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カテゴリ:物語
恐怖が身体を支配すると考えるよりも身体の反射が優先する。 ガシッ 勇太の右足が宙に浮くと、そのまま悪魔の顔に勢いよく落とされた。 「ギュっ」と、喉を絞り鼻から抜けるような悲鳴を上げて、悪魔がのけぞり海へと落ちてゆく。勇太の脚を瞬間引っ張り、力なく離れていった。 「やったー」勇太が喜びの声を上げて、 「こいつら、結構弱かばい」啓二と誠に嬉しそうに報告する。 周りを見渡すとあちらこちらの船で、同じように悪魔がよじ登ろうとしている。皆は思い込みで、悪魔を恐れ、オールを手放しカヌーの隅でガタガタ震えていた。 「いけないっ」勇太は叫びと共に立ち上がり、 「みんな闘って。こいつら弱いよ!見かけに騙されちゃダメだ。僕みたいな子供でも追い払えるんだ」 叫びもむなしく、何艘かの船は悪魔が乗り込み、幾人かを海へと引き釣り込んでいた。 「うをーっ」叫び声が返事となり返ってくる。 「闘わないとっ」喉に痛みが出るまで叫び続ける勇太。 身を乗り出し叫ぶ目の前に、いきなり海の中から黒いものが飛びだしてくる。「うわっ」と、驚き身を躱す勇太の目の前に現れたのは、ルクと一緒にカヌーにのるランと呼ばれる若者だった。 「ブハッ」現れると同時にカヌーにつかまり、 「早く引き上げてくれっ」 必死にカヌーに乗り込もうとする。啓二と誠がしりもちをつく勇太の横から手を伸ばし、ランを手伝う。ランの腰がカヌーに乗って少し安心したとき、 「あっ捕まれた」 海に浸っている脚が引っ張られ海へと引き釣り込まれそうになる。 「あっ、勇太っ化け物ばオールでシバキ倒せっ、はようせんかっ」 勇太はバランスを崩したままだ。 「早く頼む」ランが必死にもがき叫ぶ。 「こいつら海の中じゃ強かぞ、引っ張られるったい」 啓二が歯を食いしばり必死に力を出している。「くそっ」 勇太は体制を建て直しオールを探す。 「おいっ」後ろから声がする。 「これを使えっ」 振り返るとオールが飛んできた。 ルクが側までカヌーを寄せて勇太に投げて渡した。 「うわっ」勇太はバランスを崩しながらもオールを掴み、柄の部分をランの足元に見える影へと突き立てた。 「えいえいっこんやたぁ。手ば離せってば」 五度目で空振りとなった。ランの脚を掴んでいた影は海中へと姿を隠していった。 「助かった」 ランはカヌーの上でハアーハアーと荒く息をしながら、 「ありがとう。たすかった」 ランは啓二、誠、勇太と抱きつき「恩人だ」ともう一度礼を言ってる句のカヌーへと移り、そのままグタッと倒れこんだ。 「大丈夫なか」皆が心配そうにみていると、 「大丈夫だ」ルクが笑顔でこたえ、辺りを見回して、 「さあ、奴らは去った。私達を導いてくれ」 派手に両手を広げ勇太へと笑顔を向ける。 勇太たちが辺りを見回すと、皆が疲れた顔で近づいてくる。どうやら悪魔どもは退散したようだ。いくら海中で自由自在でも、力は人間の方が上だったみたいで、海の中へとさらわれて消えた者はいないようだった。 皆で固まり進もうと意見は一致し、ゆっくりと皆で漕ぎ始める。 「・・・・。」 誠が辺りをきょろきょろと見回して勇太へと振り返る。 「おい勇太。悪魔たちはどっちのほうへと泳いで逃げたとや、見とらんとや」 勇太は辺りを見回しながら、 「みてないや」とこたえる。 誠は前を向いたままの啓二の背中へ、 「啓二、悪魔は何処へ逃げたとや・・・知らんか」 啓二は一度振り返り「見とらんぞ」静かに答える。啓二はカヌーをこぐのをやめて振り返り、 「よかったい。もうおらんとやし。海の深く潜って、浜のほうに帰ったとやろう」 あっけらかんと笑っている。 