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楽天・日記 by はやし浩司

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子どもの問題

2009年08月26日
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カテゴリ:子どもの問題
●子どもは、家族の「代表」

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子どもは、家族の「代表」。
代表にすぎない。
今では、それは、常識。
子どもに何か問題があったとしても、
それは子どもだけの問題ではない。
家族全体の問題。
そのように、考える。
またそのように考えないと、子どもの問題は
解決しない。

しかしそれだけでは足りない。
足りないという話を、今までの経験を交えながら
書いてみたい。

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●優等生

 その母親(当時60歳)は、自分の息子(33歳)をさして、「うちの子ほど、
すばらしい息子はいない」と言った。
自分の息子をさして、「すばらしい」と言う親は、珍しい。
外国では多いが、日本では珍しい。
そこで私はその息子氏に会ってみたくなった。
が、その日は、その直後にやってきた。

 ある葬儀に出たときのこと。
その息子氏は母親のそばに寄り添うように、そこに座っていた。
「ああ、これがあの息子か」と、私は思った。
思いながら、私はその息子氏にあれこれと話しかけてみた。

 が、第一印象は、言うなれば、完璧に近いほど、マザコン。
穏やかで、おとなしいが、覇気がなく、静か。
私が話しかけても、はにかむだけ。
満足な返事もない。
どこかの電気会社の下請け企業で、技術者として働いているということだった。

私「仕事はどう?」
息「うん、まあまあ」
私「暑いときは、たいへんだね」
息「うん、ふふふ……」と。

●同一性の確立

 親はそれぞれの思いをもって、子育てを始める。
自分の夢や理想、思いを子育てに凝縮させる。
自分なりの(子ども観)をもつ人も多い。
それ自体は、悪いことではない。

 が、親が思い描く子ども観を、子どもに押し付けてはいけない。
「求める」ことまではしても、押し付けてはいけない。
それが度を越すと、過干渉となる。

 その息子氏は、母親の過干渉で、人格そのものまで、押しつぶされてしまっていた。
思春期前期から、思春期にかけて、自我の同一性の確立に失敗した。
私は、そう判断した。
だから人格の「核」がない。
「この人は、こういう人だ」という(つかみどころ)を「核」という。
その「核」がない。

 軟弱で、ひ弱。
たしかに(いい人)だったが、それだけ。
面白みがない。
迫力もない。 

●過干渉

 原因は、ここにも書いたように、母親にあった。
口うるさい人だった。
葬儀の席だったが、そんなとことでさえ、こまごまとしたことを、矢継ぎ早に
指示していた。
「あの扇風機を、こちらに向けなさい」
「ざぶとんを、あの人に出しなさい」
「お茶をわかしてきなさい」と。
息子氏は、黙ってそれに従っていた。

 つまりこうした親子のリズムが、その息子氏をして、そのような息子にした。
が、ここで最大の問題は、息子氏のことではない。
母親自身にその自覚がないということ。
先にも書いたように、母親自身は、そういう息子を、「すばらしい子ども」と誤解して
いた。

●病識

 精神病の世界にも、「病気意識(病識)」という言葉がある。
「私はおかしい」「へんだ」と思っている人は、まだ症状が軽い。
しかし「私はだいじょうぶ」「何でもない」とがんばる人ほど、症状は重い。
まったく病識のない人さえいる。

 同じように、自分の子どもの問題点に気がついている母親は、まだよい。
指導ができる。
そうでない母親は、指導そのものが、できない。

 たとえば年中児(4~5歳児)でも、親の過干渉が原因で、精神そのものまで
萎縮してしまったような子どもがいる。
けっして少なくない。
10人のうち、1人はいる。
程度の差も含めれば、10人のうち、2~3人はいる。

しかしそういう子どもの親ほど、「うちの子どもはできがいい」と思い込んでいる。
またそういう子どもにしようと、無理をしている。
で、その一方で、ほかの子どもを、「できの悪い子ども」として、排斥してしまう。
自分の子どもから遠ざけてしまう。

●極端化

 小さな世界に閉じこもり、自分だけの世界で、子育てをする親がふえている。
以前はそれを「核家族」と呼んだ。
今は、「カプセル家族」と呼ぶ。

 このタイプの家族は、大きく2つに分けられる。

(1) 親たち自身が高学歴で、外の世界の価値を認めない。
(2) 親たち自身が低学歴で、外の世界の価値を理解できない。

 どちらであるにせよ、一度カプセルの中に入ってしまうと、その狭い世界で、
自分だけの価値を熟成させてしまう。
結果として、独善的になったり、社会から孤立化したりする。
これがこわい。

 一度カプセルの中に入ってしまうと、同じ過保護でも極端化する。
過干渉でも極端化する。
これが子育てそのものを、ゆがめる。

●A君(小2)の例

 A君は、幼児期のときは、まだ明るかった。
何かの勉強をしていても、楽しそうだった。
が、小学校へ入学したとたん、表情が暗くなった。
もともと勉強が得意ではなかった。
言葉の発達も遅れ気味だった。
そのため母親が、かかりっきりで、A君を指導した。
A君は、月を追うごとに、やる気をなくしていった。
私の教室でも、フリ勉(勉強をしているフリをする)、
ダラ勉(ダラダラと時間ばかりかけて、何もしない)、
時間つぶし(ほかの作業をして、時間をつぶす)などの症状が見られるようになった。

 こうなると、つまりこの時期に一度、こうなると、症状は、ずっとつづく。
「直る」のは、ほぼ不可能とみてよい。
(ますます勉強から遠ざかる)→(無理な家庭学習が日常化する)の悪循環の
中で、症状は、ますますひどくなる。
それ以上に、学校での学習量がふえる。
学校での勉強が追いかけてくる。
A君はその負担に、ますます耐えられなくなる。

●迷い
 
 こういうケースでは、親にそれを告げるべきかどうかで悩む。
親にそれだけの問題意識があればよい。
が、そうでないケースのほうが多い。
「まだ何とかなる」「うちの子にかぎって……」「やればできるはず」と。
それにこの時期、「過負担を減らしましょう」と言うことは、親にしてみれば、
「勉強をあきらめなさい」と言うに等しい。
親がそれを受け入れるはずがない。

 とても残念なことだが、親というのは、行き着くところまで行かないと、自分では
気がつかない。
これは子育てというより、家庭教育のもつ宿命のようなもの。
私の立場では、自分のできる範囲で、また自分の世界で、(最大限)、指導するしかない。
この世界には、『内政不干渉の大原則』という原則もある。

 で、実際問題として、この時期、それを親に告げると、私のほうにはその意図が
なくても、親は、「拒否された」ととる。
そのまま私のところを去っていく。

●いい子論

 話を戻す。
そんなわけで、「いい子論」は、家庭によって、みなちがう。
子育ての目標がちがうように、みなちがう。
冒頭に書いた息子氏について書く。

 母親は、かなり権威主義的なものの考え方をする人だった。
「親絶対教」の信者でもあった。
「先祖」「親孝行」という言葉をよく使った。
ものの言い方が威圧的で、一方的だった。
一見穏やかで、やさしそうな言い方をする人だったが、それは仮面。
息子氏や、ほかの娘たちが口答えでもいようものなら、烈火のごとく、それを叱った。
「親を粗末にするヤツは、地獄に落ちる」が、その母親の口癖だった。

 息子氏はそういう環境の中で、ますます萎縮していった。

 で、悲劇は、その数年後に起きた。
妻のほうが、一方的に離婚を宣言し、子どもを連れて、家を出てしまった。
息子氏の母親は、息子氏の妻(嫁)を、はげしくののしった。
が、そういう面もなかったとは言わない。
いろいろあったのだろう。
しかし離婚を宣言した妻の気持ちも、よくわかる。

