる。

3153万6000の12分の1は、262万8000
3153万6000の720分の1は、4万3800
3153万6000の4万3200分の1は、730
3153万6000の8万6400分の1は、365……

 これは私が、1分は60秒、1時間は60分、1日は24時間、1年は365日として、計算したもの。これらの数字を掛け合わせると、3153万6000となる。つまりまったく意味のない数字。

 しかしシュメールの粘土板に書かれた数字は、そうではない。1年が365日余りと私たちが知っているように、地球そのものの春分点の移動周期が、2160年x12宮=2万5920年と、計算しているのである。

 もう少しわかりやすく説明しよう。

地球という惑星に住んで、春分の日の、たとえば午前0時JUSTに、夜空を見あげてみよう。そこには、満天の夜空。そして星々が織りなす星座が散らばっている。

 しかしその星座も、毎年、同じ春分の日の、午前0時JUSTに観測すると、ほんの少しずつ、西へ移動していくのがわかる。もちろんその移動範囲は、ここにも書いてあるように、1年に、2万5920分の1。

 しかしこんな移動など、10年単位の観測を繰りかえしても、わかるものではない。第一、その時刻を知るための、そんな正確な時計が、どこにある。さらにその程度の微妙な移動など、どうすれば観測結果に、とどめることができるのか。

 たとえていうなら、ハバ、2万5920ミリ=約30メートルの体育館の、中央に置いてある跳び箱が、1年に1ミリ移動するようなもの。100年で、やっと1メートルだ。

 それが歳差(さいさ)運動である。が、しかしシュメール人たちは、それを、ナント、500回転周期(1296万年単位)で考えていたというのだ。

 さらにもう一つ。こんなことも書いてある。

 シュメール人たちは、楔形文字を使っていた。それは中学生が使う教科書にも、書いてある。

 その楔形文字が、ただの文字ではないという。

●謎の楔形文字

 たとえば、今、あなたは、白い紙に、点を描いてみてほしい。点が1個では、線は描けない。しかし2個なら、描ける。それを線でつないでみてほしい。

 点と点を結んで、1本の線が描ける。漢字の「一」に似た文字になる。

 つぎに今度は、3個の点にしてみる。いろいろなふうに、線でつないでみてほしい。図形としては、(△)(<)(-・-)ができる。

 今度は、4個で……、今度は、5個で……、そして最後は、8個で……。

 それが楔形文字の原型になっているという。同書から、それについて書いてある部分を拾ってみる(92P)。

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従来、楔形文字は、絵文字から発達した不規則な記号と考えられているが、実は、楔形文字の構成には、一定の理論が存在する。

 「ラムジーのグラフ理論」というものを、ご存知だろうか?

 1928年、イギリスの数学者、フランク・ラムジーは、複数の点を線で結ぶ方法の個数と、点を線で結んだ結果生ずる図形を求める方法に関する論文を発表した。

 たとえば6個の点を線で結ぶことを考えてみよう。点が線で結ばれる、あるいは結ばれない可能性は、93ページの図(35)に例示したような図形で表現することができる。

 これらの図形の基礎をなしている要素を、ラムジー数と呼ぶが、ラムジー数は一定数の点を線で結んだ単純な図形で表される。

 私は、このラムジー数を何気なくながめていて、ふと気がついた。これは楔形文字ではないか!

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 その93ページの図をそのまま紹介するわけにはいかないので、興味のある人は、本書を買って読んでみたらよい。

(たとえば白い紙に、4つの点を、いろいろなふうに描いてみてほしい。どんな位置でもよい。その点を、いろいろなふうに、結んでみてほしい。そうしてできた図形が、楔形文字と一致するという。

 たとえば楔形文字で「神」を表す文字は、漢字の「米」に似ている。4本の線が中心で交わっている。この「米」に似た文字は、8個の点をつないでできた文字ということになる。)

 つまり、楔形文字というのは、もともと、いくつかの点を基準にして、それらの点を結んでできた文字だというのだ。そういう意味では、きわめて幾何学的。きわめて数学的。

 しかしそう考えると、数学などが生まれたあとに、文字が生まれたことになる。これは順序が逆ではないのか。

 まず(言葉)が生まれ、つぎにその言葉に応じて、(文字)が生まれる。その(文字)が集合されて、文化や科学になる。

 しかしシュメールでは……?

 考えれば考えるほど、謎に満ちている。興味深い。となると、やはりシュメール人たちは、文字を、ニビル(星)に住んでいた知的生命体たち(エロヒム)に教わったということになるのだろうか。

 いやいや、その知的生命体たちも、同じ文字を使っているのかもしれない。点と、それを結ぶ線だけで文字が書けるとしたら、コンピュータにしても、人間が使うような複雑なキーボードは必要ない。

 仮に彼らの指の数が6本なら、両手で12本の指をキーボードに置いたまま、指を動かすことなく、ただ押したり力を抜いたりすることで、すべての文字を書くことができる。想像するだけでも、楽しい! 本当に、楽しい!

