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楽天・日記 by はやし浩司

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旅行記

2009年05月29日
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カテゴリ:旅行記
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子育て最前線の育児論byはやし浩司   09年 5月 29日
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【板取川】

●岐阜県・板取村へ

++++++++++++++++++++

今、ワイフと私は、電車
に乗って、板取村へと
向かっている。

++++++++++++++++++++

●電車の中で

この原稿は、電車の中で書き始めた。
名鉄・豊橋線の中。
土曜日ということもあって、子連れの夫婦が、
前後に何組か座っている。

私は職業柄、子どもたちの顔や姿を、ジロッ、ジロッと見てしまう。
どうしても見てしまう。
長く見る必要はない。
瞬間でよい。
時間にすれば、1秒前後か。
それでわかる。

年齢から、性格、さらには問題点まで。
で、私のばあい、10年~後の姿まで、見えてくる。
「この子は、こうなって、ああなって……」と。
過去も見えてくる。
「どういう家庭環境で、どう育ったか」と。
どこかの予言者みたいな言い方をするが、これは事実。
しかしスピリチュアル(霊力)などという、インチキなものではない。
経験と知識に基づいている。

診断権こそないが、何か情緒に障害をもっている子どもにしても、
瞬間、垣間見ただけで、それがわかる。
わかるものはわかるのであって、どうしようもない。

もちろんその反対のこともある。
学校で、LD(学習障害児)と判断された子ども(小1男児)がいた。
(学校側が、それをはっきりと示したわけではないが……。)
学校側は親に、特別学級への編入を勧めていた。
が、私は「そうではないと思う」と、母親に告げた。
「~~ではないと思う」という診断なら、私にもくだせる。
で、2、3年もすると、その結果が、はっきりとしてくる。
その子どものばあいも、小学4年生になるころから、めきめきと
成績を伸ばし始めた。
現在は小学6年生だが、その学校のクラスでも、トップの成績を修めている。

……しかしそれがわずらわしいから、(子どもがわずらわしいからではない。
誤解のないように!)、本当は、こうした休日には、できるだけ子どもの
そばに、すわらないようにしている。
どうしても気になってしまう。
しかし、この席は、指定席。
車内も、ほぼまんべんなく、混んでいる。
席を移動することはできない。

●診断

ななめうしろの席のA君(小2くらい)。
度の強いメガネをかけている。
A君の遠視に気がついたのは、かなり遅かったのではないか。
年齢相応の人格の完成度に、やや欠ける。
動作が、どこか幼稚ぽい。
時折前の席に座った弟(5歳くらい)に、ちょっかいを出しているのは、
嫉妬からか。
赤ちゃん返りの後遺症も残っている。
弟の横には、母親が座っている。
それで弟の横にいる母親が気になるらしい。

……というようなことを書くのはやめよう。
今日は、一応、「旅行」。
仕事の話はなし!

+++++++++++++++++++++

【板取村・旅行記】

●生老から

「生老」……このあたりでは、「しょうろ」と読む。
その生老から、目的地の民宿「ひおき」まで、約10キロ。
生老で理髪店を営む従兄(いとこ)は、そう言った。

10キロ。
何とか歩けそう……ということで、私たちは歩き始めた。
坂道というほどでもないが、ときどきゆる~い坂道。
5月の新緑が、まぶしいばかりに美しい。
私はそのつど、風景をビデオや、カメラに収める。

●Yさん

私は従兄のYさんを、尊敬の念をこめて、いつも「Yさん」と「さんづけ」で呼んでいる。
頭がよい。
キレる。
たまたま田舎にいるが、都会に住んでいれば、超一級のドクターになっていたはず。
今とちがって、昔は自分で自分の病気を治さねばならなかった。
それで医学を独学した。

そのYさんが、自力で、囲炉裏小屋を建てた。
それを見せてもらった。
土台から屋根、部屋の造作まで、すべてひとりで作ったという。
道楽に、これ以上の道楽があるだろうか。

「ぼくも山荘を作るとき、家以外は、すべて自分たちでしました」と話したら、
うれしそうだった。
趣味を同じくするものには、相通ずるものがある。

ただし一言。
家作りにせよ、土地作りにせよ、それを作っているときが楽しい。
作り終えたとき、そこでその道楽は終わる。
今の私がそうだ。
終わったとき、また別のものを求めて、さまよい歩く……。
従兄も、同じようなことを言っていた。

●万歩計

万歩計を見ると、すでに1万1000歩になっていた。
家を出るとき、ゼロにセットしたはず。
「それほど歩いていない」と思ったが、それだけ歩いたのだろう。
ふだんなら、一日の運動量としては、じゅうぶん。
それをワイフに告げると、「今日は2万歩を超えるかも……」と言った。

私はところどころでビデオを撮ったり、写真を撮ったりした。
その間にワイフは、100メートルほど先へ。
私は急いで追いつく。
写真を撮っては、追いつく。
その繰り返し。






最終更新日  2009年05月29日 06時33分36秒

カテゴリ:旅行記


●門出(かどいで)から、上ヶ瀬(かみがせ)

上ヶ瀬(かみがせ)……なつかしい地名が飛び込んできた。
昔、伯父が、この街道筋で、駄菓子屋を営んでいた。
何度か遊びに来て、菓子を分けてもらったことがある。

風景は、すっかり変わっていた。
洋風の家も、ところどころに見える。
が、何と言っても、道路が立派になった。
見るとワイフは、小さなタオルで額をぬぐいながら歩いていた。
「だいじょうぶ?」と何度も声をかける。
そのつどワイフは、「だいじょうぶ……」と。
歩いてまだ20分ほどなのに、もう無口になってしまった。

で、たしか伯父の店は、その村の中心部にあったはず。
裏から外を見ると、その下に板取川が見えた。
「どこだったのかな」と思っているうちに、上ヶ瀬の村を出てしまった。

●静かな村

5月2日、土曜日。
しかしどこも閑散としていた。
みやげもの屋や、土地の名産品を売る店もいくつかあったが、
客の姿は見えなかった。
今が行楽のベスト・シーズン。
暑くもなく、寒くもなく……。

「きっと不景気だからよ」とワイフは言った。
「そうだね」と私は答えた。

行き交う車の数も、少なかった。
うす曇り。
その雲を通して、日差しは白く、まぶしかった。
春の陽光が私たちの影を、道路にしっかりと作っていた。

その私……。
背中には、大型のリュックサック。
パソコン一式、ペットボトルなど。
10キロ以上はある。
それが少しずつだが、身にこたえるようになってきた。
ズシンズシンと、太ももにひびく。

●加部から生老

話は前後するが、生老のひとつ手前の村が、加部(かべ)。
順に並べてみると、こうなる。
加部→生老→上が瀬。

その加部から杉原(すぎはら)まで、
私は子どものころから、一度は、歩いてみたいと思っていた。
加部というのは、母の実家があるところ。
母は、13人兄弟の長女として、そこで生まれ育った。

その加部から生老までは、歩いて5分くらい。
加部まで車で送ってくれた人に礼を言って、生老まで歩いた。

どうして歩いてみたいかって?
それにはこんな理由がある。

●山の向こう

私は子どものころから、この板取村へ来るたびに、母にきまってこう
聞いたという。
「あの山の向こうは、どうなっている?」と。

母もそのことをよく覚えていて、ずっとあとになって、「浩司は、うるさかった」
と、何度もそう言った。
それがいまだに記憶のどこかに残っていて、この年齢になっても、(山の向こう)の
夢をよく見る。