 「あの息子と、あの姑(しゅうとめ)では、だれだって離婚したくなる」と、
私は、そのときそう思った。

●では、どうするか

 「まず、自分を知る」。
それが子育てにおいては、必須条件ということになる。
この世界では、無知は罪悪。
無知であることを、居直ってはいけない。

 そのためには、もしあなたの生活がカプセル化しているなら、風穴をあけ、
風通しをよくする。
もしそれでも……ということであれえば、私が用意した「ママ診断テスト」を
受けてみてほしい。
(私のHPより、「最前線の子育て論」→「ママ診断」へ。)
平均的な母親たちと、どこがどうちがうかを知ることができる。
平均的であればよいということにはならないが、自分の子育てを、ほかの人と
比較することはできる。

 つぎに、たとえば学齢信仰、学校神話、出世主義、権威主義に毒された子育て観を
改める。
世界も変わった。
世間も変わった。
しかし子育ての基本は、変わっていない。
子育ての基本は、1000年単位、2000年単位で、繰り返されるもの。
その原点に立ち返る。

 というのも、子どもというのは、子ども自身が自ら伸びる(力)をもっている。
あらゆる動物や、植物がそうである。
その(力)を信じ、その力を(引き出す)。
それが子育ての原点ということになる。
言うなれば、子育ての原理主義ということか。
しかし何かのことで迷ったら、そのつど原点に立ち返ってみる。
意外とその先に、「道」が見えてくるはず。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
子育ての原理主義 無知は罪悪 萎縮する子ども 過干渉 いい子論 はやし浩司 
よい子論 覇気のない子供 家族の代表 代表論 子供の問題)


Hiroshi Hayashi++++++++AUG・09++++++++++はやし浩司






最終更新日  2009年08月26日 07時01分46秒

2009年08月25日
カテゴリ:子どもの問題
●識字障害(失読症・ディスクレシア)(文字の読めない子ども、20人に1人!)

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文字を読めない子どもがいる。
何とか読むことはできても、意味や内容を理解
できない。

学習障害児の1様態として考えられている。

日本人のばあい、全体の5%(アメリカ人は全体の10%)いる
と言われている(NHKオンライン)

インターネットを使って、「識字能力」を調べてみた。

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●ウィキペディア百科事典より

 ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。

『……知的能力及び一般的な学習能力の脳内プロセスに特に異常がないにもかかわらず、書かれた文字を読むことができない、読めてもその意味が分からない(文字と意味両方ともそれぞれ単独には理解できていることに注意)などの症状が現れる。逆に意図した言葉を正確に文字に表すことができなくなる「書字表出障害(ディスグラフィア、Dysgraphia)」を伴うこともある。また簡単な計算ができない「計算障害」を伴うことも多い。左脳内の文字と意味の相関関係を司る特殊なプロセスに何らかの障害が発生していると考えられているが、はっきりした原因はまだ突き止められていない。なお家族性の発症例も古くから知られており、遺伝マーカーとの関連に関する研究も行われている』(以上、ウィキペディア百科事典より)。

●NHKオンラインより

 NHKオンラインのHPには、「日本でも5%もいることがわかってきた」という。

『……会話能力にも問題はなく、しかも眼に異常があるわけでもないのに、文章を読むのに著しい困難を抱える人たちがいる。読字障害だ。この障害が見つかったのは、19世紀末の英国。数字の「7」は読めるのに「seven」を見せると読めない中学生が見つかった。当時は、まれなケースと思われていたが、英米では人口の10%、日本では5%もいることが判ってきた。最新の研究によって読字障害の人は一般の人と、脳での情報処理の仕方が異なることが明らかになってきた。通常、情報を統合する領域で文字を自動処理しているが、読字障害の人は文字処理をスムーズにできないのである。人類が文字を使い始めてわずか5千年、この時間の短さ故、脳は十分に文字を処理できるよう適応しきれていないのである』(NHKオンライン)。

●Yahoo・知恵袋より

 識字能力といっても、内容はさまざまに分類される。

『……日本語で失読症と翻訳されている言葉には、Alexia(アレクシア)とDyslexia(ディスレクシア)の2つがあります。

 まず、Alexia(アレクシア)からご説明します。英語版のWikipediaからの引用http://en.wikipedia.org/wiki/Alexia_(disorder)をご覧下さい。後天的な脳障害にて、言語機能のうち、「読む」能力が選択的に障害された状態です。失語症の特殊なタイプと考えられています。

 Dyslexia(ディスレクシア)については、こちら...をご参照下さい。ディスレクシアは学習障害の一種であり、失読症、難読症、識字障害、読字障害ともいう、と説明されています。アメリカ合衆国では人口の約15%がディスレクシアと言われています。トム・クルーズがディスレクシアを抱えていたことを告白したことも、人々の関心を呼び起こした原因となっています。

 国際Dyslexia協会のホームページhttp://square.umin.ac.jp/LDDX/newpage106htm.htmもお読みください。先天性、後天性の読み書き障害の違いについて、説明されています。ちなみに、この協会ではディスレクシアを発達性読み書き障害と表記しています。

 Alexia(失読症)、Aphasia(失語症)に使用されているAーは、否定の意味を示す接頭語です。Apraxia(失行症)、Agnosia(失認症)も全く同じです。これら高次脳機能障害に使用されている用語は、学問的にも行政的にも、ほぼ確立しています。

 一方、Dyslexia(ディスレクシア)やDysmetria(測定障害)で使われているDysーは、同じ接頭語でも困難であることを示しています。このため、日本語の訳語でも、「;障害」と表記されることが多いようです。

 既にAlexiaを失読症と翻訳している現状を考えると、ディスレクシアを失読症と表記することは妥当ではなく、難読症、ないし、識字障害、読字障害と表記すべきでしょう。さらに言うと、代表的な学習障害であるという意味を強調するために、国際Dyslexia協会が使用している発達性読み書き障害という用語の方が意味が明快です。いずれにせよ、ディスレクシアをどう表記するかについては、関係学会の調整が必要です。それまでの間は、ディスレクシア(難読症)と併記するなどの工夫をするしかないでしょう』(Yahoo・知恵袋より)。

●発達障害の救急箱HPより

 日本でも有名人の中に、識字障害の人がいると言われている。
故岡本太郎氏や、タレントの黒柳徹子氏らの実名があげられている。

『……ディスレクシア(ディスレキシア)とされる芸能人、有名人
岡本太郎(おかもとたろう)
黒柳徹子(くろやなぎてつこ)
http://www.laqoo.net/hattatu/dyslexia.html』(発達障害の救急箱HP)。

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●識字障害(Dyslexia)

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ほぼ20年ぶりに、ある家族を訪問してみた。
どこか雰囲気がおかしい。
見慣れた家庭の様子とは、どこかちがう。
が、そのときは気がつかなかった。

で、その1年後、再びその家庭を訪問してみて、
私は知った。
その家には、本という本、雑誌にいたるまで、
それがまったくなかった!

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●文章を読めない人たち

 その家族……Y家としておく。
私の遠い親戚にあたる。
そのY家の息子(高校3年生)が、引きこもり状態になってしまったという。
相談があった。
そこで私は、資料を、30~40ページあまりプリントアウトし、それを直接
Y家の人に届けることにした。

 Y家は、見慣れた家庭の雰囲気とは、どこかちがっていた。
どこかちがうということはわかったが、理由がわからなかった。
が、2度目に訪問してみて、気がついた。

 本がない!
本という本が、ない!
雑誌も、ない!
新聞はあったようだが、読んだ形跡がほとんど、ない!
食卓のある居間には、大きなテレビがあった。
ふつうなら、そのあたりに、何冊か本が並んでいる。
それもなかった!







