それでもなお平穏な日々

2005/10/27(木)20:31

「日本も大型高速輸送艦?」

軍事(17)

「日本も大型高速輸送艦?」  新聞記事だけで今ひとつ明確な姿の見えない「大型高速輸送艦によるシー・ベース構想」。 これを実際にやるかどうかはこの際おいておくとして、第三者的に思ったことを少し述べてみたい。 なお念のために言えば私の所属は「陸」であり、海上自衛隊管轄となる(と推察される)この種の情報についてはここをお読みの諸氏と何ら変わらないレベルのデータしか持っていないことをお断りしておく。  比較対照として米国の高速海上輸送艦をみると、これが凄い。 満載排水量55350トン、最高速度33ノットである。 対する日本の輸送艦はおおすみ型、8900トンの22ノットである。もう比較するレベルではない・・・かに思える。  さて、実はここに大きな陥穽が潜んでいる。それは何か? 米国の「高速海上輸送艦」はまさしくシー・ベース構想の体現であり、紛争地域付近の港湾に迅速に大量の戦力を一気に投入することを目的とした装備・補給品の洋上事前備蓄基地である。 しかし新聞で読む限り自衛隊のシー・ベース構想は「離島事態において迅速に戦力を投入する」ことを目的としており、その離島に大型艦が物資等を揚陸できる港湾が存在するとは限らないという条件を勘案していない。  ここまで読んでピンと来た方もいるだろう。 そう、その任務は本来輸送艦ではなく『強襲揚陸艦』の任務なのである。強襲揚陸艦ならば、前述の米国の輸送艦ほどの規模は逆に意味がない。特に「離島防御」と「災害派遣」を兼務させようという構想ならば、なおのこと大きすぎる艦は不要である。 この港湾の発達した日本本土ですら50000トン級の船が入れる施設は限定される。離島に果たしてそういう施設があるのだろうか、いやない場合が多かろう(反語)。 むしろ20000トン以下の艦に、LCAC(ホバークラフト)に代表される小艇をセットにした方が汎用性は高い。(おおすみ型はLCAC2隻を搭載している) まぁ日本が今保有している自衛艦で最大のものは「ましゅう型」13500トンであるから、20000トン級でも十分大型ではあるが。  そうなった場合問題となるのは速度であるが、これもある一定の「枠」がはめられる。 早いだけならエクラノプランでも導入すればよい。最高速度は500ノットであるから世界中どこでも補給の時間を加えても3日以内に到着できるだろう。 だが「離島防衛の任務」を考えるとそうはいかない。護衛艦艇無しの単独輸送任務などまるで太平洋戦争のガダルカナル島ではないか。 「高速大型輸送艦」の高速は、当然護衛艦艇の速度に左右されるのだ。 そして海上自衛隊の各種護衛艦の速度は公称27~32ノットの範囲である。すなわちこれ以上の速度はあまり意味がない。 (回避などを考えれば速いに越したことはないが、あまり大きく上回ろうとしても建造コストの増大を招くだけだろう)  TSLの流用という話も書かれていたがこれは個人的には論外だ。 最新技術なのは認めるが軍用品に必要なのは何よりも「信頼性」である。 未だ運用実績の定かならぬ新技術、そして軍事任務用ではない設計構想。軍艦というものは民間船と大きく異なる思想で作られている。 すなわち軍艦は「敵の攻撃を受けてそれに耐えた上で任務達成してナンボ」だということだ。 故障した、壊れたといってその場で応急修理も出来ないような民間船、しかもそもそも「敵に撃たれる」という発想がない船では、実際に撃たれたときどうなるか見当も付かない。離島対処など恐ろしくておぼつかないではないか。  固定翼機の運用も無茶な話である・・・が、これには抜け道がある。 現在米国、仏国などで開発中のUCAVである。(UCAV:Unmanned Combat Aereal Vehicle) 要は無人戦闘機だ。 