山の向こうには別の村があって、そこには温泉がある。
温泉には洞窟があって、みながその洞窟の中で温泉につかっている、と。
子どものころには、山の向こうには、キツネが住んでいる部落があると、
本気で私は信じていた。

しかしおとなになってから、私がよく見る夢は、こんな夢だ。

●夢

金沢から富山に抜ける。
そこから山をくだっていくと、板取川の源流にたどりつく。
(実際には、富山から板取川に入る道はないが……。)
私はその源流をくだりながら、上流から下流へと、村々を通り過ぎて、
くだっていく……。
ただの旅行の夢だが、崖の下には、コバルト色の澄んだ川が見える。
ところどころで道は細くなり、農家の軒先を歩く。
どうということのない、たわいもない夢である。

で、その夢のルーツはといえば、幼いころの私に戻る。
私には、周囲の山々が、山というよりは、緑の壁のように見えた。
だからその壁の向こうがどうなっているか、それを知りたくてたまらなかった。
それが今の夢につながっている(?)。
たぶん……?

●アジサイ・ロード

「ぼくは今日、自分の夢を果たしている」
「一度は、歩いてみたかった」
「これでぼくは思い残すことはない」と。

ワイフはすでに何も言わなくなっていた。
下を向いたまま、景色を楽しむという余裕もなさそう(?)。
私にはそう見えた。

ところどころに「アジサイ・ロード」という標識が立っていた。
その標識の立っている周辺には、たしかにアジサイの木があった。
残念ながら、今は、その季節ではない。

で、見ると、ひとつの標識に「岩本(いわもと)」という地名が書いてあった。
とくに思い出はないが、正月の初詣に、母と、この村のお宮様に来たことがある。
このあたりでは、神社のことを、「お宮様」という。
私が小学生くらいのことではないか。

そうそう言い忘れたが、このあたりの人たちの姓は、ほとんどが「長屋」。
だからみな、姓ではなく、名前で呼びあっている。

●長屋氏

みな「長屋氏」を名乗っているが、一族というわけではない。
戦国時代に活躍した長屋氏の子孫でもない。
明治に入ってから、みながいっせいに、「長屋」の姓を名乗るようになったという。
(その昔には、岐阜城が落城したとき、長屋なんとかの守(かみ)が、
落人(おちうど)として、この地に移りすんだという話は聞いたことがある。
不正確な話で、ごめん。)

その昔は、この街道を通る人たちから、通行料を徴収していたという。
「徴収」といえば聞こえがよいが、要するに山賊(?)。
昔それを母に言って、えらく母に叱られたことがある。
「わっち(=私)の先祖は、山賊ではねえ(=ない)!」と。

この街道を抜ければ、岐阜から福井県の大野へ、そしてそのまま
日本海へ行くことができる。
昔は福井で取れた魚や、越中富山の薬売りなどが、この道を通ったという。
日本でも秘境のひとつと言ってもよい。
途中には、落差200メートル近い渓谷がある。
さらにその先では、恐竜の化石が、つぎつぎと発見されている。

●森林

30年ほど前、私は、板取村の中の山林を購入した。
よく調べなかった私が、「ターケボー」ということになる。
ターケボーというのは、このあたりの方言で、「愚か者」という意味である。
「バカ」よりは、ニュアンスが強い。

当時の相場でも、x0万円。
それをその人を信じて、x00万円で購入してしまった。
私にとっては、信じてもおかしくない立場の人だった。
まさかのまさか。
そういう人にだまされた。

で、そのあとも、毎年、言われるまま、管理費なるものを、払っていた。
その額、8~10万円。

「枝打ちをしたから実費を払え」「下草を刈ったから実費を払え」と。
しかしこれもあとになってわかったことだが、その人は山の管理など、
何もしてくれていなかった。
またこうした管理は、森林組合に申請すれば、組合のほうで、無料でしてくれる。
そういう話も、あとから聞いた。

その森林が、30年を経て、x0万円。
30年前には、x00万円もあれば、家を新築することができた。
x00万円がx0万円!
現在のx0万円では、駐車場をつくるのも難しい。
その手続きをすませ、従兄が住む生老へとやってきた。
従兄が今回の売買では、いろいろと力になってくれた。
その礼を言いたかった。







最終更新日  2009年05月29日 06時33分11秒
カテゴリ:旅行記
●類は友を呼ぶ

今回の金融危機で、金融資産を100分の1にした人がいる。
1億円が、100万円。
そういう人の話を、身近で聞いていたので、x00万円くらいなら、
何でもない……と言いたいが、そうはいかない。

相手がそれだけの誠意を見せてくれれば、まだ救われる。
母にも近い人だったが、母の葬儀にも来なかった。
今回も、何も協力してくれなかった。

昔からこう言う。
(私がそう言っているだけだが……。)
『被害者はいつまでも被害を受けたことを覚えている。
しかし加害者には、その意識がない。
あってもすぐ忘れる』と。

「復讐」という言葉もあるが、それを考えるだけで、疲れる。
だから忘れるのが一番。
どうせその程度の人は、その程度の人生しか送っていない。
まさに一事が万事。
万事が一事。
いろいろ噂が耳に入っているが、板取村でも、つまはじき者とか。

さらに言えば、『類は友を呼ぶ』。
その人と親しく交際している人を、私は何人か知っている。
しかしたいへん興味深いことに、どの人も、似たような人。
小ずるくて、どこか薄汚い。

●損論

少なくともこの10年以上、私は悶々とした気分が晴れなかった。
金銭的な損失を問題にしていたわけではない。
事実、それで売れなかったら、山林は、地元の森林組合に寄付するつもりでいた。

それ以上に、信じていた人に裏切られたというのは、信じていただけにショックが大きい。
それに私は、板取の人たち以上に、この村が好きだった。
今も好きだ。

しかしこの村へ来るたびに、ムッとした不快感と闘わねばならない。
それが苦痛だった。
だからはやくスッキリしたかった。
ケリをつけたかった。
山林のことは忘れたかった。
ついでに、それを売りつけた人のことも忘れたかった。

が、悪いことばかりではない。
人は、損をすることで、より大きくなれる。
損を恐れていたら、自分の殻(から)を破ることはできない。
「損をした分だけ、またがんばればいい」と。

人は追いつめられてはじめて、つぎの手を考える。
同じように、損をすることで、より賢くなる。
ちなみに、あなたの周囲で、ケチケチしながら生きている人を見てみるとよい。
そういう人ほど、小さな世界に安住しているのがわかる。

●中切(なかぎり)

母方の兄弟が13人もいる。
そのため、このあたりには、私の従兄弟が、散らばっている。
この中切にもいる。
私たちは、「Mちゃん」と呼んでいた。
当時としては珍しい、背が高く、スラリとした人だった。
夫は長く、中切の郵便局の局長をしていた。

で、ワイフは、相変わらず黙って歩いていた。
距離がわからないから、バス停に来るたびに、バスの時刻表を見た。
朝、7時01分に、板取温泉を出るバスがある。
その時刻は知っていた。
だから、時刻表に、7時05分とあれば、板取温泉からバスで、4分の
距離ということになる。
中切りのバス停では、7時05分となっていた。

