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     ヒジャイ        日々の詩

     ヒジャイ        日々の詩

台風十八号とミサイル 1

プロローグ



二〇〇四年、八月の半ば、赤道近くの南太平洋上で低気圧が発生した。低気圧は次第に発達して最大風速が二十五メートルを越した。台風十八号の誕生である。
ラジオ・テレビでは「南太平洋上の低気圧が発達して今年十八番目の台風になりました。」と報道し、新聞の天気図では台風十八号と表記されるようになった。
台風十八号は南太平洋上を西北西にゆっくりと進みながら次第に勢力を増していき、航空写真で台風の目がはっきりと分かるくらいに大型で強力な台風に発達した。
台風十八号は発生した直後は西北西に進んでいたが、次第に北よりに進路は変わり北西の方に進むようになった。台風十八号が進んでいる北西の方角にはジャパン国の南端にあるウチナー島があった。台風十八号は北西への進路を維持し、ウチナー島に向かって直進し続けた。

台風十八号はウチナー島を直撃し、台風の目が通過するとラジオやテレビで予報している。台風十八号の中心気圧は八百五十ヘストパスカルまで下がり、中心付近の最大風速は四十メートルになった。台風十八号のような超大型台風がウチナー島を直撃するのは久しぶりである。
ラジオやテレビは盛んに超大型台風十八号による被害は計り知れないだろうと警告を発し、急いで台風対策をするように忠告した。

目が上陸する台風が一番恐ろしい。目が上陸する台風は被害が甚大になる。台風十八号の目がウチナー島を通過するということは台風十八号が襲来してから去っていく間にウチナー島は三百六十度の方向から猛烈な暴風雨に襲われるということである。四方八方から激しい風雨に襲撃されて家や建物は壊され、川は氾濫し、山は崩れ、大木でさえも四方八方から襲い掛かる暴風雨に耐えることができなくて倒されてしまうだろう。農作物は壊滅を免れない。恐ろしい超大型台風十八号のウチナー島直撃である。
ウチナー島の人々は超大型台風十八号の来襲に恐怖していた。商店はシャッターを下ろし、あちらこちらの家々からは板を張り付ける音が聞こえ、港では漁船を陸に上げ、庭の木の枝を切り落とし、風に飛ばされそうな物はすべて物置に入れた。

ウチナー島の人々が台風十八号に慄き、台風対策に懸命になっている最中に、台風十八号のウチナー島直撃を密かに歓迎している男がいた。男の名前は梅沢という。
梅沢は台風の目がウチナー島を直撃するのをずっと待ち望んでいた。梅沢にとって台風の目のウチナー島襲来は千歳一遇のビッグビジネスのチャンスであった。台風十八号がウチナー島を直撃することを知った時に梅沢はほくそ微笑んだ。待ちに待った台風十八号の来襲である。
梅沢はウチナー島に駐留しているアメリカ軍が台風の対策に右往左往しているどさくさに紛れて、アジア最大の弾薬庫であるカリーナ弾薬庫から核爆弾搭載可能な五基の高性能のミサイルを盗み出そうというとんでもない計画を立てていたのであった。梅沢の奇想天外な計画は台風の目がウチナー島に上陸しないと実現できない計画であった。