最終更新日  2009年08月25日 10時24分18秒
カテゴリ:子どもの問題
●「私、そんなもん、読んでもわかりません!」

 異変はつづいた。
食卓のある居間で待っていると、そこへYさん(妻)がやってきた。
で、簡単なあいさつをして、私がカバンの中から、プリントアウトした資料を
見せようとしたその瞬間のこと。
Yさんが、突然パニック状態になり、書類のたばを見ることもなく、それを
片手で払いのけてしまった。
「私、そんなもん、読んでもわかりません!」と。

 「引きこもりに関する資料ですが……」と、それを集めてYさんに再び
見せようとすると、Yさんは、そのまま、席を立ってしまった。

 異様な行動だった。
文字というより、書類の束(たば)に、拒絶反応を示した。
そのとき私の脳裏を、「識字障害」という言葉が横切った。

 たいへん珍しいケースだが、Y家では、夫のY氏も、妻のYさんも、
その識字障害者だった。
……というより、若い時より(文字を読まない)→(ますます読めなくなる)の
悪循環の中で、文字から遠ざかってしまった。

ついでにいうと、引きこもりを起こした息子にも、その傾向が見られた。
その少し前、「英語が苦手」「英語の単語をまったく覚えられない」という話を
聞いていた。

●識字障害

 識字障害といっても、

『日本語で失読症と翻訳されている言葉には、Alexia(アレクシア)とDyslexia(ディスレクシア)の2つがあります。……ディスレクシアは学習障害の一種であり、失読症、難読症、識字障害、読字障害ともいう』(ヤフー知恵袋)とある。

 つまり失語症といっても、

(Alexiaアレクシア)……後天的な脳障害にて、言語機能のうち、「読む」能力が選択的に障害された状態。
(Dyslexiaディスクレシア)……学習障害の1つ。
に分類される。

 さらにディスクレシアといっても、

(1) 書かれた文字を読むことができない、
(2) 読めてもその意味が分からない
(3) (文字と意味両方ともそれぞれ単独には理解できていることに注意)
(4) 逆に意図した言葉を正確に文字に表すことができなくなる「書字表出障害(ディスグラフィア、Dysgraphia)」を伴うこともある。
(5) また簡単な計算ができない「計算障害」を伴うことも多い。(以上、ウィキペディア百科事典より)というように分類される。

●Y家のばあい

 Yさんにしても、簡単な手紙の読み書きくらいはできる。
実際、手紙をもらったことがある。
また自分たちがそうであることを自覚しているためか、(とりつくろい)が、たいへん
うまい。

 その場をたいへんうまく、とりつくろう。

 同じ日、こんなことがあった。
私がたまたま実母の介護のことで困っていたので、そのことをふと漏らすと、Yさんは、
「いい資料がある」と言って、奥のほうから、小冊子をもってきてくれた。
Yさん自身も、ボランティアだが、近所の老人の世話をしていた。

 が、Yさんはポンとその資料をテーブルの上に置くと、そのままどこかへ行ってしま
った。
「今、しかけた仕事があるから……」と。

 Yさんの説明を期待していたが、私はその資料を、最初からすべて読むハメになった。

●早期発見、訓練こそが、大切

 「5%~10%」という数字には、驚く。
私も子どもたちの指導を通して、「文章を読めない子ども」というのは、数多く
経験してきた。
さらに「英語の単語を覚えられない」という子どもも、経験してきた。
しかしそれらの子どもが、脳の機能そのものに問題があり、さらにその数が、
20人に1人以上もいるというということまでは知らなかった。
(程度の差もあるだろうから、軽度の子どもも含めれば、数はもっと多い。)

 原因としては、人間の脳が、まだそこまで進化していないということが考え
られる。
文字の発明は、紀元前3500年前後までさかのぼることができる。
が、文字が一般社会に普及し始めたのは、ここ数百年のことである。
脳の機能が、こと文字の発達に、追いついていないということは、じゅうぶん
考えられる。

 が、(機能)の問題であるだけに、早期に発見し、適切に対処すれば、改善の
余地は大いにありということになる。

 現に黒柳徹子氏などは、本まで書いている。

 今、その研究と対策が、始まったばかりということになる。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 識字障害 文字を読めない子ども 難読症 はやし浩司 文盲 失読  
Alexia(アレクシア) Dyslexia(ディスレクシア))







最終更新日  2009年08月25日 10時21分55秒
2009年08月09日
カテゴリ:子どもの問題
●掲示板への相談より

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京都にお住まいのUNKNOWN様より
こんな相談をもらいました。

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【UNKNOWN様より、はやし浩司へ】

高校2年の娘です。一人っ子。中学2年の時 離婚。中高一貫高のため 高校入試の苦労はありませんでした。

今年の1月からお昼は家に帰れる近所のパートから、通勤で1時間かかる会社に正社員となりましが、その頃から学校を休みがちとなり、過食嘔吐を繰り返し、5月の連休には、リストカットもし、家に帰らない事もありました。娘は学校をやめるつもりで定期試験は白紙解答。出席日数もほとんどなく2年の1学期の成績は、ついていません。

それまで子供について ほとんど苦労をせずに来たので、やっと反抗期が来た!と思うよういたいのですが、平日学校を休んでも家に居ることもなく、家のお金を持ち出し、化粧をして出かける。

ここだけは通っていると思っていた 近所の学習塾や歯医者さんへも行っていないと 先生から連絡がある始末です(私には行っていると言っていたので信じていました)。
リストカット・過食嘔吐が激しくなり、メンタルクリニックに通っていますが、先生に薬の事で聞きたいことがあり、一緒に行くと行ったら その日、本人は来ませんでした。(もう脳の萎縮が始まっています)。

メンタルの先生から私が家に居るのが良いと言われましたが、仕事を辞めたら生活が成り立ちません。しかし 家でひとり何をしているのかわからず、不安になります。娘は私に居て欲しくないと言い、休日は娘は朝から出掛け、夜まで帰りません。今日は4時には帰ると言って出ましたが、先ほど夕ご飯は外で、とメールが着ました。これでも少し前までは連絡もなかったので良い方向と思いますが、どこに居るのか 帰りの時間は連絡してきません。

はやし先生のHPから、この半年 私は全く逆の事ばかりしてきました。無くなったお金の事を問い詰め、将来を不安を口にし、自ら死を口にし、お父さんの所に行くようにも言いました(元夫は再婚しています)。

娘はよく頑張ったと思います。

2学期からは学校に行くと言っています。

私が落着いて居られる時は 関係も穏やかなのですが、お金がなくなったり、娘が嘔吐を隠したりすると、ダメです。わざと傷つけるような事ばかり言い、最近では手も出たりしてしまいます。この前は娘の前で自分の首も締めました。最悪な母です。

来週のお盆の時 娘と実家に帰省する予定でしたが、娘は行きたくない。父親の所に行くと言っていましたが、父親はまだ奥さんに話していない様子で そんな所に行かせて良いのか・・・。

両親からは、一緒に居ない方がお互いのためのようだから、父親に渡して、今年中には帰ることも考えるように言われています。

暖かい無視と 許して忘れる。
1年後 2年後 を見据えて。
頭ではわかっていますが、ギリギリの生活、このまま京都で生活して行く自信もありません。

だらだらと長くなってしまいました。
娘からはまだ連絡はありません(まだ6時なので何度もメールするのも・・・電話も出ない。)
どうしてよいのか わかりません。

【はやし浩司より、UNKNOWN様へ】

 先ほどまで、電話を待っていましたが、電話がありませでしたので、自分の考えを
書いてみたいと思います。

 あなたはがんばりすぎている……。
それが私の第一印象です。
よくここまでひとりで、がんばってこられましたね。
あなたはあなたで、最善のことをしましたよ。
今も、懸命に、がんばっています。
だからここは肩の力を抜いて、気を楽にしてください。
あなたの娘さんは、もう子どもではありません。
すでに、つまりとっくの昔に、あなたの手を離れています。
あなたが親としてできることは、ほとんどないということです。
高校2年生という年齢は、そういう年齢です。

