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     ヒジャイ        日々の詩

     ヒジャイ        日々の詩

台風十八号とミサイル 12


啓太はカモス工業株式会社を出て、県道七十四号線に入るとチバナ十字路に向かって車を走らせた。カリナーシティーを出ると道路沿いに並んでいる高さ七、八メートルもあるもくもうが小さな枝を道路に撒き散らしていた。
もくもうはウチナー島の在来種の木ではない。もくもうは太平洋戦争が終わった後にウチナーに植えられた木である。一九四五年の激しい地上戦で焼け野原になったウチナー島に早く緑を増やそうと考えて、成長の早いもくもうの木をいたる所に植えたのだ。
もくもうは松より数倍も成長が早く、ウチナー島の至る所がもくもうの木で覆われた。しかし、もくもうは成長は早いが枝や幹は脆くて、風が少しでも激しいと枝はあっさりと折れて道路に落ちて障害物になってしまう。激しい暴風雨の時には太い幹が折れて道路を塞ぎ、車の通行の邪魔をする時もある。県道七十四号線沿いのもくもうはやがて幹や枝が折れて道路を塞いでしまうだろう。
雨がますます激しくなってきた。啓太はスピードを落として進まざるを得なかった。
激しい雨の中、カリーナエアーベースの第三ゲートを過ぎ、なだらかな坂を下っていると、前方に一台の乗用車が水溜りで立ち往生しているのが見えた。冠水が長さ五十メートル程道路を覆っている。啓太は車を止め、立ち往生している乗用車の様子を見た。水面が車体まで届いている。乗用車が立ち往生している場所が一番深い場所なのか、それとももっと深い場所が手前にあるのか。冠水が泥水で水溜りの底が見えないのでどこが一番深い場所なのか見当がつかない。
「ここを通るのは危険だ。ここを通るのは止そう。」
と思った啓太は別の道路からコンビニエンスに帰ることを決め、車をUターンした。
啓太がコンビニエンスの店長という責任ある仕事をしていなかったなら啓太は運を天に任せて冠水した場所を通っただろう。しかし、今の啓太にはコンビニエンスの店長としての責任がある。万が一、車が止まってしまったらコンビニエンスに行けなくなる。すると、コンビニエンスでパートをしている澄江さんと美紀さんに迷惑を掛ける。ドライアイスも駄目にしてしまう。親父にもこっぴどく叱られるだろう。この道路を通らないということは遠回りをすることになるが店長としての自覚が芽生えてきた啓太は安全な道路を通ることを選んだ。 

