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☆今日が記念日となりますように♪

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思い出☆証し☆自分のこと

2021.03.12
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テーマ:葬儀(173)
古いブログを片付けるにあたって
母の葬儀の記事は残しておきたいので
ここにコピペしておきます。

以下当時の記事そのままコピーです。
転記用に少し修正

2014年
4月23日
今日の夕方、母が天に召されました。
携帯の調子が悪いので何かの時のために
主人の電話番号を弟に伝えようと思い、実家に行きました。
ちょうど、私たちが着いてまもなく、待っていてくれたかのように召されました。
みんな揃っている時でよかったと父も泣きながらですが言っていました。
母の顔は、眠っているような微笑んでいるような顔です。
あすは実家で前夜式、明後日はチャペルで告別式です。
司式は主人がします。
私は今からプログラムを作ります。...
奏楽もすることになりそうです。
※弾きに来てくださる方があれば大歓迎です。
すべての準備の上に、主人の体調も守られますように。

葬儀をキリスト教式で、とずっと祈っていましたが、だれの反対もなく、話を進めることができました。
まるで信じられませんが現実です。感謝。
 
4月25日
今、ふと気づいた感動。
チャペルとして礼拝専用の場所を与えられたこと感謝だなと。

執り行う
結婚式第一号が、娘の結婚式、
葬儀第一号が、母の葬儀。
これ、すごいことじゃないですか。
感謝感動です。
もちろんするのは主人ですが。
(^_-)
今日も、ハードな一日です。
葬儀、出棺、火葬、収骨?。。
 
母の葬儀、無事終わりました。
小さくなった母の骨は、あまり残りませんでした。もう母のこの世の体は、このわずかな骨だけです。
でも魂は、イエスの御手の中です。

振り返れば
3月、母の容態がいよいよ悪くなった時は、チャペルの工事が終わるまでは逝かないでと祈りました。
チャペルの工事は、当初、5月の予定でした。でも突然、大工さんの予定が空いて4月になりました。
実家の家族は当前、仏教です。...
母の葬儀を教会でとの祈りはもう何年も前から祈っていました。
母は3月の入院中に、悔い改め、信仰告白の祈りをしましたが、
家族の意思で仏教で葬儀をすることは田舎の風習としてあり得ることです。
ですが、死の時に立ち会えたこと、父や弟の反対がなかったこと、チャペルの工事が終わっていたこと、そして何より、私が、牧師である主人と再婚していたこと、全て、この日のために着々と備えられていたと感謝です。
そして、音痴な私が再婚によりピアノを習い始めたこと、ひどくとちりまくりでしたが、母の葬儀に奏楽できたこと、これも驚きと感謝です。

 前夜式は、実家でしましたので、町内の方がたくさん来られ、家の外まであふれるほどでした。
葬儀は、チャペルでしました。実家より狭いので心配していましたが、
ちょうど椅子の数だけ来られてよかったです。
葬儀のいっさいは、
クリスチャンの知り合いにお願いしました。見積もり以外のことにも心をかけてくださり、多くの配慮に申し訳ないほどでした。
よいクリスチャンの葬儀やさんと知り合えて感謝です。

この葬儀やさんも、毎月、行く集会で知り合った姉妹が以前、勤めておられたところなので、今回、連絡仲介をしていただきました。
何から何まで感謝です。
主人は、昨晩は少し痛みに苦しみましたが、なんとか体調も守られました。

 
4月26日

この度、母の葬儀を無事、チャペルで終えることができて感謝です。

父母は、数年前に
何度か礼拝に来てくれたことあります。
でも弟家族は今回が初めてです。
このようなチャンスを与えられて感謝です。
プログラムに母の名の最後に「姉」と記されていることを不思議に思った弟が質問してきました。
説明できるチャンスを与えられたこと、聞こうと思ってくれたことが嬉しかったです。

