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楽天・日記 by はやし浩司

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2009年03月10日
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カテゴリ:心の問題
●T女史のこと

 T女史という、あまり有名ではないが、1人の女性コラムニストが、10数年前に、なくなった。静かな死に方だった。

 その前の年の秋に、T女史の家に遊びに行くと、T女史は、玄関から長い通路を経て、一番奥の部屋に案内してくれた。廊下の途中の部屋には、痴呆症の母親がいたということだったが、私は、会わなかった。

 T女史は、私の本を出版したいと言ってくれた。私は、すなおに「お願いします」とだけ言った。T女史とのつきあいは、そのとき、すでに15年近くになろうとしていた。

 が、これはあとでわかったことだが、そのとき、すでにT女史は、大腸がんをわずらっていた。一度手術をして、よくなった状態だったという。もちろん私は、知らなかった。

 が、それから1か月ほどあとのこと。T女史から電話がかかってきた。元気な声だったが、こう言った。

 「林さん、林さんから頼まれていた原稿の件だけど、出版の手伝いはできなくなりました。ごめんね」と。

 私は、それに従った。この世界ではよくあることである。本の世界では、売れる、売れないという視点で、出版するかどうかを、決める。内容は、つぎのつぎ。私は勝手に、「T女史が、売れない本と判断したためだろう」と、自分をなぐさめた。

 が、それからわずか、3か月後、訃報が届いた。T女史の体中に、がんは、転移していた。私は、それを聞いて、神奈川県のF市に向かった。

 「元気だったのに……」と思ったが、電話で知らせてくれた、T女史の元同僚のN氏は、こう言った。

 「林さんに最後の電話をしたのは、病院の中からだったはずですよ。すでにそのとき、末期でね。会話をすることも、できなかったはずですよ」と。

 それに答えて、「いえ、元気そうな声でした」と言うと、N氏は、さかんに「そうでしたかア」「そんなはずはないのですがねエ」と、元気のない返事を繰りかえした。

 で、T女史の葬儀は、簡単なものだった。痴呆症の母親は、葬儀には来ていなかった。別の県に住む、T女史の弟氏が、喪主を努めていた。私は、長い間の礼を、何度も弟氏に告げた。そして頼まれるまま、火葬場まで、同行した。

 場所は忘れたが、火葬場の上を、アメリカ軍の飛行機が、ものすごい爆音を落としながら、何度も行き来していた。今から思うと横田基地の近くでではなかったか。あるいは立川基地だったかもしれない。

 私は、そのあまりにも静かな葬儀に、驚いた。T女史は、マスコミの世界では、それなりに活躍した人物である。本も、エッセー集だが、十冊近くも書いていた。晩年は、いくつかの出版社と契約して、人生相談にも応じていた。私が、はじめてT女史の家に遊びに行ったときも、その間に、2、3度、その電話がかかってきた。T女史は、都会の女性、独得の言い方で、「そうしたら、いいでしょう」「そうしなさいよ」と言っていた。

 そのT女史のことを今、ふと思い出しながら、こう考える。

 T女史にとって、ものを書くという仕事は、何だったのか、と。T女史も、ヒマさえあれば、いつも文を書いていた。「書くことは、本当に楽しいわ」と言っていた。しかし今、インターネットで検索しても、T女史の名前は、どこにも出てこない。生涯、独身で通した人で、著者名も、本名を使っていた。だから、どこかに痕跡があるはずだと思ってさがしたが、やはりなかった。

 そのあと、痴呆症の母親は、どうなったのだろう。弟氏と会ったのは、それが最初で最後だった。その後、連絡はない。「T」という名字は、たいへん珍しい名字で、少し変わった字を使っていた。だから、下の名前がわかれば、弟氏をさがしだすことができるかもしれない。

 しかしさがしだしたところで、どうしようもない。

 で、今でも気になるのは、最後の電話が、病院の中からだったということ。しかもN氏の話によれば、そのころは、口もきけないほど、末期だったということ。私には、きっと最後の声をふりしぼって、電話をしてきたにちがいない。もともと気丈夫な人だったが、最後の最後まで、弱音を吐くこともなかった。

 そう言えば、T女史がなくなったのは、正月も終わり、ほっと一息ついた、3月のはじめころではなかったか。ちょうど、季節でいえば、今ごろのことだった。
(05年3月11日記)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●人生の損得

 若いころ、親の莫大な財産を引き継いだ人の話を聞くたびに、私は、こう思った。「うらやましいな」と。

 ほかにも、宝くじを当てたとか、土地を転がしてもうけたとか、さらには、ビジネスで成功したとか、など。そのつど、「うらやましいな」と思った。

 しかし私は、自分の人生を振りかえってみたとき、そういう(ラッキーなこと)は、何もなかったような気がする。遺産など、もらうどころか、23、4歳のときから、収入の半分を、実家へ送っていた。

