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himekyonの部屋

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北陸紀行

2010/09/12
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カテゴリ:北陸紀行
himekyonの夏山シーズンも一段落して

夏の載せそびれをというかほとんど載せてませんでした




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東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 263
船の上から撮るのは難しい~





すでに2ヶ月もたってしまいましたが、まずは7月5日に山友Sさんとでかけた

東京湾ナイトクルーズ

去年の12月以来、半年振りに山友Sさんと浜松町駅で待ち合わせ

この日のメインは、東京湾クルーズ、

午後7時出航なので、12時待ち合わせ

・・・が、himekyonは30分遅刻

朝から家を出て

千葉市の公園に大賀ハスの写真を撮りに行き

電車で移動して代々木公園のタシロラン(いつかUPできるかな)を撮りに行き

欲張ったら間に合わなくなっちゃった・・・

携帯で時間の変更を・・・ゴメンネ!









東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 156-1


まずは、旧芝恩賜公園(芝離宮)へ

himekyonは初めてです




東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 155-1




涼しそうにみえるけど・・・

暑かった~





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 142



7月はじめ

桔梗が咲き出して、涼しそう

でもやっぱり暑かった




東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 162







東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 164





桔梗のつぼみにイチモンジセセリちゃん

蜜はありますか~






東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 167-1




桔梗のつぼみがなんともいえない愛らしさ






東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 157




白いカワラナデシコ

ちょっと痛んできたけれど・・・

まだまだ

ヤマトナデシコ~





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 152-1





イトトンボ

ひと夏の・・・・







東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 150




水の中は気持ちがいいよ~

良くみると赤い色が・・・

これはミシシッピアカミミガメ??

縁日で売っているミドリガメが大きくなったらこの亀に

都立の庭園に繁殖しているらしい・・・

在来種がどんどん減っているらしい・・・

困ったものだ






東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 148






それぞれの午後・・・






東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 176-1




ちょっと歩いて浜離宮

こちらも初めてです

緑の絨毯

涼しそう~

でもやっぱり暑かった





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 170





冷たいお抹茶にナツモミジ

ひとときの潤いを

日本に生まれて 


し・あ・わ・せ





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 173-1





ねぇ、かあさん、暑いよ・・・

池の中へ行こうよ~

蛙さんも日干しになっちゃうよ





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 180-1






コサギさん

わたしは羽根があるからね

ちょっこし、涼んできましょうかね~







東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 185





センコウハナビ?

いいえ、ワタシはヤブミョウガ





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 187




ゴジュウノトウ?

・・んなわけありませぬ・・

ワタシはヤブミョウガ










東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 186





探さないでね

ミョウガは成らないの・・・







東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 190




アメリカデイゴ

オ・レィ~

私はカルメン!





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 188






花言葉は 夢

いっぱいアンテナはって・・

大きな夢叶えよう~




東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 177-1




浜離宮から

ウォータフロント





東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 182-1





浜離宮

レインボーブリッジもみえます






東京湾クルーズと芝離宮・浜離宮 191




竜馬が行く~

夜のクルーズの日の出桟橋へ





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続く










Last updated  2014/06/05 10:07:14 PM
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2010/02/19
カテゴリ:北陸紀行
JR「大人の休日倶楽部会員パス」を利用しての北陸路も

いよいよ最後になりました

1月18日はブロ友らぶさんとお会いして 見て、食べて、歩いての金沢

1月19日観光タクシーで富山県五箇山合掌集落へ





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DSC_0631武家屋敷1



往復4時間の五箇山観光

ほぼ予定通りに金沢駅に戻ってきた観光タクシー

参加者7名全員が「大人の休日倶楽部パス」利用者

遠く青森からこられた方もいて、皆さん2時台の列車を予約されていて

そそくさと駅の構内へ


himekyonはというと・・


5時17分発の列車を予約していたので2時間半ほど待ち時間あり

もちろん時間変更はできるけど、

せっかくの旅だもの

もうひと歩きしてみよう・・・


幸いにも観光タクシーの運転手さんのご好意で、

武家屋敷跡の入り口まで乗せていただくことができました。




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以前夏の終わりに、勤めていた会社の同僚、ち○るさんとKさんと三人で、