「あと4分の距離だから……」と私は言った。
ワイフはウンとだけ、うなずいた。
ワイフはすでに体力の限界を超えていた。
それが私にも、よくわかった。

●絶望

その中切を出たところに、コンビニがあった。
飲み物を買った。
で、そこの若い主人に、「板取温泉まで、あとどれくらいですか」と聞いた。
主人は、「5分……」と言った。

私「歩いていくと、どれくらいですか?」
主「5キロくらいかな……。こ1時間はかかるかな……」と。

私は、この「5キロ」という言葉を聞いて、がく然とした。
「まだ、半分しか来ていない?」「いや、そんなはずはない」と。
「もしそうなら、今までの倍の距離など、とても歩けない」と。

私ははじめて弱音を吐いた。
「従兄に助けに来てもらおうか」と。
ワイフは、その言葉にずいぶんと迷ったらしい。
「そうねえ……」と、小さな声でつぶやいた。

●なしのつぶて

私に山を売りつけた人には、何度か手紙を書いた。
しかしそのつど、返事はなかった。
その私も61歳。
そろそろ身辺の整理をしなければならない。
山林など、もっていても、どうしようもない。
そこで山林を売りに出すことにした。

しかし山林は、町中の宅地のようなわけにはいかない。
売るといっても、その方法がない。
それを扱う不動産屋もない。
しかたないので、私は新聞に、折り込み広告を入れた。
「山林を買ってくれる人はいませんか?」と。
が、この折り込み広告が、その人の逆鱗に触れたらしい。
私のことを、「浜松のターケボー」と、周囲の人たちに言っているのを知った。

「自分に恥をかかせたから、ターケボー」と。

どこまでも、あわれな人である。
心の貧しい人である。
心の髄(ずい)まで、腐っている!

●山林

素人は、そしてその土地の人間でないならば、山林などに手を出してはいけない。
「投資のつもり」と考える人がいるかもしれないが、それもやめたほうがよい。
買うとしても、何町歩単位というように、山ごと買う。
理由がある。

山そのものには、財産的価値はほとんどない。
価値があるとすれば、その上の木。
「立木(たちぎ)」という。
しかしその管理がたいへん。
木の管理もたいへんだが、隣地との境界をどう守るかもたいへん。
10年も放っておくと、境界すらわからなくなる。

加えて買うのは簡単だが、売るのがたいへん。
まず不可能と考えてよい。
山林というのは、地元の知りあいどうしが、内々で売買するのが慣わしになっている。
私はそれを知らなかった。
私はたしかに、ターケボウだった。

●あと2キロ

「もうだめだ……」と、私も思うようになった。
ワイフはひざが痛いと言った。
私も太ももが、引きつったように痛くなり始めていた。

私「きっと10キロではなかったんだよ」
ワ「……」
私「きっと15キロだっただよ」
ワ「……」
私「ぼくの夢につきあわせて、ごめんね」
ワ「毎度のことよ……」
私「うん……」と。

ビデオを撮る回数も少なくなった。
首にぶらさげたカメラが、ベルトのバックルにカチャカチャ当たる。
心の遠くで、「カメラに傷がつく」と思ったが、それをポケットにしまう
元気もなかった。

と、そのとき小さな看板が目についた。
「板取温泉まで、2キロ」と。

とたん元気がわいてきた!
あと2キロ!

「あと2キロだよ。家から、ビデオショップまでの距離だよ」と。

私たちは丘の上を歩いていた。
その向こうに、赤い大きな屋根が見えてきた。

「着いたよ!」と声をあげると、ワイフははじめてニッコリと笑った。

●板取温泉

このあたりでは、ドイツ語が公用語になっている、らしい。
少し前に通り過ぎた、板取中学校にも、ところどころにドイツ語が使われていた。
ドイツのどこかに似せて、村興(おこ)しをした(?)。
板取温泉も、そういう雰囲気を漂わせていた。

それが正解だったのか?
昔からの板取を知る私としては、違和感を覚える。
あちこちに「スイス村」という表示も見える。
しかしどうして板取が、スイス村?
雰囲気からして、カナディアン村のほうが、合っている。

和室の一部を、水色に塗り替えたような違和感である。
スイスは山の上の国。
板取は、深い谷あいの村。

しかしそれを差し引いても、板取温泉は、すばらしい。
美しい自然の中にある。
私自身は、まだ一度も入浴していないが、評判はよい。

●山の宿・ひおき(民宿)

私はこの板取村が好きだが、ここ数年は、板取村へ来るたびに、
いつもこの「ひおき」に泊っている。
板取村では、イチ押しの民宿である。
場所は、板取温泉の、川をはさんで反対側。
歩いて5分ほどのところ。

住所:岐阜県関市板取3752-1
電話:0581-57-2756

四季折々の自然を満喫できる。
1泊10500円(1名のばあい)。
手元の案内書にはそうある(09年5月)。

案内書には、「通気による冷暖対策のため、閉鎖的な客室構造とはなっていませんので、
ご了承くださいませ」とある。
そのポリシーが気に入っている。

のんびりと山間の田舎を満喫したい人には、お勧め。

●小さな村

そのひおきの主人が、私たちの部屋にやってきて、こう言った。
「山のほうは、片づきましたか?」と。

ギョッ!

この言葉には驚いた。
「どうして知っているのだろう」と。

私は折り込み広告を入れた。
それには、「浜松の林」という名前を明記した。
どうやらそれを読んだらしい。
しかしそれにしても……!

もうひとつの可能性は、以前書いた、私の旅行記を読んだ(?)。
その中で、「ひおき」の宣伝をしておいた。
今、ヤフーの検索エンジンなどを使って、「山の宿ひおき」を検索すると、
私のHPが、かなりトップのほうに出てくる。
それで私の名を知っていたのかもしれない。

もともと小さな村である。
折り込み広告にしても、全世帯で、530軒ほど。
動きが止まったような村だからこそ、その内部では、濃密な情報交換が
なされているにちがいない。

私が「実は今日、片づきました」と言うと、うれしそうに喜んでくれた。

●2万6400歩

ひおきに着いてから、万歩計を見ると、2万6400歩。
生老から民宿「ひおき」まで、1万4400歩ということになる。
私の歩幅で、1万歩で、約7・5キロ。
それで計算すると、生老から板取温泉まで、約10キロということになる。
従兄が言ったことは、やはり正しかった。

しかしそれにしてもよく歩いた。
荷物も重かった。
そのこともあって、ひおきでは、ご飯を、3杯も食べてしまった。
いつものことだが、おいしかった。
気持ちよく眠られた。
午後8時に就寝。
起きたのが午前4時。
ワイフは、午前5時。

まだキーボードがよく見えないときから、この原稿をまとめる。
今は午前5時半。
これから近くの川へ行き、ビデオと写真を撮ってくる。
家へ帰ってからの編集が楽しみ。
「どうか期待していてほしい」と、今、ふと、そう思った。






最終更新日  2009年05月29日 06時32分41秒
カテゴリ:旅行記


●帰りの電車の中で

帰りも名鉄電車を利用した。
一度JRへ回ったが、あまりの混雑に驚いた。
ワイフが、「名鉄にしましょう」と言った。
名鉄電車なら座席指定券が取れる。
それにシートもよい。

その電車の中。
たった今、電光掲示板に、アメリカ人の子どもに、豚インフルの疑いなし
と出た。
よかった。
昨日のニュースによれば、もう1人、名古屋市に住む人が感染の疑いがあるという。
その人はどうなったのか?