 娘さんの言葉に、もう少し耳を傾けてあげましょう。
娘さんが、「居て欲しくない」と言うなら、それをよいほうに解釈してあげましょう。
親として、自分の子どもが巣立っていくのを知るのは、さみしくも、つらいときです。
しかしそれも巣立ち。
みながみな、よい形で巣立っていくとはかぎりません。

 あなたは自分が感じている(さみしさ)を、別の形に、自分で勝手に変えているだけ
ですよ。
「娘さんに問題がある」というような書き方で、自分をごまかしているだけですよ。
娘さんのことを心配しているようで、実は、あなたはその(さみしさ)に耐えられない
でいるだけ。

 あのね、みんなさみしいのです。
孤独なのです。
しかしあなたの娘さんは、もっとさみしがっているのですよ。
心の拠り所さえ、ないのですから。
自分の心や体を休める場所(家庭)もない……。

 今のあなたにとっていちばん大切なことは、娘さんに、心の拠り所を用意してあげる
ことです。
娘さんが、安心して心を体を休める場所を、提供してあげることです。






最終更新日  2009年08月09日 22時28分55秒
カテゴリ:子どもの問題


 進学?
塾?
……もう、そんなものは、さっさと、あきらめなさい!
大切なことは、娘さんの(友)として、娘さんの横に立つことです。
娘さんの悲しみや苦しみや、さみしさを、あなたが共有してあげることです。
「あなたもさみしかったのね」「ごめんね」と、です。

 が、すぐには娘さんは、心を溶かさないかもしれません。
つっぱったまま、これから先、5年、10年と過ぎていくかもしれません。
しかし見返りを求めない。
捨て身で対処します。
捨て身ですよ!

 娘さんが、どんなにあなたを裏切っても、あなたはそれを受け入れます。
それを「無私の愛」といいます。

 あなたもその無私の愛を感じてみてください。
そこは実におおらかで、すばらしい世界ですよ。
また「許して忘れる」は、口で言うほど、簡単なことではありません。
苦しく、つらいものです。
少しぐらい「許して忘れて」、それで効果がなかったなどと、思ってはいけません。
どこまでも、どこまでも、「許して忘れます」。
それだけを繰り返します。

 で、あなたはあなたで、あなたの生きる道をさがします。
あと10年もすれば、老後ですよ!
わかりますか?
時間がありません。
目を娘さんから離して、あなたはあなたで前を見るのです。

 心配先行、不安先行、過関心、過干渉……。
娘さんにとっては、窮屈な家庭だったと思いますよ。
その上、離婚騒動に巻き込まれ、私もあなたの娘さんなら、「バカヤロー」と
叫んで、家を出ていくでしょうね。
しかしそれをする娘さんだって、つらいのです。

 今夜帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれません。
が、あなたができることは、暖かい夜食を用意し、寝床を用意することです。
そして帰ってきても、何も言わない……。
「暖かい無視」というのは、そういうことを言います。

 いいですか、あなたの娘さんは、もう(おとな)ですよ。
あるいはあなたが高校2年生のときのことを思い出してみてください。
それが今の、娘さんなのです。
あなたの思うようにならないからといって、また取り越し苦労を重ねたところで、
問題は何も解決しないでしょう。
さらに二番底、三番底へと、娘さんは、落ちていくだけです。

 たしかにあなたがしたことは、おとなげないというか、けっしてほめられるべき
ことではありません。
しかしあなたの娘さんなら、許してくれますよ。
だから娘さんを信じて、今日、この瞬間から、あなたは肩の力を抜いて、娘さんの
「友」になります。
娘さんのほうは、すぐには友として認めてくれないかもしれませんが、あきらめては
いけません。
こうした問題には、時間が必要です。
1年や2年は覚悟してください。

 あとは娘さんの人生ですから、あなたはあなたで、幸福を追求すればよいのです。
生きがいを見つけ、仕事を懸命にします。
今できることを、懸命にすればよいのです。
そういう意味で、あなたは本当に、よくがんばっています。
めげないで、がんばっています。
すばらしい人です。

 あのね、あのスティーブンソンは、こう書いています。
「宝島」を書いた、スティーブンソンです。
『我らが目的は成功することではない。失敗にめげず前に進むことである』とです。
今のあなたに、さしあげたい言葉です。

 いいですか、こんなことでめげてはいけませんよ。
何でもない問題ですから。
どこに家にでもある問題です。
自分の娘さんだけを見て、「どうしてうちの子だけが……」とは、思わないこと。
こうして娘さんは、あるいは子どもたちは、親離れをし、自立していきます。
おとなになっていきます。
ひょっとしたら、すでにあなたの娘さんは、あなたより、ずっとおとなかもしれません。
それを信じてあげなさい。

 そう、あなたは目が見える。
音が聞こえる。
歩くことができる。
話を聞くことができる。
……あなたは生きている。
娘さんも生きている。
そこを原点として考えてください。

ね、すばらしいことでしょ!

 要するにあなたが今、娘さんとの間で経験しているのは、家庭のドタバタです。
何でもない問題です。
が、あなたにはそれがわからない。
ささいなことを針小棒大に考えて、ひとりで大騒ぎしている……。
言うなれば、ひとり芝居。
そんな感じです。

 どなたか、相談できる人は、近くにいませんか?
話を聞いてくれる人がいるとよいですね。
その人も、同じことを言いますよ。

 だから、ここは、「許して忘れる」。
暖かい無視を大切に、あなたはあなたで、好き勝手なことをすればよいのです。
娘さんのことは、もう、構わないで……。
だいじょうぶですよ。
あなたの娘さんは、あなたが考えているより、はるかにおとなです。

 コツは、(今の状態)をこれ以上悪くしないことだけを考えて、対処すること。
あなたが騒げば騒ぐほど、逆効果ですから、注意してくださいね。

 電話で直接話したかったのですが、電話がありませんでしたので、メールで失礼
します。
なおたいへん申し訳ありませんが、電話での相談は、お断りしています。
電話番号は、忘れてください。
(気まぐれですみません。)

 今夜はこれで失礼します。
もしよかったら、私のHPの原稿を、片っ端から読んでみてください。
きっと気が楽になりますよ。

 では、おやすみなさい。


Hiroshi Hayashi++++++++AUG.09+++++++++はやし浩司






最終更新日  2009年08月09日 22時28分31秒
2009年08月08日
カテゴリ:子どもの問題
●手の内(Revealing the Trick)

++++++++++++++++++

子どもを見れば、家庭環境がわかる。
親子関係もわかる。
ついでに、その親と、親の親(子どもから見れば、祖父母)
との関係もわかる。
その親が、どのような環境で育ったかもわかる。

私がそれを指摘すると、みな、私が超能力か何かを
使ったかのように驚く。
しかし手の内を明かせば、何でもない。

その手の内……。
手品で言えば、種明かし。

++++++++++++++++++

(1)子育てがギクシャクしている

 その親の子育てが、どこかギクシャクしている。
気負い、戸惑い、迷い、心配、不安など。
そのため話を聞いていても、どうもすっきりしない。
 そう感じたときは、その親と、親の親(=子どもの祖父母)との関係を疑ってみる。
たいてい、その親自身が、不幸にして不幸な家庭に育った人とみてよい。
しっかりとした(親像)が、脳の中にインプットされていない。

 ふつう母親は男児の子育てで、戸惑う。
父親は女児の子育てで、戸惑う。
それにも一定の幅があるが、その幅を超えて、戸惑いが大きいときは、こう考える。

 男児の子育てに大きく戸惑う母親……その母親と、母親の父親の関係が不全であった
とみる。
 女児の子育てに大きく戸惑う母親……その母親と、母親の母親の関係が不全であった
とみる。