金沢~能登を旅行したときに武家屋敷跡へ行きましたが

雪の降る時期にも訪れたいところでもありました。





DSC_0610





帰りの時間が気になって、町並みを見て回っただけで、有料施設には入りませんでしたが

相変わらず事前に調べることをしないhimekyonのこと

入り口まで行って中まで入らなかった「野村家」

加賀藩の中級武士だった「野村家」だけは押さえておくべきだったかと







DSC_0618




上級中級武士の屋敷が多くあったことから

金沢城に敵が攻撃するのを防ぐために複雑に曲がりくねった道になっていたという




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雪から土塀を守るための菰は雪吊りとともに、金沢の冬の風物詩となっているそうです




DSC_0603








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DSC_0615武家屋敷2






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山歩きはしんどくても歩けるのに、平地を歩く観光は疲れます

この日は、金沢城公園を歩いてから、五箇山観光へ

さすがに武家屋敷跡を歩いているうちにもうクタクタ

気力もなくなって・・・

金沢駅までトボトボと歩いてようやく2日間の北陸路観光が終了しました。












Last updated  2014/06/05 10:31:24 PM
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2010/02/17
カテゴリ:北陸紀行
1月18日19日に出かけた北陸路

2日目は日本の原風景といわれる山深い富山県五箇山の合掌集落へ

今回もJR東日本3日間乗り放題の「大人の休日倶楽部会員パス」を利用しての旅

北陸本線高岡駅からのバス便を利用して計画してみましたが

日に数本のバス便ではとても日帰りは無理

五箇山観光協会に電話して、観光タクシーを紹介していただきました

参加者は7人、金沢駅から往復4時間、自由昼食を含んで滞在時間わずか2時間

あわただしい観光でしたが、

初めてみる合掌集落、往時の五箇山を垣間見ることができました



五箇山菅沼集落1
五箇山菅沼集落2
重要文化財村上家
五箇山囲炉裏の火
五箇山の暮らし



DSC_0551



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東海北陸高速道ができて金沢から1時間余りで行けるようになった五箇山

岐阜県白川郷とともに世界遺産に登録されて脚光を浴びるようになり

訪れる観光客も増えてきているという五箇山

それでも、静かな集落をみることができました




DSC_0566



今は立派な橋がかかる五箇山

鉄砲伝来による火薬の原料「煙硝」を加賀藩に納めていたことにより

外に漏れることがないように村の出入りは禁止されていたという










DSC_0552



清らかな流れの庄川も

急峻な立地をいかし、橋を架けることを禁止して

加賀藩の政治犯たちの流刑地でもあったそう

対岸は急峻な崖地、とても逃げ出すことができるようなところではなさそうです




DSC_0555




急峻な崖から流れ落ちる沢の上に立つ流刑小屋

橋を架けることを禁止された庄川の対岸に建てられた小さな小屋












DSC_0560



昭和38年の豪雪で流されてしまい

史実に基づいて復元された流刑小屋

中は3畳ほどの小さな部屋

刑の重さによって、この狭い部屋の中にさらに囲いを作って

動くことさえもできないようにしていたという

極寒の地に暖もとることもできなかった囚われ人たちのことを想像してしまいました







DSC_0556



小さな小屋の柱の下に開けられた小さな四角い穴

ここから食事を出し入れしたという












DSC_0558




格子の間から暗い中を覗いて

亡霊かと一瞬ぞっとしました

そんなわけはない・・・と

おそるおそる目を凝らしてみると・・・

侍の姿の人形でした

しかし、これも志半ばで囚われ人となった無念さが伝わったのかもしれません





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五箇山にはこんな歴史もあったのですね。

2時間では、とても全部回りきれない五箇山でしたが

ほんのちょっとだけでも垣間見ることができて金沢へ戻りました。


五箇山紀行は終わりましたが、北陸紀行はまだ終わりませんでした

もうひと歩き続きます。。。














Last updated  2014/06/05 10:32:23 PM
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2010/02/16
カテゴリ:北陸紀行
半年を雪に閉ざされる豪雪の五箇山

1月19日に出かけた五箇山合掌造り重要文化財指定の村上家





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村上家当主が唄うこきりこ節



♪筑子の竹は、七寸五分じゃ 長いは袖のかなかいじゃ♪

(おはやし) まどのサンサはデデレコレン はれのサンサもデデレコデン


♪踊りたか踊れ泣く子をいくせ ササラは窓の許にある♪


窓のサンサもデデレコデン はれのサンサはデデレコデン


♪向の山を担ことすれば 荷縄が切れてかづかれん
向の山に啼く鵯は 啼いては下がり啼いては上がり
朝草刈の目をばさます 朝草刈の目をさます
月見て歌ふ放下のコキリコ 竹の夜声の澄みわたる
万のササイ放下すれば月は照るなり霊祭
波の屋島を遁れ来て 薪樵るてふ深山辺に
烏帽子、狩衣脱ぎ棄てて 今は越路の杣刀 ♪



