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楽天・日記 by はやし浩司

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親子の問題

2009年06月04日
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カテゴリ:親子の問題
●子育てのすばらしさ



+++++++++++++++++



子育ては、ただの子育てではない。

子どもは、ただの子どもではない。



親は、子育てを通して、その子どもから

貴重なものを学ぶ。



+++++++++++++++++



●子をもって知る至上の愛    



 子育てをしていて、すばらしいと思うことが、しばしばある。その一つが、至上の愛を教えられ
ること。ある母親は自分の息子(3歳)が、生死の境をさまよったとき、「私の命はどうなっても
いい。息子の命を救ってほしい」と祈ったという。こうした「自分の命すら惜しくない」という至上
の愛は、人は、子どもをもってはじめて知る。



●自分の中の命の流れ



 次に子育てをしていると、自分の中に、親の血が流れていることを感ずることがある。「自分
の中に父がいる」という思いである。私は夜行列車の窓にうつる自分の顔を見て、そう感じたこ
とがある。その顔が父に似ていたからだ。そして一方、息子たちの姿を見ていると、やはりどこ
かに父の面影があるのを知って驚くことがある。



先日も息子が疲れてソファの上で横になっていたとき、ふとその肩に手をかけた。そこに死ん
だ父がいるような気がしたからだ。いや、姿、形だけではない。ものの考え方や感じ方もそう
だ。私は「私は私」「私の人生は私のものであって、誰のものでもない」と思って生きてきた。



しかしその「私」の中に、父がいて、そして祖父がいる。自分の中に大きな、命の流れのような
ものがあり、それが、息子たちにも流れているのを、私は知る。つまり子育てをしていると、自
分も大きな流れの中にいるのを知る。自分を超えた、いわば生命の流れのようなものだ。



●神の愛と仏の慈悲



 もう一つ。私のような生き方をしている者にとっては、「死」は恐怖以外の何ものでもない。死
はすべての自由を奪う。死はどうにもこうにも処理できないものという意味で、「死は不条理な
り」とも言う。



そういう意味で私は孤独だ。いくら楽しそうに生活していても、いつも孤独がそこにいて、私をあ
ざ笑う。すがれる神や仏がいたら、どんなに気が楽になることか。が、私にはそれができない。
しかし子育てをしていると、その孤独感がふとやわらぐことがある。自分の子どものできの悪さ
を見せつけられるたびに、「許して忘れる」。これを繰り返していると、「人を愛することの深さ」
を教えられる。



いや、高徳な宗教者や信仰者なら、深い愛を、万人に施すことができるかもしれない。が、私
のような凡人にはできない。できないが、子どもに対してならできる。いわば神の愛、仏の慈悲
を、たとえミニチュア版であるにせよ、子育ての場で実践できる。それが孤独な心をいやしてく
れる。



●神や仏の使者



 たかが子育てと笑うなかれ。親が子どもを育てると、おごるなかれ。子育てとは、子どもを大
きくすることだと誤解するなかれ。子育ての中には、ひょっとしたら人間の生きることにまつわ
る、矛盾や疑問を解く鍵が隠されている。それを知るか知らないかは、その人の問題意識の
深さにもよる。が、ほんの少しだけ、自分の心に問いかけてみれば、それでよい。それでわか
る。



子どもというのは、ただの子どもではない。あなたに命の尊さを教え、愛の深さを教え、そして
生きる喜びを教えてくれる。いや、それだけではない。子どもはあなたの命を、未来永劫にわ
たって、伝えてくれる。つまりあなたに「生きる意味」そのものを教えてくれる。子どもはそういう
意味で、まさに神や仏からの使者と言うべきか。いや、あなたがそれに気づいたとき、あなた
自身も神や仏からの使者だと知る。そう、何がすばらしいかといって、それを教えられることぐ
らい、子育てですばらしいことはない。







最終更新日  2009年06月04日 08時03分25秒

カテゴリ:親子の問題
【親子のきずなを深める法】



親子のきずなが切れるとき 



●親に反抗するのは、子どもの自由?



 「親に反抗するのは、子どもの自由でよい」と考えている日本の高校生は、85%。「親に反抗
してはいけない」と考えている高校生は、15%。



この数字を、アメリカや中国と比較してみると、親に反抗してもよい……アメリカ16%、中国1
5%。親に反抗してはいけない……アメリカ82%、中国84%(財団法日本青少年研究所・98
年調査)。



日本だけは、親に反抗してもよいと考えている高校生が、ダントツに多く、反抗してはいけない
と考えている高校生が、ダントツに少ない。



こうした現象をとらえて、「日本の高校生たちの個人主義が、ますます進んでいる」(評論家O
氏)と論評する人がいる。しかし本当にそうか。この見方だと、なぜ日本の高校生だけがそうな
のか、ということについて、説明がつかなくなってしまう。日本だけがダントツに個人主義が進ん
でいるということはありえない。 アメリカよりも個人主義が進んでいると考えるのもおかしい。



●受験が破壊する子どもの心



 私が中学生になったときのこと。祖父の前で、「バイシクル、自転車!」と読んでみせると、祖
父は、「浩司が、英語を読んだぞ! 英語を読んだぞ!」と喜んでくれた。が、今、そういう感動
が消えた。子どもがはじめてテストを持って帰ったりすると、親はこう言う。「何よ、この点数
は! 平均点は何点だったの?」と。



さらに「幼稚園のときから、高い月謝を払ってあんたを英語教室へ通わせたけど、ムダだった
わね」と言う親さえいる。しかしこういう親の一言が、子どもからやる気をなくす。いや、その程
度ですめばまだよいほうだ。こういう親の教育観は、親子の信頼感、さらには親子のきずなそ
のものまで、こなごなに破壊する。冒頭にあげた「85%」という数字は、まさにその結果である
とみてよい。



●「家族って、何ですかねえ……」



 さらに深刻な話をしよう。現実にあった話だ。R氏は、リストラで仕事をなくした。で、そのとき
手にした退職金で、小さな設計事務所を開いた。が、折からの不況で、すぐ仕事は行きづまっ
てしまった。R氏には2人の娘がいた。1人は大学1年生、もう1人は高校3年生だった。R氏は
あちこちをかけずり回り、何とか上の娘の学費は工面することができたが、下の娘の学費が難
しくなった。



そこで下の娘に、「大学への進学をあきらめてほしい」と言ったが、下の娘はそれに応じなかっ
た。「こうなったのは、あんたの責任だから、借金でも何でもして、あんたの義務を果たして
よ!」と。本来ならここで妻がR氏を助けなければならないのだが、その妻まで、「生活ができな
い」と言って、家を出て、長女のアパートに身を寄せてしまった。そのR氏はこう言う。「家族っ
て、何ですかねえ……」と。



●娘にも言い分はある



 いや、娘にも言い分はある。私が「お父さんもたいへんなんだから、理解してあげなさい」と言
うと、下の娘はこう言った。「小さいときから、勉強しろ、勉強しろとさんざん言われつづけてき
た。それを今になって、勉強しなくていいって、どういうこと!」と。



 今、日本では親子のきずなが、急速に崩壊し始めている。長引く不況が、それに拍車をかけ
ている。日本独特の「学歴社会」が、その原因のすべてとは言えないが、しかしそれが原因で
ないとは、もっと言えない。たとえば私たちが何気なく使う、「勉強しなさい」「宿題はやったの」と
いう言葉にしても、いつの間にか親子の間に、大きなミゾをつくる。そこでどうだろう、言い方を
変えてみたら……。



たとえば英語国では、日本人が「がんばれ」と言いそうなとき、「テイク・イット・イージィ(気楽に
やりなよ)」と言う。「そんなにがんばらなくてもいいのよ」と。よい言葉だ。あなたの子どもがテス
トの点が悪くて、落ち込んでいるようなとき、一度そう言ってみてほしい。「気楽にやりなよ」と。
この一言が、あなたの子どもの心をいやし、親子のきずなを深める。子どももそれでやる気を
起こす。   





Hiroshi Hayashi+++++++++OCT 06+++++++++++はやし浩司



【子どもの心が離れるとき】 



●フリーハンドの人生 



 「たった一度しかない人生だから、あなたはあなたの人生を、思う存分生きなさい。前向きに
生きなさい。あなたの人生は、あなたのもの。家の心配? ……そんなことは考えなくていい。
親孝行? ……そんなことは考えなくていい」と、一度はフリーハンドの形で子どもに子どもの
人生を手渡してこそ、親は親としての義務を果たしたことになる。



子どもを「家」や、安易な孝行論でしばってはいけない。負担に思わせるのも、期待するのも、
いけない。もちろん子どもがそのあと自分で考え、家のことを心配したり、親に孝行をするとい
うのであれば、それは子どもの勝手。子どもの問題。



●本当にすばらしい母親?