 前夜式は実家でやったのですが、
あの町でのキリスト教式の葬儀は町内はじまって以来の異例の出来事だったと思われます。
福音の種と同時に反感の種も蒔いてしまった気配も感じられました。
これから弟家族に様々なバッシングが降りかかるかもしれません。...
守られますように。

もう何年もこの地に教会をと祈っています。

宣教の地を求めておられる方、
祈ってくださいませ。

開拓伝道の地を求めておられる方、
祈ってくださいませ。

私のふるさとに教会が与えられますように。
 
 
4月29日

えらいことになりました。

先日、母の葬儀をチャペルで無事終えることができました、
という記事を書きました。
それは本当に感謝で、
ものすごい奇蹟だったということを
本日、改めて思わされました。

今日、母の服などを片付けるからということで実家に行きました。
すると、そこには遺影が飾られ、...
十字架のついた骨壺の袋は取り去られていました。

弟は町内から、そしてお寺からものすごい怒りを受け、本日、謝りに行ってきたとのこと。

まず、このまま納骨は許さない。
納骨するなら、お墓ごと出て行ってほしいとのことでした。
今後、このまま付き合いを続けたいなら、
今後は、このような葬儀をしないという同意書にサインすること。
など言われ、結局、このような臨時の祭壇を作らされ、
四十九日はお寺ですることで、お許しを得たとのことでした。
この地で、続けて生活してゆく弟たちにとって仕方のない決断だったかもしれません。
父も、宗教の自由なのにおかしい、と言いながらも、ここで暮らすには仕方ないとさみしそうでした。
私たちに申し訳ないとも言っていました。

これが日本の現状。
このようなことは今も、日本の各地にあるのでしょうね。
彼らが真の神に立ち返ることができるように、
このような理不尽な迫害をやめるように祈ってゆきたいと思います。

弟家族の日常生活が守られますように。
お寺の方や、町内の人々が一日も早く気づくことができますようにと祈ります。


追記
戒名の代金も払ったのかこれから払うのかわかりませんが、まるで押し売りのようです。
こんなことあっていいのでしょうか?
残念で情けなくて悲しくてしかたありません。
ここに必ず、神の栄光が現れると信じたいです。
それとも足の裏のチリを払うべきでしょうか。
父や弟たちには、
「神は心の中を見られるから、思いは正しく持っていてね」と言ってきました。

このような環境で、母の葬儀を最後までキリスト教式で終えることができたことはまさに神の守りがそこにあったことと感じます。そして母の魂は間違いなく神の御手の中にあるとさらに強く確信できる出来事でもありました。

弟が遺影に使った写真は、私たちが葬儀のためにプリントしたもので、両親が礼拝に来た時に撮ったものです。
ですからどんなに仏教式に飾ったとしてもその写真の背景は、当時のアパートでしたが教会のものであること、母の笑顔は礼拝後の姿であることに
私たちは神の配慮を感じます。感謝。






以上2014年の記事ここまで↑


追記その2
2019年の今

その後ですが、一時的に教会に関心を持ってくれたのもつかの間
以前以上に反感を持つようになり
今や私は歓迎されない姉となってしまいました。

家での礼拝を始めたころから、疎遠となり
お正月にも招かれなくなり
年賀状もいつしか来なくなりました。
それが母の葬儀を通して、改善に向かったと思った矢先のことでした。

これが
「その地に行って祈る」
を続けている所以でもあります。

母の遺骨は、お寺のお墓に入ってますが
後に主人の納骨をしたときに、母の名前も一緒に刻ませていただきました。
主人の母も寺に納骨していますが、これはお寺の善意で納骨させていただいたそうです。
ですが、クリスチャンなので、お墓に名前がなく、お姉さんたちが寂しい思いをされてましたので同時に主人の母の名前も刻んでいただきました。
ということで、家の教会では召天者を3名刻んだことになります。
クリスチャン共同墓地です。






最終更新日  2021.06.16 11:51:38


2021.02.27
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私も考えることあります。
私の人生ってなんだったのか?