啓太は車をユーターンしてカリーナエアーベースの第三ゲートに引き返した。カリーナエアーベース第三ゲートの十字路を右に曲がり、啓太の車と衝突しそうになったカリーナエアーベース第三ゲートから出てきた大型トレーラーが入っていった間道に啓太の車は入って行った。この間道を数キロ進むと国道三百二十九号線に出る。国道三百二十九号線を右折すればチバナ十字路に戻れる。チバナ十字路を左折すればクシチャーシティーだ。遠回りだがその方が安全だ。
啓太の車は間道を進んだ。この間道はカリーナエアーベースとカリーナ弾薬倉庫を繋ぐアメリカ軍の専用道路であったが、ここ一帯の軍用地は解放されて、民間人が自由に入れるようになり、最近は道路を一般車も通れるようになった。
啓太は間道に入っても安心はできなかった。県道七十四号線が冠水していたから、この間道も冠水している場所がある可能性はある。もし、車が通れないくらいに冠水している場所があれば、再びカリーナエアーベース第三ゲートの十字路に引き返して別の道路を行かなければならない。啓太は間道が冠水していないことを祈りながら車を進めた。
間道を進むと道路が二つに分かれている場所に来た。道路を左に曲がればはカリーナ弾薬庫地帯のある金網に囲まれた森林地帯に向かう。右曲がれば三百二十九号線に出る。啓太は右の道路に車を進めた。間道の木々は強風に激しく揺れている。啓太の車は急なカーブを曲がりなだらかな坂を下り始めた。坂を下り終えた場所が冠水していないことを祈りながら啓太は坂を下った。坂を下った場所はやはり冠水をしていた。しかし、立ち往生している車はなかった。冠水した水溜りの底は浅いだろう。啓太はゆっくりと水溜りに車を入れて進んだ。幸いにも水溜りの底は浅かった。啓太の車はエンジントラブルを起こさないで冠水から出た。啓太は冠水を抜けるとスピードを上げた。
だが、啓太の車の行く手を阻む存在が目に入って来た。それは倒れて道路を塞いでいる木でもなければ冠水した水溜りでもなかった。前方の道路にとんでもない障害物が横たわっていた。二台の車が間道の左側に停車していて、停車している二台の車の前には大型トレーラーが二車線の道路を封鎖するように横断して止まっていた。その大型トレーラーは啓太がカリーナエアーベース第三ゲートの十字路を通り過ぎようとしていた時に傍若無人に啓太の前を横切って行ったあの大型トレーラーだった。啓太の行く手を塞いでいる予想外の障害物に啓太は愕然とした。 
この間道を通り抜けることができないということになると、カリーナエアーベース第三ゲートに引き返し、十字路を右折してカリナーシティーに戻り、ウチナー島の西側を縦断する国道五十八号線に出て、国道五十八号線を南に下り、国道五十八号線から国体道路を通ってコザシティーに入り、コザシティーから啓太のコンビニがあるグシチャーシティーに行かなければならないのだ。とどの詰まりは広大なカリーナエアーベースをぐるっとひと回りすることになるのだ。国道五十八号線を北の方に進み、ヨミタンヴィレッジを通ってオンナヴィレッジに入りオンナヴィレッジからイシチャーシティーを通ってクシチャーシティーに行く方法もあるが、それはカリーナエアーベースの数倍の広さがあるカリーナ弾薬庫をぐるっと一回りすることになるからいっそう遠回りになる。カリーナ弾薬庫よりカリナーシティーを回った方が走る距離は短いが、激しい風雨の中をカリーナエアーベースをひと回りするのは大変である。それに遠回りの道路に冠水した場所があればなおさら遠回りをしなければならない。
啓太はカリーナエアーベース第三ゲート十字路に戻りたくなかった。できるならこの間道を通り抜けたかった。啓太は道路を横断しているトレーラーの側を通り抜けることができるような隙間がないかと思いトレーラーの前後を見た。左側はトレーラーの後部タイヤが路肩に接触していて荷台が歩道まで飛び出していた。道路の左側は車が通る隙間はありそうにない。次に啓太は右側の運転席の方を見た。トレーラーの前部は路肩から少し離れていた。歩道に車体の半分を乗り上げれば車がぎりぎりに通れそうだ。
 啓太は車から下りた。風は強いが雨は小降りになっていた。トレーラーを見るとトレーラーの荷台を覆っているカーキー色のカバーがめくれて強風にばたばた揺れていた。アメリカ兵と数人の男たちが必死にカバーを掛けようとしていたが暴風雨と一緒に踊り狂っているカバーを押さえるのに大苦戦していた。トレーラーの荷は十メートル近くもあるミサイルだった。五基のミサイルが台形型に三基二基と積まれている。
ミサイルの起爆装置は抜いてあり爆発することはないと思うが、暴風の煽りを食ってミサイルがトレーラーから落下しようものなら大変なことになるだろう。ウチナー島のマスコミは騒ぎ、社会問題になることは間違いない。いや、ミサイルを積んでいるトレーラーが道路を封鎖している現状だけでもマスコミが知れば大きく報道するだろう。いやいや、暴風雨の最中にミサイルを運んだという事実が知られただけでも、アメリカ軍非難の記事が新聞の一面にでかでかと載るのは間違いない。白昼の暴風雨の中をミサイルを積んだトレーラーが一般道路を走ると大きな問題になるのはアメリカ軍だって知っているはずだ。アメリカ軍も無謀なことをやるものだと啓太は呆れた。
めくれたカバーを直そうとアメリカ兵を手伝っている日本人が居るが、啓太は手伝う気にはならなかった。啓太は一分一秒でも早くコンビニエンスに戻らなければならない。啓太はトラクターの前の方から通り抜ける隙間を見つけようとトレーラーに近づいた。