 子どものころから、家庭騒動、育児拒否、冷淡、無視などが、背景にあったと
考えてよい。

(2)子どもの様子

 子どもの様子から、その子どもの置かれた家庭環境がわかる。
子どもに伸びやかさがない……過干渉、過関心、神経質な子育てが背景にあるとみる。
子どもが反対に粗放化している……威圧的な過干渉、権威主義的な子育て観をもった
親とみる。
その親自身も、そうした家庭環境で育ったとみてよい。
子育ては、世代連鎖しやすい。
 妙に愛想がよいとか、反対に拒否的である……愛情飢餓の状態にあるとみてよい。
家庭が家庭として機能していない。
つっぱり、いじけ、ひがみ、ぐずりなどがあれば、かなり心がゆがんでいるとみる。
やはり愛情飢餓が背景にあるとみてよい。

 ……というような話は、いわゆる(カン)のようなもので、親と話していると、
そのカンが、働く。
ビビッと働く。
そしてそれをきっかけに、子どもの置かれた環境や、家庭環境、さらにはその親の
生い立ちまで、わかる。

 しかし誤解がないように言っておきたい。

 どんな人でも、(親でも、子どもでも)、みな、問題をかかえている。
問題のない子どもはいない。
親にしても、心豊かな家庭で、何一つ不自由なく育てられた人というのは少ない。
みな、多かれ少なかれ、問題をかかえている。
そこで大切なことは、そういう問題があることが問題ではなく、そういう問題が
あることに気づかず、同じ失敗を繰り返すことが問題であると考えること。

 子どもは家族の(代表)にすぎない。
もう少し深く言えば、家族の過去の(代表)にすぎない。
あなたという親の過去、そして子どもが生まれ育っている(環境)の、その(結果)
でしかない。
まず、それに気がつくこと。
謙虚に、自分自身の姿を見ること。

 それに気がつけば、あとは時間が解決してくれる。
5年、10年の時間はかかるかもしれないが、時間が解決してくれる。
まずいのは、子どもに何か問題を発見したとき、子どもの方ばかりを見ること。
子どもの方ばかり見て、「子どもを直そう」とか、「子どもを何とかしよう」と考えること。

 しかし本当の問題は、あなた自身のほうにある。
身勝手な親となると、親の過干渉で、さんざん子どもを委縮させておきながら、
「どうしてうちの子は、ハキがないのでしょう」とか言う。

 「手の内」というタイトルで書いたが、あなた自身を知るためのひとつの方法として、
このエッセーを利用してほしい。







最終更新日  2009年08月08日 23時37分09秒
2009年08月04日
カテゴリ:子どもの問題
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●子どもの問題

子どもの問題をかかえて、悩んでいる人は多い。
「勉強をしない」
「目標をもってない」
「毎日、だらだらしている」
「自覚がない」
「親子の会話が途絶えた」などなど。

しかしそういうとき、どうして親たちは、自分の姿を見ないのか?
自分のこととして、考えないのか。
つまり「私自身はどうなのか」と、なぜ、考えないのか。

ある母親は、こう言った。
「うちの子(中学3年、男子)は、学校から帰ってきても、受験勉強どころか、
学校の宿題もしません。どうしたらいいですか」と。

私はその質問を聞いて、こう思った。
(思っただけで、言わなかったが……。)
「だったら、お母さん、あなた自身が勉強をすればいい」
あなた自身が、東大へ入ってみせればいい」と。

先に書いた親の悩みについても、同じようなことが言える。

「勉強をしない」(だったら、あなたは勉強をしているのか?)
「目標をもってない」(だったら、あなたは目標をもっているのか?)
「毎日、だらだらしている」(だったら、あなたは、きびきびとしていのか?)
「自覚がない」(だったら、あなたは自覚しているのか?)
「親子の会話が途絶えた」(だったら、あなたは会話をしているのか?)、と。

最近の考え方としては、「子どもは家族の代表にすぎない」とする。
子どもに何かの問題があったとしても、それは子どもだけの問題ではない。
家族全体の問題である。
子どもに現れた症状は、あくまでもその(結果)にすぎない。
そう考えて、対処する。

かなりきびしいことを書いたが、それくらいの心構えをもってこそ、
ちょうどよい。
私たち日本人は、親意識が強い。
子どもだけをみて、子どもを何とかしようと考える。
しかしそういう見方では、問題は解決しない。
子どもも納得しないだろう。

 
Hiroshi Hayashi++++++++AUG・09++++++++++はやし浩司

●愚痴(Complaint or Grumble)

++++++++++++++++++++++++

英語と日本語を一致させることはできない。
微妙にニュアンスがちがうことが多い。
たとえば「愚痴」を、英語では、「complaint(不平・不満)」という。
しかし「愚痴」と、「complaint」は、どこかちがう?
そういうことはあるが、その「complaint」について、アメリカの精神医学会
(American Psychiatric Association)は、「不安神経障害(Anxiety Disorder)」
の主症状のひとつにあげている(DSM-4)。

愚痴をあれこれ言うこと自体、「障害(Disorder)」のひとつというわけである。
なるほど!
だから、愚痴は言わない。

APAのHPには、つぎのようにある(一部抜粋)。

In behavioral health care as in general medicine, when an individual complains of a
subjectively experienced disturbance or unpleasant perception such as pain or anxiety,
we call this a symptom. We distinguish this from a sign such as slurred speech which a
professional can observe.
(苦痛や心配ごとのような混乱や不快感について、不平、不満を訴えることを、「症状」と
いい、たとえばおどおどした態度のような、専門家でないと区別できないような症状を、「兆
候」という。)

+++++++++++++++++++++++++

●日本語

 日本語を使っているとき、ときどき、こう感ずることがある。
「日本語って、すぐれているなあ」と。
とくに(心)を表現する用語が、きわめて豊富である。

 たとえば10年ほど前から、欧米では、さかんに「attachment(アタッチメント)」
という言葉が使われるようになった。
「愛着行為(行動)」と翻訳されている。
が、これなどは、「赤ちゃん返り」の類義語と考えればよい(反論もあるだろうが……。)

 心理学で言う「固着」にしても、日本語には、「わだかまり」とか、「こだわり」とか
いう言葉がある。その類義語と考えればよい。(反論もあるだろうが……。)

 さらに日本語には、「取り越し苦労」とか、「ヌカ喜び」という言葉もある。
これなどは、まさに「不安神経障害(Anxiety Disorder)」の主症状のひとつと考えてよい。
(反論もあるだろうが……。)
精神的に不安定な人ほど、取り越し苦労とヌカ喜びを、いつも繰り返す。

 私たちは専門家ではないから、(逃げるわけではないが……)、要するに、心理学と
いっても、よりよく自分の人生を生きるための道具にすぎない。
またそういう目的のために利用すればよい。
(それでお金を稼いでいる人は別だが……。)

冒頭にあげた、愚痴(complaint)にしてもそうだ。
「愚痴を口にしたら、精神状態はふつうでない」と考えてよい。
(反論もあるだろうが……。)

●K子さん(62歳)の例

 当時、私は無料で、電話相談なるものを受け付けていた。
そんなある日、K子さんという女性から、家族の問題について、相談があった。
静かで、落ち着いた女性だった……と感じたのは、最初の1回目のときだけ。
それにつづく相談は、まさに「?」としか思えないようなものだった。

 いくつか特徴があった。

(1)一方的にしゃべるだけ。
(2)不平、不満をしゃべるだけ。
(3)「では、どうすればいいのか」という話し合いができない。
(4)ことこまかに、どうでもよいことを、しゃべるだけ。
(5)つぎの相談のときには、前の相談のことを忘れてしまっている(?)。
(6)前回の相談のときの矛盾をつくと、パニックになる。
(7)「私はすばらしい」「まちがっていない」ということを強調する。
(8)私が反論的な意見をそえると、それに猛反発する。
(9)子どもの相談といいながら、ときとして、夫や姑の話になる。
(10)そういう電話が、毎回、ときに1時間以上も、ねちねちとつづく。