 日本人は無意識のうちにも、子どもを育てながら、子どもに、「産んでやった」「育ててやった」
と、恩を着せてしまう。子どもは子どもで、「産んでもらった」「育ててもらった」と、恩を着せられ
てしまう。



 以前、NHKの番組に『母を語る』というのがあった。その中で日本を代表する演歌歌手のI氏
が、涙ながらに、切々と母への恩を語っていた(2000年夏)。「私は母の女手一つで、育てら
れました。その母に恩返しをしたい一心で、東京へ出て歌手になりました」と。



はじめ私は、I氏の母親はすばらしい人だと思っていた。I氏もそう話していた。しかしそのうちI
氏の母親が、本当にすばらしい親なのかどうか、私にはわからなくなってしまった。50歳も過
ぎたI氏に、そこまで思わせてよいものか。I氏をそこまで追いつめてよいものか。ひょっとした
ら、I氏の母親はI氏を育てながら、無意識のうちにも、I氏に恩を着せてしまったのかもしれな
い。



●子離れできない親、親離れできない子



 日本人は子育てをしながら、子どもに献身的になることを美徳とする。もう少しわかりやすく
言うと、子どものために犠牲になる姿を、子どもの前で平気で見せる。そしてごく当然のこととし
て、子どもにそれを負担に思わせてしまう。その一例が、『かあさんの歌』である。「♪かあさん
は、夜なべをして……」という、あの歌である。



戦後の歌声運動の中で大ヒットした歌だが、しかしこの歌ほど、お涙ちょうだい、恩着せがまし
い歌はない。窪田聡という人が作詞した『かあさんの歌』は、3番まであるが、それぞれ3、4行
目はかっこ付きになっている。つまりこの部分は、母からの手紙の引用ということになってい
る。それを並べてみる。



「♪木枯らし吹いちゃ冷たかろうて。せっせと編んだだよ」

「♪おとうは土間で藁打ち仕事。お前もがんばれよ」

「♪根雪もとけりゃもうすぐ春だで。畑が待ってるよ」



 しかしあなたが息子であるにせよ娘であるにせよ、親からこんな手紙をもらったら、あなたは
どう感ずるだろうか。あなたは心配になり、羽ばたける羽も、安心して羽ばたけなくなってしまう
に違いない。



●「今夜も居間で俳句づくり」



 親が子どもに手紙を書くとしたら、仮にそうではあっても、「とうさんとお煎べいを食べながら、
手袋を編んだよ。楽しかったよ」「とうさんは今夜も居間で俳句づくり。新聞にもときどき載るよ」
「春になれば、村の旅行会があるからさ。温泉へ行ってくるからね」である。そう書くべきであ
る。



つまり「かあさんの歌」には、子離れできない親、親離れできない子どもの心情が、綿々と織り
込まれている! ……と考えていたら、こんな子ども(中2男子)がいた。自分のことを言うの
に、「D家(け)は……」と、「家」をつけるのである。そこで私が、「そういう言い方はよせ」と言う
と、「ぼくはD家の跡取り息子だから」と。私はこの「跡取り」という言葉を、四〇年ぶりに聞い
た。今でもそういう言葉を使う人は、いるにはいる。



●うしろ姿の押し売りはしない



 子育ての第一の目標は、子どもを自立させること。それには親自身も自立しなければならな
い。そのため親は、子どもの前では、気高く生きる。前向きに生きる。そういう姿勢が、子ども
に安心感を与え、子どもを伸ばす。親子のきずなも、それで深まる。



子どもを育てるために苦労している姿。生活を維持するために苦労している姿。そういうのを
日本では「親のうしろ姿」というが、そのうしろ姿を子どもに押し売りしてはいけない。押し売りす
ればするほど、子どもの心はあなたから離れる。 



 ……と書くと、「君の考え方は、ヘンに欧米かぶれしている。親孝行論は日本人がもつ美徳
の一つだ。日本のよさまで君は否定するのか」と言う人がいる。しかし事実は逆だ。こんな調査
結果がある。



平成6年に総理府がした調査だが、「どんなことをしてでも親を養う」と答えた日本の若者はた
ったの、23%(3年後の平成9年には19%にまで低下)しかいない。



自由意識の強いフランスでさえ59%。イギリスで46%。あのアメリカでは、何と63%である
(※)。欧米の人ほど、親子関係が希薄というのは、誤解である。今、日本は、大きな転換期に
きているとみるべきではないのか。



●親も前向きに生きる



 繰り返すが、子どもの人生は子どものものであって、誰のものでもない。もちろん親のもので
もない。一見ドライな言い方に聞こえるかもしれないが、それは結局は自分のためでもある。



私たちは親という立場にはあっても、自分の人生を前向きに生きる。生きなければならない。
親のために犠牲になるのも、子どものために犠牲になるのも、それは美徳ではない。あなたの
親もそれを望まないだろう。いや、昔の日本人は子どもにそれを求めた。が、これからの考え
方ではない。あくまでもフリーハンド、である。



ある母親は息子にこう言った。「私は私で、懸命に生きる。あなたはあなたで、懸命に生きなさ
い」と。子育ての基本は、ここにある。



※……ほかに、「どんなことをしてでも、親を養う」と答えた若者の割合(総理府調査・平成六
年)は、次のようになっている。



 フィリッピン ……81%(11か国中、最高)

 韓国     ……67%

 タイ     ……59%

 ドイツ    ……38%

 スウェーデン ……37%

 日本の若者のうち、55%は、「生活力に応じて(親を)養う」と答えている。これを裏から読む
と、「生活力がなければ、養わない」ということになるのだが……。 

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子供
の自立 子どもの自立 生活 自立 子どもの依存心 依存性 子供の依存心 依存性 親に
依存する子供)









最終更新日  2009年06月04日 07時55分51秒
カテゴリ:親子の問題
●保護と依存



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依存性の強い人は、独特の言い方をする。

『だから何とかしてくれ言葉』というのが、

それである。



たとえば空腹になったときでも、「~~を

食べたい」とは、言わない。



「おなかがすいたア~」と言う。つまり

そう言いながら、相手に向かって、「だか

ら、何とかしてくれ」と訴える。



++++++++++++++++++



 日本語の特徴と説明する人もいる。しかし依存性の強い人は、独特の言い方をする。『だか
ら何とかしてくれ言葉』というのが、それである。



 たとえば空腹になったときでも、「~~を食べたい」とは言わない。「おなかがすいたア~」と
言う。つまり、そう言いながら、相手に向かって、「だから、何とかしてくれ」と訴える。



 同じように、水がほしいときは、「のどがかわいたア~」と。トイレに行きたいときは、「おしっこ
オ~」と。



 子どもの世界では、よく見られる会話だが、しかし子どもの世界だけとは、かぎらない。おとな
の世界でも、そして年配者の世界でも、よく見られる。



 たとえば、「私も、年を取ったからねエ~」というのが、それ。つまり「私も年を取ったから、何
とかしろ」と。



 最近でも、私は、ある知人から、こんなハガキをもらった。暑中見舞いの最後に、こう書き添
えてあった。「静岡まで行けばいいですか?」と。つまり「静岡まで行けば、そこまで迎えに来て
もらえるか」と。



 私をその知人を、招待した覚えはない。何かの会話のついでに、そんなようなことを話したの
を、誤解されたらしい。それはともかくも、それを読んで、『だから何とかしてくれ言葉』を使うの
は、子どもだけではないと知った。



 もっとも、私の兄などは、若いころから、その『だから何とかしてくれ言葉』を、よく使った。



 新しいテレビがほしくなると、電話をかけてきて、「近所の人は、みんな、衛星放送を見てい
る」「うちのテレビは映らない」と。



 今は、半分以上頭がボケてしまったが、それでも、『だから何とかしてくれ言葉』をよく使う。



 「ラジカセがこわれたア」

 「冬になると、寒い」

 「今のメガネは、よく見えない」と。



 こうした依存性は、一度身につくと、その人の生き方そのものになってしまう。だれかに依存
して生きることが、あたりまえになってしまう。が、その人自身の責任というよりは、半分以上
は、まわりの人たちの責任と考えてよい。まわりの人たちが、そういう環境を作りあげてしまう。



 子どもの世界でも、依存性のたいへん強い子どもがいる。しかしその子どもが問題かという
と、そうではない。よく調べていくと、そういう子どもの親も、また依存性の強い人であることが
わかる。自分が、依存性が強いから、子どもの依存性に、どうしても甘くなる。あるいは、それ
に気づかない。



 反対に、このタイプの親は、親にベタベタと甘える子どもイコール、(かわいい子)イコール、
(いい子)としてしまう。だから子どもの依存心だけを問題にしても、あまり意味はない。そうなる
背景には、親自身の情緒的な欠陥、精神的な未熟性があるとみる。つまり、それだけ、「根」は
深い。



 で、ついでに、私の兄のことだが、現在は、グループホームに入居している。個室が与えら
れ、三食、昼寝つき。おやつもついているし、ときどき遠足にも連れていってもらえる。しかし兄
にしてみれば、それが当たり前の生活になっている。



 が、グループホームといっても、大学生の生活費並みの費用がかかる。具遺体的には、毎
月12~3万円プラス、諸経費、小遣い、治療代などなど。合計で、15万円ほど、かかる。



 そういう兄だが、もちろん、私に対して、ただの一度も、礼など言ってきたことはない。むしろ
逆に、あれこれと不平や不満ばかりを並べる。またまわりの人たちも、間接的だが、私に対し
て、「もっと、しっかりとめんどうをみろ」というようなことを言う。



 依存する側と、依存される側。それが長くつづくと、(実際、もう30年以上もつづいているが…
…)、それが当たり前になってしまう。そしてそれを前提に、みなが、ものを考える。今では、兄
自身の依存性を問題にする人は、だれもいない。「めんどうをみるのは、弟の責任」と、決めて
かかってくる。(私だって、いつボケるか、わからないぞ!)



 そんなわけで、子どもに依存心をもたせると、子ども自身も苦労をするが、そのツケは、回り
まわって、最後には、親のところにやってくる。家族のところにやってくる。



 だから……というわけでもないが、子どもには、依存心をもたせないほうがよい。いや、その
前に、あなた自身は、どうか。それを疑ってみたほうがよい。もしあなたが依存性の強い人な
ら、あなたの子どもも依存性の強い子どもになる。その可能性は、きわめて高い。



 では、どうするか?



