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2020年01月18日
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カテゴリ:平和〜戦争


[阪神・淡路大震災] 記録映像 いま伝えるあの日 | NHK








あの阪神・淡路大震災から25年。
1995年1月17日、午前5時46分
兵庫県の淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、M7.3の兵庫県南部地震が発生し、犠牲者は6,434人に達した。(Wikipediaより)
犠牲になられた方々、残された遺族の方々に哀悼の意を表します。


25年。
今、年々その記憶が薄れていっています。

長いようで短いその時間。
学校の同窓会では30年ぶりとか、40年ぶりというビックリな過去の歳月を聞くことがあります。
それでも学生時代の記憶は鮮やかに蘇ってくるものです。

あの日は、、
夫が原因不明の死の淵から戻ってきて市内の団地へ移り住んだ頃。
彼は冬の喘息の発作で寝床に伏していた時期でした。

遠い神戸で起きた出来事だけど、そのニュースを見るたび、
何だかもう絶望してしまいそうな思いに駆られていました。

それでも悲惨な状況の後、水、食料、そして炊き出しや衣類などを届けてくれる市民らの姿にこちらも勇気をもらい、希望を感じていたのです。

実際、苦しい状況の時、実家や親せきらの援助にどれ程助けられていたことか。
そんな時に親の無償の愛というものを知ることが出来たのです。

あの頃小学1年生だった長女は32歳となり、4人の孫と出逢わせてくれました。
そんな長い時間が経ったのかと改めて思い、

一方で、でも自分が生まれたのは昭和31年だから昭和20年の終戦からわずか11年後に自分は生まれたんだと、愕然とするのでした。

戦後復興が波に乗り始めた頃でしょうか?
萩尾望都先生は昭和24年生まれで、終戦のたった4年後ではないですか!

こんな私も、戦時中ってずっとずっと昔、昔のお話と感じていました。
でも、そんな昔ではなかった。自分にとって。
人生は自分が生まれてからがスタートで、過去に起きたことは体験ではなく情報に過ぎないから身に付きにくいし、当事者意識も反省も後悔ももちろんありません。
すべての過去の過ちを背負う必要はないけど、苦しんだであろう当時の人々に思いを馳せてやっぱり、

「ごめんなさい。ありがとうございました。
 もう二度と愚かな戦争など起こしません。」
 
の気持ちを持ち続けたいです。


ついこの前戦争が終わったばかりだから、、

なんだか取り留めない文章になりましたが、

安倍さんが「憲法9条、時代にそぐわない」発言で、ネットが揺れているし、
(安倍氏)
「時代にそぐわない部分は改正を行っていくべき。その最たるものが憲法9条だ」
「自衛隊が合憲であると言い切れる憲法学者はたったの2割にとどまっている。
 自衛隊員が誇りをもって任務を全うできるように憲法にしっかりと自衛隊を明記しようではありませんか」
と、憲法改正に意欲を燃やしています。

確かにあちこち改正が必要な部分は時代に即していない面がありますが、
彼が改正したい本命「戦争の放棄を歌った憲法9条」ですから、どんだけ戦争したいんでしょ。
と思います。
他に、他国と対峙する方法を考えてもらいたいものです。





















最終更新日  2020年01月18日 16時31分32秒
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