光を入れる- はじめに -(園頭広周先生のお話より) 高橋信次先生が研修会の時に「光りを入れる」ということを指導されたことがあった。 「光りを入れる」ことの根本原理を皆がよく理解しなかったために、形だけは「光りを入れる」形になっていても、その精神が失われているから効果を挙げる人はなかった。 高橋信次先生が「光りを入れる」といわれる方法は、民間の手掌療法とか、世界救世教などが教えている方法とは根本的に違うのである。 昭和四十八年四月、私(園頭先生)が過去世を思い出して霊道を開いた時である。 高橋信次先生のところに個人指導を受けに来た人があった。 高橋先生はその人に光を入れられた。 終られて先生は私にいわれた。 「園頭さん、あなたもインドの時(過去世において舎利子として出ていた時)は手を当ててよく病人を治しましたね。あなたは過去で力を持っているんだから、今度も自信をもってその力を出しなさいよ。」 そう言われてハッと思い出したのは、私(園頭先生)が事業に失敗して宗教家への道を志ざして、初めて伝道の旅に出て、鹿児島の指宿温泉の近くの前ヶ浜という所に行った時のことである。 「明日、鹿児島市の県立病院に入院することになっているのですが、その前に話を聞いておきたいと思いまして。」 と右膝関節が紫色に腫れ上った十歳の子供を連れて来られた夫婦があった。 一時間ばかり話をした後、私の手は自然にその子供の足のところにいって、私はそこに神の光りが注がれる事を祈った。 ひと晩明けると不思議にその子供の足は治っていた。 その奇跡が私をして伝道への自信を得させることになったのであった。 その時私はそのカが私自身のカではないことを知っていた。 私は五人の子供を育ててきて、急激な症状で医者の手当を必要とする時以外は、少々具合の悪いのはみな光りを入れて治してきた。 だから私の子供たちはほとんど医者を知らない。 また戦地で医者も薬もない時、部下の兵隊さんに光を入れて治してやったこともある。 病気の治療をすることを「手当てする」という。 それは昔から掌を当てることによって病気を治していたからである。 戦争中、中国の奥地へ行った時、病人を家族が手を当てて治療しているのを見たことがあった。 手掌療法が一時流行したことがあったが、今は余り聞かなくなった。 光りを入れる時、掌を身体から5cm位離しなさいと高橋先生が言っていられたのは、掌が直接肌に触れる事は医師法違反に問われるからであって、別にそうしなければ効果がないとかというものではない。 ジャンル別一覧
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