|
カテゴリ:カテゴリ未分類
予約は四時。休暇を取ってもらった夫と五分前に到着。受付に行くと、いつものように、レントゲンを撮ってくるように言われる。「2ヶ月前に撮ったばかりなのに!放射線は蓄積されるんだぞ!」と思いながらも夫と一緒だったのでそうも言えず、レントゲン室へ。あっという間に呼ばれてできる。リードがちゃんとしているかどうか調べたいからレントゲンが必要らしい…。そこで、夫とちょっとしたことでトラブル…。
内科に戻って待っていたら、「なんで、こんな所にいないといけないのか?」と悲しくなって、涙が出そうになって、いやうるうる状態になりつつあった。 すると、もうMEのIさんが、名前を呼びに来て、「今日は、いつもの検診じゃないので、こっちの部屋でやります」と、左側の処置室がある方の入り口へ入ることを教えてくれた。そして、「あと、五分でO先生が、来ますから」。「あれ?Y先生じゃないんですか?」「O先生です」。それ以上は、聞けなかった。 O先生は、主治医なので一番よくわかってらっしゃるから、ちょっと安心した。車椅子から降りベッドに横になろうとした頃、もう到着されて検診が始まった。一応、先生に「心身症が出てます」とだけ告げる。 いつもはMEさんの他にメーカーさんが二人だが、今日は、除細動器の検診に混ぜてもらったせいか、メーカーさんは一人であとはMEさんの二人だけだった。私への指示は、すべてMEさん。最初、メーカーさんが、手帳を見て「60から120です」とMEさんに告げたので、即私は、「100です」と言った。最初の設定から一年で変更されているのに気づかなかったようで、私が言ったためすぐそちらも言い直してくれた。今回の検診は、レートを落とす時、「深呼吸をして下さい」ととても丁寧で、それほど苦しくならずに済んだ。自脈は、45で出たようだった。座位で測るとき夫が見えたので、「出て行っていいから」と言うが、「大丈夫」と言って彼はそのままコートを脱いだだけで、座っていた。夫は、病院、注射はもちろんのこと、こういう検査を見ているだけでもダメなのだ。 検診の途中の数字で、ひとつ気になるのが、やはり電圧。しっかり「2.61」と言っていた。二ヶ月前が「2.65」だったから、また更にひどく下がったようだ。(あと保証が一ヶ月で、予備が三ヶ月ぐらい) 検査が終わり、クリップを外してもらい、先生との間にあった機器も移動され、私も車椅子に乗ってやっと先生と話すことになった。さすがに、先月「次の検診をしてみて、4月か5月かわからないのに予約はできない」と言っていた先生が「予約しますか?」と言ってくれた。だけど、私が大丈夫か?とのこと。 やるなら、早い方がいい。 日にちを二ケ所言われ、最初の日に結局は、予約を入れることにした。でも、個室が空いているかはわからないと言う。心外と循環器が一緒の2病棟のトイレつきの個室は、ひとつしかなく(50床のうちたったひとつである)、心外の術後の患者が使うことが多いとのこと。個室が必要なことは、先生もご存知なので、なるべく入れてはあげたいが、重い患者がいる場合は、どうしようもないとのこと。うーーむ。古い建物って、これだから、つらい! 入院は普通一週間だが、調子が良ければ3.4日で帰宅して、点滴の代わりに抗生剤を飲んで抜糸まで自宅で過ごしてもいいと、この間と同じことを言ってくれた。飲用の薬で、すぐ胃を荒らす私には、ちょっと自信がない…。でも、退院して硬いベッドで寝られることは、休めるということだ。 そして、伝えたいことは言った。「私が今、一番の心配なのは、テンポラリーになったら?という事です」と。MEさんとメーカーだと思っていたら、代理店だと言うその方に聞きながら、「今日も自脈が45で出たので、大丈夫だと思う」と話してくれた。でも、当日、どうしても出ない場合は、テンポラリーになるかも知れないと。どのぐらい時間がプラスされるのか?と聞くと、「十分ぐらい」。(うーーん。そこまで、短くはないだろう?と、内心思ったが…)。 次のPMは、かなり進歩しているし小さいと説明を代理店さんから受けた。 しかし「新しいものは、電池の減りが短くなっている」とのこと。私が、全ペーシングで8年と言われていたのに6年だから、次は5年持てばいいのだろうか?なんて思いながら、彼らには「それだけ、いつもいいものを入れておけるってことですよね?」と言った。でも、先生には、「入れ替えが多いと、それだけ感染症になる確率は増えますよね?」と言ってみたりして…。 とにかく、O先生がかなり気を遣ってくれているのはわかった。今回、顔もあったし…。(先月お会いしたときは、青いマスクをされていたので、表情はわからず、青は手術室のイメージだしなんかとても威圧感を覚えたのだ。もしかすると途中でカテが入りそのままの姿だったのかも?) しかし、先生の思いが私の心配や不安と一致しているかと言うと、ちょっとズレはあるな?と感じたが、今日、わざわざこの場に来て下さったことを思うだけでも、感謝せねばと思う。患者は、やっぱり弱い。 大体の話し合いが終わり、廊下で待っていてと言われたので、廊下かな?と思ったら、外来の待合室のことだった。そこで、無言のまま待った。先生が私のレントゲンなどを持ち、受付で事務の方などに指示をしているのが見え、その後出て行かれるときに声をかけて下さって、いつものように忙しそうに消えた。 まもなく、クラークさんから入院についての軽い説明があった。ペースメーカーを入れる人用の紙ができているのだった。しかし、説明者のところは、「あの、先生、もうお帰りになってしまったので…」と、空欄である。 私は、いよいよだな!と思ったせいか、本当に口数が減っていた。別に、何も考えてはいないのだ。頭の中は、からっぽなのに、気だけが重く、いつもなら軽い口も重かった。会計は、初めて機械である。夫に任せ、私は駐車券の印をつけてくれるおばさんに、「また、来ます。入院決まりました」と挨拶をしていた。4時40分過ぎには、すべてが終わった。除細動器の人と一緒と言うことだったが、どうやら今日の患者は、私ひとりだけであったようである。 しばらく気も口も、とても重かった。夫とは、「帰りは、焼肉」を約束していた。彼は、「血の気が引いたから、焼肉だ!」と張り切っている!(気分悪くて食べられないのかな?とも思ったが、今日はそうではなかったので、ちゃんと付き合った。5時過ぎの焼肉屋は、貸切に近い状態だった) とにかく、私の場合、生きる方法はPMというものがあるのだが、「あと1ヶ月」と思うと、本当に気持ちが重くて仕方なかった。 さて、入院準備に入らないと・・・・。 |