 ……ということで、今、再び、私は、シュメールに興味をもち始めた。30年前に覚えた感動がもどってきた。しかしこの30年間のブランクは大きい。(チクショー!)

 これから朝食だから、食事をしながら、ワイフに、ここに書いた二つのことを説明してやるつもり。果たしてワイフに、それが理解できるかな?

 うちのワイフは、負けず嫌いだから、わからなくても、わかったようなフリをして、「そうねえ」と感心するぞ! ハハハ。
(はやし浩司 楔形文字 ラムジー グラフ理論 ニビル エロヒム 地球の歳差運動 運動周期)

【付記】

 食事のとき、ワイフに、ここに書いたことを説明した。が、途中で、ワイフは、あくびを始めた。(ヤッパリ!)

私「ちゃんと、聞けよ。すごい謎だろ?」
ワ「でもね、あまり、そういうこと、書かないほうがいいわよ」
私「どうして?」
ワ「頭のおかしい人に思われるわよ、きっと……」
私「どうしてだよ。おかしいものは、おかしい。謎は、謎だよ」
ワ「どこかの頭のおかしい、カルト教団の信者みたいよ」
私「ちがうよ、これは数学だよ。科学だよ」
ワ「でも、適当にしておいたほうがいいわよ」と。

 以上が、ワイフの意見。

* ******************************


今回発見された、第10番目の惑星と、ニビルの大きなちがいは、その公転周期と軌道。第10番目の惑星の公転周期は、今のところ不明だが、ニビルは、3600年。つまり3600年をかけて、太陽の周囲を一周する。軌道についても、今のところ不明だが、地球や冥王星のように、太陽をぐるりと円軌道で回るというのであれば、ニビルとはちがう。ニビルは、極端な楕円軌道を描いて、太陽のまわりを回る。

 そのあたりのことは、今後、科学的に明らかになってくると思う。乞う、ご期待!、というところか。






最終更新日  2006年02月02日 10時12分13秒
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●日米の金融制裁

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アメリカによる、K国制裁が、
本格化してきた。
それに日本も同調し始めた。

危うし、K国!

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 2月1日、日本の金融機関は、マカオのバンコ・デルタ・アジア(=BDA)に対し、自主的に取引停止に踏み切った。BDAは、K国の金融犯罪に関与した疑いが強いと米政府が認定した銀行である。

 BDAは、アメリカ当局によると、K国の政府機関や関連企業と20年以上にわたって取引しており、同行が違法活動している証拠を入手。K国当局者に協力して、米ドルの偽札を含む現金を同行に預け入れ、市場に流通させるなどの違法行為をしていたとされる。

 これに対して、K国が、猛反発。「偽札づくりというのは、アメリカ政府のデッチあげ」と息巻いている。が、悲しいかな、そんなK国の言い分を信ずるのは、韓国のN大統領だけ。

 が、それですまない。アメリカはすでにつぎの手に、着手している。1月31日、アメリカは、「K国制裁草案」なるものを、公表した。それによると、(1)いかなる金融機関もバンコ・デルタ・アジア銀行とは取り引きできなくなる。(2)BDA銀行が他の金融機関を利用して、アメリカの金融システムにアプローチするのができなくなる、という。

言いかえると、「BDA及び同銀行が利用する金融機関と取り引きする金融機関は、アメリカのいかなる金融機関とも取り引きできない」ということになる。今回の日本の金融機関の措置は、アメリカの草案を先取りしたものということになる。

 もっとわかりやすく言えば、BDAだけではなく、BDAと取り引きのある銀行すべてが、制裁対象となる。つまりこうしてBDAから、他の銀行にK国の資金が流れるのを阻止するだけでなく、事実上、それによってK国は、貿易を含め、対外活動ができなくなる。

 もちろんK国は、こうした措置に対して、さらに反発するだろう。しかし反発すればするほど、そこにまっているのは、さらに大きな国際社会からの制裁である。身のほど知らずというか、K国には、もともと勝ち目はない。

 K国のGDPは、日本の山陰地方にある1つの県ほどもないという。それ以下かもしれない。そんな国が、アメリカや日本を相手に、経済戦争をしても、勝てるわけがない。どうしてこんな簡単なことがわからないのかと思うが、そこは、K国。すべての常識が、ゆがんでいる。