もし、私が生まれてこなければ
周りの人はもっと幸せだったのではないか?

少なくとも私の両親は、
親不孝な子に悩まされることはなかった。
※ただ親になってみて、
 親はそんなふうには思わないということはわかった。

身内からも疎まれ、『恥』とまで思われてるのだから
私がいなければ、みんな幸せだったんだろうな。

他人はどうだろう?
職場の人達、友達、今までに出会った人たち。
私に対してひどい仕打ちを人たちは、
私と出会わなければ、そんなひどい人にはならなかったのかも?
考えても仕方ない。

私には愛はない
だから愛されていないことは、
当然だと思っている。

言えることは、
私は自分の意思で
生まれてきたわけではない‼️

私を生まれさせた方は、
神‼️
神のご意志、ご計画に対して
私が何か言うことはできない。
その神が言ってくださる。

あなたは高価で尊い❣️
私はあなたを愛している❣️

それで充分‼️

世界中のすべての人に嫌われても
神が愛してくださるなら
私は今、生かされていることを
感謝します。




🌷今日があなたにとって大切な記念日となりますように🌷
🌷あなたに平安がありますように🌷



もし、あなたが今
誰にも愛されていない
と思っておられるなら
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最終更新日  2021.03.12 12:20:30
2021.02.17
ネットニュースを読んでいたら
NHKの大河ドラマの記事

コロナのせいで年またぎになった
麒麟がくる
というような書き方だったけど
出演者の入れ替えがあって
撮り直しがされたからじゃない?

私はテレビないから
詳しいことはわからないけど
かなり大きなニュースだったと思います。

でもコロナの方が印象強くて
忘れられてるんじゃないかと思われます。

より大きな出来事は
その前の出来事をかき消す?薄れさすのですね。

今朝、読んでいたデボーションブックの中で
見つけた言葉

『愚かな行為は、一瞬のうちにすべてを破壊する。』

私はこの言葉から別のことを考えていた。

一つの大きな裏切りが
過去の楽しかったことも壊してしまう。

最期の最後で裏切られて
楽しかった思い出も楽しかったと思えなくなって
恨みタラタラの時間を過ごしていました。
このままでは私自身が罪の中に落ちてしまう
なかなか変わらない自分の心と闘いながら
神に祈り続けました。
最近はやっと
それでもこれでよかったのだ
と思えることをピックアップすることができるようになってきました。

神に祈り、委ね続けてこれたことを
感謝しています。
神がすべてを導いてくださっていたのだなと
私一人では乗り越えられなかった時間がたくさんあります。






🌷今日があなたにとって大切な記念日となりますように🌷
🌷あなたに平安がありますように🌷


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最終更新日  2021.02.21 06:57:23
2020.12.22
今日は母の誕生日。


おめでとう🎉

今は天国で元気にしてると思います。
葬儀の後はお寺の介入により
色々ゴタゴタがあって
それを機に、
地域の人たちとも実家とも
気まずいことになってしまった💦
けど、今、母が幸せならそれでいい❣️


最期の何年かは
認知症で、食事も拒んで
何を言っても怒ってた母
本当は穏やかな母は、
病んでいた。

亡くなる1ヶ月くらい前に
お見舞いに行った時
不思議なことに、
一緒に祈ろうって言うと
すごく穏やかに一緒に祈ってくれた
ちゃんと声に出して祈ってくれた。
私の後について。

普段なら
そんなことええわ〜と
怒り出すところ
罪の悔い改め
イエスと歩む決断の言葉

ちゃんと自分の口で声に出してくれた。

その後、帰る時の母の笑顔
最高の笑顔を
忘れることができない。

だから、私は母は今、
神とともに天国に居る
と信じている。

人の救いは
最後の時までわからないよね。
祈り続けることは大切‼️

母の最期〜葬儀を終えるまでは
本当に奇跡の連続でした。

もう危ないと言われた頃
チャペルは工事中
なんとか完成まで待ってと祈ると
奇跡的に大工さんの予定が空いて?
工事が早まりました。
母の最期に立ち会えたことにより
そのまま葬儀の手配をすることができました。
その準備の段階においても
今までの繋がりが活かされて
トントンと運びました。
感謝でした。
すべてが終わった後
強制的に仏式に変えられてしまいましたが
遺影に使われた写真は、
母が礼拝に来た時のものでした。
その後はすべて仏式での付き合いになったようですが
写真の母は教会に居ます‼️