 当時の私は、「愚痴を聞いてやるだけでもいいのでは」と考えて、K子さんの
言うままにしておいた。
しかしまともに聞いていると、こちらまで気が変になりそう。
そう感じたから、ときには受話器を耳からはずして、「そうですか」「そうですね」だけを
繰り返した。
一度だが、私の方から電話を切ろうとしたことがある。
とたん、K子さんは、パニック。
激怒。

「どうして私の話を聞いてくれないのですかア!」と。

●愚痴 

 「愚痴は言わない」というのは、さわやかに生きるための大鉄則。
だが、同時に、「他人の愚痴を聞かない」というのも、重要。
愚痴には、恐ろしい魔力がある。

 仏教でも、肉体の奴隷になることを、強く戒めている。
もし肉体の命ずるままに、精神が動揺したら、人間はそのまま畜生と化す。
その中でも、とくに警戒すべきものが、『貪(どん)』『瞋(しん)』『痴(ち)』。

ここでいう『痴』というのは、仏教でいうところの『愚痴(ぐち)』をいう。

 要するに、(愚かさ)が極まった状態を、『痴(ち)』といい、それが愚痴の語源に
なっている。
わかりやすく言えば、愚痴を言うこと自体、その人が愚かであることを意味する。
その(愚かさ)に接していると、接するこちら側まで、愚かになる。
だからある賢人は、こう言った。

 「怒っていたら、愚痴を言うな。愚痴を聞いても、怒るな」と。
けだし、明言である。

 ともかくも、愚痴を言うということ自体、アメリカでは、精神障害(mental disorder)
を疑われるということ。
日本では、愚痴を軽く考える傾向があるが、アメリカでは、そうでないということ。
気をつけよう。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi
Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 愚痴 愚痴論 complainment 不安神経障害)







最終更新日  2009年08月04日 21時32分30秒
2009年07月30日
カテゴリ:子どもの問題
(特集)【思春期の子どもの心】□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●子どもの心がつかめない(?)

+++++++++++++++++

心がつかめない娘(小6)について、
そのお母さんから、こんな相談があり
ました。

この問題について、考えてみたいと
思います。

+++++++++++++++++

どこからお話ししていいのか分りません。沢山の問題があるように思うのですが・・・。
どうか、少しでも、問題点が整理できればと、こちらのHPに投稿させて頂きました。

事の始まりは、先日娘の担任の先生から電話があったことです。

「実は、P子さん(=私の娘、小6)が、最近、A子さんにひどい言い方をしているようだ。下校中、上下関係があるように見える」と言われました。それがたいへん、気になりました。

さらに、「実は去年の冬ごろ、ちょっとした事件がありまして」と、聞かされました。

先生の話の内容は、こういうことでした。娘のP子が、B子さんに本を貸したのですが、なかなか返してくれないので、「返して」と言ったところ、B子さんは、「私は借りていない」と言ったとのこと。

「確かにB子さんに貸したはず」と娘は言いましたが、しかし別の子から、「あっ、私、借りてるよ」と、本を渡されました。娘はB子さんに謝り、この件は終了しました。

ところが、その後、B子さんが、「私のペンがない!」と騒ぎ出しました。周りの友人も手伝って、探したところ、それが娘のP子の筆箱の中に、あったというのです。「あっ、そのペン私のじゃない?」と、B子さんが言ったといいます。それを見ていた先生も中に入り、娘に聞くと、「違う、これはお母さんに買ってもらったもの」と答えたというのです。

先生は「じゃあ、お母さんに聞いてもいいですか?」と、娘のP子に訪ねると、「ダメ」と答えたというのです。

それはおかしいなーと、いうことで、周りからも疑われた。・・・・と、いう事がありました。先生は、「もう、このことは済んだことなので、いいのですが・・・・。しかしP子さんが、A子さんにひどく当ることなどを、とても心配しています。おうちでも話しあってみてください」と言いました。

 初耳でした。でも、結果として娘はみんなの前で泥棒にされてしまったのでしょうか。
とにかく、真実を知りたいと、私は、娘に聞いてみました。

まず、A子さんのことですが、娘のP子は、「思い当たることはない、何の事を言っているのかわからない」と言いました。無意識でも、つまりこちらがその気でなくても、相手が傷ついているとしたら、とっても悲しい事だから、これから気をつけてねなどと、話しました。次にペンの事を聞いたのですが、その話になるろ、娘は泣きだしてしまいました。

 ・・・・実はこのずっと以前から気になっていたのですが、子どもたちは文房の交換をしているようです。「このペンどうしたの? この前買ったペンはどこ行ったの?」と私がP子に聞くと、屈託なく、「うん、友達が交換してっていうからいいよって」とか言います。

私「え? 何で?」
娘「どうしても欲しいって言うし、交換ならいいかなって。それに断る理由がないから」とのこと。

これもショックでしたが、きちんと「物をもっと大切にして欲しい。簡単に交換しないでほしい。。。」などなど沢山話しこれからはしないでねと、そのときは、そういう話で終わりました。

 で、本題ですが、「ペンのことだけど、こんなことがあったんだって? そのペンはどうしたものなの?」と聞くと、娘はなかなか答えようとしませんでした。そこで(1)持ってきてしまった、(2)拾った、(3)自分で買った、(4)その他の中のどれ?、と聞くと、やっとの事で、「交換したもの」と言いました。

「じゃあ何であの時、そういわなかったの?」と聞くと、泣くばかりです。泣いて泣いて、やっと聞けたのが、「交換しようって言われてしたのに、Bちゃんがどうしてそんな事を言い出したのか分らなくって」と。

私「あなたは泥棒だと、他の人はそう思うよ、それでもいいの?」
娘「盗んだと思われてもいい。それでも自分の思いは言えない」と。

 最近、大きくなってきて、少し手が離れてきたと思って手を抜いてしまったと、我にかえりました。低学年のころは、毎日のように主人と夜、子どもたちのことについて話し合っていたのも、最近ではしていない事にも気付かされました。

で、昔からの悩みの種は、娘(相談の娘小6・この下に小3の妹がいます)の、対人関係についての問題です。

私が働いていたため、娘が1歳半のときから保育園へ預けました。教育熱心で有名な保育園でしたが、右を向きなさいと指示されても、右を向かないような娘でした。そんなわけで、先生も、娘にかなり手を焼いていたようでした。何度も主人と呼び出されては、「お宅の子は人を見る」とこんこんと言われました。

人見知りが極端にはげしく、突然話し掛けられたりすると、かたまって口を閉ざしたり、下を見る、隠れるなどの行為をしました。ですから、極力休日は、家族で一緒にのんびりゆったり、栄養を蓄えるつもりで、常に皆で横に手をつなぎ、時には後ろに回り背中をなでながら過ごしていました。

小学校の入学時には、「大丈夫、なにも心配要らないよ」と、ぽんっと送り出したりしましたが、当時は、本当に元気よく通っていました。が、大人に理解されにくい性格は中々変わることもなく、「こう思ってるんだよ!」などと、口にした事は無いようです。

が、その一方で、娘は、地道に努力するタイプで、昨年、放送委員になったのですが、家で練習し、運動会やおひつの放送も、物怖じせず、こなしていきました。






最終更新日  2009年07月30日 07時32分04秒
カテゴリ:子どもの問題


一時期、これは、何かの障害なのではないかと、悩みました。が、素人判断も出来ず、なんとかやっていけていましたので・・・・。

現在も、三者面談などでは体をこわばらせ、手に冷や汗をかいています。落ち着きがなくなり、なんとか作り笑いをしてみせたりするのですが、それも先生にはふざけているように見えるのか、あまりよい印象は与えていないようです。