 その第一歩として、『だから何とかしてくれ言葉』を耳にしたら、すかさず、こう言い返してやっ
たらよい。



 「だから、それがどうしたの?」と。



 一見冷たい言い方に聞こえるかもしれないが、そのほうが、子どものため、あなた自身のた
め、ということになる。



(付記)



 子育ての目標は、子どもを自立させること。欧米流に言えば、「よき家庭人として、自立させ
ること」。



 その一語に尽きる。



++++++++++++++



依存性について書いた原稿を

1作、添付します。



++++++++++++++



【日本人の依存性を考えるとき】 



●森S一の『おくふろさん』



 森S一が歌う『おふくろさん』は、よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多い。しかし
……。



日本人は、ちょうど野生の鳥でも手なずけるかのようにして、子どもを育てる。これは日本人独
特の子育て法と言ってもよい。あるアメリカの教育家はそれを評して、「日本の親たちは、子ど
もに依存心をもたせるのに、あまりにも無関心すぎる」と言った。そして結果として、日本では
昔から、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子イコール、「よい子」とし、一方、独立心が
旺盛な子どもを、「鬼っ子」として嫌う。



●保護と依存の親子関係



 こうした日本人の子育て観の根底にあるのが、親子の上下意識。「親が上で、子どもが下」
と。この上下意識は、もともと保護と依存の関係で成り立っている。



親が子どもに対して保護意識、つまり親意識をもてばもつほど、子どもは親に依存するように
なる。こんな子ども(年中男児)がいた。



生活力がまったくないというか、言葉の意味すら通じない子どもである。服の脱ぎ着はもちろん
のこと、トイレで用を足しても、お尻をふくことすらできない。パンツをさげたまま、教室に戻って
きたりする。



あるいは給食の時間になっても、スプーンを自分の袋から取り出すこともできない。できないと
いうより、じっと待っているだけ。多分、家でそうすれば、家族の誰かが助けてくれるのだろう。
そこであれこれ指示をするのだが、それがどこかチグハグになってしまう。こぼしたミルクを服
でふいたり、使ったタオルをそのままゴミ箱へ捨ててしまったりするなど。



 それがよいのか悪いのかという議論はさておき、アメリカ、とくにアングロサクソン系の家庭で
は、子どもが赤ん坊のうちから、親とは寝室を別にする。「親は親、子どもは子ども」という考え
方が徹底している。こんなことがあった。



一度、あるオランダ人の家庭に招待されたときのこと。そのとき母親は本を読んでいたのだ
が、五歳になる娘が、その母親に何かを話しかけてきた。母親はひととおり娘の話に耳を傾け
たあと、しかしこう言った。「私は今、本を読んでいるのよ。じゃましないでね」と。



●子育ての目標は「よき家庭人」



 子育ての目標をどこに置くかによって育て方も違うが、「子どもをよき家庭人として自立させる
こと」と考えるなら、依存心は、できるだけもたせないほうがよい。



そこであなたの子どもはどうだろうか。依存心の強い子どもは、特有の言い方をする。「何とか
してくれ言葉」というのが、それである。たとえばお腹がすいたときも、「食べ物がほしい」とは言
わない。「お腹がすいたア~(だから何とかしてくれ)」と言う。



ほかに「のどがかわいたア~(だから何とかしてくれ)」と言う。もう少し依存心が強くなると、こう
いう言い方をする。



私「この問題をやりなおしなさい」

子「ケシで消してからするのですか」

私「そうだ」子「きれいに消すのですか」

私「そうだ」子「全部消すのですか」

私「自分で考えなさい」子「どこを消すのですか」と。



実際私が、小学4年生の男児とした会話である。こういう問答が、いつまでも続く。



 さて森S一の歌に戻る。よい年齢になったおとなが、空を見あげながら、「♪おふくろさんよ…
…」と泣くのは、世界の中でも日本人くらいなものではないか。よい歌だが、その背後には、日
本人独特の子育て観が見え隠れする。一度、じっくりと歌ってみてほしい。



(参考)

●夫婦別称制度



 日本人の上下意識は、近年、急速に崩れ始めている。とくに夫婦の間の上下意識にそれが
顕著に表れている。内閣府は、夫婦別姓問題(選択的夫婦別姓制度)について、次のような世
論調査結果を発表した(2001年)。



それによると、同制度導入のための法律改正に賛成するという回答は42・1%で、反対した人
(29・9%)を上回った。前回調査(96年)では反対派が多数だったが、賛成派が逆転。



さらに職場や各種証明書などで旧姓(通称)を使用する法改正について容認する人も含めれ
ば、肯定派は計65・1%(前回55・0%)にあがったというのだ。



調査によると、旧姓使用を含め法律改正を容認する人は女性が68・1%と男性(61・8%)よ
り多く、世代別では、30代女性の86・8%が最高。



別姓問題に直面する可能性が高い20代、30代では、男女とも容認回答が8割前後の高率。
「姓が違うと家族の一体感に影響が出るか」の質問では、過半数の52・0%が「影響がない」と
答え、「一体感が弱まる」(41・6%)との差は前回調査より広がった。



ただ、夫婦別姓が子供に与える影響については、「好ましくない影響がある」が66・0%で、
「影響はない」の26・8%を大きく上回った。



調査は01年5月、全国の20歳以上の5000人を対象に実施され、回収率は69・4%だっ
た。なお夫婦別姓制度導入のための法改正に賛成する人に対し、実現したばあいに結婚前の
姓を名乗ることを希望するかどうか尋ねたところ、希望者は18・2%にとどまったという。









最終更新日  2009年06月04日 07時53分45秒
2009年04月15日
カテゴリ:親子の問題
●親子の(きずな)


++++++++++


親子のきずなとは、何か?


このところ、「家族って、何だろう」と、ときどき考える。
「依存性の集合体」?
「種族保存のための結合体」?


++++++++++


●スズメの世界


今ごろの季節は、庭に来るスズメたちも単独行動を繰り返す。
それぞれがせわしく庭にまいた餌をついばんでは、そのままどこかへと
飛び去っていく。
どこかで子育てをしているのだろう。
やがてそのうち、親スズメが子スズメを連れてくるようになる。


そういうスズメたちを見ていると、「人間と同じ」というか、
「人間とどこもちがわない」と思ってしまう。
人間の世界は、スズメの世界より、ほんの少し複雑なだけ。


で、興味深いのは、子育てが終わってからのスズメたちである。
スズメどうしには、親子の(きずな)があるのだろうか。
それともないのだろうか。
たとえば半年とか1年とかたったあと、親スズメが子スズメに
会ったようなとき、もちろんその反対でもよいが、
たがいに、「お前エ!」とか、「お父さん!」とか、言いあうのだろうか。


が、私が見たところ、その(きずな)はないようだ。
スズメたちは子育てが終わると、また集団行動に戻っていく。
ザザーッと飛んできては、またどこかへ、ザザーッと飛んでいく。


●きずな


最近の研究によれば、人間にも、(刷り込み)というのがあるということが、
わかってきた。
ある種の鳥類(卵からかえって、すぐ二足歩行する鳥類)は、最初に目に
入ったものを親と思う。
最初に耳にした泣き声で、親と思うのもいるそうだ。
人間にも似たような刷り込みがある。
年齢的には、0歳から生後7か月くらいまでの間をいう。
この時期をとくに、「敏感期」と呼ぶ。


この時期に、親は親として、脳みその中に徹底的に刷り込まれる。


で、スズメの話。
ここで誤解してはいけないのは、「親」といっても、人間のように
上下意識のある「親」ではないということ。
私たちは「親」という言葉を当てはめることによって、人間社会における
親意識をそのまま連想してしまう。
「親スズメ」「子スズメ」という言葉にしても、そうだ。


正確には、(被依存関係)(依存関係)と言うべきではないか。
人間にしても、刷り込みをした人間は、それ以後、親に対して強力な依存性を
もつようになる。
しかもそれは本能に近い部分にまで刷り込まれるため、一度刷り込みが
なされると、それから脱却することは、容易なことではない。


それこそ、50歳になっても、60歳になっても、「♪おふくろんさんよ」
と空を見あげて、涙をこぼすようになる。


では、スズメの世界では、どうなのか。
「人間のように……」とまではいかなくても、サルや他のケモノのように、
上下関係はあるのだろうか。
そのつながりは、(きずな)として、いつまでも残っているものなのだろうか。


●親意識vs子意識


人間社会における(きずな)というのは、当初は(刷り込み)によってできあがる
ものだが、その後、その人の置かれた文化的背景によって、大きく変化する。


たとえば日本人の私たちが感じている(きずな)は、欧米人のそれとは、かなり
異っている。
が、先ほども書いたように、これは本能に近い部分にまで刷り込みがなされている。
そのため、刷り込まれているということそのものに、気づくことはむずかしい。
欧米人のそれが、どのように(ちがう)か、それを知るのもむずかしい。


たいていは、「私が感じている(きずな)のほうが正しい」とか、さらには、
「絶対的」と思ってしまう。
またそういう感覚でもって、「欧米人も同じだろう」と思ってしまう。
またそれで終わってしまう。


たとえば日本には、『親・絶対教』という、カルト教団がある。
親や、さらには先祖を、絶対視する宗教団体をいう。
そういう教団では、親孝行を第一の「徳行」ととらえ、「親に逆らうのは、
もってのほか」とか、信者に教えたりする。


そういうところで観察される(親意識)というのは、人間社会でデフォルメ
(=歪曲化)された、いわゆる(変形)と考えてよい。
もっともそれは極端なケースだが、親を絶対視する人は、少なくない。
それが親子の基本関係になっている家庭となると、それこそゴマンとある。


たとえばサルの世界にも、人間の世界に似た(親子関係)はあるようだが、
それはあくまでも、(力の優劣関係)に過ぎない。
ボスの座を奪うため、子ザルが、親ザルに、戦いをいどむというようなことは、
よくあるそうだ。


一方、親・絶対教などでは、「親は親だから」という『ダカラ論』だけで、
「親がまちがったことをしても、親に従え」などと教えたりする。


●家族自我群


家族というのは、良好な人間関係で成り立っている間は、それなりにうまく
機能する。
しかしひとたび歯車がどこかで狂うと、今度は、その人を押しつぶしてしまう。
それほどまでの魔力をもって、その人を呪縛する。
この呪縛感を、「幻惑」と呼ぶ。
また一連の呪縛性を、「家族自我群」と呼ぶ。


ふつうの呪縛感ではない。
いつ晴れるともわからない、悶々とした気分に襲われる。
ある男性は、母親の葬式に出なかったことだけを理由に、「親捨て」と呼ばれる
ようになった。
その地方では、一度、「親捨て」というレッテルを張られると、親類からは
もちろんのこと、近所の人たちからでさえ、(白い目)で見られるようになるという。
が、その男性には人には言えない事情があった。


その男性は、父親の子ではなかった。
祖父と母親の間にできた、いわゆる(不倫の子)だった。
そのため……というより、そのことから想像できるように、その男性の家族は、
メチャメチャだった。


で、その男性は、60歳を過ぎた今も、その呪縛感の中で、もがき苦しんでいる。


●「産んでやった」


私自身は、親・絶対教の世界で、生まれ育った。
母からも、「産んでやった」「育ててやった」「親の恩を忘れるな」という言葉を、
それこそ耳にタコができるほど、聞かされた。


が、実際には、もう少し巧妙な言い方をする。
わざと私の聞こえるようなところで、親たちが、こう言う。


「○○さんところの息子さんは、立派なもんだ。
今度、親を温泉に連れていってやったそうだ」とか、
「○○さんところの息子さんは、たいしたもんだ。
今度、親のために、庭の端に離れを新築してやったそうだ」とか、など。
あたかも真綿で、首をジワジワと絞めるような言い方をする。