神のなさることは
時にかなって美しい‼️
(ソロモンの言葉)
聖書に書かれてるとおりだなと思います。

この世では今年
87歳
おめでとう。

天国では歳は関係ないから
元気のままの母で笑ってる姿を想像しています。


母の好きだったおはぎとか食べてるかな?
食べ物とかも要らないくらいハッピーなんだろうな?
(o^^o)


和菓子 ギフト懐かしのおふくろのおはぎ 8個入つぶ餡(北海道産特選えりも小豆使用!)程よい粒感ともちもちした感触が絶品!!おはぎ お萩 ぼた餅 法事 仏事 和菓子 イベント用


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最終更新日  2020.12.22 20:29:26
2020.08.06
テーマ:人間関係(813)
今朝のデイリーブレッドを読んで思ったこと
👇今朝のデイリーブレッドの記事はこちら
欲まかせの悪循環

恥ずかしい話ですが、
私は家族とは疎遠になっています。
私たちがクリスチャンであることによって
お寺の支配下にある実家にとって
クリスチャンとの関わりは近所付き合いに
良くない影響があるようです。

母の葬儀をキリスト教で、できたことによって
一時的に改善したように見えましたが
そこからお寺の迫害が始まりました。
よって、前よりさらに悪い状態になりました。
私の伝道の仕方が下手であったとも思います。
それでも拒否はされましたが、
福音を語ることはできたと思います。

数年前に、父の遺産に関して、弟たちが何やら画策していることを知りました。
私は、その頃から、相続は放棄しようと考えるようになりました。
弟家族のよくない噂も聞いて、
関わり合いになるのを恐れたということもあります。
弱い私です。
今年、父が亡くなって、父の介護の大変さを聞いたこともあって、
相続放棄をすることを決心しましまた。
そんな大変な介護をしてくれた弟がすべてを受け取れば良い
私には受け取る資格はないと思えたからです。

このブログにも書きましたが、今年の2月頃でしょうか?
相続放棄の手続きを終えました。
ですが、今になっても、弟からはなんの連絡もありません。
相続放棄のことは知らないはずですから
なんらかの手続きで連絡してきた時に
相続放棄のことは伝えるつもりでした。

姉の私の手続きなしに相続はできたのだろうか?
そんなことが可能なのだろうか?
どんな方法を取ったのだろう?
生前贈与でもしてもらったのだろうか。
私には全くわからない。

ただ、悪の道に行っていないことを祈っています。
そして、すぐにも神に立ち返ること、
お寺の悔い改めと併せて毎日、祈っています。

知らないでしていることとはいえ
恐ろしい町です。
日本にはこのような町が、たくさんあると思います。

それでも神は日本を救ってくださる
99%もの日本人が滅びることを神が望まれるはずはない。

神は待っておられる。
日本人が
創造主である唯一の神に立ち返ることを‼️

諦めたくなった時もありましたが
祈り続けたいと思います。

「時が満ち、神の国が近づいた。
悔い改めて福音を信じなさい。」
マルコの福音書1:15



この写真は
デイリーブレッド
からのシェアです。




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最終更新日  2020.08.06 08:43:01
2020.06.19
ハーベストタイムミニストリーズのホームページ