 そのような関係の先生ですが、今回の話し合った結果を、その先生に連絡しました。

私としては、なんとか、先生にだけでも誤解を解きたい。このままでは娘のP子がかわいそうとの思いで話しました。

先生は「分りました。ペンの事は申すんでしまった事なので、(確かに時がたちすぎている)、今さら蒸し返すのも何ですのでやめます」と言ってくれました。またペンのことについては、「やはりあのペンはB子さんのものだったわけだ。でも、B子さんは、交換した気は全く無いですよ」とのこと。私は「また相談にのって頂きたいので、よろしくお願いします」と言えただけです。

先生は、本当に娘のことを心配しているのか不安になりました。なぜ先生は、娘の側を少しでも見ようとしてくれないのでしょうか。私は常に平等を心がけ、こちらが悪いのでは、と思いながら話を聞くようにしているのですが。。。

長々とすみません。娘から話しを聞いて、娘には、「お母さんは、あなたを信じている。本当に信じている。世界で一番の味方だから」「分った、お母さんが守ってあげる。心配しないで。でも、努力しようね」と、言いました。

A子さんには本当に申し訳ない事をしたと思っています。とてもおとなしい子です。B子さんは、大人うけする、ハツラツとしたとても気持ちのいい子です。クラスのリーダー的存在。親友の子と喧嘩をした時だけ、娘に愚痴を言いにくるようです。

私は今、娘に何をしたらいいのか。先生に何を言ったらいいのか。主人とも話し合っていますが、行き詰まってしまっています。

本当に長くなって申し訳ありません。毎晩、この問題を考えていると、眠れません。アドバイスをお願いします。
(大阪府、KR子、P子の母親より)

【はやし浩司より、P子さんのお母さんへ】

 メール、ありがとうございました。

 まず、最初に、一言。

 この種の問題は、たいへんありふれた問題です。はっきり言えば、何でもない問題です。

 まず、A子さんについてですが、A子さんは、P子さんに、いじめられていると訴えただけのことです。ただP子さんには、その意識はなかった。つまり(いじめている)という意識がないまま、結果として、いじめているという雰囲気になってしまった。それだけのことですが、これも(いじめ)の問題では、よくあることです。

 B子さんとの本のトラブルについては、P子さんが、ウソを言っているだけのことです。何でもない、つまりは、子どもの世界では、よくあるウソです。一応たしなめながらも、おおげさに考える必要は、まったくありません。

 思春期の子どもは、自立を始めるとき、それまでになかったさまざまな変化を見せるようになります。フロイトの説によれば、イド(心の根源部にある、欲望のかたまり)の活動が活発になり、ときとして、子どもは欲望のおもむくまま、行動するようになります。

 ウソ、盗みなどが、その代表的なものです。万引きもします。性への関心、興味も、当然、高まってきます。しかしそういう形で、つまり親や社会に対して抵抗することで、子どもは、親から自立しようとします。

 ですから、ここに書いたように、一応はたしなめながらも、それですませます。あなたのように、子どもを追いつめてはいけません。これはP子さんの問題というよりは、完ぺき主義(?)のあなたのほうに問題があるのではないかと思います。

それともあなたは、子どものころ、あなたの親に対して、ウソをついたことはないとでも言うのでしょうか? ものを盗んだことはないとでも言うのでしょうか? 親の目の届かないところで、男の人と遊んだことはないとでも言うのでしょうか? もしそうなら、あなたは修道女? (失礼!)

 もしP子さんに問題があるとするなら、乳幼児期に、母子の間で、しっかりとした信頼関係が結べなかったという点です。母子の間でできる信頼関係を、心理学の世界では、「基本的信頼関係」といい、それが結べなかった状態を、「基本的不信関係」といいます。

 この信頼関係が基本となって、その後、先生との関係、友人関係、異性関係へと発展していきます。

 そのころの(不具合)が、今、P子さんの対人関係に、影響を与えているものと思われます。が、しかしそれは遠い過去の話。今さら、どうしようもない問題です。

 ですから今は、「うちの子は、人間関係を結ぶのが苦手だ」「他人に心を開くのが苦手だ」「外では無理をして、いい子ぶる」「自分の心の中を、さらけ出すことができない」と、割り切ることです。だれでも、ひとつやふたつ、そういう弱点があって、当たり前です。

 大切なことは、そういう子どもであることを、認めてあげることです。認めた上で、P子さんを理解してあげることです。「なおそう」とか、そういうふうに、考えてはいけません。(どの道、今さら、手遅れですから……。)

 あとはP子さん自身の問題です。もしP子さんが、もう少しおとなになり、人間関係の問題で悩むようなことがあったら、ぜひ、私のHPを見るように勧めてあげてください。あるいはマガジンの購読を勧めてあげてください。無料です。同じような問題は、そのつどテーマとして、マガジンでもよく取りあげていますので、参考になると思います。

 で、今、あなたの目は、P子さんのほうに向きすぎています。そんな感じがします。しかも、P子さんへの不信感ばかり……! 心配先行型の子育てが、いまだにつづいているといった感じです。

 ですからあなたはあなたで、もう少し、外に向かって目を向けられたらどうでしょうか? 多分、あなたはP子さんにとっては、うるさい、いやな母親と映っているはずです。たかがペンぐらいの問題で、親からここまで追及されたら、私なら、机ごと、親に向かって投げつけるだろうと思います。ホント! 今では、ペンといっても、いろいろありますが、100円ショップで、3~5本も買える時代です。

 いわんや子どもが泣きだすほどまで、子どもを追いつめてはいけません。またこの問題は、そういう問題ではないのです。

 さらに学校の先生も、それほど、おおげさには考えていないはずです。先にも書きましたが、こうした問題は、まさに日常茶飯事。ですから、先生がP子さんのことを悪く思っているとか、娘が誤解されてかわいそうとか、先生が親側に立ってものを考えてくれないとか、そういうふうに考えてはいけません。






最終更新日  2009年07月30日 07時31分37秒
カテゴリ:子どもの問題

 またP子さんに向かって、「信じている」とか何とか、そんなおおげさな言葉を使ってはいけません。また使うような場面ではありません。繰りかえしますが、たかがペン1本の問題です。わかりやすく言えば、P子さんが、B子さんのペンを盗んで、自分の筆箱に入れた。それだけのことです。

 多少の虚言癖はあるようですが、それもこの時期の子どもには、よくあることです。(もちろん病的な虚言癖、作話、妄想的虚言などは、区別して考えますが……。)

 あなたにも、それがわかっているはず。わかっていながら、P子さんを追いつめ、P子さんの口からそれを聞くまで、納得しない。つまりは、あなたは、完ぺき主義の母親ということになります。

 P子さんは、いい子ですよ。放送委員の一件を見ただけでも、それがわかるはず。そういうP子さんのよい面を、どうしてもっとすなおに、あなたは見ないのですか。あなたが今すべきことは、そういうP子さんのよい面だけを見て、あなたはあなたで、前を見ながら、前に進む。今は、それでよいと思います。つまりは、それが(信ずる)ということです。言葉の問題ではありません。

 またこうした問題には、必ず、二番底、三番底があります。あなたはP子さんの今の状態を最悪と思うかもしれませんが、しかし、対処のし方をまちがえると、P子さんは、その二番底、三番底へと落ちていきますよ! これは警告です。

 反対の立場で考えてみてください。私なら、家を出ますよ。息が詰まりますから……。P子さんが、家を出るようになったら、あなたは、どうしますか。外泊をするようになったら、どうしますか。

 ですから今は、「今以上に、状態を悪くしないことだけを考えなら、様子をみる」です。

 だれしも、失敗をします。人をキズつけたり、あるいは反対に人にキズつけられながら、その中で、ドラマを展開します。悩んだり、苦しんだり……。そのドラマにこそ、意味があるのです。子どもについて言えば、そのドラマが、子どもをたくましくします。

 P子さんは、たしかにいやな思いをしたかもしれませんが、それはP子さんの問題。親のあなたが、割って出るような問題ではないのです。親としてはつらいところですが、もうそろそろ、あなた自身も、子離れをし、P子さんには、親離れをするよう、し向けることこそ、大切です。

 とても、ひどいことを言うようですが、私はあなたの相談の中に、子離れできない、どこか未熟な親の姿を感じてしまいました。あなたはそれでよいとしても、P子さんが、かわいそうです。

 で、たまたま昨夜、『RAY』というビデオを見ました。レイ・チャールズの生涯をつづったビデオです。あのビデオの中で、ところどころ、レイ・チャールズの母親が出てきますが、今のあなたに求められる母親像というのは、ひょっとしたら、レイ・チャールズの母親のような母親像ではないでしょうか。

 最後に、もう一言。

 こんな問題は、何でもありませんよ! 本当によくある問題です。ですから、「A子さんに申し訳ない」とか、B子さんがどうとか、そんなふうに考えてはいけません。今ごろは、A子さんも、B子さんも、学校の先生も、何とも思っていませんよ。

 あなた自身が、心のクサリをほどいて、自分のしたいことをしたらよいのです。心を開いて! 体は、あとからついてきますよ!

