世界史工房李香日録

2007/12/17(月)02:18

民兵と紛争

12月15日付け朝日新聞朝刊《異見新言》に明治大学准教授佐原徹哉氏が『中世化する戦争』 という文を寄せている。 近代は,暴力と交戦権を独占する主権国家の成立が画期となっているが,現在の紛争地域での民兵組織の活動は,国家による暴力装置の独占が無効化した中世的な状況を引き起こしているという分析である。中世化した紛争の最大の問題は,曲がりなりにも国際社会が積み上げてきた戦争のルール(戦時国際法)を民兵組織が無視し,民間人に対する虐殺や暴行がしばしば引き起こされることにある。 民兵が残虐事件を引き起こすことについては,私も“ホテルルワンダが問いかけるもの”という拙文でルワンダ虐殺を例に紹介した。 佐原氏はバルカン史が専門なので,悪名高いフーリガンが元になったセルビアのアルカン部隊について触れられているが,ボスニア紛争で様々な残虐行為を引き起こした(オシム監督が倒れる3日前に推薦のコメントを寄せた映画「サラエボの花」は,この悲劇を背景としている)セルビア民兵組織が,続くコソヴォ紛争で衝突した相手のコソヴォ解放軍(KLA)も民兵組織であり,彼らもまたセルビア人に対する虐殺暴行事件を引き起こしている。コソヴォ紛争では民兵と民兵による“汚い戦争”が行われていたことになる。 当時日本の一部には,コソヴォ解放軍を英雄視する報道があったが,実はこれはとんでもないことであったわけだ。 さらにコソヴォ解放軍に関しては,アルバニア人がイスラーム教徒であることから,アルカイダ系の組織の支援があることが指摘されている。テロとの戦いを宣伝するアメリカが(佐原氏はそのような非国家組織との戦いを非国家組織を利用してアメリカが率先して行うことが,戦争の中世化を進めていると指摘されている)コソヴォにおいては,アルカイダ系と仲良くコソヴォ解放軍を支援していたわけで,これはブラックジョーク以外の何者でもないだろう。もっとも,アルカイダもまた,アフガニスタンでアメリカが対ソ連との戦いのために支援したイスラーム戦士たちがそのもとになっているわけだが。 さらにイスラーム系の民兵組織の問題として,活動資金を麻薬によって得ている点が指摘されている。当然,そのような麻薬組織の関係者が民兵組織に入り込むことで,民兵組織自体が犯罪組織に浸食されていくという問題が出てくる。同様の構造は,ロシアにおけるチェチェン紛争についても指摘されている。 ところで,コソヴォではコソヴォ紛争後は,コソヴォ解放軍の幹部がそのまま警察機構の幹部に移行した。犯罪組織の幹部がそのまま警察の幹部を兼ねているわけで,コソヴォは現在ではヨーロッパにおける一大麻薬流通拠点となってしまったという指摘もある。日経BPのスティーブ・モリヤマ氏の記事によれば,現在のコソヴォは若年層の失業率が50%を越えていると推定され,事実上犯罪組織にしか若者の就職がない状況であるという。 朝日新聞では,松本仁一氏が「カラシニコフに続いて,ジンバブエを題材に「国を壊す」を連載し,「失敗国家」の問題を提示した。 現在のコソヴォもまた,典型的なそのような失敗国家であり,佐原氏が示した「中世化する戦争」と,松本氏が示した「失敗国家」が通底するところに,われわれが生きるこの世界が直面する問題があるのではないかと,愚考している。

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