私「山が片づいて、よかったね」
ワ「そうね」
私「これから先、二度とあの家族とはつきあわないよ。
こうして悪口を書いてしまったからね」
ワ「そうね。これからは、あなた自身の板取を、心の中に作ればいいのよ」
私「そうだね」と。

窓の外は、昨日よりもさらに白く景色がかすんでいた。
春がすみ?
それとも黄砂?
ワイフも先ほどから、手帳にメモを書いている。
平和なとき。
おだやかなとき。

時刻は午前9時44分。
明日、三男の嫁さんが遊びにくる。
どこかでご馳走してやろう。
楽しみ!

電車は岡崎に着いた。
先ほど駅で買った、ういろうを、少し食べた。
おいしかった。
名古屋といえば、ういろう。
名古屋の名物。

(はやし浩司 Hiroshi Hayashi 林浩司 教育 子育て 育児 評論 評論家
はやし浩司 山の宿ひおき 山の宿・ひおき 板取 ひおき 民宿ひおき 関市
板取村 民宿 ひおき 板取温泉 岐阜県関市板取 岐阜県板取村)

YOUTUBE、板取川は、

http://www.youtube.com/watch?v=-YLl-w_rrog
http://www.youtube.com/watch?v=zUpMkDn1UBE


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●情報の洪水(Floods of Information)

++++++++++++++++

数日前、BSアンテナを買った。
テレビ(=フル・ハイビジョン)に接続した。
NHKの視聴料金はずっと払ってきたが、一度、アンテナが
壊れ、そのままになっていた。

その間、数年間。
私は基本的には、テレビはあまり好きではない。
見るとしても、スポーツとかニュースだけ。
あとはDVD再生用。

が、久しぶりにBSを見て、驚いた。
チャンネル数だけでも、10前後ある。
その上、フル・ハイビジョン!
美しさがちがう。
ダントツにちがう。
……ということで、この数日間、テレビに釘付け。

++++++++++++++++

●考える暇

そこは情報の世界。
それが怒涛のように、飛び込んでくる。
つぎからつぎへと、立ち止まって考える暇もない。
チャンネルをあちこちに替えながら見ていると、頭の中が興奮状態になる。
自分でもそれがわかる。

そこでふと考えた。
「選んで見ないと、これはたいへんなことになる」と。

情報の量が多いからといって、それだけ知識が豊富になったということにはならない。
情報というのは、一度、頭の中で、整理されなければならない。
そのつど立ち止まり、思考という形で、脳の中に刻んでこそ、
情報は情報としての意味をもつ。
一方的に情報の洪水の中にいると、それこそ情報の渦の中に巻き込まれてしまう。
具体的には、感覚が麻痺し、思考力を失ってしまう。

たとえて言うなら、薮から棒に、何か専門的なことを質問されたばあいを想像して
みればよい。
1つ2つならまだしも、そういう質問が、4つ5つと重なった場合を想像してみればよい。
1つや2つでも、私たちは、相手の質問の内容を吟味し、ゆっくりと答える。
いいかげんなことを言うと、かえって相手に誤解を招く。
これがここでいう「考える暇」というのが、それ。

もっとわかりやすい例では、落ち着きなく、あたりをキョロキョロと見回している
子どもがいる。
キョロキョロしているから、頭がよいということにはならない。
むしろ、その逆。
キョロキョロしながら、その実、何も考えていない。
その(キョロキョロした状態)になる。

●刺激されるのは右脳だけ

順に考えてみよう。

たとえば昨夜、民放(BS)で、アメリカの自然を特集していた。
ワシントン州の景色である。
私はその美しさに息をのんだが、もしそのとき、「きれい!」「美しい!」だけで
終わってしまったら、思考力ゼロということになる。
が、テレビのほうは、思考することそのものを許してくれない。
こちらが考える間もなく、つぎからつぎへと、画面を変えていく。

空撮から水辺、花畑から森の中、さらには時間を短縮した画像へ、と。
そのつどそれを見ている私たちは、それに振り回されるだけ。
もしそのとき、私たちにできることがあるといえば、即座にそれに反応することだけ。
子どもの世界で言うなら、右脳ばかりが刺激され、それで終わってしまう。

瞬間的な判断力は必要かもしれないが、それが思考力につながるということは、
論理的に考えても、ありえない。

●バラエティ番組

そこで私たちは何かの情報を得たら、それを吟味し、思考に変換していく。
分析し、論理として組み立てていく。
が、情報の洪水の中では、それができない。
その典型的な例が、バラエティ番組と呼ばれる番組である。

けばけばしいスタジオ。
けばけばしい出演者たち。
そういう人たちが、意味のないことをギャーギャーとわめき散らしている。
そういうことをするのが、テレビ番組のあり方とでも思っているよう。
またそういうことができないと、ああした番組には出られない。

ついでながら、もう1つ、気がついたことがある。

ああした番組に出てくる人たちは、それぞれのタレントについて、よく知っている。
「●△□さんねえ……」
「XXYさんねえ……」と。

残念ながら、私はそういう名前を出されても、1人も顔が浮かんでこない。
学者の世界で言うなら、ノーベル賞を受賞した学者の名前とかになるのだろう。
つまりそういう名前を相互に口にしながら、彼らは彼らで、自分たちのステータス
を守りあっている。
またそういう名前を出されたとき、「そんな人、知らない」とでも言おうものなら、
さあ、たいへん。
みなから袋叩きにあう。

そしていつもの自慢話。
「この前、●△□さんと、ドラマをご一緒させてもらいましてね……」
「XXYさんとは、~~パーティで、一緒になりましてね……」とか。

まるでテレビという世界を中心にした、特権階級に住んでいるかのよう。
それを見ている視聴者は、指をくわえて見ているだけ。

●かけ合い漫才

話が脱線したが、ああした人たちを見ていると、「この人たちには、静かに考える
時間があるのだろうか」と思う。
が、問題は、それを見ている人たち。
私たちはそうした番組を見ながら、情報に振り回されているだけ。
そのときはそれなりに楽しくても、あとには何も残らない。
残らないばかりか、毎回見ていれば、当然、その影響を受ける。

しゃべり方やジェスチャが似てくるのはしかたないとしても、
考え方まで似てくる。

まず相手をドキッとさせるように、スレスレのことを口にする。
「お前、何や?、そんなアホづらしてエ?」と。

あたかもそう言いあうのが、親しさの表れとでも言わんばかりの言い方である。
それを数回繰りかえしたあと、かけ合い漫才のようになる。
脳の表面に飛来した情報を、ペラペラと口にする。

そこで問題点を整理すると、こうなる。

●問題点

(1)情報の洪水(一方向的な情報の洪水)
(2)思考力の低下(浅薄化)
(3)情報の麻薬性(絶えず情報に接していないと落ち着かない)
(4)禁断症状(情報が切れると、落ち着かない)