私はそういう環境で生まれ育った。
だからある日、たしか高校1年生か2年生のときだが、私はキレた。
キレて、母に食ってかかった。


「だれが、いつ、お前に産んでくれと頼んだア!」と。


それは同時に、「私」内部の、奥深くから始まった反抗だった。
私自身がもっている(本能)との闘いといっても、過言ではない。
そのため心を、真っ二つに切り裂くような衝撃をともなった。


恐らく母にしても、そうだったのだろう。
その時期を境にして、今にして思うと、母のほうから縁を切ったように思う。
もちろん母は、ああいう人だったから、それを口にすることはなかったが……。


「ああいう人」というのは、「ああいう人」のことをいう。


●恩の押し売り


そのこともあって、私は3人の息子たちを育てながら、(恩の押し売り)だけは、
しないと心に誓った。
事実、「産んでやった」「育ててやった」という言葉については、一度も使った
ことはない。
口から出そうになったことはあるが、しかし言わなかった。
「それを言ったら、おしまい」と。


そのため、(当然の帰結だが)、息子たちは、今の今でも、「親孝行」という
言葉から連想する世界とは、まったく無縁の世界に生きている。
が、これは脳のCPU(中央演算装置)に関する問題。
私には、息子たちの意識を理解することができるが、恐らく息子たちには、
私がもっている意識は、理解できないだろう。
が、このところ、ふと、「それでよかったのか?」と迷うときがある。


●社会の不備


50歳を越えるころから、そこにドンと老後があるのを知った。
60歳を越えると、それはもう予測でも、予想でもない。
私自身が老後に突入していた。
とたん、不安と心配の渦の中に、巻き込まれた。
「これから先、どうやって死ねばいいのだろう」と。


「どうやって生きるか」ではない。
「どうやって死ぬか」である。


こう書くからといって、息子たちを責めているのではない。
そのように育てた私が悪い(?)。
が、息子たちには、私たち夫婦の老後をみるという意識は、ゼロといってよいほど、ない。
「親孝行」という言葉すら、私の家では、死語になっている(?)。
息子たちの心の奥まではのぞけないが、私はそう感ずる。


が、ここで誤解しないでほしいのは、だからといって、親・絶対意識的な発想が
正しいと認めるわけではない。
私の家庭は家庭で、別の新しい親子関係が生まれつつある。


●新・家族主義


日本的な親・絶対意識が消えたからといって、家族がバラバラになるということではない。
もしそうなら、欧米の家族は、とっくの昔にバラバラになっているはず。
が、実際には、その(きずな)は、私たちが想像するよりもはるかに、強い。


10年ほど前の調査でも、「どんなことをしてでも、みる」と答えた日本の若者は、たっ
たの19%しかいなかった(平成9年度、総理府調査)。


この数字がいかに低い数字かは、たとえばアメリカ人の若者の、60数%。さら
に東南アジアの若者たちの、80~90%という数字と比較してみるとわかる。
しかもこの数字は、その3年前(平成6年度)の数字より、4ポイントもさがっている。


では、どこがどうちがうのか?
おおざっぱにいえば、つぎのようなちがいがある。


(1) 平等意識(親子の上下関係がない。命令、服従関係がない。)
(2) 対等意識(親でも子どもでも、他人と同等に置く。)
(3) 協働意識(たがいに力を合わせて、家族を守るという意識が強い。)
(4) 独立意識(ある時期から、親も、私は私という生き方をする。)
(5) 老後意識(「子どもの世話にはならない」という老後意識がある。)
(6) 神の子意識(子どもといえども、神の子という考え方をする。)


日本も、アメリカも、対GDP比で、子どもにかける社会保障費が、極端に低い。
毎年、4~5%前後で推移している。
(欧米では、6~8%前後。ただしここにも書いたように、アメリカは低い。)

で、日本では教育費の負担は、親の責任ということになっている。
その負担感は相当なもので、子どもが大学生になるころ、それは頂点に達する。
で、昔は『子、育ち盛り、親、貧乏盛り』と言った。
今は、『子、大学生、親、貧乏盛り』という。


一方、アメリカでは、大学生でも、親のスネをかじって大学へ通っている学生は、
ほとんどいない。
何らかの奨学金を得ているか、自分でローンを組んで通っている。
つまり先にあげた(1~(6)の(ちがい)が、こうした形で、結晶している。


その上での(きずな)ということになる。
称して、『新・家族主義』。
わかりやすく言えば、現在の状況が好ましくないからといって、(現在)の否定、
もしくは安易な復古主義に走るのは、正しくない。
(現在)を基盤にして、新しいものを創りあげていく。


では、どうなるか?
この問題だけは、日本の潮流を静かに観察するしかない。
日本人全体が、全体として、その方向性を決めていく。
その結果として、「新・家族主義」が、輪郭を明確にする。
現在は、その過渡期ということになる。


(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て)






最終更新日  2009年04月15日 11時19分59秒
2009年03月28日
カテゴリ:親子の問題
●3月27日

【家族】

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今朝は、どこかの男と、言い争っている夢を見た。
私はかなり興奮していた。
そのせいか、起きると、軽い頭痛がした。
今、あまり精神状態は、よくないようだ。
理由はわかっている。

近く、実家の寺で、法事がある。
父の33回忌である。
私は若いころから、「実家へ帰る」となっただけで、
精神状態が、たいへん不安定になる。
家族自我群による「幻惑」によるものと考えてよい。
本能に近い部分にまで、「刷り込み」がなされて
いるため、それを克服するのは、容易なことではない。

満61歳になった今でも、その「幻惑」はつづく。

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●家族自我群

今の今も、家族による束縛感、呪縛感に苦しんでいる人は多い。
家族であるがゆえに、わだかまりや、こだわりも、増幅する。
またそれから逃れることもできない。
できないから、悶々と、いつ晴れるともない、苦しみの中でもがく……。
こうした呪縛感を総称して、「家族自我群」という。
またそれから生まれる苦しみを総称して、「幻惑」という。
先にも書いたように、本能に近い部分にまで刷り込みがなされているため、
その自我群から、自ら解放することは、容易なことではない。

●家族

「家族」というと、甘い響きがそこに漂う。
そうである人には、そうかもしれない。
しかしその家族も、どこかで歯車が狂うと、そのままバラバラになる。
なって、今度は、重圧感となって、その人を襲う。
家族イコール、「安住の場」とは、かぎらない。
「家族である」という、安易な『デアル論』だけで、
容赦なく、その人を攻撃する。
幸運にしても、そういった苦しみを知らない人には、
自我群の説明をしても、意味はない。
理解することすら、むずかしい。

●入浴

……ここまで書いて、朝風呂に入ってきた。
軽い偏頭痛のばあい、朝風呂に入ると、そのまま治る。
これにも、理由がある。
偏頭痛は、血管が拡張して起こる。
拡張した血管が、その周囲を取り巻く神経を圧迫する。
それで偏頭痛が起こる。

若いころは、このメカニズムがわからず、苦労した。
プラス苦しんだ。
ひどいときには、「頭を切り落としてくれ!」と叫ぶほど、
痛かった。
が、メカニズムがわかれば、対処の仕方もわかる。

やや熱めの風呂に入って、一度、血圧をあげる。
瞬間、偏頭痛はひどくなるが、5~10分もすると、今度は
血管が収縮を始める。
それで偏頭痛は、消える。
今朝、目が覚めたときの頭痛は、偏頭痛だった。

●自我群と闘うために

家族自我群と闘うためには、まず、そのメカニズムを知る。
何度も書くが、これは本能に近い部分にまで刷り込みがなされているから、
それと闘うのは、容易なことではない。
理性や知性で、割り切ることはむずかしい。
が、「幻惑」は、読んで字のごとく、「幻惑」。
「幻(まぼろし)」。
実体があるわけではない。

私のばあい……という言い方はおかしいが、あるときから、そこにある
運命を受け入れることにした。
自分の境遇をのろっても、しかたない。
嘆いても、始まらない。
だったら、そこにある運命を、そのまま受け入れる。
とたん、心が、ウソのように軽くなったのを覚えている。

●今……

今、私が苦しんだ、家族自我群による幻惑は、ウソのように消えた。
母が他界し、つづいて兄が他界し、「家」そのものが、消えた。
残るのは、実家という「古家」と「法事」のみ。
しかしそれらは、もう(心の問題)ではない。

が、すべての呪縛から解放されたというわけではない。
実家の周辺には、親類が住んでいる。
近所の人たちとのつきあいもある。
伯父、伯母、それに叔母もいる。
しかし我が身を振り返ってみれば、その私も61歳。
正直なところ、「もう、いいかげんにしてほしい!」と叫びたい。
が、こうなったら、居直って生きるしかない。
「どうでもなれ」と、投げ捨てて生きるしかない。

●幻惑に苦しんでいる人へ

私のBLOGへの検索・ワードを見ると、「家族による苦しみ」
についてのものが、多い。
(BLOGによっては、どんな言葉を検索して、アクセスして
きたかが、わかるようになっている。)

つまりそれだけ、この問題は、深刻ということ。
またそれで悩んでいる人も、多いということ。
逆に、そういう人たちをアクセスしてみると、そのBLOGには、
こう書いてあったりする。
「親を殺してやりたい!」と。

それは殺意というよりは、自分の体にしみ込んだ(体質)そのものを
消し去りたいという思いから、発するものと考えてよい。
あえて言うなら、自己嫌悪。
はげしい自己嫌悪。
それが転じて、「殺してやりたい!」となる。

しかしけっして、あせってはいけない。
時間はかかるかもしれないが、この問題は、時間が解決してくれる。
時間がたてば、かならず、解決する。
だから……。
それまでがんばって、がんばって、生き抜くこと。
健康だけを大切に、生き抜くこと。
それで解決する。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
家族自我群 自我群 幻惑 家族とのわだかまり こだわり はやし浩司 確執 
親子の確執。)


Hiroshi Hayashi++++++++March・09++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(090328)

●3月28日(M党のOZ党首、立ち木問題)

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●M党のOZ党首

M党のOZ党首が、「続投する」と、自らの意思を表明した。
しかしこの表明で一番、胸をなでおろしているのが、J党。
M党による政権交代は、これで事実上、不可能になった。
国民の約80%は、OZ党首の「説明」に納得していない(C新聞)。
私も納得していない。

さらに驚くべき発言がつづいた。

M党内部で、公然とOZ氏批判をした国会議員がいた。
それに対して、OZ派の国会議員(M党)が、「自分を何様だと思っているのか」と、
かみついた(テレビ報道)。

ヘ~~エ?