 が、こんなことも言える。『窮鼠(きゅうそ)、猫をかむ』という。今のK国は、それを逆手にとって、アメリカや日本に反発しているわけだが、本当に『猫をかむ』という状況にならないともかぎらない。韓国に亡命している、F氏(K国元高官、金xxの側近)は、「金xxには、その度胸はない」と言っているが、それもK国の窮乏状態にもよるのでは……? 平均的勤労者の1か月分の給料が、0・7ドル(日本円で80円)という現状は、それ自体が、すでに常識の範囲を超えている。

 ますます目が離せなくなったK国。ある日、東京のど真ん中で、核兵器が爆発してからでは遅い。そうならないように、私たち日本人はみな、今、K国問題から目をそらしてはいけない。







最終更新日  2006年02月02日 09時30分08秒
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●パソコンの寿命

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5年間使ったパソコンの
動きが、このところ、急に
おかしくなってきた。

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 私は、パソコンの寿命は、3~4年。長くて、5年とみている。3~4年もすると、性能的に、ガクンと見劣りがするようになる。ハードディスクの容量が少ないとか、メモリーが少ないとか……。パソコンにさせる仕事量そのものが、多くなるということもある。

 現在、1つのファイルに、たとえば1万5000ページ前後の文書が入っているのがある。そういう文書のばあい、一度開くと、とたんにパソコンが、重くなってしまう。サラサラとしていた感じが、モタモタとした感じになる。

 またホームページの編集も、そうだ。私のメインのHPは、50MB弱のサイズだが、これくらいのサイズになると、編集のあと、保存するだけでも、4時間前後もかかってしまう。

 こうなってくると、もっと性能のよいパソコンが、ほしくなる。が、それだけではない。加えて、本体のハードそのものが、あちこち、痛んでくる。よく「ハードディスクの寿命は、5年くらい」とか、「メモリーも損傷してくる」とか、言われる。雑誌などには、そう書いてある。

 具体的には、ワードで作業をしていても、単語登録ができなくなるとか、罫線が引けなくなるとか、そういった不具合となって現れる。

 そこで「新しいパソコンがほしい」となる。

 が、幸いなことに、年を追うごとに、パソコンの値段は安くなる。性能もよくなる。だからますます新しいパソコンがほしくなる。その期間が、3~4年ということになる。

 ところで、5年間使ってきたF社製のパソコンだが、このところ、動きが急におかしくなってきた。システムチェックをしたり、デバッグしたりしているが、どうもおかしい。もちろんウィルスチェックもしている。スパイウェア・ソフトもインストールした。原因は、多分、メモリー不足だと思う。

 ときにメモリーの使用量が、残り10~20%を切ることがある。私にとっては、一番大切なパソコンだから、つまり重要な仕事を任せているパソコンだから、不安といえば、不安。で、今は、そのパソコンの中のデータを、DVDに焼いたり、外付けのハードディスクに移しかえたりしている。

 こうなると、そのパソコンの寿命は、さらに短くなる。私の予想では、多分、この秋までは、もたないと思う。本当は、明日にでも買いかえたいが、秋には、MS社から、BISTA(OS)が、発売になる。それで「秋まで」と考えている。

 パソコンは、本当にデリケートな電気製品だと思う。電気製品というより、(生き物)のような感じがする。あちこちガタがきたF社製のパソコンを使っていると、そのガタが、老化現象のようにさえ思えてくる。人間の老化現象と、パソコンの故障のし方は、よく似ている。

 私も左肩の腱を切ってから、左上を、肩より高くあげられなくなった。道路を走ったりすると、すぐ膝(ひざ)が、ガクガクし始める。一度に老化するのではなく、少しずつ、あちこちが老化してくる。ガタがくる。パソコンもそうだ。

 しかしF社のそのパソコンは、当時、24万円もした。当時はまだ珍しかった、17インチのワイド画面のパソコンである。「捨てる」といっても、そうは簡単に捨てられない。愛着がある。その点も、ふつうの電気製品とちがう。

 とにかく今は、もう少し使ってみるつもり。だましだまし……といった感じだが、今は、がまんのとき。毎日、パソコンのカタログを見ながら……。


Hiroshi Hayashi++++++++++Feb. 06+++++++++++はやし浩司

●夫婦げんか

++++++++++++++++++

夫婦げんかは、心にふりかける
スパイスのようなもの。

定期的にけんかをして、たがいに
さみしい思いをして、そしてまた
ヨリを戻す。

けんかはいやなものだが、しかし
ときには、それも必要なのかも?