(1)情報の洪水。

このばあいも、「だから、どうなの?」と自問してみればよい。
「それがわかったからといって、どうしたの?」と。
それだけでも情報の量は、かなり選択される。

(2)思考力の低下

これはテレビ局側のねらいとも一致する。
間断なく情報を流すと、脳みそはその間、思考停止の状態になる。
つまりカラッポ。
そのあとコマーシャルを流せば、視聴者をそのまま洗脳することができる。
が、視聴者こそ、よい迷惑。
テレビ局側に操られるまま、操られてしまう。

(3)情報の麻薬性

これは私の母や兄を観察していて気がついたことだが、見てもいないのに、
母や兄は、一日中、いつもテレビをつけっぱなしにしていた。
テレビをつけていないと、落ち着かないらしい。
「情報の麻薬性」というのは、それをいう。
が、それは同時に、視聴者の愚民化を意味する。

(考えること)には、ある種の苦痛がともなう。
情報を垂れ流すことによって、その苦痛から、身を守ることができる。

(4)禁断症状

情報に接している間は、安心感を覚える。
が、その情報が途絶えたとたん、不安になる。
こうした視聴者の心理をテレビ局側は知り尽くしている。
だから、愚劣番組を垂れ流す。

見るからにそれらしい出演者たち。
視聴者は、自分よりバカな人間がいることを知り、安心する。
この安心感こそが、テレビ文化の基本になっている。

だから……。
それが途絶えたとたん、視聴者には禁断症状が生まれる。
不安になる。
心配になる。
つまり(テレビ)は(集団)であり、その集団に身を寄せることで、
安心感を覚える。

●選択の問題

否定的な意見ばかり書いたが、だからといって、テレビそのものを否定している
わけではない。
だれの目から見ても、テレビは必要だし、功罪を説けば、「功」のほうが大きい。
だから冒頭に書いたように、これは「選択」の問題ということになる。
「いかに番組を選択して見るか」ということ。
その操作を誤ると、これも先に書いたように、「たいへんなことになる」。

テレビゲームを与えている間は、おとなしい。
しかしゲームを取りあげたとたん、禁断症状が現れる。
テレビ漬けになったおとなも、同じような症状を示す。

「選んで見ないと、これはたいへんなことになる」という意味は、
これでわかってもらえたと思う。


(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
テレビ テレビ文化 テレビの功罪)


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最終更新日  2009年05月29日 06時32分08秒
2009年05月03日
カテゴリ:旅行記
●岐阜県・板取村へ

++++++++++++++++++++

今、ワイフと私は、電車
に乗って、板取村へと
向かっている。

++++++++++++++++++++

●電車の中で

この原稿は、電車の中で書き始めた。
名鉄・豊橋線の中。
土曜日ということもあって、子連れの夫婦が、
前後に何組か座っている。

私は職業柄、子どもたちの顔や姿を、ジロッ、ジロッと見てしまう。
どうしても見てしまう。
長く見る必要はない。
瞬間でよい。
時間にすれば、1秒前後か。
それでわかる。

年齢から、性格、さらには問題点まで。
で、私のばあい、10年~後の姿まで、見えてくる。
「この子は、こうなって、ああなって……」と。
過去も見えてくる。
「どういう家庭環境で、どう育ったか」と。
どこかの予言者みたいな言い方をするが、これは事実。
しかしスピリチュアル(霊力)などという、インチキなものではない。
経験と知識に基づいている。

診断権こそないが、何か情緒に障害をもっている子どもにしても、
瞬間、垣間見ただけで、それがわかる。
わかるものはわかるのであって、どうしようもない。

もちろんその反対のこともある。
学校で、LD(学習障害児)と判断された子ども(小1男児)がいた。
(学校側が、それをはっきりと示したわけではないが……。)
学校側は親に、特別学級への編入を勧めていた。
が、私は「そうではないと思う」と、母親に告げた。
「~~ではないと思う」という診断なら、私にもくだせる。
で、2、3年もすると、その結果が、はっきりとしてくる。
その子どものばあいも、小学4年生になるころから、めきめきと
成績を伸ばし始めた。
現在は小学6年生だが、その学校のクラスでも、トップの成績を修めている。

……しかしそれがわずらわしいから、(子どもがわずらわしいからではない。
誤解のないように!)、本当は、こうした休日には、できるだけ子どもの
そばに、すわらないようにしている。
どうしても気になってしまう。
しかし、この席は、指定席。
車内も、ほぼまんべんなく、混んでいる。
席を移動することはできない。

●診断

ななめうしろの席のA君(小2くらい)。
度の強いメガネをかけている。
A君の遠視に気がついたのは、かなり遅かったのではないか。
年齢相応の人格の完成度に、やや欠ける。
動作が、どこか幼稚ぽい。
時折前の席に座った弟(5歳くらい)に、ちょっかいを出しているのは、
嫉妬からか。
赤ちゃん返りの後遺症も残っている。
弟の横には、母親が座っている。
それで弟の横にいる母親が気になるらしい。

……というようなことを書くのはやめよう。
今日は、一応、「旅行」。
仕事の話はなし!

+++++++++++++++++++++

【板取村・旅行記】

●生老から

「生老」……このあたりでは、「しょうろ」と読む。
その生老から、目的地の民宿「ひおき」まで、約10キロ。
生老で理髪店を営む従兄(いとこ)は、そう言った。

10キロ。
何とか歩けそう……ということで、私たちは歩き始めた。
坂道というほどでもないが、ときどきゆる~い坂道。
5月の新緑が、まぶしいばかりに美しい。
私はそのつど、風景をビデオや、カメラに収める。

●Yさん

私は従兄のYさんを、尊敬の念をこめて、いつも「Yさん」と「さんづけ」で呼んでいる。
頭がよい。
キレる。
たまたま田舎にいるが、都会に住んでいれば、超一級のドクターになっていたはず。
今とちがって、昔は自分で自分の病気を治さねばならなかった。
それで医学を独学した。

そのYさんが、自力で、囲炉裏小屋を建てた。
それを見せてもらった。
土台から屋根、部屋の造作まで、すべてひとりで作ったという。
道楽に、これ以上の道楽があるだろうか。

「ぼくも山荘を作るとき、家以外は、すべて自分たちでしました」と話したら、
うれしそうだった。
趣味を同じくするものには、相通ずるものがある。

ただし一言。
家作りにせよ、土地作りにせよ、それを作っているときが楽しい。
作り終えたとき、そこでその道楽は終わる。
今の私がそうだ。
終わったとき、また別のものを求めて、さまよい歩く……。
従兄も、同じようなことを言っていた。

●万歩計

万歩計を見ると、すでに1万1000歩になっていた。
家を出るとき、ゼロにセットしたはず。
「それほど歩いていない」と思ったが、それだけ歩いたのだろう。
ふだんなら、一日の運動量としては、じゅうぶん。
それをワイフに告げると、「今日は2万歩を超えるかも……」と言った。

私はところどころでビデオを撮ったり、写真を撮ったりした。
その間にワイフは、100メートルほど先へ。
私は急いで追いつく。
写真を撮っては、追いつく。
その繰り返し。

●門出(かどいで)から、上ヶ瀬(かみがせ)