M党という政党は、そういう政党だったの?
同僚の国会議員に対して、「何様だと思っているのか」は、ない。
要するに、「だれのおかげで国会議員になれたと思っているのか。
生意気言うな!」という意味らしい。
この言葉は、そっくりそのまま、M党・OZ派のみなさんに送りたい。


●立ち木問題で、知事が辞任(?)

これまたおかしな、前代未聞のできごとが、この静岡県で起きた。
たかが(失礼!)、立ち木問題程度のことで、知事が辞任を表明した。
ことの発端は、立ち木。
はじめから終わりまで、立ち木。

今度開港する静岡空港の滑走路の先に、150本程度の立ち木がある。
滑走路の、ちょうど真正面に、である。
(その周辺の場所には、木はなく、その部分だけに、剃り残したヒゲのように
立っている。)
そのため開港は遅れ、プラス1億円程度の改修費がかかった。
それについて、立ち木の地権者のO氏は、「知事の辞任が条件」と、静岡県側に迫った。
つまり「知事が辞任しないかぎり、立ち木は切らない」と。
それを受けて、静岡県知事が辞任を表明した。

ここで再び、民主主義・論。
私権の保護は、民主主義の根幹である。
それは認める。
しかし私権とっても、絶対的なものではない。
(保護しなければならないものかどうか)という観点から、フィルターがかかる。
そのフィルターをくぐりぬけないかぎり、世論の支持を得ることはできない。
もし私権を無制限に保護するとなると、空港どころか、道路一本、建設できなくなって
しまう。

そこで立ち木。
たかが立ち木(失礼!)。
その立ち木を切ることで、地権者にどんな被害が及ぶというのか。
地権者の生活に、どれほどの損害を与えるというのか。

一方、静岡県側は、すでに改修費に、県は1億1000万円も支出している。
この先、さらに1億円程度の追加費用が見込まれている(C新聞)。
開港の遅れによる被害も、相当な額に達している。

それについて、地権者のO氏は、こう述べているという。

「週明けの30日に、実務レベルの話し合いに入りましょう」と。
つまり「立ち木をこちらが切るか、県に切ってもらうか。切り方はどうするか。
そんな具体的な話を詰めていきたい」(C新聞・09・3・28)と。

「実務レベルの話し合い」(?)。
たかが立ち木、150本を切り倒すために、「実務レベルの話し合い」(?)。
どこか、「?」。
私には、理解できない。

繰り返すが、たかが立ち木(失礼!)。
その上で、「(立ち木を切るには)、知事の辞任が条件」とは!

静岡空港には、いろいろ問題はある。……あった。
当初、はげしい反対運動が起きたのも事実。
その間に、いろいろな(わだかまり)ができたのも、わかる。
ここまでこじらせてしまった県側にも、問題がないとは言わない。
しかし空港は、完成した。
……してしまった。

で、やはりどう考えても、たかが立ち木(失礼!)。
私も、農地を一度、宅地に転換するとき、杉の木を、数百本植えた経験がある。
そしてその6年後、5~8メートルを超える杉の木を、切り倒した経験がある。
切り倒すだけなら、半日でできる。
また立ち木そのものには、それほどの財産的価値はない。
このあたりでも、20~30年木で、一反(300坪)、50~70万円が相場。

いろいろ言いたいことはあるが、ここまで。
「こんなことがあっていいのかなあ?」と思ったところで、おしまい。
あとは、みなさんが胸の奥で考えていることと、同じ。


Hiroshi Hayashi++++++++March. 09+++++++++はやし浩司







最終更新日  2009年03月28日 18時25分39秒
2009年03月27日
カテゴリ:親子の問題
●甘い父親



はじめまして。KYといいます。



育児のHPを巡っているうち、こちらにたどりつきました。

いろいろと大変参考になり、食い入って読んでしまいました。



我が家には3歳、1歳の息子がいます。

3歳のお兄ちゃんは、凄く父親に甘えます。

これは1歳頃からそうなのですが、父親が本当によく子供の面倒を、丁寧にみる人で、飽きず
とよく相手をしてくれ、食事の面倒も、オムツ替えも、いる時は育児のすべてをしてくれます。



小さい頃はそれで沢山の愛情を注がれて、いいことだと思っていたのですが・・・。



お兄ちゃんは3歳過ぎてからは、私と普段一緒にいる時はお利口で、頼んだことは何でもよく
やってくれるし、ワガママもほとんど言いません。



3歳過ぎてから、上の子と一緒にいても、楽になったと感じます。(それまではそれなりに大変
だったので)

でも、休日に父親がいると、変貌。



ご飯も自分で食べない、トイレも一人で行かない、どこかに出かければ「抱っこ!」、常に父親
に遊び相手を要求し、とにかく1日中父親にベッタリなのです。



私が変わりにしてあげようとしても、「お父さん!!」と、私は全く無視。

休日に父親が一人でどこかに出かけてしまうと、大泣きです。(しばらくすれば泣きやみます
が)



そして、父親もそれに、すべて応じてしまうのです。



普段、真夜中帰りの父親なので、平日は子供と会うのは、朝のほんの数十分。

下手すると、子供の起きる時間が遅いと、会えない日もたびたびあります。

私が何でもやってしまう旦那に注意をしても、「普段はちゃんと一人でやってるんだろ? 休日
の時ぐらい、甘やかしてあげないと」と言い、本当に甘いんです。



叱るなんてこともよほどでなければしないですし、子供が「~~買って!」と言えば、すぐに自分
のおこづかいで買ってあげてしまいます。(いつもではありませんが)



確かに私は、どちらかと言えば面倒見も良くないですし、子供の相手も上手じゃないです。

下の子が生まれて、日ごろ、いろいろと我慢している部分もあるでしょうし、それで余計にお兄
ちゃんを甘やかしてあげたいということなんでしょうが、それでもあまりにお兄ちゃんが父親に
ベッタリで、まさしく依存してしまっているので、このまままでいいのか困惑しています。



私の育て方がよほどダメなのかと悩むこともしばしばです・・。



そして、父親自身、ドラ息子なのです(笑)

長男として、家を継ぐものとして、甘やかされ育っています。(今は同居していませんが)



まず一緒にいて、自立心がないのが苦になります。

自分のことなのに、人の責任にして、人を責めたりします。

自分のことを自分でしない。



人(私)がやって、当たり前なんです。

旦那のことは諦めていますが、子供にはこう育って欲しくないんです。

でも、今のように旦那が子供に全て手を出していると、自立できないようで怖いんです。



よろしければ、アドバイスを頂けたらと思います。

よろしくお願いします。



+++++++++++++++++++++



【はやし浩司より、KYさんへ】



 掲示板への投稿、ありがとうございました。



 どこか、それでいて、ほほえましい親子関係が、頭に浮かんできます。まあ、ふつうの言い方
をすれば、あなたの夫は、子煩悩(ぼんのう)、よき家庭人であり、よきパパということになりま
す。



 ただ、それが少し、度を越している?



 原因は、ご指摘のとおり、あなたの夫自身が、甘やかしと、きびしさの同居する、どこかアン
バランスな家庭環境で、生まれ育ったことが考えられます。「長男だから……」と言って、甘や
かされ、同時に、「長男だから……」と言って、きびしく育てられた(?)。



 つまり夫の中の「父親像」が、かなり混乱していると思われます。私の印象では、あなたの夫
が育った環境は、ベタベタに甘い母親(夫の母親)が一方にいて、権威主義的で、きびしい父
親(夫の父親)が、もう一方にいるというような、そんな家庭環境ではなかったかと思います。



 (あくまでも、私の推察ですが……。)



 同時に、あなたの夫の、情緒的な未熟さも、疑われます(失礼!)。おとなになりきれていない
というか、どこかにピータパン・シンドローム的※なところがあるのかもしれません。一見、子ど
もを深く愛しているかのように見えますが、どこかでき愛的(?)。そんな感じがします。(でき愛
は、「愛」ではありませんよ。念のため。)



 で、こういうケースでは、あなたが夫を作り変えようとか、夫に改めてもらおうと考えても、意味
がありません。ムダです。あなたの夫を教育するのは(失礼)、あなたの子どもを教育するよ
り、何倍も、むずかしいということです。



 では、どうするか。あなたの夫については、現状を受け入れ、あきらめ、その上で、よりベター
な方法を考えるしかありません。たしかに、あたなにとっては、深刻な問題かもしれませんが、
全体としてみると、マイナーな問題です。多少の弊害は子どもに現れるでしょうが、しかしそれ
ほど深刻な後遺症を残すということも、ありません。



 この時期、一過性の問題として、すむはずです。ですから、「自立できなくなる」とか何とか、
そんなふうにおおげさに考えないで、夫と協調して、足りない部分については、あなたが妻とし
て、母親として、補えばよいのではないでしょうか。



 (反面、あなた自身は、どこか都会的、もしくは欧米型の合理主義的な家庭で育てられた可
能性が高いようですね……。これもあくまでも、私の推察にすぎませんが……。)



 3歳の子どもの側からみると、1歳の弟に、母親に取られたと感じているのかもしれません。
そこで父親を自分のものにしたいと思っているのかもしれません。嫉妬による赤ちゃんがえり
の、やや変形したバリエーションの一つと考えられます。



 ですから症状としては、どこか「分離不安」的な症状に似ています。(父親の姿が見えなくなっ
て、ワーッと泣きだして、父親のあとを追いかける子どもも、珍しくはありません。)しかしこれも
3歳という年齢を考えるなら、やはり一過性の問題と考えます。



 子どもの自立が問題になるのは、子どもが親離れを始める、10歳前後と考えてください。む
しろ今の時期は、親の拒否的な育児姿勢や育児放棄。冷淡、無視、暴力などが、大きな問題
となる時期です。