啓太はトレーラーの運転席から路肩がどのくらい離れているかを調べ、啓太の車が通れるか通れないかを知るために歩道とトレーラーの間の幅を目測した。車を歩道に乗り上げれば啓太の車はなんとか通り抜けることができそうだ。ほっとした啓太はトレーラーが車道を横断している原因を知るためにトレーラーの運転席の前を横切った。啓太が予想した通り交通事故が原因のようだ。左側の歩道に乗り上げた車が見えた。車の側には四、五人の男達が立っていて彼らの足元には二人の人間が横たわっているのが雨ではっきりとはしないが見えた。あの自家用車と事故を起こしてトレーラーは道路を横切ったのだろうと啓太は思いながら事故車の所に行こうとした。しかし、トレーラーの前から出ようとした瞬間に啓太の前に男が立ちはだかった。梅沢である。梅沢は手で啓太の胸を押して啓太を後退させた。啓太の視角から事故車は消えた。
啓太は後ろに下がりながら、
「事故ですか。」
と聞いた。
「ああ、事故だ。しかし、大した事故じゃない。」
「本当ですか。」
と言いながら前に出ようとしたが梅沢が立ちはだかって啓太が前に出るのを阻んだ。
「ああ、大した事故じゃない。」
梅沢の声には威圧感があった。啓太は事故車の所に行きたかったが、啓太の前に立っている梅沢がそれを許さなかった。
「運転手は大丈夫ですか。」
「ああ、大丈夫だ。」
「警察には連絡しましたか。」
「したした。パトカーがもう少しで来る。」
倒れている人間が見えたような気がしたが、あの人間は本当に大丈夫だろうか。啓太は車の側に行って事故の様子を直接見たかった。しかし、啓太が正面の男を避けるように右に移動すると男も右に移動して啓太の邪魔をした。どうやら啓太には見られたくない理由があるようだ。男の態度は気に入らないが啓太もどうしても事故現場を見たいという気はなかったので、男を撥ね退けて強引に事故車の方に行く気はなかった。それよりも啓太は急いでクシチャーシティーのコンビニエンスにドライアイスを運んで行かなくてはならない。啓太は梅沢に、
「急いでクシチャーシティーに行かなくてはならないんです。この位の隙間ならなんとか通れそうだから通っていいですか。」
と言った。ところが梅沢は、
「駄目だ。別の道を行け。」
と啓太を突っぱねた。
ここは公道であり、トレーラーの前を通るのに本当は梅沢の許可は必要がない。勝手に通っていいのだ。啓太が、「通っていいですか。」と言ったのは、「通りますよ。」のことわりの意であり梅沢に許可を求める言葉ではなかったし、啓太は梅沢が承諾するのは当然と思っていた。ところが梅沢は突っぱねた。啓太は梅沢が突っぱねるのは予想していなかったので戸惑った。
「どうしてですか。このスペースなら僕の車ならぎりぎりで通り抜けることができます。ここを通っていいですよね。」
「駄目だ駄目だ。引き返せ。」
梅沢は啓太の要求を頑と受け入れなかった。
この道路は公道なのだから梅沢がことわることはできるはずがない。それなのに梅沢はまるで自分の私有道路でもあるように啓太の車が通るのを拒否した。
「それはおかしいですよ。ここから僕の車は通れるのだから通ったっていいじゃないですか。」
「駄目だ駄目だ。引き返せ。」
梅沢の一方的な態度に啓太は怒った。啓太は短気で喧嘩早い元暴走族の若者である。
「冗談じゃない。ここは天下の公道だろう。あんたたちは事故だかなんだか起こしたかも知れないが、僕には関係ない。あんたたちが事故を起こさなければなんの支障もなくこの道路を通れたのだ。この隙間から僕の車は通れるのだからここを通ったって文句を言われる筋合いはないよ。」
と啓太は啖呵を切ったが梅沢は、
「駄目なものは駄目だ。とにかくここは通れない。他の道路から行け。」
と、啓太の啖呵を軽くはねつけた。
梅沢と啓太が言い争いしているのを見ていたハッサンが啓太達の所に走って来た。梅津は立ったまま啓太を凝視している。
「どうしたのですか梅沢さん。」
「この若造がここを通りたいと言って聞かない。」
啓太の前に立ったハッサンは啓太を睨んだ。ハッサンの睨みは凄みがあり啓太はひるんでしまった。

啓太はコンビニエンスの制服を着用し、店長・山城というネームプレートを胸に付けていた。ハッサンは小声で始末しましょうかと言ったが梅沢は迷った。防衛庁の人間二人を殺したが、啓太と防衛庁の人間と同様に扱うわけにはいかない。コンビニエンスの制服を着用して胸のネームプレートには店長・山城と書いてあり、目の前の男は防衛庁や警察とは関係のない一般の人間である。一般の人間を無闇に殺すわけにはいかない。できるなら無益な殺生はやりたくないと梅沢は思っていた。
「ドライアイスを早く店に届けたいから通してくれ。」
と啓太は言った。

この若造がトレーラーの横を通り抜けると事故車の近くを通るから斎藤と鈴木の死体を見てしまう。そして、車に空いている無数の穴も目にするだろう。その穴が銃弾による穴であると気づけば、二つの死体は交通事故ではなく、拳銃で撃たれて死んだと知ってしまう。そして、ここで起こったのは交通事故ではなく殺人事件であると若造は知ってしまう。そうなれば殺人を知ってしまった若造を始末するしかない。
梅沢は、できるなら穏便に済ませたいと考えているが、もし、この若造がここを通り抜けることにこだわり続けるなら仕方がない、この若造の始末をハッサンに任せよう。梅沢はそう決めた。ここでまごまごしている時間の余裕はない。

