2009/05/08(金)22:18
復活した「脳の力」・・今夜放送
復活した"脳の力" 1115
録画予約 5/7(木) 22:00 ~ 23:00
NHK総合 [1]
ドキュメンタリー > その他
脳卒中に倒れた学者の再生への軌跡を追う。アメリカ・ハーバード大学の神経解剖学者だったジル・テイラー博士は37歳で脳卒中に倒れ、言葉や体の自由を失った。しかし、8年に及ぶリハビリを経て彼女は再生を果たす。
復活した"脳の力"~テイラー博士からのメッセージ◇自身が体験した脳卒中の実態や脳の不思議を記録した著書を発表し、患者や家族をはじめ多くの人々に勇気と希望を与えているアメリカの神経解剖学者、ジル・ボルティ・テイラー博士に話を聞く。タイム誌の「2008年世の中に影響を与えた100人」に選ばれたテイラー博士は37歳の時、脳卒中に襲われた。出血は脳の左半分に広がり、言葉や体の自由を失った彼女の生活は脳の右半分が支えることになった。その後、彼女は8年間のリハビリを経て再生した。彼女の著書に感銘を受けた生命科学者の中村桂子博士が、インディアナポリスに住むテイラー博士を訪ね対談する。 脳卒中によってひらめいたこと それは、右脳の意識の中核には、心の奥深くにある、静かで豊かな感覚と直接結びつく性質が存在しているんだ、という思い。右脳は世界に対して、平和、愛、歓び、そして同情をけなげに表現し続けているのです P162 脳卒中で倒れた脳科学者の体験記を翻訳している。 ハーバード大学の脳神経学者だったジル・テイラー博士は、1996年のクリスマス直前のある朝、激しい頭痛とともに目覚めた。左目の奥が刺すように痛かったという。だが、偏(へん)頭痛持ちだった博士は、血流が悪いせいだと考え、フィットネスマシンで汗を流し、シャワーを浴びてしまった。 自分の脳で脳出血が起きていることに気付いたとき、すでに左脳の言語野は侵され、言葉をしゃべることも、理解することも、ままならなくなっていたという。 病院に担ぎ込まれ、手術により一命をとりとめた彼女は、その後の8年をかけて懸命のリハビリに励み、見事に言葉を取り戻し、元の職に復帰することができた。脳の神経細胞は(原則として)再生しないので、出血により侵され、失われた神経細胞は元に戻らないが、残された神経細胞を訓練し、博士は、ほぼ脳卒中以前の生活ができるところまで回復した。脳は驚くほど柔軟だ。それを脳の「可塑(かそ)性」と呼ぶ。 それにしても、脳科学者が、自らの脳が壊れていく様子を逐一観察する機会など滅多(めった)にない。博士によれば、おそらく世界で初めての事例ではないかという。 脳には個人差があるが、博士の場合、言語を司(つかさど)る中枢は左脳にあり、そこが侵されたために言葉がしゃべれなくなり、他人の言葉も聞き分けるのが困難になった。友人の言葉は犬の鳴き声みたいに聞こえたという。 巷では右脳と左脳の機能の違いが「右脳は直観、左脳は論理」などと喧伝(けんでん)されているが、それが本当かどうか、脳科学者の間でも意見が分かれるようだ。人間の脳は実験することができないので、仮説を立てることは可能だが、なかなか実証することができない。その意味で、テイラー博士の体験談は、(少なくとも彼女の脳に関する限り)右脳と左脳の機能の違いが明白にある、ということの一つの証拠といえるだろう。 左脳の機能が低下し、右脳の機能が目立つようになると、何が変わるのだろう? テイラー博士が挙げている例は実に興味深い。言語機能が失われ、物事を論理的に筋道だって考えることができなくなる。他人の言っていることが理解できない。身体の境界がわからなくなり、周囲と渾然(こんぜん)一体となり、まるで「流れる」ような感覚に陥る。つまり、空間の感覚が消えてしまう。また、過去・現在・未来という直線的な時間もなくなり、あるのは「今」だけ。 しかし、絵(映像)を思い浮かべて考えることはできるし、しゃべっている人の顔の表情で、その人の気持ちはわかるという。また、宇宙と一体化し、とてつもない幸福感に浸れるそうだ。 脳の神秘は、まだ完全に解明されてはいないが、「右脳」を重視した生活も、まんざら悪くない、とテイラー博士はいう。彼女のリハビリは、同じ病気を抱える多くの患者さんに勇気を与えた。 久々に感動する科学の話に触れた気がした。(たけうち・かおる=サイエンスライター)