こきりこの竹は23センチ、それより長いと袖に引っかかってじゃまになる
踊りたければ踊りなさい。泣く子はよこしなさい。ささらは、窓のところにあるので、それをもって踊りなさい。


こきりこ節は筑子、小切子と書き、2本の竹を打ち鳴らしながら

五穀豊穣を願い唄い踊るもの

デデレコデンは太鼓の音をあらわしていると




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雪に閉ざされた中で受け継がれた民謡「こきりこ節」

日本最古の民謡とされている

昭和5年に作詞家西条八十によって

最後の伝承者を探し出して受け継がれてきたという





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ささらは、108枚の竹の板を編んで、打ち鳴らす

哀愁の響きのある音がでる

108の煩悩を消し去る音だとか・・・






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素朴な「こきりこ節」に聞きいりました








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青森からの参加者とともにhimekyonもささらで音をだしてみました

南京玉簾の原型になったとされています







雪の北陸紀行 011.jpg 雪の北陸紀行 五箇山厚揚げ001.jpg 雪の北陸紀行 五箇山厚揚げ002.jpg




五箇山といえば荒縄でも縛ることができるというお豆腐

お豆腐店へ行ってみると大きなお豆腐が

「これは2人前よ、この半分でもいいわよ」ってさっと包丁で半分に

「今日帰るなら保冷箱がありますよ~」って

買いたいけど荷物がね・・

「厚揚げだったら保冷箱いらないよ」

・・・ってんで、少し小さめの厚揚げを買いました



この日夜10時過ぎの帰宅でしたが

ディパックに押し込んでいたら形が崩れちゃいました

お皿にのせたら、さすがでかい

そのままさっと煮て、焼いて・・・

おいしかったです。。

今度はお豆腐を買おう~っと




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Last updated  2014/06/05 10:35:11 PM
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2010/02/15
カテゴリ:北陸紀行
今日は公休日
昨日とは打って変わって小雨が降って寒い日です。
ご心配いただいているhimeは相変わらず、夜中に目を覚まして鳴いていますが、
今朝はみみりんママがhimeを病院へ送ってくれたので、夕方迎えに行くまで、
オリンピック中継を見ながら家でのんびりしたいと思います。


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暗い日記が続き、北陸紀行も中途半端になっていましたが、久々に続きを


1月19日に訪れた北陸・五箇山合掌造り


400年前に建てられた重要文化財に指定されている村上家

雨が降っても漏らないように、雪が積もっても自然に落ちるように

60度の角度で、天に向かって手を合わせるような形から合掌造りと言われる




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岐阜県白川郷とは20キロほどの距離にある富山県五箇山

三つの山、五つの谷間からなり、五箇谷間がなまって五箇山といわれ、

石川県、富山県の県境にある倶利伽羅峠で木曽義仲に敗れた

平家の落人たちが隠れ住んだといわれるが、縄文時代の遺構も発見されているという




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藁葺き屋根に明り取りの白い障子が印象的

15年ほどに一度は屋根の葺き替えが必要で、昔は「結い」という共同体をつくり

村総出で葺き替えをしていたといわれるが、片面に1000万円からかかることから

維持することができずに取り壊したり、売却したりで年々少なくなってしまったという

茅場も少なくなり、良質の萱を集めるのも大変だという

村上家の隣にあるお蕎麦屋さんの奥さんが、

「茅葺を維持するのも大変だよ。屋根の葺き替えのために働いているようなもの

良い萱が少ないから長持ちもしなくなっているのよ」





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昔は行灯、ランプ以外に明かりがなく

障子があかりとりの役目も果たしていました




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家紋の五三桐は天皇家の副紋として鳳凰が止まる木として権威のある紋

桐の葉の上にある中央の花の数が7個の五七桐が格調が高いとされている

後醍醐天皇から足利氏へ下賜され、織田信長が足利氏から下賜され、信長から豊臣秀吉へ、

秀吉が家臣たちへと・・


村上家はどの経緯で五三桐になったのだろうか・・・

豊臣秀吉と前田利家・・・このあたりにあるのかな・・

歴史を遡ると面白いですね。。。。




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1階は2階以上を支える構造上、雪の重みで根が曲がった楢の木の太い梁で支えられ

