『とんとこひ・セクスアリテ』

2007/08/02(木)19:12

BBS過去ログ(2002年度版)による「性球儀」に関わる補足(5)

性教育/性球儀(60)

参考)「大英博展 森村泰昌さんと歩く」より(2004/03/04朝日)   ・・・その古代ギリシャ・ローマにも、現代人とは大きく異なる価値観がある、と森村さんは言う。    性差である。   例えば、玄関のディオニュソス像も屈強な若者なのに、性器は幼児のよう。女性像でも極端に胸や腰のあたりを強調しないし、両性具有の像もある、というのだ。    「現代人のように男、女という違いにこだわっていないと思います」  同じことを、メキシコの「葬祭用小像」群(紀元前100~紀元300年)にも感じるという。    「男なのか女なのか。もっと言えば、人間なのか動物なのか。性への欲望も人間を超えて宇宙へと広がっている。人間と自然や宇宙との境界もはっきりしていません」  そろそろ、「地球美術史」講義が始まるみたい。    森村さんの目指す「地球美術史」講義とは、世界各地の一見異なるかに見える美術、文化、人間の間に「似たもの」を見つけ出し、それを手がかりに共生の連鎖反応を起こすことだという。  その目で見ると、人類が区別にこだわるようになったのは、近代合理主義が芽生えたここ数百年のこと。分類や分析を繰り返し、人と自然、人と神とを切り離した。  やがて男性と女性、自己と他者というように、際限なく線引きを繰り返していく。   「数万年の人類の文明の歴史の中では、特異な時代を私たちは生きているのでしょうね。今や人間だけで閉じられた社会にひきこもっている気もしてきました」     「この展覧会の多様なお宝が諭してくれます。境目をつけるのは、そろそろおやめなさいと。ただ、博物館や展覧会という制度そのものも、近代合理主義の産物なんですよね」  ・・・  「知識に振り回されない。例えば、インドの『女神立像』(10世紀)なんか、今のグラビアアイドルのファッションそのもの。自由に見て、思いを膨らませることも大切ですよ」  地球の美の問題はなんて壮大、しかも奥深いのだろう・・・                    11月のアメリカ大統領選挙では、「同性婚」も争点になることが確実になってきましたね(外交・安保問題はもちろんですが)。同性婚が解禁された国(ベルギー)では、同性婚の比率は結婚全体の約4.9%に上っているというのに(2003.6~9月までの4ヶ月で)。 同性愛者に生まれるか、異性愛者に生まれるかは自らの意志で選択したものではない(部落に生まれるか、部落外に生まれるかが自らの意志で選択したものではないのと同じように)。それなのに、同性愛者に生まれた人の人権が踏みにじられたままだし、カムアウトにもたいへんな勇気を要するというのは合点がいかないことだと思います。  そういう気持ちをこめて、今朝の朝日新聞から「大英博展 森村泰昌さんと歩く」の抜粋を載せました。 1076 【書きこみすぎかしら】 ★ 2002/10/26(Sat) 08:52 しかし、引っ込むきっかけがつかめない(笑)。 ◇  さん >オトココミックにハマッテ(それまでは読んだことも無かった) >オトナの世界観を知ったかもしんない 男が読むアダルトな雑誌とか漫画って……ノータッチなの、僕。 手に取ったことはあるけど、ゴミの中から偶然見つけたりとか(笑) やっぱり皆読んでるのかなー、ああいうの。いや、読むのがど うこうっていうんじゃあなくて、なんか、求める世界が違いす ぎてさー。ああ、僕らってやっぱりマイノリティなんだなって 思っちゃう。友達からノンケのAVとかもらっても、途方にくれ てしまうよ、本当。こっちのことなら、あひるさんのほうが断 然詳しいんではないかしら。教えてもらおうかなー。 漫画といえば、竹本小太郎とか好きなのね、僕。薔薇族に連載 もってた人なんだけど(今はどうかわかんない)、切ない世界 がいい感じ。作品集は、時々読み返しておりまする。あと、山 田ぷー助だったかな? 名前うろ覚えなんだけど、薔薇族、バ ディ、サムソン、G-menと、メジャー四誌すべてに四コマの連 載もってた人がいて、能天気さ加減が好きだった~。もう何年 も雑誌読んでないからわかんないんだけどね……。 > さんにチクッテ下さい、パークにupするように脅 >しておきまする。 キングギドラは懲りずに、今度はドラゴンアッシュに喧嘩をふ っかけているらしい。なんなんだか。 >世界史でギリシャ風習ったんですがあの柱に欲情するのは > だけでしょうか? エンタシス、だっけ? あの中太の(笑)。なるほど、そう いう連想も出来るわね。