「駄目だ。別の道路を行け。」
「イケントウの道路は冠水していて車が通れない。ここを通るしかないんだ。」
梅沢は啓太を睨んだ。・・・殺すしかないか。・・・
啓太は梅沢と話しながら、梅沢とハッサンに異様な恐さを感じた。啓太は暴走族に入っていた。喧嘩も随分やった。しかし、この男達は暴走族やチンピラとは全然違う。背筋がぞくっとしてしまうような恐さがある。この男達は啓太とは別の世界、それも恐い世界を生きているような冷たい不気味さがあった。インド人は興奮していていまにも殴りかろうとする勢いである。・・・やばい連中だ・・・啓太はそう直感した。暴風雨の中の間道には彼ら以外は誰もいない。ここにいたらやばいことになるかも知れない。そうそうに逃げた方がいい。元暴走族で喧嘩の修羅場を体験してきた啓太の直感がそう判断した。
「分かった。お前がそう言うなら仕方がない。別の道を行くよ。」
と啓太はそう言うと体をくるりと半回転して急ぎ足で車に戻った。
得体の知れない連中に、振り返りざまに「本当に警察に連絡をしただろうな。」と捨てゼリフを吐きたかった。喉から出掛かっていたが捨てゼリフを言うのは止した。彼らを怒らして襲われでもしたら大変だ。君子危うきに近寄らずだ。
梅沢は啓太が車の方に戻ったので急いで事故現場の方に走って行った。

 啓太の車がユーターンして第三ゲートの方に引き返していった時、白い車が間道の左側の空地から出てきた。トレーラーの荷台の上から啓太の車が去っていくのを見ていたロバートは空き地から白い車が出て来るのを見た。白い車は啓太の車の後を追うように去って行った。

梅沢は、
「大城。早く死体を片付けろ。」
と大城達に斎藤と鈴木の死体の処理を急がせた。その時、
「ヘーイ、ウメザーワ。」
とロバートが梅沢を呼んだ。ロバートを振り返るとロバートが手を振って梅沢に来るように合図をしていた。梅沢は悪い予感がした。
「くそ。」
と言って、梅沢はトレーラーの所に走った。
「なんだロバート。」
「空き地から車が出てきて、さっきの赤い車の後を追って行ったよ。」
「なに。本当か。」
梅沢はロバートの話に愕然とした。
「本当に白い車が赤い車を追って行ったのか。」
「ああ、そうだ。」
赤い車を追って行ったのは恐らく防衛庁の連中の車だろう。防衛庁が組織ぐるみで梅沢達を尾行していると知った梅沢は強い危機感に襲われた。
「くそ、一難去ってまた一難か。」
梅沢には腹を立てる余裕も嘆いて頭を押さえる時間も許されていない。梅沢は降りかかる難を取り除く方法を直ぐに打たなければならない。例え相手が防衛庁の人間でもひるんではならない。なにしろ一生に一度あるかないかの大きな仕事だ。成功すれば莫大なお金を手にすることができるのだ。
梅沢は大城達がいる場所に戻った。
「大城。俺は梅津、ハッサン、シン、ガウリンを連れてロバートが見たという車を追いかける。死体を草むらに隠したら全員でトレーラーのカバーを被せる作業をやれ。事故った車はそのままにしろ。とにかく急いでやるんだ。トレーラーのカバーを直したら直ぐ出発してくれ。大城。お前が指示をしてくれ。」
「分かった。」
梅沢は、
「梅津、ハッサン、シン、ガウリンは私について来い。」
と言って四人を連れてトレーラーの後ろに止めてある車に戻った。
「梅津とハッサンは私の車に乗れ。ガウリンとシンは木村の車に乗れ、車のキーはついているからガウリンが運転しろ。」
梅沢達は二台の車に乗り、白い車を追ってカリーナエアーベース第三ゲートの方に向かった。

