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『水戸福祉新聞』8月1日号の脱稿したので、そこに出したものをそのまま載せます。字数に制限があったので、かなり短く簡単になっています。
--------------------------------------- はとこの入院日記 一月に、「あと二ヶ月で電池切れ」と言われ、悩みに悩んだ私。「電池交換」とは、ペースメーカー(以下PM)の場合は「本体ごとの交換」となるために、左胸の皮下に入っているものを取り出して、新しいものと交換します。二ヵ月後の検診後に入院を決め、四月に交換してきた短い私の記録です。 (S.T) 四月十日(火) 一時少し前、病院に到着。内科外来で受付を済ませ採血室で採血。一時半、カルテ等を内科外来で受け取り入院窓口へ。病室に案内される。たったひとつのトイレ付き個室が空いているか心配だったが、病棟は空いていて希望の個室に入れて安堵。パジャマに着替え。ナースに、クリニカルパスと記入用紙等を渡され、ホルター心電図を付けられる。パスを見ると、九日間の入院となるようだ。 五時半。明日の手術の説明に担当医のO先生が部屋に。大体判ってはいるが、改めてきちんと図に書いて説明してもらう。明日は、午前中の三番目、十時半頃スタートだと聞く。緊張したせいかお腹が空き過ぎ、パニック障害の症状が出て夕食が入らず。担当の訪問ナースに電話をして症状を話す。薬を飲みゆっくり食べてみるが、完全に参ってしまい、明日が不安になる。その後、薬が効いてきたせいか、少しは落ち着く。デパスを半分飲んで休む。気分は「明日は頑張るけど、次回の交換は頑張れない!」 十一日(水) 朝食はなし。でも、昨夜のことがあるのでナースに言うと、持参したカルケットを食べては?言われ、三枚ほど食べる。その後、O先生が来て「ゼリーでも何でも食べていていい」と。 九時前に家族が到着。十時。前の人が行ったからと、手術に備えて点滴が始まる。しかし、二十分後「急患が入ったので、一旦止めます」とストップ。ここからがまた試練で訪問ナースに電話。十一時前、O先生が「心筋梗塞の患者が入ってしまったので遅れる。十二時ぐらいになってしまうかも」と説明に来て下さる。待つ…。またパニックが出て辛くなる。とにかく食べ物を口にし、デパスを半分飲む。 やっとのことでカテーテル室に入った時は、既に一時。左腕は点滴、右腕には血圧計が取り付けられ動かせない。自脈が出ているので、このままできるという。最初の麻酔の注射だけは痛い!今までのPMを取り出しても苦しくないのでやっとほっとする。そして、小さくて五年のものを入れる予定だったが、大きくて十年持つものを入れた方がいいか?とO先生も悩み出し私にも意見を求めるが、私には布がかかっているので見えない。ME(技師)が、PMの大きさを測っている声が聞こえる。私としては、大きいものだとポケットを広げるのに時間がかかると思い「小さくていい」と言ったのだが「苦しみは先延ばしにしよう」と大きいものを入れることに。 癒着があり、出血が止まらない。前回と違い、電気メスの音がする。ホチキスで傷口を留める音がやっとする。終了。 レントゲンを撮り、部屋を出る時は二時半に。部屋に戻り「一時間絶対安静」。まだ安静なのに昼食を温めて来てくれたので、お握りをいただくことにする。ずっと食器を持って脇にいてくれるナースに「食べたら顔色が良くなった」と言われる。 三時半を過ぎ、着替えトイレに行く。愛犬が心配だったので家族には帰ってもらい、休む。左顎の下の傷を保護するためのスポンジが大きく邪魔だが、夕食は食べる。七時頃、O先生が様子を見に来る。前回と違い、痛重い感じはないが、傷は痛い。抗生剤点滴(朝と夜、毎日)。 十二日(木) 傷は痛むし微熱はあるが、気分的に楽。九時にO先生が消毒に来て、ウレタンを留めていたバンドを外してくれる。「内出血が起こっているね」と言われるがホルターも取ってくれて楽に。