上ヶ瀬(かみがせ)……なつかしい地名が飛び込んできた。
昔、伯父が、この街道筋で、駄菓子屋を営んでいた。
何度か遊びに来て、菓子を分けてもらったことがある。

風景は、すっかり変わっていた。
洋風の家も、ところどころに見える。
が、何と言っても、道路が立派になった。
見るとワイフは、小さなタオルで額をぬぐいながら歩いていた。
「だいじょうぶ?」と何度も声をかける。
そのつどワイフは、「だいじょうぶ……」と。
歩いてまだ20分ほどなのに、もう無口になってしまった。

で、たしか伯父の店は、その村の中心部にあったはず。
裏から外を見ると、その下に板取川が見えた。
「どこだったのかな」と思っているうちに、上ヶ瀬の村を出てしまった。

●静かな村

5月2日、土曜日。
しかしどこも閑散としていた。
みやげもの屋や、土地の名産品を売る店もいくつかあったが、
客の姿は見えなかった。
今が行楽のベスト・シーズン。
暑くもなく、寒くもなく……。

「きっと不景気だからよ」とワイフは言った。
「そうだね」と私は答えた。

行き交う車の数も、少なかった。
うす曇り。
その雲を通して、日差しは白く、まぶしかった。
春の陽光が私たちの影を、道路にしっかりと作っていた。

その私……。
背中には、大型のリュックサック。
パソコン一式、ペットボトルなど。
10キロ以上はある。
それが少しずつだが、身にこたえるようになってきた。
ズシンズシンと、太ももにひびく。







最終更新日  2009年05月03日 20時44分47秒
カテゴリ:旅行記
●加部から生老

話は前後するが、生老のひとつ手前の村が、加部(かべ)。
順に並べてみると、こうなる。
加部→生老→上が瀬。

その加部から杉原(すぎはら)まで、
私は子どものころから、一度は、歩いてみたいと思っていた。
加部というのは、母の実家があるところ。
母は、13人兄弟の長女として、そこで生まれ育った。

その加部から生老までは、歩いて5分くらい。
加部まで車で送ってくれた人に礼を言って、生老まで歩いた。

どうして歩いてみたいかって?
それにはこんな理由がある。

●山の向こう

私は子どものころから、この板取村へ来るたびに、母にきまってこう
聞いたという。
「あの山の向こうは、どうなっている?」と。

母もそのことをよく覚えていて、ずっとあとになって、「浩司は、うるさかった」
と、何度もそう言った。
それがいまだに記憶のどこかに残っていて、この年齢になっても、(山の向こう)の
夢をよく見る。

山の向こうには別の村があって、そこには温泉がある。
温泉には洞窟があって、みながその洞窟の中で温泉につかっている、と。
子どものころには、山の向こうには、キツネが住んでいる部落があると、
本気で私は信じていた。

しかしおとなになってから、私がよく見る夢は、こんな夢だ。

●夢

金沢から富山に抜ける。
そこから山をくだっていくと、板取川の源流にたどりつく。
(実際には、富山から板取川に入る道はないが……。)
私はその源流をくだりながら、上流から下流へと、村々を通り過ぎて、
くだっていく……。
ただの旅行の夢だが、崖の下には、コバルト色の澄んだ川が見える。
ところどころで道は細くなり、農家の軒先を歩く。
どうということのない、たわいもない夢である。

で、その夢のルーツはといえば、幼いころの私に戻る。
私には、周囲の山々が、山というよりは、緑の壁のように見えた。
だからその壁の向こうがどうなっているか、それを知りたくてたまらなかった。
それが今の夢につながっている(?)。
たぶん……?

●アジサイ・ロード

「ぼくは今日、自分の夢を果たしている」
「一度は、歩いてみたかった」
「これでぼくは思い残すことはない」と。

ワイフはすでに何も言わなくなっていた。
下を向いたまま、景色を楽しむという余裕もなさそう(?)。
私にはそう見えた。

ところどころに「アジサイ・ロード」という標識が立っていた。
その標識の立っている周辺には、たしかにアジサイの木があった。
残念ながら、今は、その季節ではない。

で、見ると、ひとつの標識に「岩本(いわもと)」という地名が書いてあった。
とくに思い出はないが、正月の初詣に、母と、この村のお宮様に来たことがある。
このあたりでは、神社のことを、「お宮様」という。
私が小学生くらいのことではないか。

そうそう言い忘れたが、このあたりの人たちの姓は、ほとんどが「長屋」。
だからみな、姓ではなく、名前で呼びあっている。

●長屋氏

みな「長屋氏」を名乗っているが、一族というわけではない。
戦国時代に活躍した長屋氏の子孫でもない。
明治に入ってから、みながいっせいに、「長屋」の姓を名乗るようになったという。
(その昔には、岐阜城が落城したとき、長屋なんとかの守(かみ)が、
落人(おちうど)として、この地に移りすんだという話は聞いたことがある。
不正確な話で、ごめん。)

その昔は、この街道を通る人たちから、通行料を徴収していたという。
「徴収」といえば聞こえがよいが、要するに山賊(?)。
昔それを母に言って、えらく母に叱られたことがある。
「わっち(=私)の先祖は、山賊ではねえ(=ない)!」と。

この街道を抜ければ、岐阜から福井県の大野へ、そしてそのまま
日本海へ行くことができる。
昔は福井で取れた魚や、越中富山の薬売りなどが、この道を通ったという。
日本でも秘境のひとつと言ってもよい。
途中には、落差200メートル近い渓谷がある。
さらにその先では、恐竜の化石が、つぎつぎと発見されている。

●森林

30年ほど前、私は、板取村の中の山林を購入した。
よく調べなかった私が、「ターケボー」ということになる。
ターケボーというのは、このあたりの方言で、「愚か者」という意味である。
「バカ」よりは、ニュアンスが強い。

当時の相場でも、x0万円。
それをその人を信じて、x00万円で購入してしまった。
私にとっては、信じてもおかしくない立場の人だった。
まさかのまさか。
そういう人にだまされた。

で、そのあとも、毎年、言われるまま、管理費なるものを、払っていた。
その額、8~10万円。

「枝打ちをしたから実費を払え」「下草を刈ったから実費を払え」と。
しかしこれもあとになってわかったことだが、その人は山の管理など、
何もしてくれていなかった。
またこうした管理は、森林組合に申請すれば、組合のほうで、無料でしてくれる。
そういう話も、あとから聞いた。

その森林が、30年を経て、x0万円。
30年前には、x00万円もあれば、家を新築することができた。
x00万円がx0万円!
現在のx0万円では、駐車場をつくるのも難しい。
その手続きをすませ、従兄が住む生老へとやってきた。
従兄が今回の売買では、いろいろと力になってくれた。
その礼を言いたかった。

●類は友を呼ぶ

今回の金融危機で、金融資産を100分の1にした人がいる。
1億円が、100万円。
そういう人の話を、身近で聞いていたので、x00万円くらいなら、
何でもない……と言いたいが、そうはいかない。

相手がそれだけの誠意を見せてくれれば、まだ救われる。
母にも近い人だったが、母の葬儀にも来なかった。
今回も、何も協力してくれなかった。

昔からこう言う。
(私がそう言っているだけだが……。)
『被害者はいつまでも被害を受けたことを覚えている。
しかし加害者には、その意識がない。
あってもすぐ忘れる』と。