広くどっしりと建てられていて、囲炉裏があり

団欒の場として以外にも、煙でいぶすことにより藁葺きの防腐、防虫の働きもして

煙がいきわたるように各階の天上はすのこ状になっている、

また2階では蚕を飼っていたので、部屋を暖める役目もあったそう





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黒光りするほどの煙にいぶされた柱

こんな煙い中で生活をしていた先人たちは凄い

himekyonは煙くて煙くて目が痛くて・・・

今の世の中に生まれていてよかったと




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屋根裏は、釘は使わず、すべて荒縄で結んでいる

雪の重みで曲がっても、縛りなおすことで直すことができるという





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急なはしご段で階上へあがると

すのこじょうの天上、すなわち上の階の床は、板張りになっているだけ




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煙にいぶされて歴史を感じる黒ずんだ柱や筋交い





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家長制度があり

大家族の中で長男以外、次男三男は分家も認められず、女性も結婚せず、養蚕の働き手として

ひたすら働いたという





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半年もの間雪に閉ざされる山深い五箇山

主要産業は、戦国時代鉄砲伝来により、火薬の原料になる煙硝を製造、

塩の結晶に似ていることから塩硝ともいわれ、幕府の目を逃れるために

「塩」として加賀藩に納められていたという。



土間に煙硝まやという囲いをつくり、刈り取った蓬、猪独活などの植物に、

蚕の糞、人尿などをいれて醗酵させて煙硝を取り出していたという



幕府に知られないように、五箇山は人の出入りを禁止されていたという




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Last updated  2014/06/05 10:11:01 PM
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2010/02/10
カテゴリ:北陸紀行
1月19日五箇山合掌造り集落

菅沼合掌集落を一回りして、庄川を5分ほど遡り

江戸時代に建てられた合掌造り、重要文化財に指定されている「村上家」へ





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はじける炎




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囲炉裏を囲んで、村上家当主の五箇山の歴史に聞き入る参加者

煙が目にしみます・・・





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懐かしい火吹き竹で火をおこしています




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鉄瓶の中は薬草を煎じたお茶

口当たりのいい味でした





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燃え上がる炎






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淡々と語る村上家当主に

炎も幻想的でした




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Last updated  2016/02/08 05:41:51 PM
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2010/02/09
カテゴリ:北陸紀行
2日目の北陸紀行は富山県五箇山合掌集落

7名参加のジャンボタクシーで、金沢駅を10時20分に出発

山深い五箇山も東海北陸高速道ができたことにより、1時間ほどで菅沼合掌集落に到着です





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豪雪地帯の先人たちの知恵

雪が落ちるように屋根に傾斜をつけている




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雪の重みで傾いた屋根を修理しやすいように

釘を使わずに、縄でしばってある







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集落にはお年寄りが多く

一番若い30代の青年が、がんばっていました。

青森から参加のご夫婦に

カーリングの「チーム青森」のことをしきりに聞いていた素朴な青年

その素朴さで集落を守っていくのでしょうね・・・










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なんの足あと?

急傾斜の屋根に足跡が?・・・・





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himeは相変わらず、夜中に目をさますので、熟睡できないhimekyonです

しばらくは写真のみの日記になりそうです。










Last updated  2016/02/08 05:42:30 PM
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2010/02/08
カテゴリ:北陸紀行
1月18日19日にでかけた北陸路

ようやく五箇山集落の日記にたどりつきました。

・・・が、今日は寝不足で、写真のUPだけです。


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富山県五箇山菅沼集落

山奥にひっそりと9棟の合掌造りが建つ小さな集落です





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荘川沿いに建つ菅沼集落は、道路よりはるか下にあります

道路から集落を一望してから、坂を下り集落を巡り

帰りは、エレベーターが設置されていました。





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Last updated  2014/06/05 10:45:17 PM
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2010/02/05
カテゴリ:北陸紀行
昨日は暦の上の立春・・・とは名ばかりで寒い1日でした





