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カテゴリ:物語
「ギャー」 どこかで叫び声があがる。 悲鳴のほうへと勇太たちもルクたちも視線を向ける。人は見えないが遠くで松明が投げ出されるように飛んでいくのが見えた。 「キャッ」ルカの叫びが聞こえてくる。 勇太がルカに向き直ると、走り逃げる大人に突き飛ばされて座りこんでいる。勇太はすかさず走りより、優しく「だいじょうぶ」と声をかけて立ち上がるのに手をかした。 ルカは立ち上がりコクリとうなづいて、言葉を出そうとしたそのとき、 「にげろっ」誠の叫び声がする。 声の方に顔を向けると、啓二と誠が一気に走りぬけてゆく。走り抜けた二人の背中を見たあと、何から逃げているのか確かめるように、顔を反対側に向けてみると、ガツンと衝撃をうけて身体が浮き上がるのが解った。 ルカのほうに目を向けてみると、ルカは若者に片腕で脇に抱きかかえられ、勇太の目の前を斜めに飛んでいる。勇太は自分も同じように抱えられているのを理解し、宙に浮く自分の足元のほうへ注意を向けてみた。 「あっ、悪魔だ」不気味な影を暗闇の中に浮き上がらせて、勇太の飛ぶ後を不器用に走りついてくる。 一瞬身体の緊張が起きたが、抱えられて逃げる勇太たちよりも悪魔達は脚が遅かった。悪魔達が遅いのか、この人たちの体力が凄いのか。どちらにしろ追いつかれる様子はなかった。 距離がどんどん離れてゆく、勇太はすこしホッとしてルカの方へと目を向けてみた。ルカは泣くこともなく、抱えられたまま不器用に走り追いかけてくる悪魔達をみている。 頭を進行方向へと向けて、啓二と誠をみると、 「あっ!」啓二の背中にでかくて丸っこい悪魔が飛びついている。啓二が左右に走り回り悲鳴を上げているのか騒いでいるのか、楽しんでいるようにさえも、見方によっては見えるが、必死に走り回り背中の生き物から逃げていた。 背中の悪魔を引き離すため、ジグザグに走り回る啓二を追いかけて誠が走る。背中の悪魔をつかめそうになると、気味が悪いために、手を引っ込めては伸ばして、再び引っ込めている。 抱えられた状態で追いかけてくる悪魔に視線を向けてみると、その姿はもう見えなくなっていた。 再び啓二に向くと、引き剥がされた悪魔が地面を転げているところだった。その転げていく悪魔を見ながら「こいつ弱かぞ」と叫びながら走る誠が拳を振り上げている。 途中から「自分で走れ」と地面に下ろされ、勇太たちも大人について走り出す。人数は把握できないが、周りには二、三十人ぐらいの集まりで走っているようだった。 勇太は啓二と誠の姿を少し離れたところに確認できたが、ルカの側をぴたりとくっつき走っていた。 どれだけの時間を走ったのだろうか。空も明るくなって、走るというより駆け足に変わり、 「もうだめバイ」啓二が言葉をこぼし「歩こう」誠が提案する。 「もう少しだ」と大人たちは励ましあい、「海にたどりつけば」と、つけば何なのか、その後の言葉は出さずにひたすら進んでゆく。 ルカは愚痴もこぼさずにルクの側を足早に歩いている。勇太はその一歩前を、胸を張って逞しく見せながら、疲れを隠して歩いている。 その場からさらに頑張り歩くいてゆくと、 「おおー」啓二の声、 「でたー」誠の声。 勇太は悪魔が出たにしては楽しそうな声に、ふと顔を上げて立ち止まる。 「おお海だ」啓二と誠は、何処に隠していたのか、あらん限りの元気のよさで走り出していた。子供の高揚とした声は、大人たちにも一種の元気を与えるらしく、周りの大人たちも走り出していた。 「きゃー」ルカも、周りの高揚に誘われたのか、海に気づいたとたん奇声と共に走り出した。 「久しぶりの海ー」ルカの声の先には、キラキラと光る海が見えていた。 「これ、危ない」ルクの注意の言葉も聞こえず「大きいー」視界が開けて海が一望できる場所で両手を広げて、走りはさらに加速してゆく。 楽しげな声は、走り去る後姿を見失っても聞こえてくる。 「きゃー白くてさらさらー。