「復讐」という言葉もあるが、それを考えるだけで、疲れる。
だから忘れるのが一番。
どうせその程度の人は、その程度の人生しか送っていない。
まさに一事が万事。
万事が一事。
いろいろ噂が耳に入っているが、板取村でも、つまはじき者とか。

さらに言えば、『類は友を呼ぶ』。
その人と親しく交際している人を、私は何人か知っている。
しかしたいへん興味深いことに、どの人も、似たような人。






最終更新日  2009年05月03日 20時44分23秒
カテゴリ:旅行記

小ずるくて、どこか薄汚い。

●損論

少なくともこの10年以上、私は悶々とした気分が晴れなかった。
金銭的な損失を問題にしていたわけではない。
事実、それで売れなかったら、山林は、地元の森林組合に寄付するつもりでいた。

それ以上に、信じていた人に裏切られたというのは、信じていただけにショックが大きい。
それに私は、板取の人たち以上に、この村が好きだった。
今も好きだ。

しかしこの村へ来るたびに、ムッとした不快感と闘わねばならない。
それが苦痛だった。
だからはやくスッキリしたかった。
ケリをつけたかった。
山林のことは忘れたかった。
ついでに、それを売りつけた人のことも忘れたかった。

が、悪いことばかりではない。
人は、損をすることで、より大きくなれる。
損を恐れていたら、自分の殻(から)を破ることはできない。
「損をした分だけ、またがんばればいい」と。

人は追いつめられてはじめて、つぎの手を考える。
同じように、損をすることで、より賢くなる。
ちなみに、あなたの周囲で、ケチケチしながら生きている人を見てみるとよい。
そういう人ほど、小さな世界に安住しているのがわかる。

●中切(なかぎり)

母方の兄弟が13人もいる。
そのため、このあたりには、私の従兄弟が、散らばっている。
この中切にもいる。
私たちは、「Mちゃん」と呼んでいた。
当時としては珍しい、背が高く、スラリとした人だった。
夫は長く、中切の郵便局の局長をしていた。

で、ワイフは、相変わらず黙って歩いていた。
距離がわからないから、バス停に来るたびに、バスの時刻表を見た。
朝、7時01分に、板取温泉を出るバスがある。
その時刻は知っていた。
だから、時刻表に、7時05分とあれば、板取温泉からバスで、4分の
距離ということになる。
中切りのバス停では、7時05分となっていた。

「あと4分の距離だから……」と私は言った。
ワイフはウンとだけ、うなずいた。
ワイフはすでに体力の限界を超えていた。
それが私にも、よくわかった。

●絶望

その中切を出たところに、コンビニがあった。
飲み物を買った。
で、そこの若い主人に、「板取温泉まで、あとどれくらいですか」と聞いた。
主人は、「5分……」と言った。

私「歩いていくと、どれくらいですか?」
主「5キロくらいかな……。こ1時間はかかるかな……」と。

私は、この「5キロ」という言葉を聞いて、がく然とした。
「まだ、半分しか来ていない?」「いや、そんなはずはない」と。
「もしそうなら、今までの倍の距離など、とても歩けない」と。

私ははじめて弱音を吐いた。
「従兄に助けに来てもらおうか」と。
ワイフは、その言葉にずいぶんと迷ったらしい。
「そうねえ……」と、小さな声でつぶやいた。

●なしのつぶて

私に山を売りつけた人には、何度か手紙を書いた。
しかしそのつど、返事はなかった。
その私も61歳。
そろそろ身辺の整理をしなければならない。
山林など、もっていても、どうしようもない。
そこで山林を売りに出すことにした。

しかし山林は、町中の宅地のようなわけにはいかない。
売るといっても、その方法がない。
それを扱う不動産屋もない。
しかたないので、私は新聞に、折り込み広告を入れた。
「山林を買ってくれる人はいませんか?」と。
が、この折り込み広告が、その人の逆鱗に触れたらしい。
私のことを、「浜松のターケボー」と、周囲の人たちに言っているのを知った。

「自分に恥をかかせたから、ターケボー」と。

どこまでも、あわれな人である。
心の貧しい人である。
心の髄(ずい)まで、腐っている!

●山林

素人は、そしてその土地の人間でないならば、山林などに手を出してはいけない。
「投資のつもり」と考える人がいるかもしれないが、それもやめたほうがよい。
買うとしても、何町歩単位というように、山ごと買う。
理由がある。

山そのものには、財産的価値はほとんどない。
価値があるとすれば、その上の木。
「立木(たちぎ)」という。
しかしその管理がたいへん。
木の管理もたいへんだが、隣地との境界をどう守るかもたいへん。
10年も放っておくと、境界すらわからなくなる。

加えて買うのは簡単だが、売るのがたいへん。
まず不可能と考えてよい。
山林というのは、地元の知りあいどうしが、内々で売買するのが慣わしになっている。
私はそれを知らなかった。
私はたしかに、ターケボウだった。

●あと2キロ

「もうだめだ……」と、私も思うようになった。
ワイフはひざが痛いと言った。
私も太ももが、引きつったように痛くなり始めていた。

私「きっと10キロではなかったんだよ」
ワ「……」
私「きっと15キロだっただよ」
ワ「……」
私「ぼくの夢につきあわせて、ごめんね」
ワ「毎度のことよ……」
私「うん……」と。

ビデオを撮る回数も少なくなった。
首にぶらさげたカメラが、ベルトのバックルにカチャカチャ当たる。
心の遠くで、「カメラに傷がつく」と思ったが、それをポケットにしまう
元気もなかった。

と、そのとき小さな看板が目についた。
「板取温泉まで、2キロ」と。

とたん元気がわいてきた!
あと2キロ!

「あと2キロだよ。家から、ビデオショップまでの距離だよ」と。

私たちは丘の上を歩いていた。
その向こうに、赤い大きな屋根が見えてきた。

「着いたよ!」と声をあげると、ワイフははじめてニッコリと笑った。

●板取温泉

このあたりでは、ドイツ語が公用語になっている、らしい。
少し前に通り過ぎた、板取中学校にも、ところどころにドイツ語が使われていた。
ドイツのどこかに似せて、村興(おこ)しをした(?)。
板取温泉も、そういう雰囲気を漂わせていた。

それが正解だったのか?
昔からの板取を知る私としては、違和感を覚える。
あちこちに「スイス村」という表示も見える。
しかしどうして板取が、スイス村?
雰囲気からして、カナディアン村のほうが、合っている。

和室の一部を、水色に塗り替えたような違和感である。
スイスは山の上の国。
板取は、深い谷あいの村。

しかしそれを差し引いても、板取温泉は、すばらしい。
美しい自然の中にある。
私自身は、まだ一度も入浴していないが、評判はよい。

●山の宿・ひおき(民宿)

私はこの板取村が好きだが、ここ数年は、板取村へ来るたびに、
いつもこの「ひおき」に泊っている。
板取村では、イチ押しの民宿である。
場所は、板取温泉の、川をはさんで反対側。
歩いて5分ほどのところ。

住所:岐阜県関市板取3752-1
電話:0581-57-2756

四季折々の自然を満喫できる。
1泊10500円(1名のばあい)。
手元の案内書にはそうある(09年5月)。

案内書には、「通気による冷暖対策のため、閉鎖的な客室構造とはなっていませんので、
ご了承くださいませ」とある。
そのポリシーが気に入っている。

のんびりと山間の田舎を満喫したい人には、お勧め。






最終更新日  2009年05月03日 20時43分58秒
カテゴリ:旅行記


●小さな村

そのひおきの主人が、私たちの部屋にやってきて、こう言った。
「山のほうは、片づきましたか?」と。

ギョッ!