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平成13年に復元された菱櫓と五十間長屋と橋爪門続櫓









1月18日19日にお出かけした北陸路

2日目の朝、五箇山への集合時間までに少し時間があったので、

金沢城の石川門を撮りに行ってみました。






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菱櫓




今回で5回目の金沢ですが、石川門から中へ入った記憶がありません

まだ時間があったので、初めて、石川門をくぐってみると

広い城内には、現存の建物や、再建された建物やらが立ち並び、

みどころがいっぱい~

計画性がなく、下調べをしないhimekyonの失敗の巻

時計と睨めっこしながら、駆けずり回って大まかな見学です

だいちゃんさんチャメさんから

もっとゆっくり楽しんで~とコメントいただいちゃいましたが、

himekyonもほんと思いましたよ。

今度行くときはじっくりと歴史とにらめっこしなければ・・・





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菱櫓

二の丸を守るための物見櫓、

三層構造で、大手、搦め手を見守る櫓

建物が菱型に作られていて、柱も菱型でできているそうですが

時間がなくて中に入ることはできませんでした。






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橋爪門続櫓

二ノ丸大手の橋爪門枡形を見張る物見櫓、

菱櫓と橋爪門続櫓を五十間長屋でつないでいます

長屋は武器倉庫としての役割があり、壁は白漆喰、海鼠壁でできていて防火構造ないなって

います




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鶴の丸土塀

橋爪門とつながっている

鉄砲狭間が海鼠壁で隠されていたという






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鶴丸倉庫

加賀藩末期に建てられた武器倉庫





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三十軒長屋

明治時代の金沢の大火でも残った現存の建物

二の丸から本丸へ向かう極楽橋を渡ると右側に見えてくる





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三十軒長屋

武器庫として建てられた長屋





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切り手門の奥に旧第六旅団司令部






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第六旅団司令部





明治に入り、金沢城は、陸軍の所有となり、戦時中は陸軍の司令部が置かれていたそうです

戦後は金沢大学のキャンパスとして利用され

平成7年に移転、平成8年に石川県が取得してから

金沢城公園として整備されてきました。

今年完成予定の河北門復元工事が急ピッチで進められていました。

天守閣のない金沢城ですが、復元案があるとか・・

しかし、忠実に再現すると本丸は時代考証でいくと黒い建物になるとか・・・

城内全体が白い漆喰で建てられている建物と違うので、検討されているそうです。

また、二の丸復元も難しいとか・・・




金沢城の石川門
静寂の金沢城公園
金沢城の石垣




バタバタの金沢城公園めぐりでした




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ご心配いただいているhimeの具合ですが、容態が落ち着いて1日おきの通院になり

少し気が楽になりましたが、新たな心配が・・

トドさんから、「ひとりではなく一匹にさせて・・薄情な親」だって・・・

ほんとそうなんですよね、、家に留守番がいれば、面倒をみることができるけど・・・

☆桜☆米☆さんとこのキャバ君も昼間はひとりぼっちなのよね


気がかりでもhimeにお留守番をさせなければなりません。。



夜は何回も起こされて、最近は寝不足が続いています

皆さんのところへもご訪問ができず、

コメントへのお返事もできずにごめんなさい。









Last updated  2016/02/08 05:43:21 PM
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2010/02/04
カテゴリ:北陸紀行
ご心配いただいていますhime、今日から1日おきの通院になりました。

生命力があるのでしょうか、腎臓の数値も下がってきました。

通院のない日は、ひとりでお留守番になるhimeです。

これはこれで心配ですが・・・





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本丸跡へ続く石垣




1月18日19日に出かけた北陸路

19日の朝は、金沢城公園へ行ってみました。


広い城跡公園には、江戸時代に焼失いらい、二の丸に御殿が移されて

本丸は再建されず、鬱蒼とした森になっていましたが

いまなお、本丸跡、東の丸跡、鶴の丸跡など、たくさんの石垣が残っていました。





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鉄門跡の石垣

二の丸から本丸への正門で本丸を防御するための門

鉄板を張った扉が付いていたことから鉄門と











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丑寅櫓跡の石垣

金沢城最古の石垣

野面積み:石をほとんど加工しないで積み上げる工法








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石川門の石垣

打ち込みハギ積み:形を整えた割り石を積み上げる工法

石には、刻印があり、石を切り出すときの作業分担を示すために付けられたものとか

右側と左側は積みかたが違っているそうですが、気がつきませんでした










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土橋門石垣

切り込みハギ積み:接合部分を隙間なく加工して積み上げる工法

亀甲の形は亀を表して防火の願いを込めているとか





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金沢城公園内には、石垣めぐりがありましたが、10時20分発の五箇山行きがあり

10時までには金沢駅まで戻らなければならず、バタバタと歩き回り、説明版なども

読まずに写真を撮ってきました。

PCに取り込んでみると、石垣のかたちが違うことが・・・

調べてみると、築かれた時代、用途によって積みかたが違うことがわかりました。







Last updated  2016/02/08 05:44:18 PM
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