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カテゴリ:旅行記
●岐阜県・板取村へ
++++++++++++++++++++ 今、ワイフと私は、電車 に乗って、板取村へと 向かっている。 ++++++++++++++++++++ ●電車の中で この原稿は、電車の中で書き始めた。 名鉄・豊橋線の中。 土曜日ということもあって、子連れの夫婦が、 前後に何組か座っている。 私は職業柄、子どもたちの顔や姿を、ジロッ、ジロッと見てしまう。 どうしても見てしまう。 長く見る必要はない。 瞬間でよい。 時間にすれば、1秒前後か。 それでわかる。 年齢から、性格、さらには問題点まで。 で、私のばあい、10年~後の姿まで、見えてくる。 「この子は、こうなって、ああなって……」と。 過去も見えてくる。 「どういう家庭環境で、どう育ったか」と。 どこかの予言者みたいな言い方をするが、これは事実。 しかしスピリチュアル(霊力)などという、インチキなものではない。 経験と知識に基づいている。 診断権こそないが、何か情緒に障害をもっている子どもにしても、 瞬間、垣間見ただけで、それがわかる。 わかるものはわかるのであって、どうしようもない。 もちろんその反対のこともある。 学校で、LD(学習障害児)と判断された子ども(小1男児)がいた。 (学校側が、それをはっきりと示したわけではないが……。) 学校側は親に、特別学級への編入を勧めていた。 が、私は「そうではないと思う」と、母親に告げた。 「~~ではないと思う」という診断なら、私にもくだせる。 で、2、3年もすると、その結果が、はっきりとしてくる。 その子どものばあいも、小学4年生になるころから、めきめきと 成績を伸ばし始めた。 現在は小学6年生だが、その学校のクラスでも、トップの成績を修めている。 ……しかしそれがわずらわしいから、(子どもがわずらわしいからではない。 誤解のないように!)、本当は、こうした休日には、できるだけ子どもの そばに、すわらないようにしている。 どうしても気になってしまう。 しかし、この席は、指定席。 車内も、ほぼまんべんなく、混んでいる。 席を移動することはできない。 ●診断 ななめうしろの席のA君(小2くらい)。 度の強いメガネをかけている。 A君の遠視に気がついたのは、かなり遅かったのではないか。 年齢相応の人格の完成度に、やや欠ける。 動作が、どこか幼稚ぽい。 時折前の席に座った弟(5歳くらい)に、ちょっかいを出しているのは、 嫉妬からか。 赤ちゃん返りの後遺症も残っている。 弟の横には、母親が座っている。 それで弟の横にいる母親が気になるらしい。 ……というようなことを書くのはやめよう。 今日は、一応、「旅行」。 仕事の話はなし! +++++++++++++++++++++ 【板取村・旅行記】 ●生老から 「生老」……このあたりでは、「しょうろ」と読む。 その生老から、目的地の民宿「ひおき」まで、約10キロ。 生老で理髪店を営む従兄(いとこ)は、そう言った。 10キロ。 何とか歩けそう……ということで、私たちは歩き始めた。 坂道というほどでもないが、ときどきゆる~い坂道。 5月の新緑が、まぶしいばかりに美しい。 私はそのつど、風景をビデオや、カメラに収める。 ●Yさん 私は従兄のYさんを、尊敬の念をこめて、いつも「Yさん」と「さんづけ」で呼んでいる。 頭がよい。 キレる。 たまたま田舎にいるが、都会に住んでいれば、超一級のドクターになっていたはず。 今とちがって、昔は自分で自分の病気を治さねばならなかった。 それで医学を独学した。 そのYさんが、自力で、囲炉裏小屋を建てた。 それを見せてもらった。 土台から屋根、部屋の造作まで、すべてひとりで作ったという。 道楽に、これ以上の道楽があるだろうか。 「ぼくも山荘を作るとき、家以外は、すべて自分たちでしました」と話したら、 うれしそうだった。 趣味を同じくするものには、相通ずるものがある。 ただし一言。 家作りにせよ、土地作りにせよ、それを作っているときが楽しい。 作り終えたとき、そこでその道楽は終わる。 今の私がそうだ。 終わったとき、また別のものを求めて、さまよい歩く……。 従兄も、同じようなことを言っていた。 ●万歩計 万歩計を見ると、すでに1万1000歩になっていた。 家を出るとき、ゼロにセットしたはず。 「それほど歩いていない」と思ったが、それだけ歩いたのだろう。 ふだんなら、一日の運動量としては、じゅうぶん。 それをワイフに告げると、「今日は2万歩を超えるかも……」と言った。 私はところどころでビデオを撮ったり、写真を撮ったりした。 その間にワイフは、100メートルほど先へ。 私は急いで追いつく。 写真を撮っては、追いつく。 その繰り返し。 ●門出(かどいで)から、上ヶ瀬(かみがせ) 上ヶ瀬(かみがせ)……なつかしい地名が飛び込んできた。 昔、伯父が、この街道筋で、駄菓子屋を営んでいた。 何度か遊びに来て、菓子を分けてもらったことがある。 風景は、すっかり変わっていた。 洋風の家も、ところどころに見える。 が、何と言っても、道路が立派になった。 見るとワイフは、小さなタオルで額をぬぐいながら歩いていた。 「だいじょうぶ?」と何度も声をかける。 そのつどワイフは、「だいじょうぶ……」と。 歩いてまだ20分ほどなのに、もう無口になってしまった。 で、たしか伯父の店は、その村の中心部にあったはず。 裏から外を見ると、その下に板取川が見えた。 「どこだったのかな」と思っているうちに、上ヶ瀬の村を出てしまった。 ●静かな村 5月2日、土曜日。 しかしどこも閑散としていた。 みやげもの屋や、土地の名産品を売る店もいくつかあったが、 客の姿は見えなかった。 今が行楽のベスト・シーズン。 暑くもなく、寒くもなく……。 「きっと不景気だからよ」とワイフは言った。 「そうだね」と私は答えた。 行き交う車の数も、少なかった。 うす曇り。 その雲を通して、日差しは白く、まぶしかった。 春の陽光が私たちの影を、道路にしっかりと作っていた。 その私……。 背中には、大型のリュックサック。 パソコン一式、ペットボトルなど。 10キロ以上はある。 それが少しずつだが、身にこたえるようになってきた。 ズシンズシンと、太ももにひびく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年05月03日 20時44分47秒
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