フランスではUCAVネウロン、米国ではX-47Bなどが構想又は試験段階にあるが、これらは限定的なステルス性を有するものである。 更に米国ではこれらに長距離偵察能力を付加したシステムを開発中であり、いずれも2009年頃から実用段階にはいると見積もられている。ちょうど都合良く「高速大型輸送艦」の就役と時期が重なるではないか。 もちろん自国開発を選択した場合でも、すでにヤマハがヘリ型UAVを陸自に納入している実績があるので、固定翼版も不可能ではあるまい。  むしろ問題になるのは「普段何を積んでおくか」なのではないかとも思える。 米軍の大型高速輸送艦は紛争に備えた装備の事前集積であるから、積載されるものは米軍の戦闘部隊を基準に準備すればよい。 しかし日本の考える「離島防御」と「災害派遣(国際緊急援助)」では装備が全く異なっていることは理解しなければならない。 戦車や歩兵戦闘車を事前に積んでおけば離島防御には大変役に立つだろうが、よもや「戦車を積んだ艦」で「国際緊急援助」をしろというのだろうか?戦車では医薬品を輸送できないのだ。 それこそ日本に文句を言いたくて仕方のない特定アジア諸国に「付け入る隙を与えてしまう」、まさに藪をつついて蛇を出すことになるのではないかと危惧してしまう。 この積載品の問題は極めて慎重に検討する必要があるだろう。  大型艦の運用経験、予算の制約、積載品、使用目的等の諸問題を解決してこの「日本版シー・ベース構想」が実現した場合だが、果たしていかなるものが出来上がるだろうか。 これは完全に個人的な見解になるが、イギリスのドック型揚陸艦/両用強襲艦のアルビヨン級が参考になるかと思う。 アルビヨン級は700名の兵員を搭載、チヌーククラスのヘリ2機を飛行甲板に、かつ船内に4隻の揚陸艇を収容可能な18500トンの新鋭艦である。 700名の人員搭載は現行のイラク派遣部隊の規模を1隻で十分カバーでき、また要求される大型ヘリの輸送・運用能力もある。また被災地支援等の場合は搭載の揚陸艇をもって付近に港湾がない場合でも迅速な活動開始が可能である。  こういう艦は1隻では存在意義がないので、おそらく2~3隻建造してローテーションを組むことになるだろう。(アルビヨン級も2隻ある) また日本で建造する場合は揚陸艇ではなくLCAC積載になると考える。なぜならLCACの被災地支援時の有効性はスマトラ震災時に実証済みであるとともに、すでに存在するおおすみ型と装備の共通化が図れる利点があるからだ。  高速、大型といった条件に上記の考慮事項を合わせて考えた場合、要求される性能等はおそらく以下のようになるだろう。 (1)1000人規模の人員の積載能力 (イラク派遣隊+αの規模、概ね1コ普通科連隊程度) (2)上記人員分の補給品・車両等の積載・輸送能力 (状況により戦車等を含む) (3)離島防御と被災地支援両任務における共通的装備品の常時搭載 (装輪車両、偵察車両等までか?) (4)30ノット以上の高速が発揮可能 (護衛艦と同等以上) (5)ヘリコプタ運用能力 (全通甲板、同時運用数4~5機以上) (6)揚陸艇運用能力 (複数のLCAC(4隻以上)を運用・積載) (7)無人機運用能力 (偵察・警戒、限定的戦闘能力の保有) (8)個艦防御能力 (最低限、近接防空能力を確保) (9)上記能力を満たしうる排水量 (アルビヨン級以上は確実) (10)その他 (衛星通信能力、索敵能力、医療支援能力他の保有)  しかしこういった装備を十分に活用するには物理的・機械的な性能もさることながら、「国民のコンセンサス」が何よりも重要になるだろう。 果たしてその準備が国民には出来ているのかどうか・・・私はそこが不安である。

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る