          二

カリーナエアーベースはカリナーシティー、コザシティー、チャタンシティーにまたがった総面積は、約19.95十九,九五キロ平方メートル。四〇〇〇メートルの滑走路を二本を有し、二百機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地である。なお、成田国際空港と関西国際空港には四〇〇〇メートル級の滑走路が一本ずつしかないため、二本ある嘉手納基地は日本最大の飛行場ということになる。カリーナエアーベースは面積においても日本最大の空港である東京国際空港(羽田空港)の約二倍である。カリーナエアーベースはアジア最大のアメリカ空軍基地である。カリーナエアーベースはベトナム戦争ではB―52重爆撃機がカリーナエアーベースから南ベトナムに飛び立ち、ベトコンが潜むメコンデルタの密林に爆弾や枯葉剤を雨あられのように落とした。アフガニスタン侵攻の時にもカリーナエアーベースから戦闘機や爆撃機が飛び立った。イラク戦争の時にも多くの戦闘機や重爆撃機がカリーナエアーベースから参戦してイラクを攻撃している。
カリーナエアーベースが存在するウチナー島は北朝鮮から中国、ベトナムに対して扇形の要の位置にあり、アメリカ国家にとってウチナー島のアメリカ軍事基地はアジア全体に睨みを利かすアメリカ国家の軍事戦略基地として最重要な存在であり、その中でもカリーナエアーベースは中心的な役割を担っている。
カリーナエアーベースには滑走路、戦闘機の格納庫、洗浄室、エンジン調整室、基地司令部、兵舎、通信施設、だけではなく、カリーナエアーベースに勤務する多くのアメリカ兵とその家族が生活している広い居住区があり、居住区には家族住宅、病院等があり、幼稚園、小・中高校、図書館、野球場、ゴルフ場、映画館、カミサリー(スーパーマーケットのようなもの)、ボーリング場等の教養娯楽施設も完備されていて現代的なタウンになっている。カリーナエアーベースのタウンには九千人以上の兵士と家族が生活している。
アジア最大のアメリカ空軍基地であるカリーナエアーベースはアメリカの対アジア軍事戦略基地としてアジアの国々に睨みを利かしている。ベトナム戦争、アフガニスタン侵攻、イラク侵攻の時に、カリーナエアーベースから飛び立つ戦闘機にはミサイルが装備され、重爆撃機にはクライスラー爆弾や大型爆弾が積み込まれていた。それらのミサイルや爆弾を格納しているのがカリーナエアーベースの北方に隣接しているカリーナ弾薬庫である。
カリーナ弾薬庫はカリーナエアーベースになくてはならない存在である。総面積はカリーナエアーベースよりも大きい約二十七平方キロメートルの広大な森林地帯にある。カリーナ弾薬庫はカリーナエアーベースに必要な弾薬を貯蔵しているだけではない。アメリカ空軍、アメリカ海兵隊、アメリカ海軍、アメリカ陸軍などあらゆる軍隊で使用する兵器を貯蔵していて、アジアから中近東にまたがる広大な地域で活動しているアメリカ軍が使用する弾薬類の補給基地として、きわめて重要な役割を果たしている。
広大な森林地帯のカリーナ弾薬庫の奥深くには梅沢という男が盗もうとしている五基の核爆弾搭載可能な高性能ミサイルがひっそりと眠っている倉庫があった。



二〇〇四年九月四日。台風十八号がウチナー島に上陸する二日前。気象予報は台風十八号がウチナー島に二日後には上陸するだろうと報じた。台風十八号の動きに注目をしていた梅沢は台風十八号が二日後にウチナー島に上陸すると確信した時にカリーナ弾薬庫からミサイルを盗む準備に取り掛かった。梅沢はリストアップしている五十人の日本、中国、フィリピン、台湾、香港、インドネシア、タイに在住している男達にカリーナ弾薬庫から五基のミサイルを窃盗するのに必要な者を選んで次々と電話をした。
電話では仕事の内容は秘密にした。それはいつものことである。梅沢の仕事は犯罪であり、依頼した人間が警察に密告したら万事休すである。梅沢は依頼する仕事の報酬を五十万円から百万円に決めた。一日だけの仕事の報酬としては今まで依頼した仕事の中でもかなり高い方である。しかし、成功した時の梅沢の儲けは莫大でありそれくらいの報酬はむしろ安いくらいであった。
梅沢は仕事がキャンセルになる場合の可能性があるということも仕事を依頼する人間に告げた。過去に台風の目がウチナー島に上陸するという予報があり、梅沢はミサイルを盗み出すためのメンバーを集めたが梅沢の計画をあざ笑うかのように台風の目はウチナー島に上陸しなかった。そんなことが三度あった。今度の台風十八号が百パーセント確実にウチナー島を直撃する保障はない。相手は大自然である。台風十八号がウチナー島に向かっていると気象庁が予報していても途中で台風十八号の進路が変わりウチナー島を直撃しないこともありえる。台風の目がウチナー島から外れたら梅沢が計画しているミサイル窃盗は断念しなければならない。しかし、仕事がキャンセルになったからといって報酬がゼロというわけにはいかない。梅沢は仕事がキャンセルになった時には一日五万円として五日から七日までの三日分の報酬の十五万円は保証することを約束した。