久しぶりの海ー」 足元の砂と戯れているのだろう。 「キャー近づいてくる」波と戯れているのが、想像できる。 「あーさがっているー」波が押しては引いていったのだろう。 「キャーサラワレルー」 ルカの言葉に大人たちが慌てて走り始める。「さらわれる」の言葉に反応したのだろう。勇太もビクリと反応して走り始めた。 だが、やはり余計な心配だったらしく、大人達は海が見渡せる場所で立ち尽くし、「キャー」「わー」と聞こえる楽しそうな声に、笑顔をもらして見つめていた。そこから見えるのは啓二と誠とルカ、そして、年甲斐もなく波と遊ぶ大人たちの姿が見えていた。 白く輝く砂浜に青く煌めく海。 楽しそうに遊ぶルカに、啓二と誠。勇太も走り出して行き、一緒に遊びたい衝動にかられて、脚を一歩踏み出すそのとき、 「さすが導くもの。勇者といわれるだけの事はある」と、トクの声。 声の聞こえるほうへと顔を向けると、トクをはじめ大人たちが勇太を見つめている。 「普通の子供なら今頃、はしゃぎまわっているのだろうが、そこはさすがに神の加護のある勇者。落ち着いている」 周りから関心の声がぼそぼそと上がっている。走り出したい衝動に駆られている勇太は、周りの言葉に走り出せずにいた。勇太は視線をはずして、コホンッと軽く咳払いをして、 「う、うん。これから海を渡るんだ。はしゃぐよりも船の確認と、旅の決まりをつくらなきゃね」 いかにもと、胸をはりそれとなくつぶやいてみる。 「おおおー、そうだそうだ。こうしていると、また悪魔どもがやって来るかも知れん。急いで船の準備をしてしまおう、船はあの岩場の向こうだ」 8 岩場をすぎると再び砂浜だった。 キュッキュッと鳴く砂を踏みしめて向かう先にはすでに二十人以上の人だかりが見えている。先に走り出してたどり着いた人たちと、ここで船の用意をして待っていた人たちだろう。 船はやはりカヌーだった。 珍しいカヌーに近づいてマジマジと見つめていると、 「用意はいいか」スンダの声が聞こえてくる。この海辺でも、逞しく厚みのある声だ。 暗い夜の森、スンダも一緒に歩いてきたが、息を乱している風も見えず、小さくも逞しい空気をまとい白い砂の上に杖を突いて立っていた。 「すべては万端です。たった今からでも旅立てます」 若者が報告をし、その声にすかさず「よしっ」厚みのある声でスンダが呪文を唱えた。 「さぁ、導くもの勇者勇太よ。楽園に向け、我らを導いてくれ」 スンダが芝居がかったように両手を大海にむけて広げて見せた。 次に出てくるであろう旅立ちの言葉を、神の代弁として聞こえ来る言葉を、皆が黙り込み勇太へと耳をむける。 いつの間にか側に来ていた啓二が、勇太の代わりに何かしゃべろうと口を開けたとき。 「いきましょう」勇太は逞しく、そしてまさに呪文の業にかかった声を張り上げている。 啓二は驚くまもなく「おーっ」という皆の雄たけびを耳にしてしまう。 一人が走り出すと皆が走り出す。カヌーを押して海へとむかい。勇太たちもそれに続いてカヌーを海へとくりだした。 勇太と誠は、幾人かに手伝ってもらい、海にカヌーをうかべてしまうと勢いで飛び乗ったが、 「カヌーに乗れるのか」誠の疑問を確かめるように、勇太がぎこちなくカヌーでバランスを取っている。返事もせずに一生懸命にバランスを取っていると、バシャバシャと啓二が走りよりカヌーに飛び乗ってくる。 「なんとかなるとよ。のってからかんがえるったい。そげんことは」 カヌーは転覆こそしないが、まともに進んでもいなかった。 三人乗っていっぱいいっぱいだ。隙間はすべて食料か水が場所を占めていた。その中で無理やりフラフラと立ち上がり、 「さあ、楽園へゆこう」勇太は空っぽの勇気を惜しげもなく表に出して、皆の気持ちを高揚させてゆく。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.03.27 23:10:27
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