 幸いにも、KYさんのご家庭は、その正反対ですから、あまり神経質にならないで、夫に任す
ところは、夫に任せたらよいと思います。(先にも書いたように、問題があるといえば、あります
が、しかしこの程度の問題は、どの家庭にもあります。)



 あなたの夫が、ドラ息子的であるとしても、それはもう、どうにもなりません。いろいろ不平、
不満もあるでしょうが、あきらめて、うまく家庭をまとめるしかないでしょう。そのかわり、私が発
行している電子マガジンなどを、そのつど読んでもらうという方法は、いかがでしょうか。



 親のでき愛にせよ、親像の問題にせよ、ドラ息子論にせよ、そのつど、テーマとして、とりあ
げています。あなたの夫にも読んでもらえれば、それなりに参考になるはずです。



 これから先、まだまだ子育てはつづきます。ぜひ、私のマガジンを購読してみてください。よろ
しくお願いします。



++++++++++++++++++++



ピーターパンシンドロームについて、以前

書いた原稿を、少し手直しして、添付します。



++++++++++++++++++++ 






最終更新日  2009年03月27日 08時16分43秒
カテゴリ:親子の問題




●ピーターパン・シンドローム



ピーターパン症候群という言葉がある。日本では、「ピーターパン・シンドローム」とも

いう。いわゆる(おとなになりきれない、おとな子ども)のことをいう。



この言葉は、シカゴの心理学・精神科学者であるダン・カイリーが書いた「ピーターパ

ン・シンドローム」から生まれた。もともとこの本は、おとなになりきれない恋人や息子、

それに夫のことで悩む女性たちのための、指導書として書かれた。



 症状としては、無責任、自信喪失、感情を外に出さない、無関心、自己中心的、無頓着

などがあげられる。体はおとなになっているが、社会的責任感が欠落し、自分勝手で、わ

がまま。就職して働いていても、給料のほとんどは、自分のために使ってしまう。



 これに似た症状をもつ若者に、「モラトリアム人間」と呼ばれるタイプの若者がいる。さ

らに親への依存性が、とくに強い若者を、「パラサイト人間」と呼ぶこともある。「パラサ

イト」というのは、「寄生」という意味。



 さらに最近の傾向としては、おもしろいことに、どのタイプであれ、居なおり型人間が

ふえているということ。ピーターパンてきであろうが、モラトリアム型であろうが、はた

またパラサイト型であろうが、「それでいい」と、居なおって生きる若者たちである。



 つまりそれだけこのタイプの若者がふえたということ。そしてむしろ、そういう若者が、

(ふつうのおとな?)になりつつあることが、その背景にある。



 概して言えば、日本の社会そのものが、ピーターパン・シンドロームの中にあるのかも

しれない。



 国際的に見れば、日本(=日本人)は、世界に対して、無責任、自信喪失、意見を言わ

ない(=感情を外に出さない)、無関心、自己中心的、無頓着。



 それはともかく、ピーターパン人間は、親のスネをかじって生きる。親に対して、無意

識であるにせよ、おおきなわだかまり(固着)をもっていることが多い。このわだかまり

が、親への経済的復讐となって表現される。



 親の財産を食いつぶす。親の家計を圧迫する。親の生活をかき乱す。そしてそれが結果

として、たとえば(給料をもらっても、一円も、家計には入れない)という症状になって

現れる。



 このタイプの子どもは、乳幼児期における基本的信頼関係の構築に失敗した子どもとみ

る。親子、とくに母子の関係において、たがいに(さらけ出し)と(受け入れ)が、うま

くできなかったことが原因で、そうなったと考えてよい。そのため子どもは、親の前では、

いつも仮面をかぶるようになる。ある父親は、こう言った。「あいつは、子どものときから、

何を考えているか、よくわからなかった」と。



 そのため親は、子どもに対して、過干渉、過関心になりやすい。こうした一方的な育児

姿勢が、子どもの症状をさらに悪化させる。



 子どもの側にすれば、「オレを、こんな人間にしたのは、テメエだろう!」ということに

なる。もっとも、それを声に出して言うようであれば、まだ症状も軽い。このタイプの子

どもは、そうした感情表現が、うまくできない。そのため内へ内へと、こもってしまう。

親から見れば、いわゆる(何を考えているかわからない子ども)といった、感じになる。

ダン・カイリーも、「感情を外に表に出さない」ことを、大きな特徴の一つとして、あげて

いる。



 こうした傾向は、中学生、高校生くらいのときから、少しずつ現れてくる。生活態度が

だらしなくなったり、未来への展望をもたなくなったりする。一見、親に対して従順なの

だが、その多くは仮面。自分勝手で、わがまま。それに自己中心的。友人との関係も希薄

で、友情も長つづきしない。



 しかしこの段階では、すでに手遅れとなっているケースが、多い。親自身にその自覚が

ないばかりか、かりにあっても、それほど深刻に考えない。が、それ以上に、この問題は、

家庭という子どもを包む環境に起因している。親子関係もそれに含まれるが、その家庭の

あり方を変えるのは、さらにむずかしい。



 現在、このタイプの若者が、本当に多い。全体としてみても、うち何割かがそうではな

いかと思えるほど、多い。そしてこのタイプの若者が、それなりにおとなになり、そして

結婚し、親になっている。



 問題は、そういう若者(圧倒的に男性が多い)と結婚した、女性たちである。ダン・カ

イリーも、そういう女性たちのために、その本を書いた。



 そこでクエスチョン。



 もしあなたの息子や、恋人や、あるいは夫が、そのピーターパン型人間だったら、どう

するか?



 親のスネをかじるだけ。かじっても、かじっているという意識さえない。それを当然の

ように考えている。そしてここにも書いたように、無責任、自信喪失、感情を外に出さな

い、無関心、自己中心的、無頓着。



 答は一つ。あきらめるしかない。



 この問題は、本当に「根」が深い。あなたが少しくらいがんばったところで、どうにも

ならない。そこであなたがとるべき方法は、一つ。



 相手に合わせて、つまり、そういう(性質)とあきらめて、対処するしかない。その上

で、あなたなりの生活を、つくりあげるしかない。しかしかろうじてだが、一つだけ、方

法がないわけではない。



 その若者自身が、自分が、そういう人間であることに気づくことである。しかしこのば

あいでも、たいていの若者は、それを指摘しても、「自分はちがう」と否定してしまう。脳

のCPU(中央演算装置)の問題だから、それに気づかせるのは、容易ではない。



 が、もしそれに気づけば、あとは時間が解決してくれる。静かに時間を待てばよい。

(040201)(はやし浩司 ピーターパン シンドローム ピータパンシンドローム モラトリアム
人間 パラサイト人間 ダン・カイリー 大人になれない若者)






最終更新日  2009年03月27日 08時16分21秒
2009年03月09日
カテゴリ:親子の問題
●働いた経験のある女性(母親)、ない女性(母親)

+++++++++++++++++++++

「無私の愛」とは言うが、しかし男性(父親)と、
女性(母親)とでは、愛のとらえ方が、微妙にちがう(?)。

いくら「無私」とはいっても、たとえば、子どもを育てるには、
それなりのお金がかかる。
そのお金についてだが、働いたことがある人と、そうでない
人とでは、お金に対する感覚が、微妙にちがう。
働いている男性(父親)は、それがよいことか、
悪いことかという話は別にして、
そこに金銭的価値を混入する。
働いた経験のない女性(母親)は、金銭的価値をあまり
考えない。

+++++++++++++++++++++

●日本の常識

ときどき男たちの間で、こんなことが話題になる。
「働いたことのある女性(母親)と、働いたことのない女性(母親)は、
微妙にちがう」と。

働いたことのある女性は、(時間)と(金銭)を結びつけることができる。
しかし働いたことのない女性は、それができない。

たとえばその女性(母親)のために何かをしてやったとする。
そのとき、働いたことがある女性は、(してもらったこと)を、
時間や金銭に換算して評価する。
「2時間、働いてもらったから、2000円くらいのお礼はしなければ
ならない」と。
しかし働いたことのない女性(母親)は、それができない。
たとえば「相手は、私が魅力的だから(?)、してくれた」と思う(?)。
まあ、そこまでは思わないにしても、たいていにっこりと笑って、
「ありがとう」だけですんでしまう。

私も以前は、いろいろな場面で育児相談を受けていた。
そういうとき相手が職をもった父親だと、そのつど、ポンポンと、
反応が返ってくる。
金銭的な反応だけではない。
何かの協力を申し出られることもある。
「先生、今度、いっしょに釣りに行きませんか」
「いい店がありますから、食事でもどうですか」とか、など。

が、女性(母親)には、それがない。
ないばかりか、金銭感覚そのものが、うとい。
こんなことがあった。

●みやげなし(?)

久しぶりにその人の息子夫婦が、赴任先の仙台から帰ってきた。
3歳になる孫もいっしょだった。
そのときのこと。
息子夫婦は、手ぶらで帰ってきた。
しかしこれは日本の常識ではない。
世界の常識でもない。
そこでその人が、「いくら親子でも、手ぶらで帰ってくるやつがいるか」と、
息子を叱った。

これに息子が猛反発。
「パパは、みやげがほしかったのか!」「そのために、ぼくを呼んだのか!」と。

で、そこへ母親が割り込んできた。
割り込んできて、息子の味方をした。
「見返りを求めるなんて、おかしいわよ!」と。

言い忘れたが、息子夫婦が仙台から帰ってくるについて、旅費は、
すべて父親が負担した。
そういうこともあって、父親もキレた。
「みやげ程度のことを、見返りとは言わない。常識だア!」と。

あなたなら、この話を聞いて、どう思うだろうか?
私は(男性)だから、父親の言い分のほうが正しいと思う。
いくら何でも、手ぶらは失礼。
親子の間でも、失礼。
しかし私のワイフなどは、母親の言い分のほうが正しいと言う。
ワイフも、私と結婚して以来、一度も働いた経験がない。
言うなれば、「お金は天から降ってくるもの」と思い込んでいる。

●当たり前

最近の若い人たちは、独特の考え方をする。
たとえば高校や大学へ行くことについて、それを感謝している若い人は、
まず、いない。
口では「ありがとう」と言うが、それはあくまでも儀礼。
「行くのが当たり前。そのために、親が学費を出すのは、当たり前」と、
そういうふうに考える。