動画のページはこちら
ハーベストタイムミニストリーズ


👀今日のメッセージ

Q104 カトリックか、
プロテスタントか。
【3分でわかる聖書】


🌷おばちゃんの独り言

この問題は、私も長く悩まされた問題でした。

初めて教会探しを始めた頃
カトリックとプロテスタントはどう違うのだろう?
と迷いました。

両方の教会に行ってみました。
40年以上も前のことです。
当時の私の受けた印象は
カトリックは社会に目を向けている
プロテスタントは個人の救いを大切にしている
というものでした。

それでなんとなく
社会のためになることをしたい
という思いがあって、
カトリックを選びました。

でも、
信仰を持っても何も変わらない
正直、少し失望しました。
教会が遠かったこと
車の免許をもっていなかったこと
子供が小さかったこと
夫は、信仰がなく、日曜日の過ごし方にも迷いました。
それで毎週、教会に行くことがとても困難で
だらだらした教会生活を送りました。

結局、離婚することになって
私は子供と引越しをしました。
引越し先のカトリックの教会を紹介してもらって通いました。
と同時に家の近くにプロテスタントの教会があることがわかり
しばらく両方を行ったり来たりしていました。

プロテスタントの教会での学びから
私の罪とイエス・キリストの十字架の関係を
自分のこととして示された、
本当の意味での悔い改めへと、導かれました。
同じ頃、
カトリックでのマリア像に対する神父の行動に
疑問を持ちはじめていました。

あれは偶像礼拝ではないかと
神父に話した時
えらく怒られました。
私はマリア様を尊敬しているけど
祈りの対象にはできないと言ったからです。

そんな時
与えられたみことばがテモテへの手紙第一2:5です。

神は唯一です。
神と人との間の仲介者も唯一であり、
それは人としてのキリスト・イエスです。

このみことばによって
私はカトリックを後にし
プロテスタントに変わりました。

カトリックにいては、
とても自分の信仰生活を続けることができない
と感じたからです。

カトリックでの洗礼を受けて
17年が経っていました。

感謝です。









その日、目についた動画をその都度、紹介してるので
同じ動画が何回もあったりするかも?
もし重複してたらごめんなさい。
でも、何回でも聞いていただけたら嬉しいです。
今日、新しい発見があるかもです❣️


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最終更新日  2020.06.19 15:19:27
2020.02.20
初めに急に得た相続財産は、
終わりには祝福されない。
箴言20:21

急に得た財産は減るが、
少しずつ集める者は、それを増す。
箴言13:11



父の遺産、相続放棄しようと思う。

ずっと一緒に住んで世話をしてきた弟がもらえばいい、それが一番いいと思っています。

最期の2年くらいは、私は父に会いに行くこともしなかったから
最期の介護の大変さも知らないでいた。

父は、一時期、何回かは、家の教会に礼拝に来てくれてたことがあった。
母と二人で来たこともあった。
父は、たいてい、実家での扱いについて不満を言っていた。
なので、うちに引き取る話も出たし、
実際、少しの間だけうちで暮らしたこともあった。
けど、生まれ育った自分の家に未練が強くて、すぐに実家に戻って行った。
その後も、たまに訪ねて、福音を伝え続けていたのだけど、2年くらい前かな?
神の言葉を聞くことを拒否する発言をされた。弟家族も一緒に。
母の葬儀以来、お寺の支配の脅威に屈してしまった弟家族。
この世の支配者は、今も必死で働いている。
私はこの家族、この町の人々に気付いて欲しいと毎日、祈っているけど、
この町の人たちからしたら、私は、外国の宗教にはまって、親を蔑ろにしてる親不孝な娘なのだ。
実際、親不孝だから仕方ないけど。

この町の救いのために祈り続けていきたい。
そのためにも相続放棄は一つの証しとなるのではないかなとも思う。
打算的な考えかもしれないけど。。。
ただ父の娘というだけで、財産の一部をもらうのは申し訳ない。
育ててもらっただけで充分感謝である。

家賃の安いところへの引越しすら、すぐにできない貧しいやもめ、
お金は、喉から手が出るほど欲しい。
けど、それは私のお金じゃない。

手続きの期限もあるから、そろそろ行動しなくては。
弁護士にメールをしたが、
まだ返信はない。
スムーズに進めることができますように。
費用も安く収めることができますように。