 すばらしい季節です。おしいものでも食べて、あとは、忘れましょう! 
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子どもの虚言 子供の虚言 盗み)

+++++++++++++++

いくつか、今までに書いた
原稿を添付しておきます。

+++++++++++++++
 
【信頼関係】

 たがいの信頼関係は、よきにつけ、悪しきにつけ、「一貫性」で決まる。親子とて例外ではない。親は子どもの前では、いつも一貫性を守る。これが親子の信頼関係を築く、基本である。

 たとえば子どもがあなたに何かを働きかけてきたとする。スキンシップを求めてきたり、反対にわがままを言ったりするなど。そのときあなたがすべきことは、いつも同じような調子で、答えてあげること。こうした一貫性をとおして、子どもは、あなたと安定的な人間関係を結ぶことができる。その安定的な人間関係が、ここでいう信頼関係の基本となる。

 この親子の信頼関係(とくに母と子の信頼関係)を、「基本的信頼関係」と呼ぶ。この基本的信頼件関係があって、子どもは、外の世界に、そのワクを広げていくことができる。

 子どもの世界は、つぎの三つの世界で、できている。親子を中心とする、家庭での世界。これを第一世界という。園や学校での世界。これを第二世界という。そしてそれ以外の、友だちとの世界。これを第三世界という。

 子どもは家庭でつくりあげた信頼関係を、第二世界、つづいて第三世界へと、応用していくことができる。しかし家庭での信頼関係を築くことに失敗した子どもは、第二世界、第三世界での信頼関係を築くことにも失敗しやすい。つまり家庭での信頼関係が、その後の信頼関係の基本となる。だから「基本的信頼関係」という。

 が、一方、その一貫性がないと、子どもは、その信頼関係を築けなくなる。たとえば親側の情緒不安。親の気分の状態によって、そのつど子どもへの接し方が異なるようなばあい、子どもは、親との間に、信頼関係を結べなくなる。つまり「不安定」を基本にした、人間関係になる。これを「基本的信頼関係」に対して、「基本的不信関係」という。

 乳幼児期に、子どもは一度、親と基本的不信関係になると、その弊害は、さまざまな分野で現れてくる。俗にいう、ひねくれ症状、いじけ症状、つっぱり症状、ひがみ症状、ねたみ症状などは、こうした基本的不信関係から生まれる。第二世界、第三世界においても、良好な人間関係が結べなくなるため、その不信関係は、さまざまな問題行動となって現れる。

 つまるところ、信頼関係というのは、「安心してつきあえる関係」ということになる。「安心して」というのは、「心を開く」ということ。さらに「心を開く」ということは、「自分をさらけ出しても、気にしない」環境をいう。そういう環境を、子どものまわりに用意するのは、親の役目ということになる。義務といってもよい。そこで家庭では、こんなことに注意したらよい。

● 「親の情緒不安、百害あって、一利なし」と覚えておく。
● 子どもへの接し方は、いつもパターンを決めておき、そのパターンに応じて、同じように接する。
● きびしいにせよ、甘いにせよ、一貫性をもたせる。ときにきびしくなり、ときに甘くなるというのは、避ける。
(030422)
((はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 信頼関係 親子関係 親子の信頼関係 基本的信頼関係 不信関係 一貫性)


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司 

【感情の発達】

 乳児でも、不快、恐怖、不安を感ずる。これらを、基本感情というなら、年齢とともに発達する、怒り、悲しみ、喜び、楽しみなどの感情は、より人間的な感情ということになる。これらの感情は、さらに、自尊感情、自己誇示、嫉妬、名誉心、愛情へと発展していく。

 年齢的には、私は、以下のように区分している。

(基本感情)〇歳~一歳前後……不快、恐怖、不安を中心とする、基本感情の形成期。

(人間的感情形成期)一歳前後~二歳前後……怒り、悲しみ、喜び、楽しみなどの人間的な感情の形成期。

(複雑感情形成期)二歳前後~五歳前後……自尊感情、自己誇示、嫉妬、名誉心、愛情などの、複雑な感情の形成期。

 子どもは未熟で未経験だが、決して幼稚ではない。これには、こんな経験がある。

 年長児のUさん(女児)は静かな子どもだった。教室でもほとんど、発言しなかった。しかしその日は違っていた。皆より先に、「はい、はい」と手をあげた。その日は、母親が仕事を休んで、授業を参観にきていた。

 私は少しおおげさに、Uさんをほめた。すると、である。Uさんが、スーッと涙をこぼしたのである。私はてっきりうれし泣きだろうと思った。しかしそれにしても、大げさである。そこで授業が終わってから、私はUさんに聞いた。「どうして泣いたの?」と。すると、Uさんは、こう言った。「私がほめたれた。お母さんが喜んでいると思ったら、自然と涙が出てきちゃった」と。Uさんは、母親の気持ちになって、涙を流していたのだ。

 この事件があってからというもの、私は、幼児に対する見方を変えた。

 で、ここで注意してほしいのは、人間としての一般的な感情は、満五歳前後には、完成するということ。子どもといっても、今のあなたと同じ感情をもっている。このことは反対の立場で考えてみればわかる。

 あなたという「人」の感情を、どんどん掘りさげていってもてほしい。あなたがもつ感情は、いつごろ形成されただろうか。高校生や中学生になってからだろうか。いや、違う。では、小学生だろうか。いや、違う。あなたは「私」を意識するようになったときから、すでに今の感情をもっていたことに気づく。つまりその年齢は、ここにあげた、満五歳前後ということになる。

 ところで私は、N放送(公営放送)の「お母さんとXXXX」という番組を、かいま見るたびに、すぐチャンネルをかえる。不愉快だから、だ。ああした番組では、子どもを、まるで子どもあつかいしている。一人の人間として、見ていない。ただ一方的に、見るのもつらいような踊りをさせてみたりしている。あるいは「子どもなら、こういうものに喜ぶはず」という、おとなの傲慢(ごうまん)さばかりが目立つ。ときどき「子どもをバカにするな」と思ってしまう。

 話はそれたが、子どもの感情は、満五歳をもって、おとなのそれと同じと考える。またそういう前提で、子どもと接する。決して、幼稚あつかいしてはいけない。私はときどき年長児たちにこう言う。

「君たちは、幼稚、幼稚って言われるけど、バカにされていると思わないか?」と。すると子どもたちは、こう言う。「うん、そう思う」と。幼児だって、「幼稚」という言葉を嫌っている。もうそろそろ、「幼稚」という言葉を、廃語にする時期にきているのではないだろうか。「幼稚園」ではなく、「幼児園」にするとか。もっと端的に、「基礎園」でもよい。あるいは英語式に、「プレスクール」でもよい。しかし「幼稚園」は、……?
(030422)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 基本感情 人間的感情形成 感情形成期)






最終更新日  2009年07月30日 07時30分48秒

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