当たり前ということは、当たり前。

一方、父親のほうはどうかというと、いくら「無私の愛」といっても、
そこまで割り切ることはできない。
今、都会へ1人の子どもを大学生として送ると、生活費だけで、1000万円
程度(4年間)はかかる。加えて学費。4年間で、計2000~3000万円の
出費ということになる。
(これでも実際には、安いほう。)

働いている男性なら、それがどういう額か、わかる。
わかるから、「当たり前」という考え方には、少なからず、抵抗を覚える。
が、女性(母親)には、それがわからない。
とくに働いたことのない女性(母親)には、それがわからない。
子どもといっしょになって、「当たり前よねえ」などと言ったりする。

●親、貧乏盛り

『子ども大学生、親、貧乏盛り』というのは、私が考えた格言である。
子どもが大学生になると、親は、爪に灯をともすようにして、学費を工面する。
懸命に笑顔をつくりながら、「金はあるか? 足りなかったら言えよ」とは、
言うものの、懐(ふところ)のさみしさが、ふと言葉を詰まらせる。

しかしその結果……というより、今の若い人が、どうしてそこまで
ドライに割り切ることができるのか、私には不思議でならない。
中には、親に向かって、「金だけを出せば、それで親の義務が果たせたとでも
言うのか」とか、
さらに「日本も、アメリカのような奨学金制度を作ればいいじゃないか」とか、
言う若い人もいる。
だからある父親は、私にこう言った。

「あのね、親はね、苦労してまで、息子や娘を大学などに出すものじゃ
ないですよ」と。
つまり「出してやっても、むなしいだけ」と。
「損」という言い方には語弊があるが、「損」と。

●学歴は個人的利益(?)

要するに、日本の教育制度が、おかしいということ。
学歴を、個人的な利益と結びつけて考える傾向もある。
だからその負担は、個人、つまり各家庭の親がすべき、と。
本来なら、学歴は、万人のためのものでなければならない。
もっと言えば、頭のよい人は、その頭を、万人のために使ってこそ、
頭のよい人ということになる。

が、この日本では、学歴というのは、あくまでも個人の利益を
追求するための道具でしかない。
だから隣人が、息子の学費で四苦八苦していても、だれも同情しない。
だれも助けない。
また制度そのものも、おかしい。
日本も奨学金制度を拡充すべきだが、いまだにその制度は、貧弱で、
奨学金といっても、「小遣い程度」でしかない。
結局、そのシワ寄せは、大学生をもつ親のところにのしかかってくる。

●私の息子たち

私も3人の息子たちを育てたが、こと学費に関しては、損得の計算を
したことはない。
惜しみなく、出してきた。
出してきたが、今になって、ときどき、「あそこまでやる必要はあったのか」
と思うことはある。

たとえば息子たちに買ってやったパソコンにしても、いつも、私が
もっているのより、高性能のものだった。
家を建てたときも、自分たちの書斎よりも、子ども部屋のほうを優先させた。
しかしそういった親心というのは、少なくとも私の息子たちを見るかぎり、
まったくといってよいほど、伝わっていない。
私の息子たちにしても、どちらかというと、みやげなどもたず、
手ぶらでくるタイプである。

●結論

話は大きく脱線したが、結局は(苦労)を、どのように理解するかということ。
そこに行き着く。
私のワイフも、ときどきこう言う。
「家庭に入った主婦だって、たいへんなのよ」と。
しかし本当に、そうだろうか?
そう言いきってよいのだろうか?

たとえば朝、夫婦喧嘩をしたばあいを考えてみたらよい。
何かのことで、怒鳴りあったとする。
そういうとき女性(母親)は、そのまま部屋に入って、中からカギをかえば、
それですむ。
ふとんをかぶって寝ていれば、それですむ。
しかし仕事をしている男性は、そうはいかない。
どんなに気分が悪くても、身支度を整えて、会社に向かわねばならない。
会社で人に会えば、笑顔を作らねばならない。
それから受けるストレスには、相当なものがある。

だから男性(父親)と女性(母親)とでは、微妙なちがいが出てくる。
いくら「無私の愛」といっても、男性と女性とでは、とらえ方がちがう。
(働いたことのある女性)と、(働いたことのない女性)とでは、
とらえかたがちがう。

「見返りを求めない」といっても、(みやげ)など、見返りにもならない。
私は結婚する前から、またワイフに納得してもらった上で結婚したが、
収入の約半分を、実家に仕送りしていた。
27歳くらいのときから、生活費や法事の費用、さらには商品の仕入れの費用など、
すべて私が負担した。
そういうのを、私の世界では、「見返り」という。
繰り返すが、「みやげ」程度で、「見返り」などと、おおきな顔をしてほしくない。
今の若い人たちには、それを理解するのは、むずかしいことだろうが……。


Hiroshi Hayashi++++++++MARCH・09++++++++++++はやし浩司







最終更新日  2009年03月09日 08時08分10秒
2009年03月07日
カテゴリ:親子の問題


●ポスト・介護

+++++++++++++++++++

今朝、目を覚ます前に、こんな夢を見た。

実家の店先に、母(08年他界)と、祖父(他界)が
いっしょにいた。
それを見て、つまり母が祖父を見て、こう言った。
「じいちゃんは、もう死んだはずなのに、どうしてここにいるの?」と。
それを聞いて、祖父が照れくさそうに笑った。
私も笑った。
で、私はこう言った。
「母ちゃん、あんただって、死んだはずだよ」と。
それを聞いて、母が笑った。
私も笑った。

で、奥の部屋のほうへ行くと、そこに兄(08年他界)がいた。
兄は、階段の上から、下へおりてくるところだった。
そこへ10人前後の人たちが、ドヤドヤと入ってきた。
どこかの仏教教団の人たちという。
その人たちが、こう言った。
「あんたの兄さんのために、お経をあげさせてくれ」と。
それに答えて、私は「勝手になさるなら、どうぞ」と。
するとその教団の人たちは、レコードをかけ始めた。
「あなたの兄さんが好きだった曲です」と。
私は「?」と思っていたが、かけられた曲は、美空ひばりの『悲しい酒』。
「よく知っているなあ」と私は感心した。

見ると、みなが、どこで集めてきたのか知らないが、サクラの花びらを、
パラパラと空に向かってまいていた。
それが雪のように美しかった。
それを見て、兄が照れくさそうに笑った。
私も笑った。

++++++++++++++++++++

●夢判断

生きているときは、兄の夢など、ほとんど見たことがない。
が、死んでからは、よく出てくる。
母にしても、そうだ。
しかしどういうわけか、兄にしても、母にしても、いつも笑っている。
今朝の夢にしても、そうだ。
死んだ母に、「あんただって……」と言ったとき、母は笑っていた。
「そうやったなあ」というような顔だった。

この話を朝食のときワイフにすると、ワイフはこう言った。
「『ウラメシ~』と出てこられるとつらいけど、笑って出てくるというのは、
いいことね」と。

●介護

母の介護にしても、兄の介護にしても、金銭的な負担は、すべて私がした。
いろいろそのつど、思ったことはあるが、グチをだれかに告げたことはなかった。
ワイフにすら、告げたことがない。
だいたい、グチぽいことすら、考えたことがない。

兄が廊下でクソを落としたときも、むしろ笑って、それを始末することができた。
母の便の始末は、すべて私がした。
しかしそれを「イヤ」と思ったことは、一度もない。

介護というのは、そういうもの。
「イヤ」と思えば、負担になる。
受け入れてしまえば、何ともない。

ただ兄にせよ、母にせよ、施設に入ったときには、解放感を覚えた。
しかしその解放感とて、予想していたものではない。
施設へ入ったあと、それまでの介護が、ウソのように楽になった。
それで解放感を覚えた。

が、それで心理的圧迫感が消えたわけではない。
日帰りの旅行をするときですら、一度、施設に電話を入れて、様子を
聞かねばならなかった。
そういう圧迫感はあった。
が、それとて、母が他界して、はじめてわかったこと。
圧迫感から解放されて、それまでその圧迫感があったことを知った。

●ウラメシ~

ワイフが言うには、「ウラメシ~」と、化けて出てこられたら……?
介護の仕方によっては、「ウラメシ~」と、母や兄が夢の中に出てくることだって、
考えられる。
それは深層心理によるもので、いくら表面的に献身的な介護をしていたとしても、
心の奥がそれにともなっていないばあいには、「ウラメシ~」となる。
その可能性は高い。

私「ほら、何かの本で読んだけど、あの金xxは、夜な夜な、何かにうなされて
いるそうだ」
ワ「何十万人もの人を殺しているからね」
私「怖ろしいと思うよ。それこそ人影を見ただけで、おびえたりする」
ワ「安眠できないわね」
私「だから一晩中起きて、酒を飲んでいるそうだ」と。

●今、介護で苦労している人へ

これは私からのささやかなアドバイスということになる。
まず、「運命は、受け入れる」。
そのときはいろいろあるだろう。
たいへんなことも、わかる。
しかし運命というのは、受け入れてしまえば、なんでもない。
が、一度逆らうと、運命は悪魔となって、あなたに襲いかかってくる。
ちょっとしたことでも、それが何十倍も、何百倍も、大きな負担となって、
あなたに襲いかかってくる。

ある女性は、痴呆症になった義父が、男性用の小便トイレで、ウンチを
しただけで、パニック状態になってしまった。
ギャーギャーと泣きわめいて、あちこちに電話をかけていた。

私はその話を聞いて、「ぼくのところでは、よくあること」と思った。
幼稚園でも教室でも、子どもたちが、ときどき、それをする。
小便器のほうに、ウンチをする。
庭で放し飼いにしている犬のハナだって、そうだ。
朝起きると、ハナのウンチの世話をするのが、日課になっている。
しかしそうした始末を、不愉快に思ったことはない。
それが「運命」だからである。

●最大限、してやる

近くあの世へ行く人がいたら、できるかぎり親切にしてやるのがよい。
後悔することがあるとするなら、「それをしてやらなかった自分」という
ことになる。

今になって、「もっとやってやればよかった」「ああしてやればよかった」と
思うことはある。
そういう後悔は残さないほうがよいが、しかしそれはだれしも思うことだそうだ。
義姉が、そう話してくれた。

