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2009.09.27
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カテゴリ:日本史
関ヶ原の戦いは終わりました。

上杉と徳川との講和には、本多正信らの手厚い斡旋があった模様です。
その前に、福島の本庄繁長が、景勝→兼続の命で上洛、露払いをさせたようです。

なぜ本多正信は、上杉家、直江兼続らに働きかけたのか。
上杉家、兼続に興味を持ったのか、
徳川-上杉の絆を創り上げるための政治的な役割だったのか。
その後、
本多正信の次男本多政重が、直江兼続の婿養子に入ってきます。

上洛を決意し、
正義は我にありと景勝が主張。
何も後ろめたさも無い。
徳川家康に対して強く主張する構えです。

実際どのような会見になったのでしょう。

三成も捕獲されたのち、罪人として扱われるが、
正義の主張は緩めない。
寧ろ、福島、小早川ら豊臣方で徳川に加勢した武将の心を揺さぶる存在感でした。

正義の主張は生き延びることでも主張できる。
代々の家系でもって伝承していくとうことでしょうか。

その後、
上杉景勝上洛。伊達、信夫、置賜三郡の三十万石に減封させられる。
全面抗戦をしなかったからか、家康が安泰を望んだのか、
取潰しにはなりませんでした。

歴史を流れのまま見ていくと、
信長の天下布武、秀吉の天下統一、
そして家康の天下へ。
混乱を鎮め、絶大強固な幕藩体制を築き上げるきっかけを作った家康。

この国を間違った方向に向けたくないと、まだ諦めのつかない三成。
ドラマでは、まだ生きながらえて再起ができれば、
正義を再度示してみせると、小早川に脱獄の手配を懇願します。

天下の大勢が大方整備されて、
ラジカルに領土を広げようとする武将はいなくなりました。
お互いにCoolに牽制しあって結果的に調和を醸しだす。
あとは誰が権力を握るか。
うまくいけばコロっと権力集中が変化し、掌握できる。
天下分け目の関ヶ原でも本戦はたった一日で決着がつく。
各武将のビジョンがどのようだったものか、垣間見たいですね。

このまま三成の想いが成就して豊臣の天下が続いたらどうなったでしょうか。
徳川が築き上げた270年の安泰とは違った世界が展開されたのでしょう。

NHKの番組で小栗旬さんが、信長、秀吉が生きていたら、
日本がカナダみたいな国になっていたのでは、
と語っていました。
なるほど。






最終更新日  2009.09.27 20:50:59
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