++++++++++++++++++

 おととい、掃除のことで、ワイフと口論をした。けんかをした。私が不平をブツブツと口にしながら、ワイフを手伝わせていると、ワイフがキレた。

 「うるさいわね。掃除は、私がするから、あなたは、あっちへ行っていてよ!」と。

 そういうときのワイフは、まるで別人のよう。一方、私は、そういうとき、すぐ家を出たくなる。そういうクセがある。で、いくつかの捨てゼリフを残して、私は、外に出た。雨が降っていた。が、そのまま、市内の職場に向かった。

 こういうときふつうの人なら、バスに乗っていくことを考える。しかし私は、ただひたすら、歩く。歩きながら、何もかも忘れようとする。が、おとといは、はげしい雨。靴からズボンまで、すぐ、びしょ濡れになってしまった。それでも歩いた。

 しかし市内までは、7キロ近くもある。約3分の2ほどまで歩いたところで、ダウン。足が痛くなった。近くにあった、バス停の屋根の下で休んでいると、バスが来た。私は、そのまま、バスに乗った。

 私の中には、たしかに2人の人間がいる。二重人格者かもしれない。ふだんは、ユーモアがあって、ひょうきんな私だが、そういうときの私は、冷酷で、破滅的。「あんなヤツ、明日、離婚してやる」とか、「このまま死んでやる」とか考える。

 が、職場に入ると、気分が、変わる。職場というより、子どもたちの声を聞くと、とたんに変わる。それが私の仕事の、よいところ。1~2分も、子どもたちとワイワイと騒いでいると、ワイフのことなど、すっかり忘れてしまう。けんかのことなど、すっかり忘れてしまう。

 が、その日は、X曜日。毎週X曜日には、空き時間が1時間半ほどある。その時間の間、私とワイフは、毎週、デートをすることにしている。街中でショッピングをしたり、食事をしたりする。

 で、レッスンが終わるころ、つまり空き時間に近づくこと、それが気になりだした。「あいつ、今日は、来るだろうか?」と。

 そういうけんかをしたあとというのは、いつもなら、ワイフは、来ない。ワイフの精神の完成度は、私より高い。情緒も安定しているし、自己管理能力も高い。おまけにがんこ。気が強い。

 あきらめていると、ドアがあいて、ワイフが入ってきた。とたん、ポーッとしたうれしさが、心の中に広がった。しかしそれを顔に出しては、おしまい。私は相変わらず不機嫌な顔をしたまま、ワイフを無視した。

 ワイフはワイフで、教室のうしろのほうを掃除したり、子どもたちが散らかしたものを片づけたりしていた。

 で、そのレッスンは、終わった。子どもたちを見送ったあと、私も外に出た。外に出て、階段のところに腰をかけた。座った。座って、ワイフを待った。ワイフは、教室の中に、そのまま。

 1分……、2分……。

 こういうとき、ワイフは、決して私のあとを追いかけてこない。私はすでに気分転換をすませているが、ワイフはそうでない。あのけんかのときのまま。3分……、4分……。

 しかたないので、教室のドアをあけた。ワイフは、かがんで、何やら仕事をしていた。

 「おい、行くよ」と声をかけると、ワイフは、驚いたような様子で、「あら、あなた、まだいたの? もう行ってしまったかと思った」と。

 「おい、何か、おいしいものを食べるか?」「うん」と。

 外へ出ると、雨は小降りになっていた。

ワ「私、追いかえされるかと思った……」
私「そんなこと、したことないだろ」
ワ「ふ~ん」
私「本当はね、お前が来てくれて、うれしかった……」と。

 ワイフも、このところ、急に気弱になった。そんな感じがする。若いころのワイフなら、そのまま数日間くらいなら、私とは口もきかなかった。が、今は、ちがう。「追いかえされるかと思った」と。そんな気弱なことを言うようになった。

 そういうワイフが、いとおしかった。

私「お前が、そんなふうに言うなんて、信じられない。ぼくなんか嫌いなのだろ?」
ワ「それは、あなたの妄想よ。私、そんなふうには、思っていないもの」
私「もともと好きで結婚した相手でもないだろ?」
ワ「でも、もう35年もいっしょにいるのよ。そんなことないわよ」と。

 で、結局は、その日は、近くの店で、焼きそばを食べた。ワイフは、コーラを飲んだ。そして私は、いつものようなバカ話を始めた。どうでもよいようなバカ話である。それを聞いて、ワイフは、ケラケラと笑った。

 夫婦げんかはいやなもの。できるなら、したくない。そのときも、そう思った。しかし夫婦でも、けんかもしなくなったら、おしまい。言いたいことも言えなくなったら、おしまい。……というような自己弁解は、さておき、やはり、家庭の中は、平和であるほうが、よい。もう夫婦げんかは、やめよう。ホント!






最終更新日  2006年02月02日 07時58分36秒
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