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カテゴリ:物語
もちろん巧く行けば一日もかからない日もあるが、このときはいつもより狩が巧くいかないだけでなく、獲物となる動物の気配を一度も感じなかった。 「だめだな・・・。」 今回はあきらめて、一度村に帰ろうと家路についたときだった。 「シッ」最後尾を歩いている一人の若者が、皆の脚を止めるように声を出した。 「どうした」先頭を歩いているルクが立ち止まり若者に声をかける。 「シッ」言葉を続けようとするルクを制するように、片手を肩の高さまであげ、もう片方の手を耳にあて、耳をすまして聞けと合図する。 皆が動きをとめて、腰を落として身をかくす。『獲物』そう思い弓矢に指をかけ、腰を落としたままあたりに散開する。位置につき耳に意識を集中すると、小さくガサゴソと音が聞こえてくる。 散らばっていた皆の意識が一点に集中する。 「あそこだ」意識と視線の先が、散開した場所から一点に集まる。 獲物がいる。 ルクが左手を軽く上げ二本指をたてる。ルクの左手側の男たちがゆっくり気配の右手に回りこむ。 今度は右手で指一本、一人がゆっくり回りこむ。そして手のひらを下に向け上下に動かす。一人がその場で身を隠す。 皆の位置が決まり獲物を追い立てるためにルクも位置を変えてゆく。 ザザッ 獲物が位置を変えた。その気配に皆も適切に位置を変えてゆく。が、獲物も予想しなかったほうへと位置を変えてゆく。 それは明らかにルクたちの包囲網を狂わせる意志を持って動いて回り、ルクたちもその術にはまっていった。 各自が味方の位置を見失ってゆく。ルクも位置を確認するため少し身を起こし、あたりをゆっくりと伺う「いた」一人確認できた。 若者を一人確認できた。が、様子がおかしい。中途半端に身を起こし無防備に構えている。ルクが、目を凝らしてその若者を見ていると、震えながら後ずさりしているようだ。 『狩になれない若者が怖気づいたか』つぶやき、ルクは若者の視線の先をさぐるが、草木で確認できない。かすかだが草木が揺れて、何かが若者へと近づいているのは確認できた。 「イノシシでも鹿でも、身の危険を感じて突っ込んでくると、確かに危険だな・・・。」 ルクは危険を感じてゆっくりと若者へと近づいていったが、『違う』若者の脅え方に一種の異様な空気が感じられる。近づく草木の揺れは、若者の腰を腑抜けにし、目と口を閉ざせなくしている。 「何かやばいぞ、なにに脅えている」 危険を感じ取ったルクは、立ち上がり若者に近づこうと身を起こしたそのとき、ルクの目にそれがみえた。 「アッ!」身が凍るとはこのことだ。 それは、二本足でたっていた。『トカゲ』そうつぶやいていた。 人の子供ぐらいの大きさか、それはトカゲを思わせる。肌が鱗を思わせ頭には毛がなく、トサカのようなものが見える。それは猫背ぎみに立ち、腕は細く、ルクの所からは指先がとがって見える。 「やばい」その生き物がルクのほうに気づいて頭を向けた。 その頭はルクに恐怖を与えるに十分だった。目が釣りあがり白目がなく黒一色だった。ルクと目が合うと、それは上下の瞼を動かして瞬きをし、威嚇するようにゆっくりと口を開いた。 「・・くちばしか・・」薄い唇の下からはくちばしらしきものが見える。歯がないのか、歯茎なのか、それとも一つの歯か、ルクの場所からしっかりと確認はできない。 ルクにも恐怖が襲ってくる。一瞬の判断と恐怖に打ち勝つ気持ちが消えたとき、 「ワー」手に持っている槍を投げつけていた。 恐怖とともに投げた槍は、普段とは違う飛び方をし横向きに飛んでいった。槍は化け物の顔に「バシッ」と、音をたててあたる。 ルクの耳に「ギャ」と悲鳴が聞こえ、その化け物が森の奥へと駆け出すのが分かった。ルクはそれを確認するとしっかりと立ち上がり、 「みな走れっ。森の悪魔だぞ、各自全力で走れ!」身体をひねりながら叫んでいた。 皆がいっせいに走り出す。腰を抜かしていた若者も四つんばいのまま走りだす。 「仲間が来るぞ、急げ」 ルクは一度立ち止まり、皆が走っているのを確かめ、今一度森の奥へと目を向ける。 「まにあうか」 仲間を引き連れてくるのも時間の問題だろう。走るのが苦手だと聞いている森の悪魔が、ほんとうに苦手なのを過去の出会いで確認している。 「走って逃げれる」 華奢な脚だったと自信はあったが、しつこさと数には肝をつぶした経験もしっかり思い出していた。 「逃げ切れたの・・・・。」 勇太が開きっぱなしの口を閉じて、ルカからルクへと興味を移してしまう。 「逃げ切れた。と、いっても一度追いつかれているが・・・。」ルクが話を続ける。 ルクは力の限り走っていた。 左の視野に人の気配が二人、右側に一人、慌てて振り向いて一人確認して『全員いる』 人数を確認して前方へ顔を戻すとき、後ろを走る若者のさらに後ろに影を見た。若者の後ろに奴がいる。 ルクは前方の障害物を確認して、あらためて後ろへと振り向く、 「いる。確かにいる」 再び前方をむき障害物を避けて、走る位置を右側にずらして行く、これで走っている若者を左後方に見ることが出来る。と言うことは、その後ろを走る奴も確認できるということだ。 ルクはあらためて振り返りみる。今度は少し振り返ったときに若者の必死の形相が見えた。 さらに振り返ってみると、 「いた」そこにいた。 化け物は、若者の後ろを不器用に四つんばいになったり二本足になってみたりしながらついてきている。その姿から『逃げ切れる』ルクはそう思った。 「もっとしっかり走れ」ルクは後ろの若者にむかい叫んだ。 若者もルクの形相と後ろから聞こえてくる何かが走る音で、わが身の危険を感じていた。右前方にルクともう一人の若者、左手前方にはルクぐらいの逞しい中年二人。そしてここに自分が一人。と、なると、後ろに感じる気配は、わが身にとって恐怖でしかなかった。 どれほど走ったか。もう走れなかった。 ルクたちはもっと早くに追ってくるものがないことに気づいていたが、恐怖のあまり走りっぱなしだった。走りに走って一昨日に寝床にしたところまで走り逃げていた。 ルクは膝をつき、目の前に見える蔦を一つ腰の鉈でたたき切る。切り口からはポタポタと水が落ちてくる。ルクはそれを掴み口元へと持っていき喉を潤した。 少し咳き込み、それが落ち着くと人数を確認するために辺りを見まわす。後ろを走っていた若者が前方で膝をついて息を切らしてうなだれている。 そして横に若者がもう一人、これで二人。後二人、辺りを見回しても見当たらない。しっかりと背を伸ばし辺りをうかがっていると、歩いて近づいてくる人影二つ。 『これで四人』 ルクは座り込み、喉を潤すために蔦を掴み口元へともってゆく。 「これで・・・五人だ」自分自身を確認して喉を鳴らして飲み込んでゆく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.03.26 22:09:42
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