まずいのは、あとで「ウラメシ~」と出てくるようなことをすること。
幽霊などいない。
それはわかっているが、しかし心の中から消すのも、むずかしい。
いるとするなら、私やあなたの心の奥に、(いる)ということになるが、
そういう幽霊を作らないこと。

もし今朝の夢の中で、母や兄が、それに祖父が、暗く、つらそうな顔を
して出てきたとしたら、それは私自身が罪の意識を感じているからに
ほかならない。
罪の意識が悪夢を作る。
が、幸いなことに、みな、笑っている。
いつも夢の中では、笑っている。
もともとおかしな、どこかひょうきんな家族だった。
それでそういう夢を見る。

それにしても、あのサクラの花びらをまいてくれたのは、どこの教団の
人たちなのだろう。
1人、2人は、見覚えのある人だったが、どこのだれだったかまでは、
思い出せない。
おもしろい夢だった。


Hiroshi Hayashi++++++++MARCH・09++++++++++++はやし浩司






最終更新日  2009年03月07日 17時56分42秒
2009年03月06日
カテゴリ:親子の問題
【長いトンネル】(息子の引きこもり)

●パパ、もうだめだ

 「日本には、2度と帰って来ない」と。C雄は、そう言って、伊丹空港から、オースト
ラリアへと旅立っていった。友人のT君もいっしょだった。
 が、それから1年、そして2年が過ぎた。1年目は、キャンベラにある、C大学、2年
目は、メルボルンにある、L工科大学に席を移して、専門学部への進学に備えていた。
 あまり勉強しているふうでもなかったが、私もそれほど期待はしていなかった。専門学
部へ入学し、学士号(バッチャラー)を取得するのは、オーストラリア人の学生でもむず
かしい。日本人の留学生のばあい、20人に1人以下と聞いていた。「数年オーストラリア
にいて、それなりの力をつけて帰ってくれば、それでいい」と、私は考えていた。それ以
上に、広い世界を見ることが、何よりも大切と考えていた。
 が、そのC雄から、ある夜電話がかかってきた。受話器を取ると、電話口の向こうで、「パ
パ、もうだめだ」と言った。暗く沈んだ声だった。私は異常さを察知して、「すぐ帰って来
い」と言った。その少し前、専門学部に進学できそうだと言っていた矢先のことだった。
 が、まさか、その翌々日の夜に帰ってくるとは思っていなかった。勝手口で物音がする
ので、そちらを見たら、C雄が、そこに立っていた。大きなカバンを2個、横に置いてい
た。

●私の夢

「日本の大学……」ということも考えた。しかし私は、C雄が小学生のころから、オース
トラリアへ留学させることだけを考えていた。私は、オーストラリアですばらしい経験を
した。同じ経験を、C雄にもさせたかった。
 今にして思うと、それは私という親の、身勝手な願いであった。C雄がそれをしたいと
言ったわけではない。C雄の心を確かめたわけでもない。私は妄信的に、それがC雄にと
っても、いちばん好ましいことだと思った。
 何人かの知り合いのつてを頼りに、C雄をオーストラリアへ送った。下宿先も、元高校
教師という人に頼んだ。が、何よりも心強かったのは、もし万が一のときでも、オースト
ラリアの友人たちが、そこにいたことだった。みな、協力を、快く申し出てくれた。
 しかしC雄には、何もかも、合わなかった。水も空気も食べ物も、そして生活も。

●引きこもりの始まり

 家に帰ってから、C雄は、私たちとはほとんど口をきかなかった。食事ときだけ、食堂
へ下りてきたが、それが終わると、また自分の部屋へそのまま戻っていった。「まさか……」
とは思いながらも、日増しに不安は大きくなっていった。C雄の生活が、大きく乱れ始め
たのは、帰国してから、1~2週間目くらいからではなかったか。
 朝、起きてきない。夜更かしがつづく。食事の時間が、混乱する。が、やがて昼と夜が
逆転し始めた。
 昼間は一日中、引きこもったまま。夜になるとノソノソと動き出した。しばらく観察し
てみると、毎日、約1時間ずつ時間がずれていくのがわかった。C雄にとっては、1日が
25時間ということになる。前々日は、午後4時ごろ眠り始める。前日は、午後5時ごろ
眠り始める。そして今日は、午後6時ごろ眠り始める。

●引きこもり

 幸いというべきか、私には、それまでに、10例以上も、このタイプの子どもを指導し
てきた経験があった。早くは20数歳のときに経験した。が、当時は、「引きこもり」とい
う言葉すらなかった。家庭内暴力についても、そうだった。多くの人は、専門家とよばれ
る人たちも含めて、引きこもりは、子どものわがまま、家庭内暴力は、親の甘やかしが原
因と考えていた。
 21世紀に入ってからも、引きこもりや不登校を、強引な方法で治す(?)女性が、愛
知県に現れた。マスコミでも話題になった。その女性のばあい、その子どもや親に罵声を
浴びせかけて治す(?)というものだった。
 それ以前にも、Tヨットスクールという、これまたあやしげな団体があった。そのスク
ールでは、わざと転倒するヨット(セールボート)を子どもに操縦させ、それでもって子
どもの情緒障害を治す(?)というものであった。
 しかしこんな方法で、子どもの心の問題が、解決するはずはない。

●M君のケース

 が、私が最初に、というか本格的にこのタイプの子どもを指導をしたのは、30歳も過
ぎてからのことだった。名前をM君としておく。
 M君は当初、不登校から始まった。中学2年のときのことである。親か相談があったの
で、私はM君の家まで出向いた。M君はふとんの中にもぐったまま、返事もしなかった。
私が体を引きずりだそうとしても、ビクともしなかった。そばにいた父親と母親は、あき
れ顔でそれを見ていた。
 それがはじまりで、そのあと私はM君と、5年間、つきあうことになった。いろいろあ
ったが、それを書くのは、ここでの目的ではない。で、私の結論は、こうだ。この問題だ
けは、簡単には解決しない。まわりの人たちがあせればあせるほど、逆効果。むしろ症状
をこじらせてしまう。何よりも大切なのは、(時間)である、と。
 このことは話が飛ぶが、それから10年後、M君と街角で会って確信した。「先生!」と
声をかける男性がいたので、見るとM君だった。そのM君は、いきなり私にこう言った。「先
生、ぼくのほうが先生より稼いでいるよね」と。話を聞くと、ゴルフのプロコーチをして
いるということだった。
 中学時代からM君は、学校をさぼって、近くの公園でゴルフばかりしていた。

●覚悟を決める 

 私とワイフは覚悟を決めた。「なるようになれ」「なるようにしかならない」と。しかし
それは苦しい決断だった。私の立場では、つまり私の職業からして、これほどまでに大き
な敗北感はなかった。事実、それから数か月、自信をなくした私は、今の仕事をやめるこ
とまで考えた。
 が、そんな私を救ってくれたのが、もう1人の息子だった。同じころ、中学校で、学年
でも1、2位の成績を修める一方、生徒会長に立候補して、当選した。成績がよかったか
ら……とか、生徒会長になったから……とかいうわけではなかったが、暗い袋小路の中で、
一筋の光明を見たことは事実。
 私とワイフは夜中にこっそりとドライブに出かけ、山の中に車を止め、そこで泣いた。

●許して忘れる

 オーストラリアで学生生活を送っていたころ、私の友人は、よくこう言った。「ヒロシ、
許して忘れろ」と。英語では、「forgive & forget」という。この単語をよく見ると、「フォ・
ギブ」は、「与えるため」とも訳せる。「フォ・ゲッツ」は、「得るため」とも訳せる。
 そのとき私は、その言葉の意味がわかった。……と書くと少しおおげさに聞こえるかも
しれないが、そのとき、大粒の涙がいく筋も、頬を伝って落ちた。
「フォ・ギブ&フォ・ゲッツ」というのは、「愛を与えるために許し、愛を得るために忘れ
る」と意味になる。
 つまり「愛」ほど、実感のしにくい感情はない。しかし「いかに相手を許し、いかに相
手を忘れるか」、その度量の深さで、愛の深さが決まる。他人の子どもなら、「はい、さよ
うなら」で別れることもできる。しかし自分の子どもでは、それができない。だったら、
許して忘れるしかない、と。

●ほどよい親、暖かい無視

 C雄に接する上において、私たち夫婦は、つぎの2つのことを頭に置いた。(1)ほどよ
い親であること、(2)暖かい無視を繰り返すこと。
 これはこうした子どもと接するときの、家族の鉄則。あれこれ気を使えば使うほど、ま
た何かをすればするほど、子ども自身を追い込んでしまう。それもそのはず。親以上に、
子どものほうが、苦しんでいる。
 が、それから3、4年にわたって、闘病生活がつづいた。一時は心療内科に通い、精神
薬を処方してもらったこともある。が、C雄には、合わなかった。副作用が強く、吐き気
を催したり、腹部の不快感を訴えたりした。また一時的に快方に向かう様子を見せたあと、
その反動からか、どっと落ち込むこともあった。
 私たち夫婦にしても、まるで腫れ物に触れるかのような接し方をしなければならなかっ
た。表面的には静かでも、C雄の心は、いつも緊張していた。言い方をまちがえると、C
雄はそれに過剰なまでに反応した。

●友人のZ君

 その間、C雄には、友人は1人しかいなかった。が、その1人でも、ありがたかった。
名前をZ君という。小学校からの友人で、彼が週に1、2度、C雄を訪問してくれた。C
雄も、彼だけには、心を許していたようである。もちろん部屋の中で、彼ら2人が何をし、
どんな会話をしているかは、知らない。
 しかしZ君だけが、C雄の心の窓口となった。私はZ君には、感謝した。またZ君が訪
問してくれるよう、私たちなりに努力した。たまたまZ君の両親が、土建の仕事をしてい
たので、そういった仕事は、Z君の両親に頼んだりした。
 ただふつうの引きこもりよりは、やや症状は軽かったと思う。C雄は、ときどきはアル
バイト的な仕事はした。すし屋の小僧、デパートの玩具売り場の店員など。しかし長くは
つづかなかった。運も悪かった。C雄が勤める店や職場が、閉店になったり、閉鎖された
りした。
 が、ある日、突然、こんなことを言い出した。「旗振りの仕事をやってみる」と






最終更新日  2009年03月06日 09時35分38秒

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