「どれくらい潜れるとかいな」誠は真実を確認したいのか、 「息がつづかんやろうもん」と、疑問を投げてみる。 その投げに「魚みたいにエラがあるとやろ」適当な答えが啓二から返ってくる。 誠はこれ以上の話をしても無駄と思い、振り向いて勇太に声をかけようとするが、勇太は目じりを下げて口をあけ、一点を見つめている。その視線の先には、ルカが細い腕でオールを一生懸命漕いでいる姿があった。 誠は「はぁー」とため息をつき、呆れ顔で「お前が漕がんか」とオールをわたし、「ルカちゃんも漕ぎよるたい、お前も漕げ。頼りないて思われるぞ」と言い放つ。 「よしっ」言葉の勢いもよく、勇太は漕ぎ始めていた。 その後のカヌーは真っ直ぐには進まず「どうしたんだろう」と思った啓二が振り向くと、要領悪く漕いでいる勇太の姿が目に入った。 「・・・・・。」啓二は漕ぐのをやめて「一人で漕ぐよりつかれるな」がっくりと肩をとしていた。 「勇太、俺が漕ぐけんオールば貸してん」と笑いながら手を伸ばす。 「よかっ。僕が漕ぐ」 逞しくはりのある声で、誠に主張する。勇太の意識は明らかにルカへと向いていた。カヌーの一番前には、「交代」と誠にオールを突き出す啓二がいた。 昼間は頭から布をかぶったりして日差しを避けている。カヌーを漕ぐにもゆっくりと疲れを大きくしないように工夫していた。 それでもいつの間にか船は潮の流れに乗っているみたいだった。周りに対象物がないので、進んでいるのか浮いているのか判断はつけにくいが、進んでいると判断しても問題なさそうだった。 太陽が頭の上を通り過ぎ背中のほうへと回ったとき、勇者勇太は呪文を唱える。 「ねえ」船に波がちゃぽちゃぽとあたるのどかなひと時、海水がすべての雑音を吸い込んだような静けさ。皆も疲れたのか静かに漕いでいた。 「しずかだね」呪文を唱えた。 「ああ静かだ」誠が答える。 一呼吸。その後にお尻の下から、微かな痺れを感じて『ズン』と低い音なのか振動か、どちらにしろ空気が一瞬振動したような、微かに電気が走ったように感じる。 辺りをきょろきょろ勇太が見回すが、誰も反応していない。 「ああ、退屈になってきた。なあ、啓二」 啓二は欠伸をしながら振り向き「うんうん・・ああ、静かで退屈・・・・。」伸びを途中でやめ、大口欠伸も止めて何かを見つめていた。 誠と勇太が啓二のマヌケな顔を見つめていると、啓二は腕をゆっくり下ろしながら立ち上がり、遠く西の空を見つめていた。 「あぶなかぞ啓二」誠が啓二に注意をすると、周りも何事と啓二のほうへと視線を集めて、その視線を追って振り向いた。 と、同時に、ドドンッ 大きな音とともに激しく空気が揺れて東へと走り抜けてゆく。 「おおおっー」周りのカヌーからどよめきが起こり、誠と勇太も慌てて振り返る。 「すごいっ」思わず叫ぶ誠と勇太。 海面からモクモクと煙が上がっている。正確に言うとスンダたちが暮らしていた島の火山が微かに見える。その頂辺りが海面から少し突き出したように見えていたのだが、その頂はきえ、海からモクモクとものすごい勢いで煙が噴出している。その光景はまるで空に灰色の煙の大地を作ったように、青空の海を西の空から消していった。 「凄い・・天地がひっくり返っとるよ」勇太が誰にとなくつぶやく。 「ああ、すごかぞ。あの煙から竜か何か出てきそうたい・・出てくるとやなないか・・。」 誠が、勇太に聞こえるように感想を言う。 真実を語る者が勇者に語る言葉は、周りにも聞こえていた。 「何だ、どういうことだ」誠の言葉に周りがざわつきだす お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007.03.28 20:59:12
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