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最終更新日  2020.02.20 12:48:44
2020.02.07
テーマ:今日の体重(2677)
今朝の体重
44Kg


数年前、あまりのショッキングな出来事で
体重が42Kgまで落ちた。

その後、どれだけ頑張っても戻らない。
まぁ歳だから、そんなに太ることもないか?
と思い現状維持で『よし』としてきた。

昨日、食べすぎたのか?
今日は、久しぶりに44Kg‼️
これは喜んでいいのか?気をつけるべきなのか?

体重が一気に減ったのは、睡眠不足だと私は思っている。
辛すぎて、つぶやきと祈りで、あまり寝れない日々が続いたから
だと私は思っている。

夫が癌ということよりも
10年間も騙され続けてきたことが、ショックだった。
それでも、看病や介護は、最期までできたので
私としては、よくがんばったのかなと思います。
愛をもってできたか?というと正直、自信はないですけど。
心の中のモヤモヤ、怒りなどは、祈ることによって守られたと思っています。
たとえば、以前の私なら、離婚も考えるほどの案件でした。
にも関わらず、そんなことは考えず

ただ、主人をゆるせるように

と祈りつつ最期までお世話をしました。
正直、今でも、ゆるしきれているのか?
と、問われたら、答えに困るかな。
こうして忘れずに覚えていること自体、恨みがましいですよね。
ゆるせないことに、自分を責める葛藤もあります。

ですが、他人のこととやかく言える者でないのも事実。
神が私を赦してくださった
私のためにイエス・キリストは命をかけてくださった。
このことにより、私には、どんなこともできると
ゆるせないこともゆるせるようにしてくださる
と信じています。

祈るべきことがたくさんある現在です。
赦されたことを感謝し、
まだこのことを知らないでいる方々のことを思って祈り続けていきたいと思います。


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最終更新日  2020.04.23 07:53:33
2020.01.13
65歳までにしておきたいこと
捨てれるものは捨てて身軽になっておく
出来る限りすっきりさせておきたい。
そして、引っ越し。
働けなることも考えて
家賃の安いところに引っ越しておきたい。
諸々考えて
65歳くらいまでには
しておいた方がいいかなと思っています。

父が亡くなって
この街に固執する必要もなくなった。

母の葬儀の時の出来事
以来
実家とも疎遠になっているし。

父の死を知らせてくれただけ感謝かな?

父の救いと実家の町については
ずっと祈ってきたし
弟家族と実家の町のことに関しては
続けて祈っていくつもりではあるけど
この近くに住んでる必要もないから
家賃の安いところ
というのが最優先。

父の葬儀
も、終わったことだし
これからの自分の生活確保を目指して前進‼️

独居老人となるわけだから
福祉に手厚い地域
というのもポイントですね。

家の教会のこともあるし
神はどこを示しておられるのか?
このままなら
その必要も備えてくださるだろう。
新しい地なら
それもまた、示されるだろう。

とりあえず祈って
待とう。

引っ越すなら
体が元気なうちに。。。
とは、人間的な考え、希望かも知れないが。

娘の近くに引っ越したい。
というのは
私のわがままだろうな〜
物理的にも遠くて難しそうだしね。

でもちょっとは期待して
祈っていこう。

仕事のこともあるしね。

この年で雇ってもらえてるだけで感謝。
大事にせねば。。。






最終更新日  2020.05.23 20:46:06
2020.01.09
父の通夜、葬儀
終わりました。

家族葬で
すべては弟にお任せでした。
残念ながら仏式でしたが
父のたましいが肉体から離れる直前には
イエスの名を呼び求めていますように。
と祈りました。
何度か礼拝に来てくれていましたし、
まだ、意識がしっかりしているときには
『偶像礼拝は、あかんのやな⁈』
とも言っていたし。
主にお委ねします。

