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2008.02.14
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カテゴリ:信仰のあり方
■ 信仰をする人達の陥りやすい欠点がある。

 


それは、経済生活に失敗すると

「まあ、今は損しても、心の勉強をしたからいいじゃないか」

と安易に逃避してしまうことである。



例えば



「あの人は信仰に熱心だからと思って金を貸したが、結局返してもらえなかった」

というような時、

後になって、人に金を貨す時は社会の慣習と法律の定めるところに従って、

貸借関係は明確にして置かなければならないということに気づく。
 


また、交通事故などあると



「大難が小難ですんでよかった。信仰していなければ死ぬところだった。

信仰のお蔭だ」


といって、

事故を起こさないようにするにはどうすればいいかという、

当然前もって注意しなければならいことを勉強せず、


いつも問題が起ってしまってから、

後手後手に物事を考えることが欠点である。


それは「信仰していれば何事も良くなる」

というまちがった他力信仰の欠点である。


 

釈尊は



「苦しみの原因は無明にある」

といわれた。



「無明」とは「知るべきことを知らない」

即ち「智慧がない」ということである。



いくら神仏を念じていても、

自動車の運転法を知らなかったら、

ただ信じているというだけでは自動車は動かない。



経済には経済の法則がある。

いくら信仰していても、

経済、経営の法則を知らなければ失敗するに決まっている。
 


だから、正しい信仰即ち正法を信ずる人達は、


前向きに積極的に、

人生に必要な諸問題については、

どしどし勉強して実践して行くのである。




即ち自力で勉強することは勉強し、実践することは実践して、

その上で天地創造の神を信ずることである。

 

正法を信ずる人達は常に前向きで明るく積極的である。

他力信仰のまちがった信仰をしている人達は、

逃避的で暗く消極的である。



正法誌1981年7月 第35号より





■ プチコメント



今回の言葉は、何にでも頼りたがる僕自身にとっては、

とても耳の痛い言葉です。



信仰の話はともかくとして、


何か悪い事があって、間一髪避けた場合、


ああ~、運が良かった、と思ってしまう事はよくあると思います。

また、この程度でよかった、と思ってしまう自分自身があります。


まあ、あれと引き換えにしたとすれば、まあ、いいか~

なんて、楽天的に物事をすり替えて割り切ってしまう、

悪い癖の自分自身もあります。




実際に、何かで間一髪で助かった場合、

「何々のお陰で」

と考えてしまう人も多いのではないでしょうか。


僕自身もそうですが。


もちろん、本当に「何かのお陰」もあるのでしょうが・・・・



しかし冷静に考えれば、



病気から奇跡の生還を果たすよりも、

最初から病気にならないのがいいし、


事故に会うよりも、会わないほうがいいですが・・・


しかし、最初からその場面に出くわさないほうが、良いに決まっています。



何も災いが起こらないほうが、よっぽど「何々のお陰で」といえるでしょう。





運のバロメーターを見る場合、



運の悪い順に



1 事故にあう 

    → 凄く運が悪い
      まともに、心がその事故に縁のある波動と引き合ってしまった



2 事故に間一髪で避けた

    → 助けられたが、
      その場面に引き寄せられてしまう心の波動があるから、要注意



3 事故の場面に出くわした

    → 明日はわが身かもしれない
      その場所に出くわさなければならないのは、
      運気が、あるいは心の波動が落ちているから、
      引き寄せられやすくなっている・・・これまた注意



4 日常そのような場面とは、全く無関係な状態。

    → 事故に縁のある波動と、心が引き合っていないから、
      その人にとっては、平和で安心な環境が延々と続く  
      これは、理想ですね。
      この状態を維持したいものです。




一例ではありますが、


日頃、上記のどの場面に出くわしやすいかで、

今の自分の運気を察する事が出来ると思います。



これは、常日頃の感情面での心の思い方によって、

作用されるといってもよいでしょう。



考え方、言動が立派でも、

心の中の感情に乱れがあったら、

事故や、不幸を引き寄せてしまいます。


これは、生きていくうえでの重要なポイントです。



穏やかな心の波動を出しながら、常に安らい心で、

日常の事柄に対して、

現実的に考え、客観的に見つめていきたいものです。



守るのは、自分自身の心と、その奥に繋がっている世界の導きの世界。

外側にいる神様はいくら拝んでも、守ってくれないでしょう。


もしよい方に変わったとしたら、その事をキッカケとして、

その人の心がきれいになったからでしょうね。






死後世界地図(日本編)








Last updated  2008.11.28 21:25:26
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