この言葉には驚いた。
「どうして知っているのだろう」と。

私は折り込み広告を入れた。
それには、「浜松の林」という名前を明記した。
どうやらそれを読んだらしい。
しかしそれにしても……!

もうひとつの可能性は、以前書いた、私の旅行記を読んだ(?)。
その中で、「ひおき」の宣伝をしておいた。
今、ヤフーの検索エンジンなどを使って、「山の宿ひおき」を検索すると、
私のHPが、かなりトップのほうに出てくる。
それで私の名を知っていたのかもしれない。

もともと小さな村である。
折り込み広告にしても、全世帯で、530軒ほど。
動きが止まったような村だからこそ、その内部では、濃密な情報交換が
なされているにちがいない。

私が「実は今日、片づきました」と言うと、うれしそうに喜んでくれた。

●2万6400歩

ひおきに着いてから、万歩計を見ると、2万6400歩。
生老から民宿「ひおき」まで、1万4400歩ということになる。
私の歩幅で、1万歩で、約7・5キロ。
それで計算すると、生老から板取温泉まで、約10キロということになる。
従兄が言ったことは、やはり正しかった。

しかしそれにしてもよく歩いた。
荷物も重かった。
そのこともあって、ひおきでは、ご飯を、3杯も食べてしまった。
いつものことだが、おいしかった。
気持ちよく眠られた。
午後8時に就寝。
起きたのが午前4時。
ワイフは、午前5時。

まだキーボードがよく見えないときから、この原稿をまとめる。
今は午前5時半。
これから近くの川へ行き、ビデオと写真を撮ってくる。
家へ帰ってからの編集が楽しみ。
「どうか期待していてほしい」と、今、ふと、そう思った。

●帰りの電車の中で

帰りも名鉄電車を利用した。
一度JRへ回ったが、あまりの混雑に驚いた。
ワイフが、「名鉄にしましょう」と言った。
名鉄電車なら座席指定券が取れる。
それにシートもよい。

その電車の中。
たった今、電光掲示板に、アメリカ人の子どもに、豚インフルの疑いなし
と出た。
よかった。
昨日のニュースによれば、もう1人、名古屋市に住む人が感染の疑いがあるという。
その人はどうなったのか?

私「山が片づいて、よかったね」
ワ「そうね」
私「これから先、二度とあの家族とはつきあわないよ。
こうして悪口を書いてしまったからね」
ワ「そうね。これからは、あなた自身の板取を、心の中に作ればいいのよ」
私「そうだね」と。

窓の外は、昨日よりもさらに白く景色がかすんでいた。
春がすみ?
それとも黄砂?
ワイフも先ほどから、手帳にメモを書いている。
平和なとき。
おだやかなとき。

時刻は午前9時44分。
明日、三男の嫁さんが遊びにくる。
どこかでご馳走してやろう。
楽しみ!

電車は岡崎に着いた。
先ほど駅で買った、ういろうを、少し食べた。
おいしかった。
名古屋といえば、ういろう。
名古屋の名物。

(はやし浩司 Hiroshi Hayashi 林浩司 教育 子育て 育児 評論 評論家
はやし浩司 山の宿ひおき 山の宿・ひおき 板取 ひおき 民宿ひおき 関市
板取村 民宿 ひおき 板取温泉 岐阜県関市板取 岐阜県板取村)

YOUTUBE、板取川は、

http://www.youtube.com/watch?v=-YLl-w_rrog
http://www.youtube.com/watch?v=zUpMkDn1UBE


Hiroshi Hayashi++++++++May・09++++++++++++はやし浩司






最終更新日  2009年05月03日 20時43分19秒
カテゴリ:旅行記
●春の板取は最高にすばらしかったです!

板取川へ行ってきました。
山の宿ひおきにて、一泊。
そのときのビデオです。

http://www.youtube.com/watch?v=-YLl-w_rrog

どうか、お楽しみください。

あるいは・・・




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ひおき)






最終更新日  2009年05月03日 14時49分11秒
2009年03月19日
カテゴリ:旅行記



Hiroshi Hayashi++++++++MARCH・09++++++++++++はやし浩司

●H-島

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今日は、静岡県熱海市の沖合い、連絡船で
25分ほどのところにある、H-島へ行ってきた。
島の周囲、約4キロを、ワイフと歩いた。
ゆるい山坂があり、ちょうど季節もよく、
たいへん気持ちよくウォーキングができた。

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熱海へはときどき、来る。
講演で来るときは、熱海で、電車を乗り換えることが多い。
が、いつも熱海へ来るたびに、こう思う。
「高いなあ」と。

H-島で、刺身定食を食べた。
それが2000円。
ワイフは、海苔丼を食べた。
それが1000円。
プラス、イカの丸焼き。
それが800円。

観光地とはいえ、まさに東京価格。
食べ物の値段が高いと、急速にその場所への親近感が失せる。
「二度と来ないぞ!」と。

要するに、観光客から、取れるだけ取れ、という発想らしい。
それがわかったとたん、心がそのままスーッと冷える。
食い物のうらみは、恐ろしい!

なお、H-島では、住民の世帯数と人数は、限られているそうだ。
ガイドの女性が、そう話してくれた。
正確な数字は忘れたが、40数世帯と限られていて、跡を継ぐ
長男だけが、島に残ることができるそうだ。
それ以外は、島を出ていかねばならない、と。
つまりそういう形で、住民の数を限定することにより、島民のもつ
既得権を守ろうというわけである。

しかしもしこれが事実とするなら、この「掟(おきて)」は、どう考えても、おかしい。
憲法違反に抵触する可能性すらある。
もし逆に、日本中の村々が、そういう「掟」を作ったら、どうなる?

私はその話を聞いたとき、「憲法違反で訴える人はいないのか?」と思った。
しかし訴えたら、今度は、そういう社会だから、訴えた人は、村八分に遭遇するに
ちがいない。
そういう意味では、日本は、まだ原始国家に近い。
外観だけは近代国家になった。
しかし中身は、昔のまま。

現実に、小さな村になると、外からの移住者を認めないところが多い。
ほとんどの村が、暗黙のうちに、そういう「掟」を定めているのではないのか。
外部からの移住者たいして、いやがらせや、意地悪をするという話は、
私も今まで、たくさん聞いた。

H-島の人にはきびしい意見になるが、「もし、ガイドの言ったことが事実とするなら、
あなたたちがしていることは、日本国憲法で定められた、居住の自由権を侵害している」。
その結果として、刺身定食が2000円であるとするなら、私は抗議したい。

……とまあ、ひとりでがんばっても、どうしようもない。
そんな「掟」があるなら、私は、そんな島に移住したいとは、思わない。
窮屈で、窮屈で、そのうち窒息してしまうだろう。

帰りのバスの中で、ガイドの女性がこう聞いた。
「H-島に住んでみたいと思う人は、いますかア?」と。
しかしそれに答えて、だれも、手をあげなかった。
当然である!

(補記)
日本国憲法・第22条、『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する』






最終更新日  2009年03月19日 08時54分57秒

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