「火の山’上)」 津島佑子 講談社文庫
明治の頃、富士の麓で「有森」という名を得た一家は、構成員の誕生と死を繰り返し、代を変え、住処を変え、話す言葉を変え、広がり続けた。まるでひとつの生命体のように収縮と拡散、固着と移動を繰り返す「有森」家が描く軌跡は、「火の山」の周りをめぐる。桜子、笛子、小太郎、勇太郎、照子、杏子、キヨミ、冬吾、マサ、達彦――「有森」家の面々の分かちがたい結びつきは国境を越え、時を越え、生と死の境も越えて、私たちの胸を揺さぶる。 読むのが惜しい、先を読みたくて仕方がないのに―幸せなジレンマに苦しみながら、長編小説の醍醐味が味わえる。カバンから取り出し、ページを開いたときの喜び、閉じたときの満足、胸に残る心地よさ、どれも上質だった。