 ワイフの父親が死んだときは、通帳に残っていた現金を、みなで分けた。それも10万円だけだった。

 だから私は、よくワイフにこう言う。「ぼくらは、だまされたことはあるけど、何もいいことはなかったね」と。

 信頼していた親戚の男に、お金をだまし取られたこともある。世の中、そういうもの。

 が、ワイフは、こう言った。

 「私たちの財産は、健康よ。それに仕事もそうよ」と。

 これといった病気をしなかっただけでも、ラッキーだというわけである。それに57歳になった現在でも、今までどおりの仕事ができるということだけでも、すばらしい。

 そう考えると、「何もいいことはなかった」ではなく、私たちは、すばらしい財産をもっていることになる。もっとも仕事のほうは、年々、しりすぼみになってきた。もう、若いころのような元気はない。ない分だけ、先細り。

 それはしかたのないことのように思う。あとは、何かのために、毎日、心の準備を整えつつある。何かわからない。しかし「何か」だ。

 ワイフは、こう言う。

 それらをまとめてみると、こうなる。

息子たちが、外の世界で、安心して羽をのばせるよう、あと押しする。
いつ息子たちが戻ってきてもよいように、暖かい家庭を用意しておく。
息子たちに、いらぬ心配をかけないように、こころがける。
息子たちが、何かを相談してきたら、人生のアドバイスをしてあげる。

 「自分のことはいいのか?」と聞くと、「私のことはいい」と。ワイフは、昔から、そういう女性である。慈悲深いというか、「相手にいいようにしてあげるのが、慈悲よ」を、口ぎせにしている。

私「赤いミニスカートをはいて、ぼくを挑発していたころのお前とくらべると、お前も、人間的に深みができたね」
ワイフ「あなたに苦労をさせられたからよ」
私「そうだろうね。ふつうの女性なら、ぼくのそばに、3日もいないよ」
ワイフ「そうかもね」と。

 つづいて、夫婦げんかの話になった。

私「ぼくらは、夫婦げんかばかりしていたよ」
ワイフ「でもね、今にしてみれば、おたがいに言いたいことを言いあったというのが、よかったかもしれないわよ。今、離婚問題をかかえている人は、ほとんどけんかもしないってことよ……」
私「おたがいに口をきかなくなったら、夫婦もおしまいだね」
ワイフ「けんかをしないというのは、危険信号みたいね」と。

 けんかをするのがよいわけではないが、けんかをするのも疲れたというくらい、けんかをしておけばいいのかもしれない。それも若いうちに……。

 とくに、この私は、若いころは、だれにも、心を開くことができなかった。上辺では愛想よくつきあったりしたが、それは仮面。「どうすれば、私はいい人間に見られるだろうか」「どうすれば、私は得をするだろうか」と、そんなことばかりを考えていたように思う。

 ワイフに対しても、そうだった。心のどこかで、いつも、「この女性も、いつか、ぼくから去っていくだろうな」と、そんなふうに考えていた。心を開かないから、そこにあるのは、不信感だけ。そんな私に、ワイフのほうだって、心を開けるわけがない。

 さみしい思いをしたのは、私だけではなかった。いつしか、ワイフはワイフで、「いったん、ことあれば、離婚」と構えるようになった。今から思えば、それは当然のことだった。

 原因は、私が生まれ育った貧弱な家庭環境にあった。そしてさらにその背景には、戦前から戦後への価値観の変動期、戦後の混乱期があった。私の母などは、子どものころは、「お姫様」と呼ばれていたという。

 そのせいか、自転車屋の夫(私の父親)と結婚してからも、60年以上の長きに渡って、一度とて、ドライバーを握ったことがない。土間の掃除すら、したことがない。店先のガラス戸をふいたことすら、ない。油で汚れる仕事は、大嫌いだったようだ。そういった仕事は、すべて、兄や父、姉や私の仕事だった。

 一方、父は、酒を飲んでは、暴れた。私にとっては、つらい毎日だった。今になって、当時の私を知る、親戚の人たちは、「浩司は、明るくて朗らかだった」とよく言う。

 しかし本当の私は、そうではなかった。ちょうど捨て犬が、だれにでもシッポを振るように、私は、みなに、シッポを振っていただけである。

 そんな悲しい思い出を書いたのが、つぎの原稿。今でも、この原稿を読むと、涙で目がうるむ。

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最終更新日  2009年03月10日 10時23分10秒
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