梅沢が最初に電話をしたのはガウリンだった。ガウリンは梅沢の依頼で東南アジアの国々からジャパンに麻薬の密輸出をする仕事をしていて、梅沢にとって信頼できる人間の一人だった。それにガウリンはウチナー島のことをよく知っているし、ジャパン国の運転免許も持っている。ガウリンは今度の仕事に必要な人間であった。
「ガウリン、梅沢だ。」
「ああ、梅沢さんですか。」
ガウリンの疲れた声が聞こえた。
「昨日、三十キロのヘロインを隠したコンテナを貨物船に乗せて日本に向けて送り出しました。今度はバナナの中に隠しました。コンテナの底には腐ったバナナを混ぜてその中にヘロインを隠しました。必ず梅沢さん指定の倉庫に届きます。」
ガウリンは梅沢が電話したのはヘロインの送り出しについての確認のためだと思ったようだ。
「そうか。ご苦労。しかし、電話したのはそのことについての話ではないんだ。別の話をするために電話したんだ。」
「そうですか。別の話とはどんな話ですか。」
「新しい仕事の話だ。」
「え、新しい仕事ですか。」
ガウリンは浮かない声をした。
「そうだ、明日までにウチナー島に来てもらいたい。」
「え、ウチナー島にですか。」
「そうだ。明日までにウチナー島に来い。」
ガウリンは暫く黙っていた。
「梅沢さん。ウチナー島に行くのはキャンセルしたいです。私は一ヶ月もフィリピンで動き回りました。今度の仕事で疲れました。私はインドネシアに帰って暫くの間は休みたいです。キャンセルが駄目なら、せめて一週間くらい待ってくれませんか。」
「駄目だ。今度の仕事は待ったなしだ。明日までにウチナー島に来るんだ。」
「他の人間に頼んでください。私は休みたいです。」
ガウリンはウチナー島行きを渋った。
「ガウリンはウチナー島に何度も来たことがあるからウチナー島についてよく知っている。それにガウリンは日本の自動車運転のライセンスも持っている。今度の仕事にはガウリンが必要なのだ。」
「しかし、梅沢さん。私は一ヶ月間もフィリピンに居て、ヘロインの調達から送り出しまでやりました。今度の仕事で疲れました。インドネシアに戻って休みたいです。家族にも会いたいです。」
「それは分かる。しかし、今度の仕事はどてかいし、どうしてもガウリンが必要だ。」
「そうですか。」
ガウリンはどうしようか悩んでいるようだ。
「成功報酬一万ドルでどうだ。仕事は六日か七日の一日だけの仕事でだ。」
「え、一万ドルですか。たった一日の仕事で本当に一万ドルをくれるのですか。」
報酬が一万ドルであると聞いてガウリンは驚きの声を発した。そして、二年前にも同じ内容の仕事の話があったのをガウリンは思い出した。
「もしかすると二年前と同じ仕事ですか。二年前は途中で梅沢さんがキャンセルしましたよね。」
梅沢は苦笑した。
「ああ、二年前と同じ仕事だ。条件も同じだ。一万ドルは仕事が成功した時に払う。状況によっては二年前と同じように仕事をキャンセルする場合がある。その時にはウチナー島に滞在する三日間の日当の合計として千五百ドルの報酬をやろう。」
「そうですか。二年前と同じ仕事ですか。」
「ああ、同じ仕事だ。」
「二年前と同じようにキャンセルになるのではないですか。」
ガウリンは仕事がキャンセルになり千五百ドルの報酬をもらうよりはインドネシアに帰りたかった。
「今度はキャンセルにならない可能性が高い。」
「どんな仕事なのですか。」
「それは二年前と同じで言えない。」
「そうですか。」
ガウリンは梅沢の仕事の依頼を断ろうと思ったが、
「ガウリン。私とお前の仲だ。断ることはできないよ。」
と梅沢は言った。ぞくっとする氷のような梅沢の声だった。梅沢の声を聞いてガウリンは断ることができないことを悟った。
「分かりました。私はウチナー島へ行きます。」
「そうか。急いで来てくれ。」
「はい。」
ガウリンは荷物をまとめるとホテルを出て、マニラ国際空港に行くためにタクシーに乗った。


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