通夜の日には
昼前に実家に着いて
夕方まで弟家族と
今までの状況など聞きながら
色々語り合いました。

通夜には家族と
弟の職場の方々が集いました。
家族のようにしてくださっている
職場のようです。

お坊さんのお経、お話しは
わかりやすくよかったのですが
詰めのところで
ずれていてとても残念だなぁと
祈りつつ聞かせていただきました。
あのような道徳的なことを語れるのに
どうして、母の葬儀の後、
信仰の自由を
犯すような言動ができたのか、
宗教者としてというより
人間として
不思議なものだな
と思います。

礼拝すべきは神のみです。
遺体に拝礼、合掌等は、
辞退させていただきました。
もちろん、焼香も。

来られた方々には、
感謝の挨拶
心よりさせていただきました。

翌日、火葬と葬儀
お坊さんの都合で火葬が先になり
立ち合いは本当に家族のみでした。
火葬場でのこと、
お坊さんがいないので
案内の方の指示で行われ
ゆっくり祈れる雰囲気ではなかったですが
一人ずつ焼香をするとのことで
私は最後にしていただいて
『焼香のかわりに
お祈りさせていただいていいですか?』
と、案内の方と弟たちに承諾を得て
お祈りさせていただきました。
言おうと思っていたこと全部は、
言えなかったけど
大事なことは祈れたと思います。
最後に、一人で
いつくしみ深きを賛美しました。
本当は
その日の朝、速攻で作ったしおりに、
歌詞も入れておいたのですが、
配れる雰囲気ではなかったので
葬儀終了後
控え室で渡しました。
父母、二人揃った写真と
みことばも入れました。
弟は、まじまじと見て
写真が二人で
私のうちに来た時のものだと
気づいたようです。
礼拝に来てくれた時の写真です。
大切にしてくれるといいなと願っています。
みことばは、
ヨハネの福音書14:6です。
イエスは彼に言われた。
「わたしが道であり、
真理であり、いのちなのです。
わたしを通してでなければ、
だれも父のみもとに行くことはできません。


火葬場に行く途中、
実家の、近くをとおる感じだったので
運転手さんにそのことを話したら
近くを通る時、
スピードを緩めてくださいました。
たましいは、もう
ここにないから関係ないのですが
感謝しつつ、
クリスチャンなのでと、
そのことについても
少しお話ししました。
運転手さんと
お話し出来たことも感謝でした。

そのあと葬儀、
お坊さんのお経によると
死後は、修行に励まないといけないそうです。
みんな、そんなことを信じているのだと思うと
悲しくなりましたが
お経の間中、
参列者とお坊さんのために祈り続けました。
イエス・キリストの救いを受け取ることができますように。
天国と地獄は、本当にあるよ‼️
死後のたましいを神に委ねることができる私たちは幸いです。

家族葬なので
私としては、少し助かった感もあります。
両日ともに参加された方に
私だけ違う行動(遺体に拝礼しないなど)を
お見せできたことは、
よかったと思っています。
不敬なやつと思われたとしても
いつの日か
いやいや今日、すぐにでも
疑問を感じ、
聖書、教会に関心を
持ってほしいなと思います。

急なことではありましたが
感謝な2日間でした。
仕事も交替してくださる方が
与えられて感謝でした。

信仰の家族に祈って頂いてる安心感は
大きかったです。
神様ありがとうございました。



そして、人間には、一度死ぬことと
死後にさばきを受けることが
定まっているように、
キリストも、多くの人の罪を
負うために一度
ご自身を献げ、
二度目には、罪を負うためではなく、
ご自分を待ち望んでいる人々の
救いのために現れてくださいます。
ヘブル人への手紙9:27-28

神は、実に、
そのひとり子を
お与えになったほどに
世を愛された。
それは御子を信じる者が、
一人として滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。
ヨハネの福音書3:16


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最終更新日  2020.02.10 07:29:29
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