          十一

 啓太はカリーナエアーベース第三ゲートを右に曲がりカリナーシティーに向かった。雨は鋭い勢いで横に走っている。もう風速は三十メートルを軽く超えているだろう。車は時々襲ってくる突風にビュビュっと揺らされる。風速四十メートルの暴風雨になる前にコンビニに着きたいものだ。
啓太は携帯電話を取り、警察に電話した。
「もしもし、警察ですか。」
「はい、警察です。」
「もしもし、カリーナエアーベース第三ゲートから三百二十九号線に出る間道がありますよね。いえいえ、チバナ十字路に行く道路じゃなくて、カリナーシティーから来るなら左折するしコザシティーから来ると右折して入る間道です。カリーナエアーベース第三ゲートの十字路から入る間道です。」
電話の警官は感が鈍く、啓太の説明をなかなか理解できなかった。何度も繰り返し説明してやっと警官は間道の存在を理解した。
「間道でミサイルを積んだ大型トレーラーと普通乗用車が事故ったようなんだ。その事故のせいでミサイルを積んだトレーラーが道路を塞いでしまい車が通れなくなっているんだ。早くパトカーを行かして調べた方がいいですよ。もしかすると大事故で、死人が出ているかもな。」
啓太は間道を通れなかった腹いせに事故を大げさに警察に話した。ところが、警官は啓太の話を信用しなかった。警官が啓太の話を信用しないのは無理もない。暴風雨の最中にミサイルを積んだトレーラーが民間道路を通るなんてあり得ないことである。
啓太の話を信用しない警官を納得させるためにはもっと詳しく説明しなければならなかった。啓太は詳しく話すために第三ゲートから数百メートル過ぎた個所に休憩所として利用している旧道に入って車を停めた。その道路は直線の新道路を造ったために取り残された二百メートルくらいの旧七十四号線の道路だ。車道として使わなくなった道路はドライバーの休憩場所として利用されている。
旧七十四号線に車を停めた啓太はミサイルを積んだ大型トレーラーがカリーナエアーベース第三ゲートから出てきたのを見たことや大型トレーラーにはミサイルが五基積まれていたことを詳しく話し、事故の様子のことも順序よく話した。しかし、警官は啓太の話が荒唐無稽なので次第に啓太が嘘を話していると思うようになった。
「信用しないのは無理ないけどね。本当なんだよ。ミサイルを積んだトレーラーと普通乗用車が事故ったんだよ。とにかく一分でも早くパトカーを手配した方がいいよ。え、なぜミサイルを積んだトレーラーが民間道路を走っていたかって、そんなこと僕が分かる筈ないじゃないか。そんなのはアメリカ軍に聞けばいいじゃないか。」
話を信用しない警官に啓太はいらいらしてきた。警官の方も啓太の乱暴な言い方に怒ったようだ。
「改めて聞くが君の名前は。」
「名前か。山城啓太。山城啓太だよ。さっき言っただろう。」
「本名だろうね。」
「本名だよ。」
警官は事故の様子は聞かず、啓太の名前、年齢、住所、職業を詳しく聞いてきた。いらいらしながら、啓太は警官の質問に全てを正直に答えた。
「君の名前、住所、年齢、職業は間違いないだろうね。嘘ついていたら直ぐばれるよ。」
警官の疑り深さに気の短い啓太はカーっと頭に血が上った。
「うるせえなあ。間違いないよ。パトカー一台を事故現場に回せば済むことじゃあないか。なにをだらだらつまらないことを聞くんだよ。さっさとパトカーを回せよ。」
啓太の乱暴な言葉に警官は怒った。
「警察に乱暴な口をきくとは。君はまともな人間ではないな。警察をからかうとただでは済まないぞ。わかっているかな。」
「交通事故のことをせっかく教えてあげているのに、お前の態度はなんなんだよ。善良な市民を守るのが警察だろう。交通事故が起こったら調べるのが警察だろう。さっさと調べに行けばいいだろうが。」
「台風で忙しいというのに。警察をからかうのはいい加減にしろ。」
「からかってなんかいないよ。わからず屋のへぼ警官め。」
「なに。私を侮辱したな。」
「侮辱はしてねえよ。正直なことを言ったまでだよ。」
啓太と電話の警察官とは取り留めのない口論になり、とうとう警察官は電話を切ってしまった。
話を信用しない警官に啓太は頭に来た。しかし、啓太は見てきた交通事故について警察に報告したので自分の責任はちゃんと果たしたので啓太の気持ちはすっきりした。後は警察の責任だ。警察が間道の事故現場に行く行かないは啓太には関係のないことだ。間道の大型トレーラーの回りに居た怪しい連中にも電話の相手をした警官にも腹が立ったが忘れることにしよう。早くドライアイスをコンビニに届けなくちゃ。
 啓太が電話を切ってギアを一に入れた時、コツコツと車のウインドーを叩く音がした。驚いて振り向くとスーツを着た四十代の男がウインドー越しに啓太を覗いている。啓太はウインドーを半分開いた。
「済みません、ちょっと聞きたいことがあります。よろしいでしょうか。」


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