古代ギリシャって、性的な要素を積 極的にとり入れた時代だものね。レズビアンの語源は、詩人 サッフォーが住んでいた「レスボス島」ってことだし、ソク ラテスも男の子たらしこんでたし(おいおい)、古代オリン ピックなんか、参加者は皆全裸だったのよ~。なんか、すっ げー見たい(笑)。神話に関しても、あれだけ奔放に性的な 行為にふける神々も珍しいんではないかしらね。アポロンも ゼウスも、相手が男だろうと女だろうと見境ない。ヨーロッ パ人の思想を形作っているのはギリシャ神話と聖書だって言 われているけれど、聖書のパーセンテージよりギリシャ神話 のパーセンテージが増えれば、マイノリティに対する軋轢も 減るんではないかな。ギリシャにはサトゥルヌスっていう、 足の不自由な神もいたんだよ~。←神の中のマイノリティ。 サトゥルヌスはローマではサターンになって、当時知られて いた惑星の中で、一番公転周期の遅い土星と関連付けられた んだよね。そのサターンは、キリスト教の中では「サタン」 に変化した。今はそんなことはないと思うんだけど、昔は、 キリスト教徒の中には、「機能障害は神の罰」という意識が あったし、その「サターン」との関係で、障害(漢字で書く と駄目なの?)者は、悪魔と同じ印を持つ=神から見放され た人間だと思われた。ヴァチカンは、ナチスドイツのユダヤ 人、ロマ、ゲイ、障害者虐殺を黙認したわけだけれど、ユダ ヤ人とロマは異教徒ってことで、ゲイと障害者は「悪魔と関 わる人間」ってことで、見捨てたんでしょうね。ヴァチカン は、「進化論もあるのではないかと思います」なんてお馬鹿 な公式見解出す前に、こうした過去をもっと反省して、積極 的に差別撤廃運動を展開すべき――なんだけど、しないのよ ね。ぷんすかぷんすか。 >解放の歌ですね、えっとなんですか 縄跳び も 確かルー >ツはそこだとか。 あの、運動苦手の僕には絶対出来なさそうなすごいハイテク ニックな縄跳びにはあこがれるわ。 >では友達にはタメ口でお名前の方はどのように呼ばれるの >ですか? そのあたりが複雑で、タメ口はきくけれど、名前を呼び捨て には出来ないのよ。なんでだろう。呼び捨てにされるのも嫌 だったりして(笑) まあ、世の中にはボランティアや募金 活動に精を出しているSの女王様もおいでになるわけだし、 僕が別に「呼び捨て」出来ないからって、変なことではない んだけどさー。 ◇  さん >ただまぁ知らない場合はどうなんでしょう。 スポーツの試合をしているときに、知らずにルールをおかし ても、反則を取られるのと一緒で、「それは差別だ」と注意 すべきだと思います。知らなければ許されるってことはない んじゃないかなあ。「知らないあんたが悪い」とまでは言わ ないけど、出来るだけソフトに「ご存じなくて?」とか注意 する(笑)。 >でしょう。どっからが差別になるんでしょう? どっから、と言われても、私は確かに脳の発達障害はあって も知的障害ではない=部外者なので、勝手に差別の線引きを することは出来ないっす。明らかに差別的だと思われる場合 は「差別じゃないか」と定義してもかまわないと思いますが、 あやふやなものを部外者の私が断定しても、滑稽なだけでせ う。っつーか、その場にいて、シチュエーチョンとかも考慮 しないと何とも言えないかも。 >部落問題についてのみは、のつもりですけどね。 私、正直言って、部落問題の知識って、ほとんどないんです (汗)。勉強不足もいいところ。だから下手なこと言えない んですが、僕らセクシュアルマイノリティと部落って、構造 としてはまったく正反対なんですよね。僕達は突然変異とし て、マジョリティの中に偶然生まれて、「仲間を探して」コ ミュニティを作り、自分たちがもっとも解放される場所を目 指す。その解放される場所というのが、自分と同じ変異種の 集う場所で、自分たちの意思で自分たちだけのコミュニティ を作ろうと奮起する。部落の方は、その地区に生まれ(ある いはその事実を受け継いで生まれ)ることで、偏見にさらさ れ、自分たちのコミュニティをマジョリティのコミュニティ と融和させる(偏見をなくすという意味で)ことを目指す。 まあ、どちらにしても例外はあると思いますが。 「家族全部が同じ偏見にさらされている」部落の強みは「し がらみ」という弱みでもあるし、「自分一人が異種である」 セクシュアルマイノリティの弱みは「自由」という強みだ、 とか、そんなこと考え出すと、一言に「差別」「マイノリテ ィ」と言っても、本当、複雑に入り組んでるよなーって、感 じたり。 ところで、何を書きたいんだ、私は(汗)。 by

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