ナースからは「どんどん動くように」と言われたので、車椅子で下の階に降り売店などをうろつくが、傷が痛むので部屋へ戻る。 十三日(金) 朝の消毒の時に、副院長でもあり循環器トップのM先生が一緒にいらっしゃる。「週末、天気、いいよー!」とおっしゃる先生は日曜日に霞ヶ浦マラソンに出られるとか?週末、私はまだ入院中!福祉新聞でお世話になっている図書室担当者が来てくれ、取材でお世話になった看護部長の部屋に挨拶に行く。二時、迎えの従妹と鍼灸院まで外出。その前に売店に寄るとやはり取材でお世話になった庶務の方に声をかけられる。知り合いは増えた…。夕食を食べている途中にお腹を壊す。ここからが、抗生剤の副作用との闘いになる。 十四日(土) 朝食でまたお腹壊す。消毒にいらした先生に伝え、薬を出してもらう。点滴後、初めて髪を洗ってもらい、スッキリする。 十五日(日) 朝七時過ぎ、もう先生が消毒に!夜中の二時に呼び出しがあったという。お昼前、ネットコーナーでME室の研修に来ている大学生と話す。傷の周りが被れて来る。 十六日(月) 採血。消毒がまだだが、三時にまた治療院へ外出。遠いし、面倒でもあるのだが、治療をしないと辛いので仕方ない。帰宅後すぐ先生がいらして消毒。「熱も下がっているので、明日からの点滴はなしでいい」とのこと。八時半頃、所長が福祉新聞の原稿を持ってくる。ベッドの上で5月号の直しをする私。 十七日(火) 若く楽しい男性ナースが洗髪してくれる。昼食後、三年前にお世話になった形成外科外来のナースにも挨拶に行く。 十八日(水) いよいよ退院。昼前に技師とメーカーがPMチェックに。昼食後、先生は、抜糸に来て下さり退院の説明。着替えて退院となったが、会計の機械がカードを受け付けず窓口へ。家に帰って、少し片付けた後寝たら、ものすごい疲れが出た…。 ・四面の「はとこのつぶやき」に続く……。 ---------------------------------- 「はとこのつぶやき」 私の九日間は、無事終わった。手術前は本当に辛かったが、術後はバリアフリーの院内を車椅子でうろつき、結構エンジョイしていた。自宅付近よりも、便利だと言うことに、退院してから気づいたほどである。 気になったのは、まず病棟の男性患者の多さ。循環器内科と心臓外科の心臓病の病棟だったが、八割以上いや九割が男性の高齢者。洗面所近くの部屋だったため、朝五時過ぎると洗面所にうがいの音がこだまして聞こえた。女性は、女性ホルモンが血管を守ってくれると言うこともあるらしいが、男性はストレスに弱く、喫煙や過度の飲酒の影響もあるようである。だから、心筋梗塞は、圧倒的に男性が多いらしい。 また、救急車の多さにも驚いた。急患を取っている病院が限られていることも身をもって知った。小児科医や産科医不足と言われているが、この辺の入院設備のある病院では、まず内科医も不足しているのが現状である。茨城は、やっぱり「医師がいない!」 入院中、着替えで大忙し?の日があった。朝、起きると消毒のために前開きの下着に着替える。しかし、朝、先生がお忙しいのか消毒に来て下さらない。レントゲンがあるために前ボタンのないものに着替えた。その後、先生がいつおいでになるのかわからないので、また前開きに着替えて、治療院外出のために暖かいものに着替えた。帰って来た後、すぐにまた前開きに…。そして、やっと消毒…。ナースに話すと「一日ファンッションショーだったね!」。優雅なものに着替えるのならいいが、前開きシャツとただの丸首インナーの交換じゃーね。しかも観客は先生だけ?地味すぎるぜ!! ---------------------------------------- 私がいかに空腹に弱いか?そして、病院内に知り合いが多くなっているか?がわかると思います。 書けませんでしたが、ワーカーさんや駐車券をパチンとしてくれるおばさんに・・・・退院前夜に廊下で献立表を写していたら帰る副院長に声をかけられたとか・・・・書ききれませんでした。 |